P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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凍てつく列車と吸魂鬼と私

 

 ぐっすり眠っている新しい闇の魔術に対する防衛術の教師を尻目にホグズミードについて話していると、急にホグワーツ特急が速度を落とし始める。

 私は不思議に思い時計を確認するが、ホグズミード駅に着くにはあまりにも早すぎるように感じた。

 

「どうしたのかな? 羊の群れが線路を横断してるとか?」

 

 ロンはコンパートメントの扉を少し開けて、周囲をキョロキョロと見回し始める。

 よくはわからないが、何か良からぬことが起きていることは確かだ。

 私は立ち上がろうとするハリーを座席の奥へと突き飛ばすと、そのまま隅に追いやるようにその前に立った。

 

「サクヤ、何するん──」

 

「ハリー、静かに」

 

 文句を言いかけたハリーの言葉を遮る。

 次の瞬間、客車内の明かりが一斉に消えた。

 

「何が起こってるんだ?」

 

 扉から顔を出していたロンが椅子に座り直す音が聞こえてくる。

 

「わからないわ。でも、絶対いいことじゃない」

 

「それには同感だね」

 

 ハリーでもロンでもハーマイオニーでもない声がコンパートメント内に響く。

 私は咄嗟にそちらの方向に杖を向けたが、すぐに横で寝ていたルーピンだということに気がついた。

 ルーピンは魔法で小さな炎を作り出すと、コンパートメントの中に浮かべる。

 炎に照らされたルーピンの顔は、先程の疲労しきった顔とは異なり鋭い視線で辺りを警戒していた。

 

「動かないで」

 

 ルーピンは小さな声でそう言うと、コンパートメントの扉に静かに手を伸ばす。

 だが、ルーピンが手をかける前に、扉はゆっくりと開いた。

 

「……誰?」

 

 扉の先にはマントを着た黒色の影が立っていた。

 顔はフードによってよく見えないが、宙に浮いているところを見るに人間ではなさそうだ。

 

「シリウス・ブラックを匿っているものはいない。帰れ」

 

 ルーピンは黒い影に杖を向けながら言う。

 だが、黒い影はその言葉を無視するようにその場で何かを吸い込み始めた。

 それには、本来どんな効果があったのだろう。

 ロンやハーマイオニーは恐怖で顔が引き攣り、腰を抜かしたように立ち上がれなくなってしまったようだし、ハリーに至っては私の後ろで気絶してしまう。

 だが、不思議と私はその生物の影響を受けていないようだった。

 むしろ、正体不明の安心感すら覚えるほどである。

 私は謎の黒い影にまっすぐ手を伸ばし、右手で首を掴む。

 そしてそのまま力を込め、黒い影の首をへし折った。

 首が折れた黒い影は糸が切れた操り人形のように客車の床に落ちると、そのまま霧散してしまう。

 私はその数秒後、自分が何をしたのか理解した。

 

「……ぁ、──ッ!? あ、あの! そんなつもりじゃ……」

 

 私はその場にしゃがみ込み、先程まで黒い影が横たわっていた場所を手で探る。

 だが、そこには冷たい床があるだけで黒い影の死体はおろか着ていたであろうマントのカケラさえなかった。

 

「君! とにかく落ち着いて。ほら、座席に座って深呼吸するんだ」

 

 ルーピンは私の脇を掴んで持ち上げると、コンパートメントの座席に座らせる。

 私が今殺した生き物は、果たして本当に殺していいものだったんだろうか。

 私は、相手の正体を探ることせず、ただ悪戯に殺したいから殺したのではないか。

 

「そんな……いや、私は……」

 

「大丈夫だ。私がついてる。それに、吸魂鬼は先程の一体だけだったようだ。もう心配いらないよ」

 

 先程の行為が原因でホグワーツを退学になったらどうしよう。

 人間ではなさそうだが、人間でなかったら殺しても罪に問われないわけではない。

 クィレルを殺した時もロックハートを殺した時も上手く隠蔽できたのに……今回は目撃者が多すぎる。

 

 

 

 

 

 いや、このコンパートメントにいる全員を殺してしまえば、私が殺したという証拠は消えるんじゃないか?

