P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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目撃者と理解者と私

 決闘クラブの次の日、休暇前最後の薬草学の授業が大雪で中止になったため、私は厨房につまみ食いに来ていた。

 厨房内では屋敷しもべ妖精が昼食の準備のために忙しなく働いている。

 私はそんな様子を横目で見ながら昼食用に用意されたソーセージをフォークで突き刺した。

 

「ホワイト様! 昼食までお待ち下さい!」

 

 屋敷しもべ妖精はしわがれた声で私に対し文句を言う。

 厨房にあまりにも入り浸り過ぎているため、屋敷しもべ妖精たちの私の扱いは若干雑になっていた。

 

「いやだって今食べても後で食べても変わらないじゃない」

 

「だとしたら尚更昼食の時間まで待つべきです」

 

 別の屋敷しもべ妖精がど正論を投げかけてくる。

 ぐうの音も出ないので、これ以上つまみ食いするのはやめておこう。

 

「もう少し時間のある時に来てください。なんで貴方はいつも忙しい時間帯にやってくるんですか」

 

「いやだって暇な時間って基本的にご飯の前なんですもの」

 

「だとしたら素直に大広間で食事をお取り下さい」

 

「ちゃんと大広間でも食べてるわ」

 

「どんだけ食べるんですか」

 

 屋敷しもべ妖精は料理の手を止めることなく口々にそう言う。

 私は肩を竦めると、ベーコンの盛り付けられた皿を一つ鞄の中に突っ込み私専用の肘掛け椅子から立ち上がった。

 

「その肘掛け椅子もいつまでもここに置きっぱなしにしないでくださいね」

 

 皿を運んでいた屋敷しもべ妖精が横目でこちらを見ながら言う。

 

「卒業する前には撤去するわ」

 

「卒業するまで入り浸る気ですか」

 

「迷惑?」

 

「いえいえ、いつでもお越しください」

 

 なんやかんや言って、彼らは人に尽くすのが好きなのだろう。

 私としても、本当に迷惑にはならないようにしなければ。

 私は屋敷しもべ妖精たちにお礼を言って、厨房から這い出る。

 そして次の授業の教科書を取りに階段を上り始めた。

 そのまま廊下を何度か渡り、階段を上り、グリフィンドールの談話室を目指す。

 人の気配が全くしない薄暗い廊下の角を曲がった時、私は目の前に奇妙なものを発見し足を止めた。

 廊下に二つの人影が横たわっている。

 人影の一つは生徒のようだった。

 ハッフルパフの制服を着た少年は恐怖の顔を張り付かせたまま天井を凝視するような形で硬直している。

 もう一つの人影はほとんど首無しニックだった。

 ニックは床から十五センチほど浮いたところで横たわっており、ハッフルパフの生徒と同じようにガチガチに硬直していた。

 色もいつもの真珠色ではなく、煤けたような黒色になっている。

 

「ニック?」

 

 私はニックに近づき、声を掛ける。

 だがニックはピクリとも動かなかった。

 

「時間が止まってるわけではないわよね……だとすると……」

 

 私はいつでも時間を止められるように意識しながら倒れている生徒の横にしゃがみ込む。

 

「ルーモス」

 

 杖に明かりを灯し顔を照らしてみるが、瞳孔が収縮することはない。

 脈を測ってみるが、完全に心臓は止まっていた。

 

「うん。多分死んでるわね。だとすると、スリザリンの怪物にやられたのかしら……」

 

 何にしても早くホグワーツの教員に知らせた方がいいだろう。

 私は踵を返すと職員室の方へ向けて歩き出した。

 

「待て!」

 

 その瞬間、私の後ろから声をかけられる。

 私が振り向くと、そこにはハッフルパフの上級生が立っていた。

 どうやら私がやってきた反対側の廊下からやってきたらしい。

 

「どこに行くつもりだ? というか、これは君がやったのか?」

 

