P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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三本の箒と仇と私

 

 クリスマス休暇に入る前最後のホグズミード行きが許可された週末。

 私とハリーは抜け道を通ってお忍びでホグズミードに来ていた。

 

「ほら、ここが三本の箒だよ」

 

 ロンが看板を指し示しながら紹介してくれる。

 そこは『三本の箒』と呼ばれるパブで、ホグズミードにある酒場では一番の人気らしい。

 店の大きさはこの夏バイトをしていた漏れ鍋より少し小さいだろうか。

 私たちは入り口で雪のついたローブを脱ぐと、奥の方に進み空いていた小さなテーブルに座った。

 

「僕が飲み物を取ってくるよ」

 

 ロンはそう言うと意気揚々とカウンターの方へ歩いていく。

 しばらくするとロンが両手に二つずつ大ジョッキを抱えて戻ってきた。

 

「メリークリスマス!」

 

 私たちはバタービールのジョッキをぶつけ合うと、火傷しないようにゆっくりジョッキに口をつける。

 私はバタービールは冷たい方が好きだが、こういう寒い日は熱いバタービールに限るだろう。

 

「やっぱこれよね。この夏客に奢られて散々飲んだけど、やっぱり冬場はホットの方がいいわ」

 

 私がジョッキを傾けていると、急に冷たい風が私の頬を撫でる。

 風の吹いた方向に視線を向けると、マクゴナガルとフリットウィックが雪を払いながら店に入ってきたところだった。

 その後ろにはハグリッドと魔法大臣であるファッジの姿もある。

 

「マズっ」

 

 私はジョッキを持ったまま身をかがめると、机の下に隠れる。

 少し遅れてハリーもハーマイオニーに押し込められるように机の下に転がり込んできた。

 

「モビリアーブス」

 

 ハーマイオニーが呪文を唱えると、そばにあったクリスマスツリーが数センチ浮き、私たちを隠すように移動する。

 これで覗き込まれない限り私たちの姿が見えることはないだろう。

 職員御一行はカウンターで注文を済ませると、私たちのすぐそばのテーブルにつく。

 私は鞄の中から羊皮紙と万年筆を取り出し、ハーマイオニーと筆談を始めた。

 

『抜け出せそうな感じ?』

 

『無理。出口まで見つからずに行くのは不可能』

 

『おーまいごっと』

 

 私はハーマイオニーとの筆談結果をハリーにも見せる。

 ハリーは羊皮紙を読むと、困ったように眉を下げた。

 

「ギリーウォーターのシングルとホット蜂蜜酒、アイスさくらんぼシロップソーダに紅い実のラム酒お待たせしました」

 

「ありがとうロスメルタのママさん」

 

 店主がお酒を持ってきたらしく、ファッジがお礼を言う。

 

「また会えて嬉しいよ。よかったら君も一杯やってくれ。積もる話もあるだろう」

 

「まあ、光栄ですわ」

 

 ハイヒールの音が遠ざかっていったかと思うと、すぐに戻ってくる。

 酒が入って、しかも店主も巻き込んでとなると、しばらくはここで拘束されるだろう。

 あまりにも長くなりそうだったら時間を止めて店の隅に火でもつけよう。

 とにかく、今は大人たちの話を聞いているほかない。

 

「それで、今日はなんでこんな片田舎に?」

 

 ロスメルタの声だ。

 ファッジはその問いに答えるのに少し躊躇したようだったが、やがて声を小さくして話し始めた。

 

「ほかでもないよ。ブラックの件でね。学校で何が起こったかは聞き及んでいるだろう?」

 

「まあ、噂ぐらいは」

 

 ロスメルタはそう言うが、絶対噂程度じゃないだろう。

 酒場の店主という立場上、下手すると魔法省の人間よりもその辺の話には詳しいはずだ。

 

「大臣はまだブラックが近くに潜伏しているとお考えで?」

 

「そう考える他ないだろう。それに用心に越したことはない。つい先程吸魂鬼と会ってきたところだ。連中はダンブルドアに対して猛烈に怒っていたよ。ダンブルドアが城内に入れないとね」

 

「当たり前です。あんな恐ろしいものにうろうろされては生徒たちも教育に専念できないでしょう」

 

 マクゴナガルは論外だと言わんばかりの強い口調で言う。

 

「そうは言うがね、連中よりもっと恐ろしいものから守るために連中がここにいるんだ。実際に、ブラックは一度ホグワーツに侵入している」

 

