P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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紙袋と犬の足と私

 

 自堕落なクリスマス休暇はあっという間に過ぎ去り、すぐに新学期がやってきた。

 ハリーの話では箒はマクゴナガルとフリットウィック、フーチによって解析中だという。

 三人で様々な呪いを検証しているらしく、手元に戻ってくるのはまだまだ先の話になりそうだと話していた。

 また、ハリーはルーピンから守護霊の呪文を習い始めたらしい。

 これ以上吸魂鬼に気絶させられてはクィディッチどころじゃない、ということのようだ。

 守護霊の呪文自体、存在は知っているが、去年ロックハートは私に守護霊の呪文を教えなかった。

 これは後から知った話だが、闇の魔法使いは守護霊の呪文を嫌う傾向にあるようだ。

 きっとロックハートなりのこだわりがあったのだろう。

 私はというと、クィディッチの練習に追われるわけでもなく、際限なく増え続ける宿題に忙殺されるわけでもなく、のんびりとした日々を送っていた。

 そうしている間にも一月が過ぎ、二月が過ぎ、三月に差し掛かった頃、ようやくハリーの手元にファイアボルトが帰ってきた。

 ファイアボルトを持ったハリーはまるで英雄のように扱われ、談話室の話題もそれで持ちきりになった。

 私もハリーの練習風景を見学に行ったが、まるでジェットエンジンでも付いているかのような加速をしていた。

 アレなら確かにスピード勝負では誰にも負けないだろう。

 そんなこんなでついに迎えたグリフィンドール対レイブンクロー戦。

 私は他のグリフィンドール生と一緒に校庭を横切りスタジアムに向かう。

 だが、その途中で校庭の隅にクルックシャンクスの姿を発見した。

 

「また女子寮から逃げ出してるわ」

 

 私はスタジアムに向かう列から外れると、クルックシャンクスを追いかける。

 少し試合に遅れるかもしれないが、クルックシャンクスを女子寮に連れ戻してからでも遅くはないだろう。

 それに今回の試合、グリフィンドールの勝利は目に見えている。

 レイブンクローのシーカーであるチョウ・チャンが可哀想になってくるほどだ。

 クルックシャンクスは校庭を横切ると、暴れ柳に向かって走っていき、うろの中に身を滑り込ませる。

 きっとあの犬に会いに行くのだろう。

 

「うーん、あの屋敷に行くなら連れ戻す必要もないかしら?」

 

 私は建物の陰に入り周囲に人がいないことを確認すると、時間を停止させる。

 

「まあでもあの犬もどうなっているか気になるし、様子を見に行きましょうか」

 

 私は鞄の中に先週厨房でストックさせてもらったステーキ肉があることを確認すると、時間を止めたまま暴れ柳のうろの中に入り込んだ。

 私はそのままクルックシャンクスを追い越して杖明かりを頼りに長い横穴を通り抜ける。

 体感時間で三十分ほど歩いただろうか。

 数ヶ月ぶりに屋敷の中に足を踏み入れた。

 

「さて、わんこを探しますか」

 

 私は止まった時間の中で屋敷の中を歩き回り黒い犬を探す。

 今にも崩れそうな階段を上り、突き当たりの部屋の扉を押し開けた。

 

「……な、ぁ」

 

 部屋の中に一人の男が立っていた。

 くしゃくしゃで伸ばしっぱなしの真っ黒な髪。

 痩せ衰え骸骨のようにも見える顔。

 私は、その男に見覚えがある。

 

「シリウス・ブラック……」

 

 部屋の中に孤児院のみんなの仇であるシリウス・ブラックが立っていた。

 全身の毛が逆立つのを感じる。

 今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られたが、話を聞いてからでも遅くはないだろう。

 私は大きく深呼吸すると、ブラックの皮膚に触れないように気をつけながらブラックの服を念入りにチェックする。

 どうやら杖や刃物の類は持っていないらしい。

 私はポケットに入れていた鞄を元の大きさに戻すと、鞄の中からロープを取り出してブラックの足首を縛る。

 そして胴体をぐるぐる巻きにする様にロープを回し、腕と胴を一緒に縛り上げた。

 本当だったら手首や親指を縛るのが一番だが、それをするにはブラックの時間を動かして腕を動かさないといけない。

 それをするのは少しリスクがある。

 私はブラックを縛り上げ、紙袋をブラックに被せてから真後ろに回り込む。

 そして鞄からナイフを取り出し、時間停止を解除すると同時にブラックの背中を思いっきり蹴飛ばした。

 