 ハッフルパフの上級生は私に対し杖を向けたままゆっくり距離を詰めてくる。

 どうやら他にも仲間がいたようで、私に杖を向けているハッフルパフ生と同級生であろう生徒たちが倒れているハッフルパフ生の様子を確認し始めた。

 

「いえ、私も今この惨状を発見したところです。誰か先生を呼びにいこうと思いまして」

 

「先生を? 本当か?」

 

「いや本当ですけど……」

 

 私は肩を竦めると、職員室を目指して歩き始める。

 

「待て! 動くな! そこでじっとしてるんだ」

 

 だがまたもやハッフルパフ生がそれを制止した。

 私は足を止め、ため息交じりにハッフルパフ生の方に向き直る。

 私に杖を向けているハッフルパフ生は仲間に合図をし、教員を呼びに行かせた。

 

「いやいや、私じゃありませんって。なんでそう私のことを怪しむんです?」

 

 私は純粋に疑問に思い、杖を向けているハッフルパフ生に聞く。

 ハッフルパフ生は杖を握り直すと、半分怒鳴るように言った。

 

「ただの目撃者が、そんなに笑顔なはずないだろう!!」

 

「……え?」

 

 私は自分の顔を両手でペタペタと触る。

 危機感こそあまり感じていなかったが、だからといって笑顔であるはずはない。

 だが、私は確かに笑顔を浮かべていた。

 

「うそ……なんで私笑って……」

 

「とにかく、誰か先生が来るまではじっとしていて欲しい。僕も本気で君がやったとは思っていない。でも、君が怪しいのも確かだ」

 

 ハッフルパフ生に言われるまでもなく、私はショックでその場から動けなくなっていた。

 騒ぎを聞きつけた生徒たちが廊下を塞ぐようにして遠巻きに様子を窺っている。

 皆私の方を指さしながらヒソヒソと何かを囁き合っていた。

 

 

 

 

 

 どれほどの時が経過しただろうか。

 ハッフルパフ生がマクゴナガルを引き連れて帰ってきた。

 マクゴナガルは廊下の惨状を確認すると、顔面を蒼白にしながら後からやってきた他の教師たちに指示を飛ばす。

 床で倒れている生徒はフリットウィックとスプラウトが、床に浮いているニックは生徒の一人がマクゴナガルが魔法で出現させた大きなうちわで扇いで運んでいった。

 

「ミスター・ディゴリー。ミス・ホワイトの身柄はこちらで預かります。貴方にも後で事情は聞きますが、今日のところは帰って構いません」

 

 マクゴナガルは放心している私の腕をガッチリと掴むと、人混みをかき分け廊下を抜ける。

 マクゴナガルは私を引っ張ったままズンズンと廊下を進み、ガーゴイル像の前で立ち止まった。

 

「レモンキャンディー」

 

 マクゴナガルはガーゴイル像に向かってそう言う。

 きっとそれが合言葉だったのだろう。

 ガーゴイル像がぴょんと脇に避け、像があった背後の壁が左右に割れ始める。

 左右に割れた壁の裏にはエスカレーターのように上に上に動いている螺旋階段があった。

 

「校長先生がお待ちです。今回の件は私の手には追えません。ダンブルドア校長に全て正直に話すのです」

 

「あの先生──」

 

「わかってます。私も貴方が犯人だとは思っていません。だからこそ、校長先生に──」

 

「いえ、そうじゃなく……」

 

 私はマクゴナガルの顔を見上げる。

 

「私、まだ笑ってます?」

 

 マクゴナガルは私の顔をチラリと見ると、明らかに瞳に動揺の色を見せる。

 そして逃げるようにその場を去っていってしまった。

 私はマクゴナガルの背中を見送ると、改めてガーゴイル像裏の螺旋階段に目を向ける。

 何にしても、今は進むしかないだろう。

 私は螺旋階段に乗り、上の階へと進む。

 螺旋階段の一番上には重厚な樫の扉があった。

 扉にはグリフィンを象ったノッカーがつけられている。

 私は深呼吸を一つすると、いつでも時間を止められるように身構えてからノッカーを扉に打ちつけた。

 

