P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
漏れ鍋で朝食を取り終わった私たちは、ダイアゴン横丁に新学期に必要な物の買い出しに来ていた。
といっても私とハリーは既に必要なものを揃えているため、ロンとハーマイオニーの付き添いという形だが。
私たちはオリバンダーの店でロンの杖を買った後、本屋、文房具屋、魔法薬の材料屋を回り、必要な物のリストを順番に埋めていく。
リストが埋まる頃には、ハーマイオニーの両手は沢山の教科書と羊皮紙で一杯になっていた。
「ねえサクヤ、その素敵な鞄にちょっとでいいから私の荷物を入れさせてくれない?」
ハーマイオニーは両手をプルプルさせながら私に聞いてくる。
「別にいいけど……ホグワーツに行く時はもっと荷物が増えるわけでしょ? 今のうちに慣れておいた方がいいと思うわよ?」
「意地悪言わないで……それに、この後ペットショップに行こうと思ってるの。私誕生日が九月だから両親がひと足早く自分でプレゼントを買いなさいってお小遣いをくれて──」
私は限界が近そうなハーマイオニーの荷物を笑いながら受け取ると、本がパンパンに詰まった重たい袋を鞄の中に放り込む。
ハーマイオニーはその様子を見ながらボソリと呟いた。
「どうしよう。ペットじゃなくて鞄を買おうかしら」
「貴方なら少し勉強すれば自分で作れそうだけどね。ほら、ペットショップに行くんでしょ? ハリーとロンもついてくる?」
私が二人に行くと、ロンがポケットからペットのネズミを取り出した。
「うん。どうもエジプトに行ってからスキャバーズの体調が悪いんだ。多分エジプトの水が合わなかったんだと思う」
確かにスキャバーズはロンの手の中で縮こまっている。
病気かどうかはわからないが、調子がおかしいのは確かだろう。
「それじゃあ、みんなで向かいましょうか」
私たちはアイスクリーム屋の向かいにある魔法動物ペットショップに入る。
店の中には所狭しとケージが並べられており、ペット達の鳴き声が響き渡っていた。
「僕はスキャバーズを見てもらいに行ってくるよ」
「僕もついていく。ハーマイオニーたちはペットを選んでて」
ロンとハリーはそう言うとカウンターの方に歩いていく。
私はハーマイオニーと一緒にペットを探すことにした。
「ハーマイオニーはどんなペットが欲しいの?」
「フクロウが欲しいわ。ハリーにはヘドウィグがいるし、ロンにはエロールがいるでしょ?」
「エロールはどちらかというとウィーズリー家で飼われているフクロウだけどね」
まあでも、ホグワーツに持ち込めるペットの中ではフクロウが一番間違いないとは思う。
賢く、自立性があり、何より実用的だ。
私はハーマイオニーと一緒にフクロウのケージを順番に覗いていく。
ハーマイオニーはどのフクロウにしようか相当悩んでいるようだったが、あるケージの前でピタリと立ち止まった。
「ん? いい感じのいた?」
私もハーマイオニーの横からケージの中を覗き込む。
だが、そこにいたのはフクロウではなく大きなオレンジ色の猫だった。
ケージの中からじっとこちらを伺う猫は顔がペタンと潰れており、お世辞にも可愛いとはいえない。
だが、どこか人を惹きつける魅力があるように感じた。
「ハーマイオニー、猫を買うなら子猫の方がいいんじゃない?」
私は隣の子猫が入っているケージを指さす。
ハーマイオニーはチラリと子猫を見たが、すぐにオレンジの大きな猫に視線を戻した。
「あら、その子がお気に入り?」
ハーマイオニーが食い入るように猫のケージを眺めていると、カウンターにいた店員とは違う魔女が私たちに話しかけてくる。
「その子はなかなか買い手がつかなくてねぇ。賢くていい子なんだけど、何でかしら」
まあ、猫を買うなら子猫の方がいいし、子猫を買うなら可愛い方がいい。
誰も好き好んで大人のブサイクな猫は買わないだろう。
「サクヤ、決めたわ。この子にする」
ハーマイオニーはじっとケージを見ながら言った。
「いいの? フクロウを買いに来たんでしょ?」
「いいの。店員さん。この猫ください。それと猫用の生活用品とかも」
「まいどあり! それじゃあ、この子の餌皿や寝床を揃えた方がいいわね。こっちにいらっしゃい」
ハーマイオニーは店員に連れられて店の奥へと消えていく。
私はため息をつくとケージの中にいる猫に話しかけた。
「まあ、よかったわね。買い手が見つかって」
「ナーン」
「ハーマイオニーは真面目でいい子よ。きっと大切にしてくれると思うわ」
「ナーゴ」
「でもメンタルが弱いところがあるから貴方が支えてくれると嬉しいわ」
「ニャゴ」
まさかこの猫、人の言葉がわかるのか?