 

 

「──ッ!? ぅ……」

 

 胃液が逆流し、私の喉を焼く。

 私は胃袋から込み上げてきたものを無理矢理飲み込むと、私の左手が掴んで離さない真紅の杖を右手で無理矢理引き抜き、ローブに仕舞い込んだ。

 

「サクヤ、大丈夫?」

 

 隣に座っていたハーマイオニーが私の背中を撫でてくれる。

 気がつけばコンパートメントに明かりが戻っており、気絶していたハリーも意識を取り戻したようだった。

 

「おい、ハリー。大丈夫か?」

 

 ロンが座席に伸びていたハリーを引っ張り起こしている。

 ハリーはズレた眼鏡をかけ直すと、顔に浮かんだ冷や汗を拭った。

 

「なんだったの? それに、叫んでいたのは誰?」 

 

「何言ってるんだハリー。誰も叫んじゃいないよ」

 

 ハリーは少しでも状況を把握しようとキョロキョロとコンパートメントを見回している。

 

「でも、確かに叫び声を聞いたんだ」

 

 その瞬間、パキリという音がコンパートメント内に響いた。

 音がした方向に顔を上げると、ルーピンが巨大な板チョコを小さく割っていた。

 

「さあ、これを食べて。元気が出るから」

 

「アンパンマン?」

 

 私は板チョコのカケラを受け取りながらよくわからないことを口走る。

 

「あれはなんだったんですか?」

 

 ハリーは板チョコのカケラをつまみながらルーピンに聞いた。

 

「ディメンター、吸魂鬼だよ」

 

 吸魂鬼、聞いたことがある。

 確か魔法使いが最も恐れる存在であり、アズカバンの看守も務めていたはずだ。

 

「私は少し運転手と話をしてくる。すぐに戻ってくるからチョコレートを食べて待っていてくれ」

 

 ルーピンは座席から立ち上がると、コンパートメントの扉を開けて出ていく。

 私はチョコレートを片手に持ったまま、吸魂鬼が霧散した床の上をじっと見ていた。

 

「ハリー、ほんとに大丈夫?」

 

 ハーマイオニーは私の背中をさすりながらハリーに聞く。

 ハリーはまだ状況が呑み込めていないようだった。

 

「一体何があったの?」

 

「吸魂鬼がコンパートメントの扉を開けて入ってきたんだ。そして、大きく息を吸い込むような動作をして……あいつが入ってきたとき、物凄く寒くなった。みんなも感じたよな?」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーが何度も頷く。

 

「まるで幸せを全部吸い取られちゃったみたいな感覚になって……」

 

 ハーマイオニーはその言葉にも同意する。

 だが、少なくとも私はそのようなことにはなっていない。

 

「それで、ルーピン先生が吸魂鬼に近づいていったんだけど、その前にサクヤが出て……」

 

 ロンが今気がついたと言わんばかりに私の方を見る。

 私は視線から逃げるように顔を伏せた。

 

「……サクヤ、あれはどうやったんだ? こう、吸魂鬼の首に手を伸ばして、ぽきりって──」

 

「……わからないわ。なんであんなことをしてしまったのか」

 

「してしまったって……何言ってるんだ? サクヤは僕たちを守ってくれたじゃないか」

 

 私は顔を上げてロンの顔を見る。

 ロンは心底不思議そうな顔をしていた。

 

「でも、アズカバンの看守なのだとしたら殺しちゃまずいんじゃ……」

 

「うーん、確かにそうかもだけど……」

 

 ロンは腕を組んで考え込む。

 すると、用事が済んだのかルーピンがコンパートメントに戻ってきた。

 

「なんだ、チョコに毒なんて入ってないよ? 元気になるから食べなさい」

 

 ルーピンにそう言われて私たちは手に持ちっぱなしだったチョコレートを齧り始める。

 チョコレートは非常に甘ったるく、チョコレート単体で食べるには甘すぎる。

 私は座席に置いていた鞄から一週間ほど前に作り置きしたコーヒーをカップごと鞄から取り出すと、口の中の『甘い』を『苦い』で洗い流した。

 

「あと十分でホグズミードに着くようだ。ハリー、大丈夫かい?」

 

 ルーピン先生はハリーの体調を確認する。

 そして次に私の方に振り向いた。

 

「それに、私は特に君が心配だ。先程吸魂鬼に直接触れていただろう? あれは人の魂を吸い取る凶悪な存在だ。決して近づいちゃいけないよ?」

 

「あの、やっぱり罪に問われますか?」

 

