P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
ホグワーツに行くための荷造りも終わり、寝る支度をするために私は借りている部屋を出る。
その瞬間、ロンとパーシーが泊まっている部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。
「確かにここに置いたのに! 磨くためにここに置いたんだ!」
「僕は触ってないぞ」
私は小さく肩を竦めると、半開きになっている扉から怒鳴り声のした部屋の中に入る。
ハリーも騒ぎを聞きつけたのか、私の後に続くように部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「僕の首席バッジがないんだ! おいロン! どこに持ってった?」
「だから僕じゃないって! 頼まれても触りゃしないよ。それに、スキャバーズ用の栄養ドリンクもないんだ。パブに忘れたのかも。ちょっと取りに行ってくる」
ロンが部屋を出ようとすると、パーシーがロンの腕をがっしりと掴む。
「バッジが見つかるまでどこにも行かせないぞ!」
「勘弁してくれよ……どうせその辺に落ちてるだろ。ベッドの下は探した?」
ロンはそう言って部屋の床に這いつくばり始める。
「まあ、そう言うことなら栄養ドリンクの方は私が持ってきてあげるわ。どうせ暇だし」
「僕も一緒に行くよ。荷造りは終わってるから」
私が部屋を出ようとすると、ハリーがそれに乗っかるように言う。
「ごめん。多分僕が座っていた椅子の近くだと思う」
「わかった。ちょっと待ってて」
私とハリーは部屋を出るとそのまま階段を下りて暗くなった廊下を進む。
その途中でアーサーとモリーが怒鳴り合っている声がパブの中から聞こえてきた。
「何か言い争いをしてるみたい」
ハリーが気まずそうに言った。
まあ、友達の親の口喧嘩なんて聞きたくはない。
ここは一度退散して時間を改めた方がいいだろう。
私たちはパブに入ることなく来た道を引き返そうとした。
「ハリーに教えないなんて馬鹿なことがあるか」
だがその瞬間、興味深い話が聞こえてきて私たちは足を止める。
私はハリーと顔を見合わせると、パブの入り口にべったりと張り付いた。
「ハリーには知る権利がある。あの子はもう十三歳だ」
「アーサー、まだ十三歳です。伝えても、怖がらせるだけです」
どうやらハリーについて揉めているようだ。
「モリー、知っていれば警戒できるが、知らなければ警戒することすらできない。それに、あんなことがあった後だ。『夜の騎士バス』があの子を拾っていなかったら、あの夜ハリーは死んでいただろう」
「でも、ハリーは死んでいないわ。わざわざ伝えなくても……」
「モリー、ブラックは狂人だ。それに脱獄不可能と言われていたアズカバンから脱獄した挙句、この三週間足取りすら掴めていない。私たちはあの孤児院での事件があったから、ブラックがロンドンにいるとわかったんだ。あまりこう言うことを言いたくはないが……奴を捕まえられる見込みはあまりにも薄い」
「でも、ホグワーツにいれば絶対安全ですわ」
「同じことを我々も思っていたよ。アズカバンに収監されている限り絶対大丈夫だとね。だが、結果はどうだ? 絶対なんてない。ブラックがアズカバンを脱獄できるなら、きっとホグワーツにだって侵入できる」
「でも、ブラックがハリーを狙っていると決まったわけじゃ──」
ドン、と何かを叩く音がモリーの言葉を遮る。
きっとアーサーが机を叩いたんだろう。
「モリー、奴はハリーを狙っている。それは間違いない。ブラックはハリーを殺せば『例のあの人』の権力が戻ると思っているんだ。それに、実際にブラックは行動を起こしている」
「じゃあ、あの孤児院は……」
「ああ。奴は家族のいないハリーが暮らしている可能性が一番高い場所を襲った。ブラックはあの孤児院にハリーがいると考えたに違いない。だが、孤児院にハリーはいなかった。怒り狂ったブラックは孤児院の人間を皆殺しに……」
アーサーとモリーの間に沈黙が流れる。
「可哀想に……でも、本当に強い子だわ。あんなに気丈に振る舞って。何も無かったかのように笑ってるけど、辛くないはずないわ」
モリーの啜り泣く声がこちらにまで聞こえてくる。
やはり、ウィーズリー夫妻は私の身の回りに起きた事件を知っている。
これ以上私の話題になれば、私の名前が出てきてしまうかもしれない。
私は入り口の陰で焦るハリーを尻目にパブの中に足を踏み入れる。
アーサーとモリーはすぐに私が入ってきたことに気づき、慌てて表情を取り繕う。
だが、モリーの目は真っ赤になっていたし、アーサーは私と目を合わせようとはしなかった。
「スキャバーズの栄養ドリンクを取りに来たんですけど……お邪魔でした?」
「いや、そんなことは……っと、栄養ドリンクだったね。えっと、ロンのやつどこに落としたんだか」
アーサーは机の下に頭を突っ込み、栄養ドリンクを探し始める。