店員が賢い猫だと言っていたが、あながち間違いでもないのかもしれない。
しばらく猫に話しかけていると、ハーマイオニーが腕いっぱいに猫の飼育用品を抱えて帰ってきた。
「サクヤ……これ……」
「あー、はいはい」
私は鞄を開けると、ハーマイオニーが抱えている荷物を一つ一つ手に取り鞄の中に詰めていく。
私が最後の荷物を鞄に詰め終わると、ハーマイオニーは満足げにケージから猫を抱き上げた。
「この子、もう名前はついてるんですか?」
「ええ、クルックシャンクスという名前ですよ」
「ナーゴ」
ハーマイオニーの質問に、店員と猫が答える。
「クルックシャンクス。今日から私が貴方のご主人様よ」
「ナーン」
クルックシャンクスはハーマイオニーの腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしている。
まあ、本人が気に入っているならこれ以上言うことはない。
私はハーマイオニーの方がいち段落したと判断し、店の外に出た。
店の外には既に用事を済ませたのであろうハリーとロンがスキャバーズに魔法薬を飲ませていた。
スキャバーズは相変わらず縮こまっており、元気があるようには見えない。
「スキャバーズは大丈夫そう?」
「病気ではないみたいだけど、もしかしたらもう寿命かもって。こいつ結構おじいちゃんだからなぁ」
まあ、スキャバーズはロンが一年生の時に兄のパーシーから譲り受けたペットだ。
単純に考えて三年以上は生きていることになる。
「魔法界のネズミって長生きなのね」
私はスキャバーズの頭をそっと撫でる。
その瞬間、店の入り口の方からオレンジ色の何かが高速で私の腕目掛けて突っ込んでくるのが見えた。
私は咄嗟にスキャバーズの首根っこを掴むと、自分の方に引き寄せる。
突っ込んできたオレンジ色の何かはそのまま空振りし、石畳の上に着地した。
「クルックシャンクス! ダメよ!」
オレンジ色の正体は案の定クルックシャンクスだった。
先程までは大人しそうにしていたが、今は獲物を狙う狩人の目で私が摘んでいるスキャバーズを睨んでいる。
私はスキャバーズをパブの制服の胸ポケットに滑り込ませながら慌てて店を出てきたハーマイオニーに言った。
「ハーマイオニー、早速猫が逃げてるわよ」
ハーマイオニーは急いでこちらに駆け寄ると、今にも私の胸目掛けて飛びかかろうとしているクルックシャンクスを後ろから抱き上げる。
クルックシャンクスはハーマイオニーの腕の中で少し暴れたが、やがて諦めたかのように大人しくなった。
「まあ、そうなるわよね。むしろ今までよくハリーのヘドウィグに襲われなかったわね」
猫はネズミを獲る生き物だ。
賢い飼い猫とはいえ本能には逆らえないのだろう。
そう思えば、主食のネズミであるスキャバーズを一度も襲おうとしなかったヘドウィグの自制心は相当なものだ。
私は胸ポケットの中で丸くなっているスキャバーズを服の上から軽く撫でた。
「ハーマイオニー……もしかしてそれ、君のペットかい?」
ロンはハーマイオニーが抱いているクルックシャンクスをまるで怪物でも見るような目で見ている。
「ええそうよ。クルックシャンクスっていうの。可愛いでしょ?」
「まあ、うん。スキャバーズを殺そうとしないのなら、可愛いかもしれないけど……今、明らかに狙ってたよな?」
ロンにそう言われて、ハーマイオニーはバツの悪そうな顔をする。
そして助けを求めるようにこちらに視線を飛ばしてくるが、助け舟の出しようが無いぐらいには明らかにクルックシャンクスはスキャバーズを狙っていた。
「しょうがないでしょう? この子は猫なんだし……それに、ホグワーツに着いたら男子寮女子寮に分かれるんだし問題ないわ」
「そういう問題じゃ……」
ロンは文句ありげな表情で口を開きかけたが、大きなため息をついて私の方に近づいてくる。
「サクヤ、ありがとう。多分サクヤがスキャバーズを避難させなかったら今頃僕のペットは猫のフンになってたよ」
「クルックシャンクスには私からもキツく言っておくから、ハーマイオニーと喧嘩するんじゃないわよ? こっちが居心地悪くなるんだから」
私はため息交じりにそう言うと、胸ポケットからスキャバーズを引っ張り出してロンに渡す。
ロンは私と離れるのが名残惜しそうな様子のスキャバーズを無理矢理ローブのポケットに仕舞った。
「何にしても、その猫を僕の部屋に近づけないようにしてくれよ? 別に意地悪言ってるわけじゃない。本当にスキャバーズが餌にされかねないから言ってるんだ」
「わかってるわよ。わかってるわよねー?」
ハーマイオニーはそう言ってクルックシャンクスに話しかける。
クルックシャンクスはハーマイオニーに抱え上げられながら返事をするように鳴いた。