「罪に? いやいや、まさか。吸魂鬼はそもそも生きていない。ある程度の知能があるからアズカバンの看守として利用しているが……そもそも、生きていないから死ぬこともない」

 

 ルーピンは先程まで吸魂鬼が立っていた場所を見る。

 

「ただ、アレは私も初めて見る現象だ。吸魂鬼の首の骨が折れるなんて聞いたことがない。君はそのことについて何か……いや、その様子だと自分でもよくわかっていないみたいだね」

 

 ルーピンは私の顔を見ながら続ける。

 

「いいかい? 吸魂鬼は非常に危険な存在だ。君は影響を受けていないようだったが、だからと言って近づいてはいけないよ? 魔法使いは奴らを懐柔できているわけじゃない。ただ利害が一致しているから、利用できているだけだ」

 

「……はい。わかりました」

 

 ホグワーツ特急は次第に速度を落としていき、今度はちゃんと終点のホグズミード駅に停車する。

 私たちはバタバタと客車から降りると、そのまま生徒の流れに乗って歩き、変な生き物が牽いている馬車に乗り込んだ。

 

「なんというか、マトモそうな先生だね」

 

 私たち四人が乗ると、変な生き物は少しこちらを覗き込み、馬車を牽き始める。

 ハリーは馬車のソファーに体を埋めると、目を瞑りながらそう言った。

 

「うん、ロックハートほどじゃないけど、期待はできるよな」

 

 ロンはハリーの言葉に何度か頷く。

 確かに、起きてからのルーピンはロックハートに近いものを感じた。

 あの様子だったら、授業の方も期待できるかもしれない。

 私たちを乗せた馬車はそのままホグワーツの門を潜ると、城の前で停車する。

 私は座席に置いていた鞄を手に取ると、大きく伸びをしながら馬車から降りた。

 

「やあサクヤ! 久しぶりだね」

 

 私が馬車を降りた瞬間、横からそんな声が聞こえてくる。

 私がそちらの方向に目を向けると、そこにはマルフォイがクラッブ、ゴイルの二人を引き連れて立っていた。

 

「ドラコ! 久しぶりね。いい休暇を送れた?」

 

 私はマルフォイの方に駆け寄ると、顔を近づけてそう聞く。

 私の質問に対しマルフォイは少し顔を赤らめると、一歩後ろに下がって答えた。

 

「ああ、まあ、いい休暇だったよ。サクヤはどうだい?」

 

「そこそこね。それじゃあ、また合同授業の時にでも」

 

 私はマルフォイに手を振ると、ハリーたちの元へと戻る。

 ハーマイオニーは、私のそんな様子を呆れた目で見ていた。

 

「スリザリンの継承者を探してるわけじゃないんだから、そんなに色目を使わなくてもいいのに」

 

「色目? そんなにセクシーに見えた?」

 

 私は右手を首筋に持っていくと、大きく髪を靡かせる。

 そんな仕草を見て、ハーマイオニーは一層大きなため息をついた。

 

「貴方、普通にマルフォイと仲いいわよね」

 

「まあ、嫌う理由もないし」

 

 私たちは正面玄関へと続く石段を上り、巨大な樫の扉を通って玄関ホールに入る。

 そしてそのまま生徒たちの流れに乗るような形で大広間へと入った。

 

「ポッター! ホワイト! グレンジャー! 三人は私のところにおいでなさい!」

 

 だが、私たちが大広間に入った瞬間、後ろからそんな大声が聞こえる。

 私たちが恐る恐る振り返ると、副校長でありグリフィンドールの寮監でもあるマクゴナガルが大広間を少し出た廊下に立っていた。

 

「君たち、揃って何かした?」

 

 ロンがこちらに近づいてくるマクゴナガルに聞こえないように小声で問う。

 名前を呼ばれた私他二名は、小さく首を横に振った。

 

「御安心なさい。少し聞きたいことがあるだけです」

 

 マクゴナガルはそう言うと、ロンに視線を向ける。

 

「ウィーズリー、貴方はみんなと一緒にお行きなさい」

 

 ロンは私たちを心配そうな目で見た後、グリフィンドール生に交じってテーブルに座る。

 マクゴナガルはそれを確認すると、私たちを引き連れて大広間横の階段を上った。

 

「ルーピン先生が前もってフクロウを飛ばしてくださいました。ポッター、汽車の中で倒れたそうじゃありませんか」

 