「っと、あったあった」
どうやらロンはただ置き忘れていただけのようで、スキャバーズの栄養ドリンクは椅子の下に置かれていた。
「息子のためにすまないね。これからも仲良くしてやってほしい」
私はアーサーから栄養ドリンクの小瓶を受け取る。
私はその小瓶をポケットの中に滑り込ませた。
「それじゃあ、私はこれで。明日は駅までよろしくお願いします」
私は小さく頭を下げ、パブから出る。
そして入り口の横にいたハリーの手を引いて真っ直ぐ二階へと戻り、そのままハリーの部屋に入った。
「……シリウス・ブラックは僕を殺そうとしている。そういうことだよね?」
しばらく沈黙が続いた後、ハリーが確認するように私に聞く。
「まあ、あの話を聞く限りはそうでしょうね」
「色々合点がいったよ。ファッジ大臣が僕にマグルの街を出歩くなと言ったことや、明日魔法省が車を出してくれることも含めて。シリウス・ブラックが僕を狙っているからだったんだ」
確かに、シリウス・ブラックがハリーの命を狙っているとなったら一大事だ。
ブラックはハリーを殺せばヴォルデモートの権力が戻ってくると信じているとアーサーは言っていたが、それはあながち間違いではない。
もし生き残った男の子であるハリーがヴォルデモートの勢力のものに殺されたのだとしたら、闇の勢力のものは明らかに活気付く。
それに、ヴォルデモートは滅んではいない。
二年前、クィレルの後頭部に寄生していたヴォルデモートは復活するために賢者の石を手に入れようとしていた。
そう、ヴォルデモートは復活するための準備を進めているのだ。
ブラックがハリーを殺すことで、ヴォルデモートの復活が早まる可能性すらある。
「……知らない方が幸せだった?」
私は深刻そうな表情のハリーに聞く。
「いや、そんなことない。自分の身の回りで何が起きているか、知ろうとしないのはただの現実逃避だ」
「まあ、そうよねぇ」
そういう意味では私は現実逃避をしていたのかも知れない。
孤児院の皆が殺されたことから目を背けて、漏れ鍋で忙しく仕事をすることで考える時間そのものを少なくしていた。
先程の話の内容を聞くまで、私は何故孤児院が襲われたのか考えようともしていなかった。
「現実から逃げちゃダメよね。やっぱり」
きっと学校が始まれば、ブラックはハリーを殺すためにホグワーツに侵入してくるだろう。
その時が、ブラックの最後だ。
「何にしても、ロンとハーマイオニーにはこのことを話しておいた方がいいと思うわ」
「うん。僕もそう思う。明日時間がある時に話してみるよ」
「それじゃあ、おやすみ。ハリー」
私はヒラヒラと手を振ると、ハリーの部屋を後にする。
そして床板を引き剥がしかねない様子のパーシーを尻目にロンに栄養ドリンクを渡し、自分の部屋へと戻った。
「おかえり。何かあったの?」
まだ荷造りの途中のハーマイオニーがトランクに新しく買った教科書を押し込みながら聞いてくる。
私は下で聞いたアーサーとモリーの会話の一部始終をハーマイオニーに話して聞かせた。
「そういうことだったのね」
ハーマイオニーは一度荷造りの手を止める。
「おかしいとは思ったのよ。魔法省が漏れ鍋から駅まで車を出すなんて。普通そんなことしないでしょ? でも、ハリーがブラックに狙われているなら納得だわ」
「ハーマイオニーはホグワーツなら安全だと思う?」
私がそう聞くと、ハーマイオニーは首を横に振る。
「今まで毎年何かしらの事件が起こってるし、ホグワーツが絶対安全とは思えないわ。でも、ホグワーツよりも安全な場所があるとも思えない。結局ハリーは学校に行くしかないわ」
それに関しては私もハーマイオニーと同意見だった。
きっとホグワーツがイギリス魔法界で一番安全な場所だろう。
ホグワーツ自体のセキュリティ性もそうだが、何よりダンブルドアのお膝元であるというところが大きい。
「実際、ロンドンの孤児院が一つ襲われてるし……そういえば、ブラックは手当たり次第に全部の孤児院を襲わなかったってことよね?」
「そうね。襲われた孤児院は一軒だけよ」
ハーマイオニーの表情を見るに、襲われた孤児院が私のいた孤児院だとは夢にも思っていないのだろう。
それはそうだ。
孤児院なんてロンドンに沢山ある。
「でも、ブラックが孤児院を手当たり次第に襲わなくてよかったわ。もしそうだったら、サクヤも襲われていたかもしれないし……」
「ええ、そうね。襲われた孤児院が一軒だけで『良かった』わ」
ズキリ、と胸の奥に得体の知れない痛みが走る。
私はその痛みを無視して言葉を続けた。
「何にしても、ホグワーツ特急に乗るまでは一秒たりとも安心できないわね。きっと明日はアーサーさんがハリーにべったり付き添うんだと思うけど、私たちも警戒しておきましょう?」
「ええ、そうね。クルックシャンクスも怪しい人物がいたらすぐ報告するのよ?」
ニャーンという鳴き声がベッドの下から聞こえてくる。
動物の勘というのは人間を凌駕していることが多い。