 まあ、ファッジの言うことも一理ある。

 ダンブルドアがいるにも関わらず、シリウス・ブラックは一度ホグワーツに侵入している。

 だとしたら、警備を強化せざるを得ないというのももっともな話だ。

 

「でもねぇ。私はまだ信じられないですわ」

 

 ロスメルタが静かな声で言う。

 

「多くの人間が闇の陣営に加担していく中、シリウス・ブラックだけはそうはならないと思っていましたのに。……あの人がまだホグワーツ生だった時のことを今でも覚えていますわ。もしあの頃にブラックが将来殺人鬼になると聞かされても、私は酔っ払いの妄言だと思ったことでしょうね」

 

「それは君がブラックの最悪の仕業を知らないからだよ。といってもあまり知られている話でもないが……」

 

「最悪の?」

 

 ファッジの思わせぶりなセリフにロスメルタが食いつく。

 

「あんなにたくさんの人間を殺した以上に悪いことだっておっしゃるんですか?」

 

「まさにその通りだ。ブラックの学生時代をよく知っていると言っていたね。奴の一番の親友が誰だったか覚えているかい?」

 

「もちろんです」

 

 ロスメルタは即答する。

 

「ここにもしょっちゅう来てましたわ。あの二人にはよく笑わされたものです。シリウス・ブラックとジェームズ・ポッターのコンビには」

 

 ガタンと隣で音がする。

 どうやら驚いたハリーが机に頭をぶつけたようだ。

 

「まったくもってその通りです」

 

 マクゴナガルがロスメルタに続けるように言う。

 

「それと同時に、二人ほど私たちを困らせる存在もいませんでした。二人はいつも悪戯の首謀者で、しかも二人揃って恐ろしく賢い生徒でした」

 

「まったくだ。フレッドとジョージも大概だがね」

 

「みんなブラックとポッターは兄弟なんじゃないかと思ったでしょうね!」

 

 フリットウィックが同意する。

 ファッジは昔を懐かしむように小さく笑みをこぼした。

 

「ポッターは誰よりもブラックを信用してた。それは学校を卒業して結婚しても変わらなかった。ブラックは結婚式で新郎の付き添い役を務めたし、産まれた子の名づけ親もブラックだ」

 

 そんな話は初めて聞く。

 ハリーもその話は知らなかったらしく、目を見開いていた。

 

「だが、まさかあんなことになるとは。これを知ったらハリーはきっと辛い思いをするだろう」

 

「ブラックの正体が例のあの人の一味だったという話です?」

 

「いや、もっと悪い話だ」

 

 ファッジは声のトーンを落とす。

 

「ポッター夫妻は自分たちが例のあの人に狙われていることを知っていた。ダンブルドアが察知したんだ。そして二人に身を隠すように提案した。だが、例のあの人から身を隠すのは容易なことじゃない。生半可な隠蔽魔法じゃダメだ。だから、ダンブルドアは『忠誠の術』が一番だと二人に教えたんだ」

 

「一体どんな術ですの?」

 

 ロスメルタが夢中になって聞くと、フリットウィックが咳ばらいをしつつ答えた。

 

「とてつもなく複雑な術です。生きた人間に秘密を魔法で封じ込めるのです。選ばれた者は『秘密の守人』として自分の中に情報を隠す。封じ込められた秘密は秘密の守人が暴露しない限り絶対に見つけることができない。秘密が守られている限り、例のあの人が村の中を何年探そうが、たとえ家の窓に鼻先を押し付けて覗き込もうが見つけることはできないのです」

 

「それじゃあ……もしかしてブラックがポッター夫妻の秘密の守人に?」

 

「ええ、そうです」

 

 ロスメルタの問いにマクゴナガルが答えた。

 

「ジェームズ・ポッターはブラックだったら……親友である彼なら秘密を漏らすことなく死を選ぶだろうと考えたのです。それほどまでに信頼していた。私たちもそれに賛成でした。あの時はブラック以上の適任はいなかった。ただ、ダンブルドアだけは心配していらっしゃいましたが……」

 

「ダンブルドアはブラックを疑っていらしたの?」

 

 ロスメルタが息を呑む。

 

「ダンブルドアはポッターに近しい誰かが二人の動きを例のあの人に密告しているという確信がおありなようでした。でも、ポッターの強い要望で秘密の守人にはブラックが選ばれた」

 

「ああ、そうだとも」

 

 ファッジが重々しく口を開く。

 

