P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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停職と収監と私

 ハリー・ポッターが襲われたという情報は瞬く間に魔法界中に知れ渡ることになった。

 連日新聞の一面にホグワーツでの秘密の部屋騒動のことが書かれ、毎朝普段の倍、大広間にふくろうが飛び交う。

 魔法省がホグワーツに調査に入ったほうがいいのではないか。

 ダンブルドアはこの責任をどう取るつもりなのか。

 そのような意見まで出てくる始末だった。

 

「メディアは言いたい放題だ。今ダンブルドアを辞任させて何になる。魔法界にダンブルドア以上の魔法使いがいるとは思えない。だが、言いたい放題言うのがメディアの仕事でもある」

 

 一月も終わりに差し掛かった日曜の昼過ぎ。

 私はロックハートの私室でいつも通り紅茶を用意していた。

 ロックハートも机と本棚を行ったり来たりしながら個人授業の準備を進めている。

 

「でも、なぜハリーが襲われたのでしょう。ハリーは父親も母親も魔法使い……所謂純血です。スリザリンの言うところの優秀な魔法使いのくくりです」

 

 私はティーポットの中の紅茶をティーカップに注ぐ。

 

「ふむ、いくつか可能性は考えられる。一つは、偶然スリザリンの化け物を見つけてしまい、目撃者を消すために石にされた。もう一つは、ポッター君の存在が邪魔だったから誘き出されて石にされた」

 

「存在が邪魔……でもそんなことあるんでしょうか。こう言うと言い方は悪いですが、ハリーがスリザリンの化け物をどうにかできるとは思えません」

 

 私ならともかく、ハリーがスリザリンの化け物に勝てるとは思えない。

 

「果たして本当にそうだろうか。ポッター君は赤子の頃にかのヴォルデモート卿を撃退している。彼は特別だ」

 

「まあ、結果的にやられてるんですけどね」

 

 私はいつも通りの椅子に座り、ノートを取り出す。

 ロックハートも準備が整ったのか、本の山を脇へ寄せた。

 

「さて、この個人授業が始まって数ヶ月経つが、サクヤは非常に筋がいい。物覚えもいいしね。防御魔法と攻撃魔法に至ってはホグワーツの七年生にも劣らないだろう。だが、ここまではあくまで基礎だ。所詮表の世界で使われている魔法でしかない」

 

 ロックハートは一冊の本を手に取りページを捲る。

 

「突然だがサクヤ、魔法使いとは何だと思う?」

 

「え? 魔法使いですか? ……魔力を持っている人間?」

 

「そうだね。今の魔法界において、魔法使いというのは魔力を持っている人間のことを指している。だが、魔力を持っている人間というのは、所詮魔力を持っている人間でしかない。真の魔法使いとは言えない」

 

「じゃあ、魔法使いって何なんです?」

 

「魔法使いという生き物は常に真理を追い求めるものだ。真の魔法使いにとって魔法というものは過程でしかない。結果になってはいけないんだ。ただ既存の魔法を覚えるだけじゃ真の魔法使いとは言えない。覚えた魔法という道具を用いて新たな真理に到達する。そしてその新たな真理を用いて魔法を作り、さらなる深みを目指す」

 

「さらなる深み……」

 

「まあ簡単に言ってしまえば、魔法を使えるだけでなく、作れるようになりなさいって話さ。そのためには魔法がどのように発動しているのか、魔力の根源はどこにあるのか。そういった理論的な話になってくる」

 

 そう言ってロックハートは机の上に積まれている本を叩いた。

 

「そのためには知識が必要だ。というわけでここからは最新の学術書の内容を読み解いていく。私の予想だが、二年生が終わる夏にはある程度自分で魔法が作れるようになるだろう」

 

 私は机の上の本を一冊手に取る。

 そこには『魔力と知力 パチュリー・ノーレッジ著』と書かれていた。

 

「あ、パチュリー・ノーレッジの本だ」

 

「ほう、彼女を知ってるのか」

 

「ああ、いえ。友達が彼女のファンで」

 