猫であるクルックシャンクスなら不審が近づいてきたときに察知できるかもしれない。
「何にしても今日はもう寝ましょうか。明日は比較的ゆっくりだけど、早く起きておくことに越したことはないわ」
「……そうね。そうするわ」
私はハーマイオニーと一緒にベッドに潜り込む。
シングルベッドに二人は少々狭苦しかったが、横にハーマイオニーの体温を感じていると次第に眠たくなり、やがて眠りに落ちていった。
次の日、私たちは魔法省が用意した車に乗ってキングス・クロス駅に来ていた。
私はハーマイオニーと一緒に九と四分の三番線へと続く壁をすり抜けると、ホグワーツ他のみんながホームに揃うのを待つ。
そしてみんなが揃ったのを確認し、ホグワーツ特急に乗り込んだ。
「空いてるコンパートメントは……っと、ここが空いてるわね」
ハーマイオニーはいくつかコンパートメントを覗き込み、そのうちの一つに入っていく。
コンパートメントの中には、ホグワーツの生徒には見えない男性がボロボロのローブを毛布がわりにしてぐっすりと眠っていた。
「流石に生徒……じゃないよな?」
ロンが訝しげに男性を見ながら呟く。
「まあ、十中八九新しい先生でしょうね。ほら、闇の魔術に対する防衛術の先生が空席でしょう?」
私は荷物棚に載っている鞄を覗き見る。
そこには剥がれかかった字で『R・J・ルーピン』と書かれていた。
「なるほど、ルーピン先生ってわけだ。でも、本当にちゃんと教えられるのかな?」
確かにボロボロの服装ややつれた顔を見るに、前任のロックハートほどしっかりした魔法使いには見えない。
いや、逆にいえばロックハートが優秀すぎたのだ。
それこそ魔法界の征服を考えて、実行に移せるほどには。
「ロックハート先生と比べるのは可哀想よ。だってロックハート先生はダンブルドア校長と肩を並べられるほどの優秀な魔法使いだったんですもの」
ハーマイオニーはそう言うと、少し悲しそうな表情になる。
そういえば、ハーマイオニーはロックハートにお熱だったんだったか。
ロックハートはすでに私に殺されてこの世には居ないが、きっと何倍にも美化されてハーマイオニーの心の中で生き続けるだろう。
私がしみじみそんなことを考えている間に、話は今年から許可されるホグズミード行きの話題に移ったようだ。
ロンは楽しそうにホグズミードの有名店の名前を挙げる。
だが、楽しそうなロンやハーマイオニーとは裏腹に、ハリーの表情はどこか優れない。
私が不思議に思っていると、ハリーはおずおずとその原因を話し始めた。
「実は、叔父さんが許可証にサインしてくれなかったんだ。ファッジ大臣にも頼んだんだけど、保護者じゃないとダメだって」
「許可されない? そりゃないぜハリー。きっと誰かが許可をくれるさ! ほら、えっと……マクゴナガルとか」
ロンはそう言うが、このご時世だ。
マクゴナガルがハリーを城から出そうとするとは思えない。
ハリーも許可が下りることは絶望的であると理解しているのだろう。
完全に諦めたような笑みを浮かべていた。
「でも、こう言ったらアレだけど、今年はそれで正解なのかも」
ハーマイオニーは遠慮がちにハリーに言う。
「でも、いくらシリウス・ブラックがハリーを狙っているからって、真っ昼間のホグズミードに姿を現すかな?」
「ロン、ブラックは人混みのど真ん中で何人も殺してるのよ? それに、孤児院の事件だって女子供関係なく皆殺しにされてるわ。そんな凶悪な魔法使いがそれぐらいで尻込みするとは思えないわ」
ハーマイオニーの言葉に、ロンは返す言葉が見つからないと言わんばかりに口をパクパクさせる。
でもハーマイオニーの言うことがもっともだ。
ハリーは可能な限り城から出ない方がいいのは確かだろう。
「うん、まあでも、ダメ元で一回聞いてみるよ。できれば僕もみんなと一緒にホグズミードに行きたいし」
ハリーはそう言って力なく微笑む。
ロンとハーマイオニーはその後もハリーを励まそうと色々話題を切り出していったが、私は別のことが気になっていた。
そういえば、私の許可証に書かれている名前は故人のものだ。
果たして、既にこの世にいないものは保護者としてカウントされるのだろうか。
私は鞄の中に入っている血に染まった許可証を思い出す。
もし受理されない場合、私も一緒にハリーと居残りということになる。
「まあ、それもありか」
一人なら寂しい居残りも、二人なら事情が変わってくる。
私は小さい声でそう呟くと、ホグズミードの会話に混ざり込んだ。
設定や用語解説
ホグワーツ首席
監督生のまとめ役として男女一名ずつ指名される。
なくなった首席バッジ
双子が隠し、首席(Head Boy)という文字を頭でっかち(Humungous Bighead)という文字に変える悪戯を行っていた。
血塗れの許可証
書かれているサインは故人のもの。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。