P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
一九九三年の十二月。
気がつけばクリスマス休暇が既に目前まで迫っていた。
結局今の今までシリウス・ブラックは捕まっておらず、あれ以降痕跡すら見せていない。
目撃証言すらないので今ブラックがどこにいるかも全く見当が付いていないのが現状だった。
そんな状態ではあるが学校側は生徒にも休息が必要だと判断したらしく、学期最後の週末にホグズミード行きが許可される。
もっとも、私とハリーは許可証がないので学校に居残りだが。
「はいこれ。買ってきて欲しいもののリストね」
私は羊皮紙にお気に入りのお菓子を書くと、ハーマイオニーに手渡す。
「それと、何か美味しそうなものがあったら一緒に買ってきて頂戴」
「……うん、わかったわ。任せて」
ハーマイオニーはリストに上から下まで目を通し、二つ折りにしてポケットの中に仕舞いこむ。
ハリーも私に倣ってロンにリストを手渡していた。
「休暇中に何か遊べそうなものも買ってくるよ。今年も四人揃ってホグワーツに残るしな」
そう、ロンの言う通り、帰るところの無い私と帰りたくないハリーは勿論のこと、ロンもハーマイオニーもホグワーツに残ることにしたようだった。
私は二人が休暇中に学校に残る理由をそれとなく察している。
二人とも、ハリーを一人にしたくないと考えているのだろう。
私とハリーは玄関ホールでロンとハーマイオニーを見送ると、談話室に向けて歩き出した。
「で、ハリーはどうするの? 私は談話室で読書でもしようと思ってるけど」
私がそう聞くと、ハリーは少し考えた後口を開く。
「うーん。僕も読書しようかな。暖炉の前を占領したいし、それにそろそろいい加減新しい箒を買わないとウッドに殺されちゃうよ」
「あー、学校の備品の『流れ星』って、ほんとにただ宙に浮けるだけってレベルの代物だもんね。あれならグラウンドを両足で走ったほうが速いわ」
「違いない」
既に新しい箒を買っているものだと思っていたが、どうやらハリーはまだニンバス2000に心を囚われているようだ。
まあ相棒と呼べるほどにはハリーはニンバスを愛用していたため、執着するのもわかる。
だが、新しい箒がないとシーカーとして戦うことができないのも事実だ。
「じゃあ、僕は図書館で箒選びの本を借りてくる」
私はハリーと階段の前で別れると、寄り道せずに談話室へと戻り暖炉の前に移動する。
そこには既に下級生が大勢いたが、幸い私とハリーが使う分のソファーは確保できそうだった。
私はソファーに身を埋めると、鞄の中から本を取り出し、ついでに淹れたての紅茶をティーカップごと机の上に置く。
その様子を横にいた新入生が目を丸くして見ていた。
「さて……」
私は紅茶を啜りながら太ももの上に置いた本を捲る。
そろそろロックハートから借りた本の残りも少なくなってきた。
既に新しい魔法を作る下地はできているといっていいだろう。
時間を止めるという私の特殊な能力。
今のところ時間を止めたり時間の流れる速度を調整したりすることしかできていない。
だが、現代物理学では時間と空間は密接な関係にあることが知られている。
つまり時間を操れるということは、空間を操れるということなのだ。
だが、そこまで至るには今度は物理学の知識が足りていない。
その辺を理解せずに術を作るのはあまりにも危険だろう。
そんなことを考えながら新しいページをめくる。
そろそろハリーが戻ってきてもいい頃だが、まだハリーは談話室に戻ってきていなかった。
「遅いわね」
私は談話室の入り口を見る。
次の瞬間、ハリーが談話室の中に駆け込んできた。