「そして忠誠の術をかけてから一週間も経たないうちに事件は起こった」

 

「ブラックが二人を裏切った?」

 

「まさにその通り。だが、知っての通り例のあの人は幼いハリーに敗れて姿をくらませた。ブラックとしては嫌な立場に立ってしまったわけだ。裏切った瞬間、自分の旗頭が倒れてしまったんだからね。当然逃げるほかない」

 

 ファッジがそう言うと、机を叩く音が聞こえる。

 

「あのくそったれの裏切者め!」

 

 ハグリッドだ。

 ハグリッドは店が一瞬シンとなるほどの大声でブラックを罵倒する。

 

「俺はあの夜奴に会ったんだ。きっと最後に会ったのは自分に違ぇねえ。ハリーを崩壊した家から助け出した時、ブラックはいつもの空飛ぶオートバイに乗って現れた。俺はその時ブラックが秘密の守人だって知らんかったから襲撃を聞きつけて駆け付けたんだと思った。ブラックは真っ青になって震えとった。そんで、俺がブラックに何をしたと思う? あろうことに俺は殺人鬼の裏切者を慰めたんだ!」

 

「ハグリッド、少し声を落として」

 

 感情が入り声が大きくなるハグリッドをマクゴナガルが抑える。

 

「俺は、奴がジェームズたちが死んだと知って取り乱したんだと思った。でも違ったんだ。奴は例のあの人が死んだことがショックだったんだ。奴はその後なんて言ったと思う? 『ハグリッド、僕はハリーの名付け親だ。ハリーは僕が育てる』って。前もってダンブルドアから言いつけを貰っておらんかったら、俺はきっとハリーを奴に渡してしまっとっただろう。もし俺がブラックにハリーを渡していたらどうなってたか……なんにしても、ブラックとはそこで別れた。俺はハリーをダンブルドアの元に連れていかないといかんかったからな。ブラックはその後大急ぎで逃げたんだろう」

 

 ハグリッドが話し終わると、テーブルはしばらく沈黙に包まれる。

 その沈黙を破ったのはロスメルタだった。

 

「でも、結局ブラックは捕まった。魔法省が次の日に追い詰めたのよね?」

 

「魔法省だったらよかったんだが……」

 

 ロスメルタの問いにファッジが言葉を濁す。

 

「ブラックを追い詰めたのはピーター・ペティグリューだった。君もよく知っているだろう?」

 

「ええ、小さく臆病で、いつも二人の陰に隠れていました。あのピーターがブラックを?」

 

「ああそうだ。実に勇敢で、英雄的なことだよ。だが、ブラックを追い詰めたところでブラックとの決闘に敗れ、木っ端微塵になってしまった」

 

「本当に、マヌケな子です。学生の頃からどうしようもなく決闘が下手だったのに……魔法省に任せるべきでした」

 

 マクゴナガルは今にも泣きそうな声で厳しいことを言う。

 

「まったくだ。だが、彼の功績もありブラックは魔法省の警察部隊に取り押さえられ、連行された。ペティグリューには勲一等マーリン勲章が授与されたよ。彼の母親にとってそれが少しでも慰めになったならいいんだが。なんにしても、それ以降ブラックはずっとアズカバンだった」

 

「大臣、なんでブラックは今頃になって脱獄したのでしょう。まさか、ブラックはまた例のあの人と組むつもりでは?」

 

 ロスメルタがそう聞くと、ファッジは苦々し気に言った。

 

「奴の最終目的はそれだろう。私が今年の夏にアズカバンに視察に行った時、実を言うと少し奴と話した。奴が脱獄するほんの少し前の話だ。ブラックは驚いたことに吸魂鬼の影響をまったく受けていないようだった。それどころか私が持っていた新聞を欲しがるほどには正気を保っていたんだ。退屈だからクロスワードがやりたいと、奴はそう言った」

 

 ファッジが続ける。

 

「もしかしたらその新聞で去年ホグワーツで秘密の部屋が開かれた事件の記事を読んだのかもしれん。ブラックは例のあの人が復活する予兆を見せていると判断したんだろう。私がアズカバンに視察に行った数日後にブラックは脱獄した」

 

「それじゃあ、ブラックがハリー・ポッターを狙っているのは……」

 

