P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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秘密の部屋編のクライマックス。


毒蛇の王とロックハートと私

 ロックハートが校長に就任してから数ヶ月が経った四月の半ば。

 イースター休暇も終わり、少しずつ生徒の意識は期末試験に向きつつあった。

 ハリーが襲われてから四ヶ月ほど経ったが、そのあとスリザリンの怪物に襲われた生徒は出ていない。

 ロックハートの対策がうまく嵌っているからなのかはわからないが、生徒たちの間では秘密の部屋の一件は既に終わったことという認識になりつつあった。

 まあ、数ヶ月も被害者が出ていないともなれば危機感が薄れるのは仕方のないことだろう。

 

「さっきスプラウト先生に聞いたんだけど、六月にはマンドレイクが収穫できるそうよ」

 

 夕食後、和やかな雰囲気の談話室内で変身術の教科書を開きながらハーマイオニーが言う。

 

「六月ってことはギリギリ期末試験のあとか……うーん、僕も石にしてくれないかな」

 

「ロン、流石に不謹慎よ」

 

 私はロンの宿題を覗きながら小声で窘めた。

 ロンはじっと目の前の呪文学の教科書を睨んだが、やがて諦めるようにソファーの背もたれに体重を掛ける。

 

「でもハリーは期末試験を受けなくていいんだろう?」

 

「多分その分補講があると思うけどね。ほら、ここ違うわよ」

 

 ハリーはあの後も医務室のベッドに転がったままだ。

 期末試験は六月の頭。

 いつ石化を解く薬が完成するのかはわからないが、早くても試験の数日前だ。

 流石に病み上がりの生徒に期末試験を受けろと言うほど学校側も鬼畜ではないだろう。

 

「はぁ……何で期末試験なんてあるんだろう」

 

「貴方みたいな生徒がいるからよ。試験がないと勉強しないでしょ? っと、そろそろいい時間かしら」

 

 私はポケットの中に手を突っ込んで懐中時計を取り出そうとする。

 

「あら?」

 

 だが、ポケットの中に懐中時計は入っていなかった。

 私は他のポケットも弄るが、懐中時計は見つからない。

 

「サクヤ、何か探し物?」

 

「時計がない……多分変身術の教室に忘れてきたわ」

 

 私はソファーに掛けていたローブを羽織り、外に出る準備をする。

 

「私もついてくわ」

 

 すると、それを見たハーマイオニーもローブを手に取った。

 

「大丈夫。談話室で待ってて。すぐに戻るわ」

 

 だが変身術の教室に懐中時計を取りに行くだけだ。

 わざわざ二人で行く必要もないだろう。

 規則では二人以上での行動となってはいるが、ハリーが襲われてから次の被害者は出ていない。

 深夜に校内を徘徊するならまだしも、忘れ物を取りにちょっと出歩くぐらいなら大丈夫なはずだ。

 

「先に寝てて! すぐ戻るから」

 

「ああっ! ちょっと待ちなさい!」

 

 私はハーマイオニーの準備が整う前に談話室の外に出て変身術の教室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 十分もしないうちに変身術の教室にたどり着き、私は自分が座っていた机の下に手を突っ込む。

 そういえば今日の変身術の授業で間違えて呪文を掛けてしまわないように机の下に避難させておいたんだった。

 私は無事懐中時計を見つけると、机の下から拾い上げる。

 懐中時計で時間を確認すると、すでに出歩いていい時間を過ぎていた。

 

「もういい時間ね。急いで戻らないと」

 

 私はポケットの中に懐中時計を突っ込む。

 

 

「寝ない子だーれだ?」

 

 

 次の瞬間、私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 冷たい空気を感じる。

 周囲に水溜りでもあるのか、時折ピチャンという雫が落ちる音がした。

 私は意識が覚醒してすぐ、体を動かさないようにしながら時間を止める。

 取り敢えず時間さえ止めていれば自分の身が危険に晒されることはない。

 私は大きく深呼吸をすると、現在の状況を整理し始めた。

 私は懐中時計を取りに変身術の教室に向かったはずだ。

 そこで自分の席から懐中時計を回収し、談話室に帰ろうとした。

 ……そこから先の記憶がない。

 私は首を回して周囲の状況を確認しようとする。

 だが、目の前は真っ暗で、何も見ることは出来なかった。

 

「いや、目隠しされてるのか」

 