「……」

 

 中から返事はない。

 私はドアノブを握ると、重たい扉をゆっくり押し開いた。

 部屋の中は円形になっており、机や棚には奇妙な小物が並んでいる。

 また、壁には歴代の校長と思われる肖像画がかけられており、皆スヤスヤと眠っていた。

 私は部屋をぐるりと見回し、見覚えのある小物を見つける。

 ボロボロでツギハギだらけの古い三角帽、組み分け帽子が棚に置かれていた。

 私は周囲を見回し、肖像画が全て眠っていることを確認してから時間を止める。

 そして止まった時間の中で組み分け帽子を被った。

 

「こんなに静かな校長室は久しぶりだのう。小物が奏でるチャカポコとした音や、肖像画のイビキが聞こえない。時間を止めているね? サクヤ・ホワイト」

 

 組み分け帽子は静かな声で私に語りかけてくる。

 私はその言葉に静かに耳を傾けた。

 

「安心するとよい。わしはそもそも個人の秘密を他人に話せるようには作られておらん。わしから秘密を引き出せるとしたら、わしを作ったホグワーツの創設者だけじゃ。もっとも、そのものは既にこの世にはおらんが。君のその能力の秘密は誰にも話していない。ダンブルドアにもじゃ」

 

 私はその言葉を聞いて少し安心する。

 

「にしても、この一年、随分な目に遭ってきたようじゃの。そうかそうか、賢者の石を守り抜いたのは君じゃったか。……ふむ、クィリナス・クィレルを殺したことを後悔しているね? 罪悪感……いや、間違った選択をしたのではないかと後悔している」

 

 組み分け帽子は私の頭の上で小さく笑う。

 

「安心するといい。クィリナス・クィレルはあの時点で既に死んでおったようなもんじゃ。ユニコーンの血を飲む行為は、生きながらにして死ぬ行為と同義。君は結果的に君の親友を、賢者の石を、ユニコーンの血を飲んだことで呪われたクィリナス・クィレルを救ったのじゃよ」

 

「そう……なんでしょうか」

 

「勿論、殺人そのものは許される行為ではない。人を殺すという行為は、それ以外に選択肢がない時に、全てを失う覚悟を持ってする行為じゃ。他に選択できる道がある場合は、殺人を選択肢に入れてはならん。殺人は自らの魂をも傷つける。人を殺せば殺すほど、人間として大切なものを失っていく」

 

 確かにクィレルを殺した時、自分が自分ではなくなったような感覚があった。

 あれはそういうことだったのだろうか。

 

「何にしても、ホグワーツは再び危機に瀕しておる。君の大切な人を、そして何より自分自身を守るためにどうすればいいのか。よく考えるのじゃ」

 

「……わかりました」

 

 私は組み分け帽子を脱ぐと、元の場所に置き直す。そして改めて周囲を見回し、元いた位置に戻ってから時間停止を解除した。

 ピタリと動きを止めていた小物たちはポコポコと音を立てながら動き出し、歴代校長の肖像画たちは一斉にいびきをかき始める。

 そして、そのいびきに重なるようにして私の後ろからグゲっという鳴き声が聞こえてきた。

 私が鳴き声がした方を振り返ると、そこにはヨボヨボで今にも死にそうな大きな鳥が止まり木に止まっていた。

 

「この世にエロールよりも死にそうな鳥がいたなんて。貴方はダンブルドアのペット?」

 

 私がそう聞くと、ヨボヨボの鳥は力なく鳴き声をあげる。

 その瞬間、突然鳥に火がつき、一気に燃え上がった。

 

「なっ──ぁ……」

 

 私が呆気に取られているうちに鳥は燃え尽き、灰になってしまう。

 その瞬間、ダンブルドアが扉を開けて部屋の中に入ってきた。

 私は灰の山を隠すように止まり木とダンブルドアの間に立つ。

 だが部屋の中に立ち込める生き物が燃えた臭いは誤魔化しようがなかった。

 