「ああ、ブラックは例のあの人の元に戻る前に宿敵であるハリーを殺そうと考えているのだろうね。実際ブラックは脱獄してすぐにマグルの孤児院を襲った。ハリーが孤児院で暮らしていると思いこんだのだろう。結果として、襲われた孤児院は一人残して皆殺しだ。難を逃れた少女は偶然漏れ鍋に宿泊していたらしい」

 

 ファッジがそう言うと、ハグリッドが啜り泣き始める。

 

「俺はサクヤが不憫でならん……帰る家を失くしちまったのに、なんにもなかったかのようにみんなにふるまって……悲しくないはずがないのに……」

 

「彼女の捜索の時、一番初めに見つけたのは確かマクゴナガル先生だったか」

 

「ええ、そうです。私がホワイトを見つけた時には、あの子は既にこの夏の居場所を見つけていました。あの子は恐怖や絶望に屈することなく、必死に生きようとしていた……本当に強い子です」

 

 マクゴナガルは鼻をすする。

 

「だからこそ、守らねばならん。一刻も早くブラックをアズカバンに連れ戻すのが我々大人の役割だ」

 

「それに、ミス・ホワイトの次の居場所も用意してあげないといけませんな」

 

 フリットウィックが甲高い声をあげる。

 ガタリと椅子が擦れる音が聞こえ、ファッジが立ち上がった。

 

「っと、そろそろホグワーツに戻らねば。ダンブルドアとの食事の約束に遅れてしまう」

 

「では、我々も学校に戻りましょう」

 

 ファッジに続いてマクゴナガルやフリットウィック、ハグリッドも席を立つ。

 四人はロスメルタに挨拶するとローブを着込み、店から出ていった。

 私は手に持っていたバタービールのジョッキを先に机の上に置くと、机の下から這い出る。

 

「ハリーとブラックとの間にそんな因縁があったなんて……でも、ハリーのお父さんの親友だった人物が何故……」

 

 私は椅子に座ると、つい先ほど聞いた話を改めて考える。

 ブラックは初めからヴォルデモートに傾倒していたのだろうか。

 いや、もしブラックが初めから闇の思想を持っていたら、そもそもハリーの父親と仲良くなっていなかっただろう。

 私がそんなことを考えていると、ふと周囲から視線を感じる。

 私が顔をあげて周囲を見回すと、ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人がじっとこちらを見ていた。

 

「あぁ……サクヤ、あの……」

 

 ハーマイオニーは今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。

 

「私、全然気が付かなくて……サクヤのいる孤児院がそんなことになってたなんて……」

 

「意図的に隠してたのよ。貴方たちは何も悪くないわ」

 

 私はすっかり冷たくなったバタービールで喉を潤す。

 

「孤児院に生き残りがいると知られれば、ブラックが私の命を狙うかもしれないからって、魔法省が私の情報を隠蔽したの」

 

「……僕、ダーズリーの家で孤児院が殺人鬼に襲われたってニュースで見た。まさかそれがサクヤのいる孤児院だったなんて」

 

 ハリーはそう言って表情を暗くする。

 私は小さくため息をつくと、ハリーに言った。

 

「私のことはどうでもいいのよ。ブラックにとって、私は最重要目標ではないわ。何なら、存在すらバレていない可能性すらある。問題は貴方よハリー。さっき先生たちが話していたのが真実だとすると、貴方とブラックには大きな因縁がある」

 

 私はそこで一度言葉を切ると、バタービールを煽った。

 

「選択を迫られるわ。安全なところに身を隠し、脅威が過ぎ去るのを震えて待つか、両親の仇に果敢に立ち向かうか。ハリー、貴方はどちらを選ぶ?」

 

 私は飲み終わったジョッキを机の上に置く。

 そして椅子に掛けていたローブを手に取ると、バタービールの代金を机の上に置いて立ち上がった。

 

「私、先に帰るわ。また後で、貴方の選択を聞かせて頂戴」

 

 私はローブを羽織り、まだ若干吹雪いている店の外に出る。

 ハーマイオニーが私を追ってくるかと思ったが、誰も店の外には出てこなかった。

 

「嫌な女ね、私」

 

 私は路地裏に移動すると、人の視線がないことを確認し、時間を停止させる。

 そして、止まった時間の中をホグワーツに向けて歩き出した。




設定や用語解説

三本の箒
 ホグズミードにあるパブ。非常に繁盛しており、ホグワーツの生徒だけでなく教員もこの店によく訪れる。

忠誠の術
 秘密を生きている人間に押し込める術。その者が秘密を暴露しない限り、その秘密は絶対に暴かれることがない。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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