 目の上に何かが巻かれているような感覚がある。

 私は目隠しを取ろうと腕を上げようとするが、体の後ろで縛られているらしく身動きを取ることが出来なかった。

 

「……誘拐された、ということかしら」

 

 私は手首に巻かれた縄を何とか取ろうと手を捻る。

 どうやら手首の縄はあまりキツく縛られていなかったようで、何度も手を捻っているうちに縄が緩み隙間から手を引っこ抜くことができた。

 

「よし」

 

 私は自由になった両手で目隠しをズラす。

 目の前には奥行きが広い空間が広がっており、両脇には大きな石の柱が何本も並んでいる。

 また、壁には細かな彫刻が施されており、そのどれもがヘビをあしらったものだった。

 

「で、一番の問題は……」

 

 私の目の前、部屋の中央には巨大なヘビが佇んでいる。

 全長十五メートルはあるだろうか。

 頭の大きさに至っては私の身長に近いほどの大きさだ。

 また、口の中には巨大な牙が生えており、その上には不気味な黄色の眼球がついていた。

 

「……確実にこれがスリザリンの怪物よね?」

 

 私は少し前にハーマイオニーと調べていた魔法生物について思い出す。

 結局候補を絞り切ることは出来なかったが、最終的に候補に上がったヘビの魔法生物はそう多くない。

 そして目の前の巨大なヘビは、その特徴に見事に合致していた。

 

「毒蛇の王、バジリスク……目を見るだけで獲物を殺すことができる凶悪な魔法生物……」

 

 だが、今私が死んでいないところを見ると、時間が止まっていたらその効力はないようだ。

 何にしても、これで時間停止を解くわけにはいかなくなった。

 安全のためにも、バジリスクはこの場で殺しておいたほうがいいだろう。

 私はバジリスクを殺すためにローブから杖を引き抜こうとする。

 だが、いくらローブを弄っても杖は見つからなかった。

 

「流石に取られてるか」

 

 私は改めてバジリスクを見据える。

 バジリスクは地を這うような体勢を取っているため、頭の位置はちょうど顔の高さにある。

 私は周囲を見回し、部屋の隅にあった彫刻の長く尖った部分を蹴り折ると、その杭のような破片でバジリスクの眼球を抉り取った。

 時間が止まっているため、血が飛び散るわけではないが、石像の破片には血がベットリと付着する。

 これで取り敢えず睨まれたことで殺されることはなくなった。

 私はバジリスクの上によじ登ると、脳みそのある位置目掛けて思いっきり杭を振り下ろす。

 だが頑丈な頭蓋骨に阻まれて杭は突き刺さらなかった。

 

「あ、そうか。上からじゃ無理か」

 

 私はバジリスクの頭部から飛び降り、今度は鼻の穴に杭を差し込む。

 そして大きく助走をつけ、思いっきり杭を蹴り込んだ。

 鈍い手応えとともに杭は深々とバジリスクの鼻の穴に突き刺さる。

 私はその杭の端を持ち、内部を広げるように大きく回した。

 念入りに念入りにバジリスクの頭の中を杭でかき混ぜる。

 このバジリスクが何百年生きているかは知らないが、脳さえ破壊すれば流石に死ぬはずだ。

 私は血塗れの杭を引き抜くと、バジリスクから少し離れて時間停止を解除した。

 バジリスクは鮮血を撒き散らしながら痙攣すると、何度かうねうねと動く。

 だが、すぐにピクリとも動かなくなった。

 私は少し離れた位置でじっとバジリスクを観察する。

 しばらく様子を見たが、それ以上バジリスクが動く様子はない。

 どうやら完全に絶命したようだ。

 取り敢えず、これで身の安全は確保できた。

 あとはこの空間から脱出するだけだが、そもそもここがホグワーツの中なのかどうかさえわからない。

 

「私を誘拐した犯人は一体何を考えて──」

 

「サクヤッ!! 無事か!?」

 

 突然名前を呼ばれて私は弾かれるように声が聞こえた方向を見る。

 そこには杖を握りしめてこちらに走ってくるロックハートの姿があった。

 ロックハートは私の元まで駆け寄ると、私とその横に血溜まりを作って死んでいるバジリスクを交互に見る。

 そして怪訝な顔で私に聞いた。

 

「これは……君が?」

 

「あっいや、その、あの、えっと……はい」

 