ハリーはキョロキョロと談話室を見回すと、私のもとに走ってくる。
その手には古びた羊皮紙の紙切れを持っていた。
「随分息を切らしてるけど……そんなに早く読書がしたかったの?」
私は冗談交じりにハリーに言う。
ハリーは私の冗談が聞こえていないかのように私に迫ると、声を潜めて言った。
「急いで外に出る準備をして」
「外って……ハグリッドの小屋にでも遊びに行くの?」
私は本を閉じ鞄の中に仕舞うと同時にローブを引っ張り出す。
「とにかく、準備をしておいて。僕も防寒着を取ってくるから」
ハリーはそう言うと男子寮の階段を駆け上っていく。
透明マントが必要だということは、ハグリッドの小屋が目的地ではなさそうだ。
私はローブの下にもこもこしたセーターを着込むと、ハリーが帰ってくるのを待つ。
ハリーは五分もしないうちに螺旋階段を転がり落ちるように下りてきた。
「詳しい話は歩きながら話すよ。とにかく早く出発しよう」
ハリーはそう言うと談話室の出口へと向かい歩き始める。
私は鞄を縮めてポケットの中に仕舞うと急いでハリーの後を追った。
「どこに行こうとしているか大体予想はつくけど、一体どういう経緯で何をしようとしているかは教えて」
私は人の殆どいない廊下を歩きながらハリーに聞く。
ハリーは周囲を見回し人がいないことを確かめると、小さな声で話し始めた。
「図書室に向かう途中でフレッドとジョージに呼び止められたんだ。そして、この羊皮紙を渡された。お祭り気分のお裾分けだって」
ハリーは手に持っていた羊皮紙を私に見せてくる。
私はその羊皮紙を手に取り広げてみたが、中には何も書かれていなかった。
「ただの古びた羊皮紙に見えるけど」
「いや、この羊皮紙には凄い魔法が掛けてあるんだ。見てて」
ハリーは廊下の途中で立ち止まると、羊皮紙に杖を当て、呪文を唱えた。
「われ、ここに誓う。われ、よからぬことを企む者なり」
ハリーがそう唱えた瞬間、杖の先から細いインクの線が広がり始め、やがてそれは羊皮紙の上に精巧な地図を描き出した。
「これは……ホグワーツの地図ね。それも凄い正確な」
私は羊皮紙を手に取り周囲と地図を見比べる。
廊下の長さや幅、教室の大きさなどもほぼ正確に再現されているようだ。
「それだけじゃない。見て」
ハリーは地図上を指さす。
そこには小さな点が描かれており、小さな文字で名前が書いてあった。
私は今自分がいる四階廊下を地図上で見る。
するとそこにはハリー・ポッターとサクヤ・ホワイトの点が、今私たちが立っている位置に表示されていた。
「……確かに凄いわね。この地図があれば学校内の全ての人間の行動が把握できてしまうわ」
「フレッドとジョージの悪戯の成功の秘訣がこの地図だったらしい。とにかく、二人曰くホグズミード行きの抜け道は全部で七本ある。そのうちの四本はフィルチも知っているから吸魂鬼が張り付いているけど、残りの三つは誰にも知られていないんだ」
ハリーは地図を指し示しながら話を続ける。
「そのうちの一つ、五階の鏡の裏の道は崩れてるらしい。残るはこの四階の魔女の像の裏の道と──」
「暴れ柳の道ね」
「え? うん。そうだね。暴れ柳の道は近づくことすら困難だから、残るは四階の魔女の像の裏、ハニーデュークスに繋がる道だ」
ハリーは地図を畳むとコブのある隻眼の魔女の像の前に行く。
私は像の裏を調べたが、抜け道があるようには見えなかった。
「何もなさそうだけど……」
「ちょっと待って」
ハリーはもう一度地図を開き、現在地を確認する。
そして杖を取り出し、像を叩きながら言った。
「ディセンディウム、降下!」
ハリーが呪文を唱えると、像のコブが割れ細身の人間が一人通れるぐらいの隙間が開いた。