「──ッ!?」

 

 声にならない悲鳴がブラックの口から漏れる。

 私はうつ伏せに倒れたブラックの背中に馬乗りになると、首筋にナイフを押し当てた。

 

「これ以上ナイフを首に押し込まれたくなければ動かないで」

 

 既にナイフはブラックの首に五ミリほど食い込んでいる。

 ブラックは全く状況が理解できていないようだったが、ナイフが首に刺さりつつあることは理解したらしい。

 

「ま、待て! 人違いだ!」

 

 ブラックは暴れることなく紙袋越しに私に訴えた。

 

「人違い? そんなことあるはずないわ。私があなたを見間違えるはずがない」

 

「落ち着いて、話をしようじゃないか。きっと誤解だ。話せばわかる」

 

「ええ、私もぜひ聞きたいわね。どんな気持ちでみんなを殺したのかとか」

 

 ナイフを握る手に力が篭り、ブラックが呻き声をあげる。

 私は右手で杖を取り出すと、魔法でブラックの腕を縛り直した。

 

「みんなを? 誤解だ。私は誰も殺してない」

 

「白々しいわね。五十人近く殺してるくせに」

 

「五十人? いや、本当だ。本当に私は無実なんだ。どうか私に説明させてくれないか?」

 

 ブラックは冷静な声色で私に訴えかける。

 私はナイフと杖を握りながらも、ブラックの様子に違和感を覚えていた。

 私が想像していたシリウス・ブラックという人物は、推理小説に出てくるような気の狂った殺人犯だ。

 だが、今こうして私が馬乗りになっているブラックからは明らかに理性を感じる。

 私はブラックの首からナイフを放し、ブラックから離れた。

 ブラックはゆっくり体を起こすと、壁に背をつけて楽な姿勢を取る。

 

「エピスキー、癒えよ」

 

 私はブラックの傷に治癒魔法をかけると、杖を向けながらブラックの前にあるベッドに座り込んだ。

 

「それじゃあ、言い訳タイムと行きましょうか。精々私を納得させられるお話を聞かせて頂戴」

 

 私は紙袋を被せたブラックの顔を見る。

 開心術対策のために紙袋を被せたが、これではブラックの表情が見れない。

 脱がせようか迷ったが、取り敢えず被せたままでいいだろう。

 

「君は誤解をしている。いや、魔法界全てがこの私という存在を誤解していると言っていいだろう。あの時、追われていたのは私だと皆がそう思っている。だが、真実は違う。あの時、私は追う側の人間だった。ポッター夫妻を裏切った魔法使いをもう少しで捕まえるところまで来ていた」

 

「ポッター夫妻を裏切った魔法使い? それは貴方なんじゃないの? 貴方が二人の秘密の守人だって聞いたけど」

 

 私がそう聞くと、ブラックは首を横に振る。

 

「その予定だった。だが、ギリギリになって秘密の守人を変えたんだ。このことを知っているのは私とポッター夫妻、そして実際に秘密の守人になった奴しか知らない」

 

「……一体誰が秘密の守人になったの? いや、待って。貴方が追い詰める側だとしたら、その時殺された……」

 

 紙袋の下の表情は窺い知れないが、その時ブラックは笑みを浮かべたような気がした。

 

「そうだ。秘密の守人はピーター・ペティグリューだ。私たちはヴォルデモートの裏を掻くために、ギリギリになって誰にも知らせずに秘密の守人を変えた。その方が安全だと私もジェームズも思った。だが、奴は裏切った。ペティグリューはポッター夫妻の居場所をヴォルデモートに密告し、結果としてポッター夫妻はヴォルデモートに襲撃された」

 

「でも、そこでさらに事態が急転した。そうよね? 誰も例のあの人がやられるとは思っても見なかった」

 

「ああそうだ。ペティグリューは逃げ出した。事態を察知した私はすぐにペティグリューを追った。ペティグリュー自身優秀な魔法使いではない。すぐに追い詰めることができた。だが、奴は周囲にいたマグルを魔法で皆殺しにした後、自ら小指を切り落としてネズミになって逃げ出したんだ」