 私自身パチュリー・ノーレッジの本を読んだことはない。

 いや、正確には読もうとしたことはある。

 だが、そこに書かれている文章はあまりにも硬く、そして恐ろしいほどつまらない。

 まるでただの数字の羅列を見ているかのような錯覚すら覚える。

 

「なるほど、グレンジャー君だね。それにしてもファンか……ファンがつくような本だった記憶はないが……何にしても、現代魔術を学ぶにあたって、彼女の本ほど参考になるものはない」

 

 そう言うとロックハートは本を開き、本の内容を読みながら時折解説を入れていく。

 私は時折メモを取りながら、数時間に渡る現代魔術の講義を受けた。

 

 

 

 

 

「なんというか、凄まじいですね。このパチュリー・ノーレッジという人」

 

 数時間に及ぶ講義の末、一番初めに出た言葉はそれだった。

 魔法に対する考え方の次元が違いすぎる。

 

「凄まじい……か。確かに彼女の考え方はどこか俯瞰的だ。魔法というものを一つ上の次元から見ているように感じる。何にしても、この本に書かれていることを理解できるようになるのが当面の目標だ」

 

 そう言うと、ロックハートは私の前に三冊の分厚い本を積み上げる。

 表紙を見ると、三冊ともパチュリー・ノーレッジの著書だった。

 

「来週までに一通り目を通してくるんだ。流石に一から十まで教えていると時間が足りない。読んでみて、理解できない場所を講義の時間に教える。来週からはそういった流れで行こう」

 

「これ、三冊ともですか?」

 

 羊皮紙の本とはいえ、かなりのページがあることに変わりはない。

 三冊全てに目を通すには、かなりの時間を要するだろう。

 

「時間が足りないかい?」

 

「いえ、そういうわけでは」

 

 まあ、私にとって時間がないという概念は存在しない。

 夕食前にでも時間を止めてじっくり読めばいいだろう。

 

「じゃあ、今日の講義はこれぐらいにしよう。来週も同じ時間でいいかな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 私は机の下から鞄を取り出すと、分厚い本を三冊鞄の中に入れる。

 その瞬間、ロックハートの部屋の扉がノックされた。

 

「ロックハート先生! いらっしゃいますか!」

 

「少々お待ちを!」

 

 ロックハートは大声で返事をすると、杖を一振りし部屋の中を元に戻す。

 私は飲みかけの紅茶をティーカップごと鞄の中に詰め込むと、鞄の中からハリーの透明マントを取り出した。

 

「これ被って部屋の隅にいます」

 

 私はロックハートに向かって囁く。

 ロックハートは私が透明マントを被ったのを確認すると、部屋の扉を開けた。

 扉の外に立っていたのは白髪で小太りの男性だった。

 

「ギルデロイ……マーリン勲章の授与式以来かな?」

 

 小太りの男性はロックハートに握手を求める。

 ロックハートは笑顔でその男性と握手を交わした。

 

「またお会いできて光栄です。ところで、私に何か御用ですかな?」

 

 ロックハートは部屋の中に男性を招き入れる。

 男性は部屋の中に入ると、入り口の扉をぴっちりと閉じた。

 

「今お茶をお淹れいたします。とはいえ、あまり良い茶葉でもありませんが……」

 

「いやいや、遠慮しておこう。あまり大臣室を空けると補佐がうるさいんだ」

 

 大臣室……魔法界に大臣と呼ばれる役職は一つしかない。

 魔法大臣、つまり魔法省のトップだ。

 確か今の魔法大臣はコーネリウス・ファッジという名前だったはずだ。

 つまりは魔法省のトップがロックハートの部屋を訪れたということである。

 

「そういうことでしたら……」

 

 ロックハートは手に持っていた茶葉の缶を棚に戻すと、ファッジに向き直る。

 

「すぐにでも本題に入ったほうがいいんでしょうね。それで、私に何か用です?」

 

 ファッジは少し悩むように目を泳がせたが、すぐに口を開いた。

 

「ホグワーツの理事会でダンブルドアの停職が決まった。明日にはダンブルドアはホグワーツを去ることになる」

 