 私たちが事務所に入ると、そこにはマダム・ポンフリーが待機しており、ハリーを見つけるやいなや獲物を見つけた鷹のように飛びつく。

 ハリーは顔を赤くしながら手をブンブンと振った。

 

「あの、大丈夫です。もうすっかり元気ですから」

 

「列車の中で気絶したと聞きました。大丈夫なはずありません」

 

 マクゴナガルはハリーをマダム・ポンフリーに任せると、今度はハーマイオニーの方を向く。

 

「グレンジャー。貴方は選択授業に関する話があります。あそこにある私の机の前で待っていてください」

 

「わかりました」

 

 ハーマイオニーは一言そう返事をすると、マクゴナガルの机に向かって歩いていく。

 マクゴナガルは最後に私の方を向いた。

 

「そしてホワイト、貴方は──」

 

「私、別に気絶していませんよ?」

 

 私がそう言うと、マクゴナガルは首を横に振る。

 

「ダンブルドア校長がお呼びです。ペロペロ酸飴と言えばわかりますか?」

 

 ペロペロ酸飴、きっとそれが今の合言葉なんだろう。

 私は小さく頷くと、校長室入り口のガーゴイル像の前まで移動した。

 

「ペロペロ酸飴」

 

 私はガーゴイル像に対して合言葉を唱える。

 するとガーゴイル像は魂が宿ったように飛びのき、その向こうから校長室へと続く螺旋階段が姿を現した。

 私は螺旋階段を上ると、その奥にある樫の扉をノックする。

 すると樫の扉はひとりでに開いた。

 

「お入り、サクヤ」

 

 部屋の中からダンブルドアの声が聞こえてくる。

 私は一度大きく深呼吸すると、いつでも時間を止めれるように身構えながら校長室に入った。

 校長室は私が最後に入った時とほとんど様子が変わっておらず、相変わらずよくわからない小物が棚の上で忙しなく動いている。

 ダンブルドアは部屋の奥の椅子に腰掛けており、キラキラした目でじっと私を見ていた。

 

「何か御用でしょうか」

 

 私はダンブルドアの方へゆっくりと歩いていく。

 ダンブルドアも椅子から立ち上がると、こちらへ近づいてきた。

 

「ホグワーツ特急の中で不思議なことが起こったとルーピン先生からお手紙をいただいての。そのことについて少し話を聞きたくて君をここに呼んだのじゃ」

 

 バタン、と後ろで唯一の出入り口である扉が閉まる音が聞こえてくる。

 私はなるべく自然な笑みに見えるように努力しながらダンブルドアを見続けた。

 

「ルーピン先生の話では君は吸魂鬼の首を掴み、そのままへし折ったらしい。本当かね?」

 

「はい、本当です」

 

「どうしてそんなことを?」

 

 どうして──。

 確かに、私はどうしてそんなことをしたのだろう。

 

「……わかりません。自分でもどうしてあんなことをしたのか……」

 

「どうして吸魂鬼の首を折ることができたのか。それもわからないかね?」

 

「……はい」

 

 ダンブルドアは真っ直ぐ私の目を見る。

 私は負けじとダンブルドアの目を見続けた。

 

「ダンブルドア先生。私、やっぱりおかしいんでしょうか? いつのまにか、吸魂鬼の首を折っていたんです。まるで子供の悪戯のように」

 

「……いや、大丈夫じゃ。君自身が何者なのか、考える時間はまだある」

 

 ダンブルドアは私の肩に軽く手を置くと、校長室の樫の扉をゆっくりと開ける。

 

「さあ、一緒に新入生の歓迎会に向おう。ワシがおらんと始まらんのでな」

 

 そしてそのまま校長室を出て螺旋階段を下りていった。

 私もダンブルドアに続いて螺旋階段を下りる。

 どうして吸魂鬼を殺せたか、どうして殺したか。

 それに関してはよくわからないが、問題になっていないのなら深く考えない方がいいだろう。

 私はガーゴイル像の横を通り抜けると、ダンブルドアと共に大広間に向かって歩き始めた。




設定や用語解説

吸魂鬼
 人の幸福を餌にする魔法界で最もおぞましい存在。人の魂を吸い取ることができる。また、アズカバンの看守として利用されている。

アンパンマン
 正義の味方。お腹を空かせた子供にアンパンを配る。サクヤが暮らしていた孤児院にも絵本があった。


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活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
 
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