 

 確かペティグリューは小指を残して木っ端微塵になったんだったか。

 辻褄は合うが、少し気になる点もある。

 

「ネズミになって逃げた? 変身術を使ったということ?」

 

「ペティグリューは動物もどきだ。それも未登録の。奴が動物もどきだと知っている魔法使いは本当に少ない」

 

 もしその話が本当なのだとしたら、裏切り者はピーター・ペティグリューで、シリウス・ブラックは無罪ということになる。

 だが、私の中ではまだ気になっている点がいくつかあった。

 

「もしその話が本当なのだとしたら、どうして捕まった時にその話をしなかったの? それに今更脱獄するというのも不可解だわ。それに、何の目的でホグワーツに侵入したのかも説明してない」

 

「私が捕まった時、誰も私の話など聞かなかった。それに当時は裁判なしでアズカバンに収監されることも多かったんだ。服従の呪文で操られていただけだと主張する輩が多かったからな」

 

 ブラックは皮肉るように鼻を鳴らす。

 

「それと、今になって私が脱獄した理由だが、ファッジがアズカバンに来た時に貰った新聞にペティグリューが載っているのを見たからだ。ペティグリューはホグワーツの生徒のペットになっていた。このままではハリー・ポッターに危険が及ぶと判断した私はアズカバンを脱獄し、ここまでやってきた」

 

 小指のないネズミ。

 確かに、私の友人がペットとして小指のないネズミを飼っている。

 もしブラックの話が本当なのだとしたら、スキャバーズは動物もどきで、しかもハリーの両親の居場所を密告した裏切りものということになる。

 

「……貴方の主張はわかったわ。それを信じるか信じないかは別として、興味深い話ではあった。でも、この夏に孤児院を襲った件についてはどう説明するつもり?」

 

「孤児院? ああ、ロンドンのマグルの孤児院が何者かに襲われた事件か。あれに関しては私はまったく関与していない。そもそも、マグルの警察も闇祓いも、私が近くに潜伏しているであろうという事実だけで犯人を私だと推測したに過ぎない。あの事件と私は無関係だ」

 

 確かに、孤児院からはブラックに繋がる証拠は出ていない。

 だが、だからといって、はいそうですかと済ませられる問題でもない。

 

「ダメね。全然ダメだわ。貴方の話を信じるには証拠が少なすぎる。ありあわせの材料で、嘘の話を作っているようにしか聞こえない。ピーター・ペティグリューの件だって、口で言うだけならなんとでも言える。ロンドンの孤児院の事件だって、貴方が殺した証拠はないけど、貴方が殺していない証拠もないんだもの」

 

 私はブラックに被せていた紙袋を剥ぎ取る。

 ブラックは私の顔と服装を見て、明らかに動揺した。

 

「君は……あの時の……」

 

「私は貴方の言うペットのネズミに心当たりがある。だからシリウス・ブラック、取引しましょう? 私はあの夜、孤児院で何があったのか知りたい。貴方が犯人じゃないのだとしたら、一体誰が孤児院のみんなを殺したのか。もし貴方が孤児院の事件の真実を掴むことができたら、ペットのネズミを貴方の元まで持ってきてあげる」

 

「私が? それはできない。私にはハリーを守る義務が──」

 

「……誰から誰を守るのよ。ピーター・ペティグリューから? もしペティグリューがハリーを殺す気があるなら、いくらでも機会はあった。もう何年も一緒の部屋で寝てるんですもの」

 

「だが、だからといって私が孤児院の事件を調べる必要は──」

 

 私は杖を真っ直ぐブラックに向ける。

 

「孤児院で何が起きたか。それがわかるまで私は貴方を信じない。逆に、孤児院の件の貴方の疑いが晴れたら、無条件で貴方の無実を信じてあげてもいいわ。ピーター・ペティグリューの確保にも勿論協力する。なんなら、貴方とハリーの仲を取り持ってあげることもできるわ」

 

 ブラックは少し顔を伏せて考え込む。

 そしてしばらくした後、ブラックは静かに頷いた。

 

「……わかった。孤児院の事件を調べよう。こちらとしても、校内に協力者は欲しい。情報共有はフクロウで行おう」

 