「開いた。多分この先を進んでいけばホグズミードだ」
ハリーは早速開いた隙間に体をねじ込み始める。
「待って」
私はそんなハリーを呼び止めた。
「ねえハリー、本当に学校を抜け出してホグズミードに行くの?」
私がそう言うと、ハリーは表情を曇らせる。
「サクヤは反対?」
「いや、私としては別にどちらでもいいんだけど。一応聞いておきたくて。本当に校則を破ってホグズミードに向かうのね」
ハリーは隙間に体をねじ込みながら考える。
だが、すぐに答えは出たようだった。
「うん、僕は行くよ。サクヤはどうする?」
「あなた一人で行かせるわけにはいかないわ」
私はハリーに続いて隙間に身を通す。
隙間の奥は石の滑り台のようになっており、私は足の裏で上手くバランスを取りながら坂を滑り降りた。
しばらく坂を滑り、やがて湿った地面に着地する。
穴の中は真っ暗で、リアルに一寸先も見えなかった。
私は杖明かりを灯し、周囲を見回す。
どうやら土を掘っただけのトンネルのようで、天井の高さも手を伸ばせば届いてしまうほど低い。
だが、暴れ柳の下の道に比べると、まだ少し通りやすく感じた。
「……一体誰がいつ掘ったんだろう」
ハリーも自分の杖に明かりを灯し、周囲を見回している。
「わからないわ。でも少なくともその地図よりかは前からあったということでしょうね」
私は杖を通路の奥に向ける。
ハリーは地図を白紙に戻しポケットの中に仕舞い直すと、通路の奥に向けて歩き始めた。
私たち二人は曲がりくねったトンネルをひたすら歩き、無限に続いているように思えるような石段を上る。
ホグワーツを出てから一時間は歩いただろうか。
ついに石段の一番上に到達した。
「行き止まりだ」
ハリーは石段の先を見て呟く。
私は石段の一番上まで行くと、天井を慎重に叩いた。
「これ、撥ね戸になってるわ」
私はゆっくり撥ね戸を押し上げ、頭を少しだけ出して周囲を見回す。
撥ね戸の外は倉庫のようだった。
壁沿いに木箱やケースがびっしりと並べられており、甘い匂いが充満している。
私とハリーは撥ね戸から外に出ると、周囲の物音を探った。
「……大丈夫そうね」
「よし行こう」
私とハリーは通路を進み階段を上り、そこにあったドアを慎重に開ける。
どうやらカウンターの裏に出たらしく、私たちは低い姿勢のままカウンターを抜けてゆっくりと立ち上がった。
「これは凄いわね」
「……うん。ダドリーに見せたらどんな表情をするか見てみたいよ」
店の中には所狭しとお菓子の箱が並べられており、そのどれもが極彩色を放っている。
色とりどりのヌガーに始まり、ピンク色のココナッツキャンディーや何百種類ものチョコレート、ドルーブルの風船ガムにブルブル・マウス、ヒキガエル型ペパーミントなど、ここで買えないお菓子は無いんじゃないかと思えるような品揃えだった。
「サクヤ、向こうにロンとハーマイオニーがいるよ」
ハリーが指さした方向を見ると、店の奥にある『異常な味』コーナーでお菓子を選んでいる二人の姿があった。
私とハリーは足音を殺して二人の後ろに近づく。
どうやら二人は私たち用のお菓子を選んでいるところのようだった。
「これとかどうだろう。血の味がするペロペロキャンディーだって」
ロンは棚の上の飴を指さす。
「うーん。駄目よ。これ多分吸血鬼用だと思うわ」
「じゃあこれは?」
ロンは今度はゴキブリ・ゴソゴソ豆板の瓶を持ち上げた。
「絶対いやだよ」
たまらずハリーが言う。
ロンは瓶を取り落としそうになるほど驚くと、慌ててこちらに振り向いた。
「ハリー! それにサクヤも! どうしてここにいるの?」
ロンが瓶を棚に戻しながら言う。