 私は少し目を逸らしてそう答える。

 ロックハートはバジリスクに歩み寄ると、バジリスクの傷口を調べ始めた。

 

「両眼をやられている。鼻から血が出ているところを見るに、鼻の穴から脳を掻き回したのか」

 

「あの、私実はここへは誘拐されて……」

 

「尋常な殺され方じゃない。バジリスク相手にどうやって……」

 

 ロックハートは何かをブツブツと呟くと、私の方に向き直る。

 なんにしても助かった。

 ロックハートがここまで来れたということは、帰る方法があるということである。

 

「これ、スリザリンの怪物ですよね……」

 

「ああ、そうだ。サラザール・スリザリンが自身の継承者のために残したものだよ」

 

「……これで、この事件は終わったんでしょうか」

 

 私はロックハートにそう尋ねる。

 

「いや、まだだ。まだ修正が効く」

 

 ロックハートは杖をまっすぐ私に向けた。

 

「先生?」

 

「まさか君がバジリスクを殺してしまうなんて……残念だけどサクヤ。君にはここで死んでもらう」

 

 今、ロックハートは何て言った?

 君にはここで死んでもらう?

 

「サクヤ……君の役割は囚われのお姫様だ。怪物を倒す勇者じゃない。君のおかげで僕の描いたシナリオが滅茶苦茶だよ」

 

 僕の描いたシナリオ?

 一体なんのことを言って──

 

「素直に怯えながら僕の助けを待っていたら、君は何事もなく地上に帰ることができたのに。こうなってしまってはもう生かして帰すわけにはいかなくなった。バジリスクを倒したという手柄は僕に与えられないといけないからね」

 

 私はロックハートから距離を取るように一歩後ろに下がる。

 そしていつでも時間を止められるように身構えた。

 

「まさか……貴方がスリザリンの継承者……」

 

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。何にしても、君の予想通り秘密の部屋を開けたのは僕だよ。バジリスクに生徒を襲わせたのも僕だ」

 

 私が下がった分、ロックハートが一歩距離を詰めた。

 

「でも、だとしたらどうして……私の役割は姫? バジリスクは僕が倒す? 話の辻褄が合いません」

 

 ロックハートは手の中で杖をクルリと回す。

 そして不気味な笑みを浮かべた。

 

「ホグワーツからマグル生まれを追放するだなんて小さなことには僕は興味がない。秘密の部屋の事件はあくまでダンブルドアの老ぼれを蹴り落とし、僕の魔法界での地位を絶対的なものにするための足掛かりであればいい。かの有名なロックハートがダンブルドアでは解決出来なかった事件を見事解決し、ホグワーツに平和をもたらした。そういうストーリーが必要なんだよ」

 

 確かにダンブルドア以上の魔法使いであることが証明されれば、魔法界での地位を確たるものにすることができる。

 

「じゃあ、そのためにハリーを……」

 

「ハリー・ポッターか。やつは今回の件に関してはあまりにも邪魔だった。決闘クラブでパーセルタングを話しかけた時は驚いたね。まさかハリー・ポッターがパーセルマウスだったなんて」

 

 パーセルマウス……聞いたことはある。

 確かヘビと会話ができる人間のことだったはずだ。

 

「やつならバジリスクの声を聞くことができてしまう。だからこそ夜中に誘き出して始末する必要があった。透明マント越しにバジリスクの目を見たから死には至らなかったが、少なくともマンドレイクが成長し切るまでの時間を稼ぐことはできる」

 

「……なるほど、読めてきました。ダンブルドアを追放した貴方は堅実に校長職を務め、他の教員の信頼を獲得する。そして意図的にバジリスクに生徒を襲わせないことで先生が行った対策が上手く機能しているように見せかける。そして最終的にバジリスクを討伐することによって事件を解決し、名声を絶対的なものにする」

 

「そうだ。そして手に入れた地位と名声を利用して少しずつ魔法界を変えていくんだ。僕の計画では五年以内に魔法大臣の地位まで上り詰められる」

 

 つまり今回の事件は、全てロックハートによる自作自演の一部だったということか。

 

「なるほど……理由はわかりました。私が殺されないといけない理由も。でも、そうだとしたら何で私を弟子になんてしたんです? どうして私を誘拐してそれを助けにくるなんて無駄なことを……」

 

「限りなく優秀で絶対的な忠誠心を持つ配下を手に入れるためだよ。バジリスクに食べられそうなところを間一髪助けられる。そういうストーリーが重要だ。まあ、この有様なわけだが」