「引き受けてくれて何よりよ。……そうね、私に手紙を出すときは、宛名を『ホワイト』で送って頂戴」

 

「偽名にしては安直過ぎないか? そしたら私は……『パッドフット』、パッドフットで手紙を送ってくれればいい」

 

 痩せこけた汚い中年男性にしては随分可愛らしい名前だ。

 

「わかった。パッドフットね。名前を呼ぶ必要があるときはその名前で呼ぶわ」

 

 私はブラックにかけられている腕縛りの呪文を解除し、ぐるぐる巻きにしていたロープを解く。

 ブラックは拘束が解かれたことを確認すると、床に手をついて立ち上がった。

 

「それにしても、君のような学生に不意を突かれるとは。長い監獄生活で相当焼きが回ったようだ」

 

 ブラックはそういうと、目に見えてしょんぼりする。

 どうやら決闘や荒事に対しては相当な自信があったようだ。

 

「そういえば、こっちも聞きたいんだけど、ここにいた黒い犬見なかった?」

 

 私は当初の目的を思い出し、ブラックに質問する。

 ブラックはキョトンとした後、咳払いをして答えた。

 

「いや、見てないな。確かに犬がいた痕跡はあったが……」

 

「そう……お腹を空かせてると思ってステーキを持ってきたのに」

 

 私はそう言って鞄の中からステーキを取り出す。

 その瞬間、ステーキの時間が動き出し、ジュージューと音を立てながら白い湯気が立ち上り始めた。

 グゥとブラックのお腹が大きな音を立てて鳴る。

 私とブラックは顔を見合わせた。

 

「……残念だわぁ。折角用意して来たのにいないなんて。まあいないのなら仕方がないわね。私が食べちゃいますか。勿体無いし」

 

「いや、あの──」

 

 私は机の上にステーキの皿を置くと、鞄の中からナイフとフォーク、ステーキソースを取り出す。

 そして熱々のステーキにたっぷりガーリックバターソースをかけると、大きく切り分けて口一杯に頬張った。

 ブラックは物欲しげな表情でじっとステーキを見つめている。

 私は口の中の肉を飲み込むと、もう一度ナイフで大きく切り分けた。

 私はそのままフォークで刺した肉をブラックの目の前に持っていく。

 ブラックは震えながら肉に顔を近づけたが、ブラックが肉に食いつく前に自分の口の中に放り込んだ。

 

「あ、そうだ。ハリー宛てにファイアボルトが届いたんだけど、贈ったのは貴方?」

 

 私はステーキを咀嚼しながらブラックに聞く。

 

「……ああ、私がクリスマスに贈ったものだ。ハリーは喜んでいたか?」

 

 私はフォークを咥えながら鞄からもう一皿ステーキを取り出す。

 そしてナイフとフォークを添えてブラックの方に差し出した。

 

「ええ、喜んでいたわ。でも、すぐに先生に取り上げられてしまったけど」

 

「どうして? 何のために?」

 

 ブラックは口元の涎を拭うと、ステーキを切り分けて口の中に詰め込む。

 

「貴方からの贈り物の可能性があったからよ」

 

「私からの贈り物だったら何か問題が……いや、問題ありか」

 

 ブラックは気まずそうに頭を掻く。

 

「まあでも、色々調べて問題なしと判断されたらしくて、今日の試合ではファイアボルトを使っているけどね」

 

 ブラックの表情が一気に明るくなる。

 なんとも分かりやすい性格だ。

 

「それじゃあ、何か分かったら連絡して頂戴」

 

 私は部屋の隅でくつろいでいたクルックシャンクスを抱きあげると、ブラックのいる部屋を後にする。

 そしてそのまま一階へと戻ると、ホグワーツへと続く穴を引き返し始めた。




設定や用語解説

守護霊の呪文
 有名な「エクスペクト・パトローナム」の呪文。動物や魔法生物を模した守護霊を召喚する。主に吸魂鬼に対し効果があり、また、吸魂鬼に対抗するための唯一の呪文でもある。習熟度が低いと銀色のモヤが出るだけだが、その状態でもある程度の効果がある。

「偽名にしては安直過ぎないか?」
 そもそも偽名じゃないが、シリウスはサクヤが適当に名乗った名前と勘違いした。

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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