「隠さんでもよい。そろそろだったのじゃ。わしも早くすませてしまうようにと言い聞かせておったのじゃが……」

 

 ダンブルドアは灰の山に近づくと、その中から小さな雛鳥を取り出した。

 

「フォークスは不死鳥なのじゃよ。寿命がくるとこのように炎となって燃え上がり、そして灰の中から雛として蘇る」

 

 ダンブルドアは雛鳥を止まり木の横にあったタオルの敷き詰められた籠に移す。

 そして改めて私の方へと向き直った。

 

「ホグワーツに仕えている屋敷しもべ妖精の多くがつい先程まで君が厨房におったと証言しておる。君はあの場に居合わせただけ。そうじゃな?」

 

 ダンブルドアは私の瞳をジッと見つめる。

 私は小さく頷いた。

 

「わしとしても、君が犯人だとは考えておらん。学生が厨房に入り浸っておるのは考えものじゃが……まあ彼らの邪魔をしておらんならとやかく言う必要もないじゃろう。君からわしに特に聞きたいことがなければ、もう帰ってもよいが……」

 

「倒れていたハッフルパフ生は……死んでいたんでしょうか」

 

 私が触って確かめた限りでは、生きているようには見えなかった。

 だがダンブルドアは首を横に振る。

 

「ジャスティンは死んではおらん。コリンと同じく石にされただけじゃよ。マンドレイクの薬ができたら元通り動けるようになるじゃろう」

 

 ということは、また死者は出なかったということか。

 

「そうですか……でもニックはゴーストなのにあんな状態に……そもそもゴーストを傷つけることなんてできるんですか?」

 

「普通には無理じゃな。わしもゴーストがあのような状態になっておるところは初めて見る。ニックは何か特殊な魔法をかけられたのじゃろう。さて、他に聞きたいことがなければ──」

 

「あの! 最後に一つ……」

 

 私はダンブルドアの言葉を遮るように質問を重ねる。

 

「五十年前、秘密の部屋を開けたのは誰なんです?」

 

 優しげな笑みを浮かべていたダンブルドアの表情が少し硬直する。

 

「五十年前、スリザリンの怪物に生徒が一人殺されたと聞きました。でも、ホグワーツが今も変わらず存在しているということはその時は事件が解決したんですよね?」

 

 ダンブルドアは少し部屋の中を歩くと、私に背を向けたまま言った。

 

「その時は犯人だと断定された生徒が一人退学になった。それ以上のことはわしの口からは言えん」

 

「……そうですか。それでは失礼します」

 

 私はダンブルドアに頭を下げると、樫の扉のドアノブに手をかける。

 

「あまりロックハートを信用してはならん」

 

 私が扉を開けようとした瞬間、私の背中に向かってダンブルドアがぽつりと呟いた。

 

「何故です?」

 

 私は振り返らず、樫の扉を見つめたままダンブルドアに問い返す。

 

「……教師としてホグワーツに来てからロックハートは豹変した。学生の頃と比べてではない。つい一ヶ月前と比べてじゃ」

 

 確かに、思い当たる節はある。

 学校が始まる前に本屋で会ったロックハートと今のロックハートでは顔が同じだけの別人といっても過言ではないほど印象が異なっている。

 

「教師になったからこそ、今までの態度を改めたのでは?」

 

「……そうじゃといいの。だからこそ、用心じゃ。忘れるでないぞ」

 

 私は今度こそ重たい扉を押し開けると、螺旋階段を下ってガーゴイル像のある廊下に戻った。

 懐中時計を見ると、あと少しで午後の変身術の授業が始まる時間だ。

 私は小さくため息をつくと、変身術の教室に向かって歩き出した。

 




設定や用語解説

不死鳥フォークス
 ダンブルドアのペットの不死鳥。寿命が来ると燃え上がり、雛として生まれ変わる。また、ペットとしても優秀で、賢く、重たい荷物を運ぶことができ、また涙には癒しの効果がある。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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