「それはそれは……あまりこういうことは言いたくないのですが……理事会の正気を疑うところではありますね」

 

「ルシウスだ。彼が理事たちを脅しつけたに違いない。何にしても、十二人全員の署名が集まってしまった。流石に無視はできん」

 

 どうやらダンブルドアの停職はファッジが望んでいることではないらしい。

 

「では、このような状況なのに校長が不在に?」

 

「……そうなる。そして、悪い知らせはもう一つある」

 

 私は透明マント越しにファッジとロックハートを観察する。

 ファッジは本当に申し訳なさそうにロックハートに言った。

 

「君に負担を掛けてしまうことは百も承知だが……ダンブルドアが復帰するまでの間君が代理で校長をやってほしい」

 

「私が……ですか?」

 

 ロックハートは驚いたような表情でファッジをじっと見る。

 

「通常ならば副校長のマクゴナガル先生が代理となるはずでは?」

 

「そうなのだが……今のホグワーツに、魔法界に必要なのは希望だ。あのギルデロイ・ロックハートが代理でホグワーツの校長に就任したとなれば、世論も落ち着くというものだ。それに、理事会も君の校長就任を強く推している」

 

「理事会が私を?」

 

「そうだ。それに、魔法省としても君に代理を務めてもらいたいと考えている」

 

 ロックハートはそこまで聞くと、深刻な表情で何かを考え始める。

 そして軽く頭を抱えると、何かを諦めるようにファッジに向き直った。

 

「そういうことでしたら……引き受けましょう」

 

 ロックハートがそう返事をすると、ファッジは安堵の息をついた。

 

「ハリー・ポッターが石にされてしまった今、君が最後の希望だ。魔法省としても、少しでも早くダンブルドアが復帰できるよう取り計らう」

 

 ファッジはそう言い残すと、ロックハートともう一度握手を交わし部屋を出て行く。

 私は足音が遠ざかっていくのを確認してから透明マントを脱ぎ捨てた。

 

「ダンブルドアが停職?」

 

「このタイミングでダンブルドアを停職にするのは悪手にもほどがある。理事会は一体何を考えているんだ?」

 

 私は透明マントを仕舞いながら考える。

 ルシウスというのはルシウス・マルフォイのことだろう。

 

「今のホグワーツの状況を利用して、ルシウス・マルフォイがダンブルドアを引きずり下ろそうとしている……そういうことですかね」

 

「その可能性が高いだろうね。マルフォイ家はスリザリンとの関わりが深い。この状況を都合がいいとすら思っているだろう」

 

 ロックハートはそう言いながら本棚の方へと歩いていく。

 そして棚の一角の本をごっそり抜き出すと机の上に置いた。

 

「予定変更だ。流石に校長職を兼務するとなるとこのような個人授業を続けることはできないだろう。毎週三冊づつ渡すつもりだったが、今まとめて渡しておくよ。例の鞄は持っているかい?」

 

 私は頷くと、鞄の中に机の上の本を詰め込み始める。

 鞄に入れながら背表紙を確認したが、殆どがパチュリー・ノーレッジの著書だった。

 

「それにしても、なんだか凄いことになってきましたね。ホグワーツはどうなってしまうんでしょうか……」

 

 私は最後の一冊を詰め込むと、鞄の留め具をつける。

 

「なんとかしてみせるさ。それが大人の仕事だ」

 

 ロックハートはそう言って椅子に掛けていたローブを羽織った。

 

「マクゴナガル先生に会いに行ってくる。これからのことを相談しなければ……」

 

「では、私はこれで。個人授業は少しお休みですね」

 

「君の淹れる紅茶が飲めなくなると思うと、今から少し憂鬱だ」

 

「あら、ご希望とあらば校長室まで出向いてお淹れしますが?」

 

 私とロックハートは顔を見合わせ、苦笑する。

 私は鞄を持ち上げると、ロックハートに一礼して部屋の扉を押し開けた。

 

 

 

 

 