 

 ロックハートはバジリスクの死体を軽く蹴る。

 

「君がどのようにして拘束を解き、バジリスクを殺したのかには興味があるが、まあいい。シナリオを修正しよう。ロックハートは攫われた生徒を助けに向かったが、すでに生徒はバジリスクに殺されたあとだった。ロックハートは秘密の部屋でバジリスクと対決し、殺された生徒の仇を討つ。うん、これで行こう」

 

「別に先生が黙っていろと言うのなら、私は先生の邪魔はしません。むしろ先生が魔法界を変えるというのなら、私はそれを手伝いますよ?」

 

「はは、口では何とでも言える。何にしても、君を殺さないリスクとリターンを考えると、少し釣り合わないのでね」

 

 ロックハートは私に向かってまっすぐ杖を向ける。

 

「大丈夫だ。痛みなんて感じない。死の呪いはね、ただ対象の命を奪う、それだけなんだ」

 

 それに対し私は、ロックハートの杖に意識を向けた。

 

「最期に、何か言い残すことはあるかい?」

 

「最期……そうですね。私に魔法を教えてくれてありがとうございました」

 

「そうか。どういたしまして。アバダ──」

 

 私はロックハートが杖を振り上げた瞬間、時間を止めた。

 

「……本当に、貴方は私の良い先生でした」

 

 私はロックハートから杖を奪うと、バジリスクの死体に近寄り魔法で牙を折る。

 そして先端から滴る毒が手につかないように気をつけながら左手に握り込み、思いっきりロックハートの心臓目掛けて突き刺した。

 

「──ッ! ……あれ?」

 

 人体に刺したにしてはあまりにも手応えが固い。

 私は一度バジリスクの牙を抜くと、ロックハートのローブを弄り手応えの正体を取り出した。

 それは日記帳だった。

 日記帳はバジリスクの牙によって大きな穴が開いており、その穴からまるで血液のようにインクが流れ出している。

 少し特殊な日記帳のようだが、今はそれどころじゃない。

 私は日記帳を投げ捨てると、改めてロックハートの心臓にバジリスクの牙を突き刺した。

 

「さようなら、ロックハート先生」

 

 私はロックハートの杖を片手に時間停止を解除する。

 ロックハートは少し後ろに仰け反ると、胸に刺さっているバジリスクの牙を不思議そうに見た。

 

「ここは……私は一体何を……」

 

 ロックハートはそのまま後ろに倒れる。

 

「い、痛い……苦しい……誰か……」

 

 ロックハートの呼吸は次第に早くなっていき、顔を涙でグチャグチャにしながら苦しそうに咳き込み始める。

 

「誰か……僕を見て……」

 

 その言葉を最期に、ロックハートは死んだ。

 あたりはしんと静まり返り、水の滴る音だけがやけに大きく聞こえる。

 私はその場で大きく深呼吸をすると、そのまま壁に背中を預けて座り込んだ。

 殺した。

 また人を殺した。

 

「慣れないなぁ……」

 

 私は膝を抱えながらロックハートの死体を眺める。

 やらなければならないことは沢山あるが、今は何もしたくはない。

 私はそのままただぼんやりと、独り秘密の部屋の中で死体を見つめ続けた。




設定や用語解説

バジリスク
 サラザール・スリザリンがホグワーツに残した怪物であり、非常に強力な毒をもっている。また、バジリスクに睨まれると並大抵の生物は即死する。だが、鏡やレンズを通して見る分には石になるだけで即死することはない。

時間を止めて好きなようにバジリスクをいたぶるサクヤ
 実は時間停止中にどこまでのことができるのかをサクヤは把握していない。把握していないからこそ、やろうと思えば何でもできてしまう。逆に『バジリスクの時間も止まっているからバジリスクに傷をつけることができない』と考えてしまうと、サクヤはバジリスクに傷一つつけられなくなる。

パーセルマウス
 蛇と会話ができる魔法使いのこと。また、蛇語のことをパーセルタングという。魔法界にパーセルマウスは少なく、確認されているパーセルマウスの殆どがサラザール・スリザリンの末裔。原作のハリーは決闘クラブでパーセルマウスを使ってしまいスリザリンの継承者なんじゃないかと疑われるが、今作ではいち早く気が付いたロックハートに止められた模様。

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