ハーマイオニーも口に手を当てて悲鳴が漏れないようにしていた。
「うわーお。まさか二人とも姿現しができるようになったの?」
「まさか」
ハリーは小さな声で私が廊下で聞いた話と同じ話を二人にする。
ロンはその話を聞いて憤慨した。
「フレッドもジョージもなんでこれまで僕にくれなかったんだ! 弟じゃないか!」
ハリーはそれを聞いて苦笑いをする。
だが、ハーマイオニーは深刻そうな顔をした。
「でもこのまま地図を持っているわけじゃないんだし。ちゃんとマクゴナガル先生に渡すわよね?」
「僕、渡さない」
ハリーは間髪入れずに答える。
「僕がこれを渡したらどこから手に入れたかを言わなきゃいけない。フレッドとジョージに迷惑は掛けられないよ」
「でもそれじゃあシリウス・ブラックはどうするの? この地図にある抜け道のどれかを使ってブラックが城に入り込んでいるかもしれないのよ! 先生方に抜け道を知らせないといけないわ」
ハーマイオニーはそう言って口を尖らせる。
だが、ハリーも負けじと反論した。
「ブラックが抜け道から入り込むはずがないよ。七つの抜け道の内四つは既にフィルチが知ってるし、残りの三つも僕らが通ってきた道以外は実質通れない。それにこの道も倉庫の地下に入り口があるんだ。見つかりっこないよ」
「それにあれを見ろよ」
ロンは店の出入り口に貼りつけてある掲示物を指さした。
そこには日没後には吸魂鬼が村を巡回する旨が書かれている。
「この村には吸魂鬼がわんさか集まるんだ。ブラックが夜にこの村に現れたらそれこそお陀仏だよ」
「まあまあ、折角のクリスマスなんだし、そういう話は帰ってからでも遅くないわ」
私はハーマイオニーの肩をバンバンと叩く。
「見て! このペロペロキャンディー、ペロペロキャンディーに見えてチョコレートなんだって! それにこっちのガムは膨らませるとそのまま空に飛んでいくらしいわ。あ、このヌガーは初めて見るわね。この虹色はいったい何味なのかしらね!」
私は気になるお菓子を腕一杯に抱える。
ハーマイオニーはそんな私を見て大きなため息をついた。
「もう、わかったわ。でもこのまま有耶無耶にはさせないからね」
ハーマイオニーのお許しが出たところで私はお菓子の会計を済ませる。
これだけ買い込んでおけばクリスマス休暇はお菓子に困ることはないだろう。
私は買い込んだお菓子を鞄の中に流し込むとハリー達と合流する。
そして四人でホグズミード村を歩き始めた。
ホグズミードの家々はどこも魔法で飾りつけを行っており、どの家もキラキラと輝いている。
村の中にマグルが一人もいないからこそできる装飾と言えるだろう。
「あれが郵便局で……ゾンコの店はあそこ」
ロンはあちこち指さしながら吹雪の中を先導していく。
ホグワーツを出発したときはあまり意識していなかったが、外は結構吹雪いているようだった。
「叫びの屋敷まで行くのはどうかしら?」
ハーマイオニーはそう提案するが、ロンは寒さに歯を鳴らしながら言った。
「いや、三本の箒でバタービールを飲まないか? 思った以上に冷え込んできた」
私たちはロンの提案に賛成する。
確かに今日は外を歩いて回るには寒すぎるだろう。
私たちはロンを先頭にして道路の向かいにある小さなパブに入った。
設定や用語解説
流れ星
学校の備品であり骨董品スレスレの箒。蝶にも抜かされるほど遅い。
忍びの地図
ハリーが双子から貰ったホグワーツの詳細な地図。また、地図上にはその場にいる人物の名前も表示される。
ハニーデュークス
ホグズミードにあるお菓子屋
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。