 ロックハートが校長に就任したという話はあっという間にホグワーツ中に広まり、次の日には日刊予言者新聞の一面に掲載されたことで瞬く間に魔法界に広まった。

 魔法省、並びに理事会に推薦されたということや、ロックハート自身がマーリン勲章を受賞しているということもあり、世論からはロックハートの校長就任はある程度好意的に受け止められている。

 メディアもロックハートの校長就任を支持しているようで、新聞を読む分にはロックハート校長就任に対する批判等は書かれていない。

 また、ロックハートは生徒からの人気も高く、信頼も厚い。

 ホグワーツの生徒の殆どがダンブルドアの代わりに校長を務められるのはロックハートしかいないとすら考えていた。

 なんなら、一番ロックハートの校長就任に反対していたのはロックハート自身だった。

 本来ならばマクゴナガル先生が校長を務めるべきだという話を他の教師陣に溢しているのを何人もの生徒が聞いている。

 まあ、ロックハートの校長就任が支持されているかいないかはともかく、ロックハートは校長に就任してから緊急措置としていくつかの規則を制定した。

 まあ規則といっても破ったら罰則を喰らうようなものではない。

 授業間の移動は三人以上で行動するということや、下級生の組は出来るだけ上級生の組にくっつくことなど、怪物に襲われないようにする工夫だ。

 また、夜間は立ち入り禁止になる廊下や階段がいくつか設定された。

 立ち入り禁止になる基準は単純で、夜間そこに行く意味がないところだ。

 用事がないから行く必要がない。

 立ち入り禁止にしたところで迷惑する生徒は殆ど存在しない。

 若干目的地まで遠回りになる場合もあるが、通路が制限される分通行量も多くなる。

 単純ながらよく考えられた規則だと言えるだろう。

 また、ダンブルドアの停職、ロックハートの校長就任と同時に、もう一つ大きな事件がホグワーツで起きた。

 ハグリッドがアズカバンに連行されたのだ。

 逮捕ではなく事情聴取とのことだが、なぜ連行されたのかは公表されていない。

 だが、私たちはすぐにハグリッドの連行を秘密の部屋に結びつけた。

 ハグリッドは過去に秘密の部屋を開けた容疑でホグワーツを退学になっている。

 魔法省としてもこれほど事態が大きくなってしまったので、何か手を打ったという印象を世間に与えたいのだろう。

 

「なんというか。今すぐマグルの学校に逃げたい気分だわ」

 

 私はハグリッドの小屋の中でファングの餌皿にドッグフードを流し入れる。

 

「秘密の部屋を開けたのは私ですって嘘でも言ってホグワーツを退学になろうかしら」

 

「冗談にしても笑えないよ」

 

 一緒に小屋に来ていたロンがファングの寝床の掃除をしながらそう言った。

 

「でも、案外上手く回っていると思うわ。勿論、ダンブルドア先生が校長をやるのが一番だけど……」

 

 ハーマイオニーはホグワーツの殆どの生徒と同じくロックハートの校長就任を支持している一人だ。

 

「でも、結局のところ根本的な解決はしてないわけだろ? スリザリンの怪物をどうにかしないことにはさ」

 

「まあ、そうなのよねぇ。でもダンブルドアが停職になったということは、ダンブルドアが暇になったということよ。つまり、裏でスリザリンの怪物を倒す手段を探しているのかもしれないわ」

 

 私は餌皿に顔を突っ込んでいるファングの頭を撫でる。

 何にしても、これまで以上に警戒しながら生活したほうがいいのは確かだ。

 私は懐中時計で時間を確認すると、ハーマイオニーとロンを連れてハグリッドの小屋を後にした。




設定や用語解説

パチュリーの学術書
 パチュリーの著書には高度な魔法は書かれておらず、あくまで考え方や新しい魔法を作るうえで必要な知識、また、既存の魔法の研究結果などが書かれている。

コーネリウス・ファッジ
 イギリス魔法省の現トップ。魔法の才能は高いわけではないが、政治力はある。人当たりのいい性格だが、追いつめられると正常な判断ができないタイプ。

ロックハート校長
 原作のロックハートでは考えられないことだが、今作のロックハートは優秀な面しか見せていないため割と妥当な選択。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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