漏れ鍋で過ごす最後の夜はとても楽しいものになった。
店主のトムが店のテーブルをいくつか繋げてくれて、さながら小さなパーティー会場のようにしてくれたのだ。
そこで振る舞われた料理もかなり気合が入ったもので、私たちは明日から始まる新学期の話題に花を咲かせる。
デザートのチョコレートケーキを平らげる頃には、みなすっかり満腹になっていた。
「そういやパパ、明日はどうやって駅まで行くの?」
フレッドがチョコレートがべっとりついた口を拭きながらアーサーに聞く。
「魔法省が車を二台用意してくれる」
「魔法省が車を?」
あまり予想していなかった答えに、パーシーが訝しげに聞き返す。
「そりゃパース、君のためさ」
アーサーが口を開く前にジョージが真剣な表情で言った。
「車の前に『HB』って旗をつけなきゃな。もちろん、主席じゃなくて石頭って意味だけど」
ジョージの冗談にテーブルが笑いに包まれる。
パーシーは少し顔を顰めながらも再度アーサーに聞いた。
「それで、どうして魔法省が車を?」
「そりゃ、うちの車は野生に帰ってしまったし……まあ、魔法省のご厚意だよ」
「あら、職権濫用ね」
私がそう言うと、アーサーがいやいやと手を振りながら曖昧に笑った。
「まあ私が魔法省勤務なのが一ミリぽっちも関係ないかと言われれば、否定はできないが……実際大助かりだ。ただでさえ人数が多くて目立つのに、その殆どがカート一杯の荷物を抱えてるとなったらね」
「みんな、荷造りは済んだんでしょうね?」
モリーが子供たちを見回しながら聞く。
そういえば、まだローブや洋服が部屋のクローゼットに掛けっぱなしだ。
これが終わったら鞄の中に放り込まなければ。
楽しい夕食も終わり皆満腹になるとそれぞれの部屋へと戻っていった。
私は簡単に夕食の後片付けを手伝うと、荷造りを仕上げてしまうために二階に上がろうとする。
「サクヤ、ちょっと待ってくれ」
だが、階段の手すりに手をかけたところで店主のトムに呼び止められた。
「そういえば、まだ働いて貰った分の給料を渡していなかったと思ってな」
トムはそう言うと、カウンターの下からリンゴと同じぐらいの大きさのパンパンに膨らんだ袋を取り出す。
「ここ一ヶ月、サクヤのおかげで随分繁盛したよ。これは君の頑張りの結晶だ」
トムはその重たそうな袋をカウンターに載せる。
一体いくら入っているのだろうか。
少なくともガリオン金貨の大きさで二百枚以上は入っていそうに見えた。
「えっと……子供のお小遣いの範疇を超えてません?」
私は恐る恐る袋を少し持ち上げ、そのままカウンターに下ろす。
袋はズッシリとした重さがあり、これだけで人を殴り殺せそうだと感じた。
「そりゃサクヤが子供の手伝い程度の働きしかしなかったんだったらそうだろう。だがサクヤは大人の魔法使い以上にしっかり働いた。これが適正金額だ」
トムは袋を私に押し付ける。
「それに……これから何かと必要になってくるだろう。お前さんを見てるとそう感じるぜ」
「……そうですね。ありがとうございます」
私は重たい袋をしっかり掴むと、自分の方に引き寄せた。
私が、初めて自分で稼いだお金だ。
施されたわけでもなく、奪い盗ったわけでもない。
「そして、ありがとうございました」
「ああ、せいぜい勉学に励めよ」
私は深々とトムに頭を下げると、袋を持って二階に上がる。
そして借りている部屋に飛び込むと、部屋の中にハーマイオニーがいないことを確認し、時間を止めた。
「うへ、うへへへへ」
私はベッドの上で貰ったばかりの袋をひっくり返す。
袋の中身は全て金色に光り輝くガリオン金貨だった。
「一体何枚あるのかしら。もう何でも買えちゃうわ」
私は一枚ずつ数を数えながらガリオン金貨を袋の中に戻していく。
「百九十八……百九十九……二百。と言うことは、満金のマーリン基金と同じだけの金貨がここにあるってことね」
基本的にホグワーツ滞在中は殆どお金を使うことはない。
お金を使う機会があるとすればホグズミードに遊びに行く時ぐらいだろう。
「でも、それもマーリン基金の金貨を使えばいいし、この二百ガリオンは全額貯金しちゃっても大丈夫そうね」
私はガリオン金貨の入った袋を鞄の中に入れると、時間停止を解除する。
そして、大きく深呼吸を二回して心を落ち着かせてから、荷造りを始めた。
設定や用語解説
スキャバーズ
ロンのペットのネズミ。長年ウィーズリー家で飼われている。
クルックシャンクス
ハーマイオニーのペットになった猫。半分ニーズルの血が入っている。
お給料二百ガリオン
結構な金額だが、一か月の給料としては常識の範囲内。
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