P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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暗示と栄誉と私

 

 ルーピンに連れられて医務室に来た私は、事情を聞いたマダム・ポンフリーにあっという間に拘束され、瞬く間にベッドの上に転がされた。

 

「去年も誘拐、今年も誘拐! 一体何回誘拐されたら気が済むのですか!? どこか痛いところは? どんな呪文を掛けられたのです?」

 

 マダム・ポンフリーは元気爆発薬を私に押し付けながら捲し立てる。

 私が元気爆発薬を一気に呷ると、耳からぷぴいと蒸気が噴き出た。

 

「マダム・ポンフリー、子供たちを頼みます。私はそろそろ自室に籠らなければ」

 

「……わかりました。あまり時間もありません。急いだほうがよろしいですよ?」

 

 ルーピンは時計を確認すると、慌てて医務室を出て行く。

 きっと人狼に変身してしまう時間が迫っているのだろう。

 

「貴方たちはどこか悪いところは? 襲われたり、誘拐されたのでなければもう寮に戻りなさい」

 

 マダム・ポンフリーはハリーたち三人に向かって言う。

 ハリーたちはなんとか医務室に残ろうとあの手この手で言い訳したが、結局マダム・ポンフリーに医務室を追い出されてしまった。

 

「何にしても、もう少し経てばダンブルドア先生が話を聞きにくるでしょう。それまでは絶対安静です。ベッドの上から動いてはなりませんからね」

 

 マダム・ポンフリーは私にそう言いつけ、ベッドのカーテンをぴっちり閉じる。

 先程まで何かと騒がしかったが、途端に私の周りを静寂が包み込んだ。

 

「……シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました。シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました。シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました。シリウス・ブラックが孤児院のみんなを殺しました──」

 

 何度も何度も呟き、自分に言い聞かせる。

 孤児院のみんなを殺したのは私じゃない。

 そんな記憶はない。

 殺した記憶なんてない。

 殺す理由なんてない。

 殺す理由なんて……。

 

「でも、私以外考えられない。本当に私じゃないの?」

 

 魔法界には忘却呪文という実に都合の良い魔法が存在する。

 自分自身に忘却呪文を掛けて、都合の悪い記憶を消した可能性すらある。

 もしそうだとしたら、信じられるものは何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、だとしたら──

 もし、私が孤児院の子供たちを、セシリアを、院長を殺したとして、その理由はなんだ?

 もし私が私の意思で自分の居場所を壊したのだとしたら、何か理由がある筈である。

 考えられる可能性は二つ。

 一つは、孤児院の誰か、または不特定多数に時間停止能力がバレた可能性。

 その場合私は口封じのために疑わしいものを皆殺しにするだろう。

 もう一つはなんらかの理由で孤児院という今の居場所そのものが邪魔になった可能性。

 どこかに移り住むため、もしくは孤児院という存在そのものが弱点になると考えた場合、もしかしたら私は皆殺しも視野に入れるかもしれない。

 

「まあ、一番考えられるのは能力がバレた可能性よね」

 

 時間停止能力を徹底的に隠そうと思い至る前は、結構頻繁に孤児院の中で時間を止めていた。

 大人というのは子供が思っている以上に子供の様子を見ているものである。

 院長と世間話をしているときに、ふとそういう話が出たのかもしれない。

 今思い返してみれば、院長だけは机に突っ伏す形で殺されていた。

 夜中院長室を訪ねた私が、世間話の中で私の時間停止能力に言及した院長を殺害。

 その後孤児院の誰に感づかれているかわからないので、時間を止めたまま他の皆も殺し、漏れ鍋に戻って自分の記憶を消した。

 もしかしたら当時の私はブラックに罪をなすりつけるところまで想定していた可能性がある。

 そう考えると、途端に自分で殺したような気がしてきた。

 殺してしまったブラックには悪いが、全ての罪を背負った状態で天国にでも行ってもらおう。

 私は元気爆発薬のせいで火照った顔を手でパタパタと扇ぐと、ベッドの上に寝転がる。

 そして、カバンの中に入れっぱなしのスキャバーズの存在を思い出した。

 シリウス・ブラックが無実なのだとしたら、スキャバーズは動物もどきだということになる。

 もしその場合、このままロンに持たせたままというのは少し危険だ。

 殺すか逃すかしてしまうのが一番だろう。

 ロンには禁じられた森に逃げて行くのを見たと言っておこう。

 

 しばらく医務室のベッドで寝転がっていると、何人かが医務室に入ってくる足音が聞こえてくる。

 私はベッドから体を起こすと、足音の主が近づいて来るのを待った。

 

「サクヤ、入りますよ?」

 

 マダム・ポンフリーの声が聞こえたかと思うと、カーテンを開けて数人の魔法使いが入ってくる。

 ダンブルドアにスネイプ、マクゴナガル、それに魔法大臣のファッジの姿もあった。

 

「この子は安静にしなければいけません。ですので、お話は手短にお願いします」

 

 マダム・ポンフリーはそう言うと、奥の方へと引っ込んでいく。

 ダンブルドアは私のベッドに近づくと、優しい声で言った。

 

「この夕暮れ時からの短い時間に、とんでもないことが起こったようじゃの。何があったか、聞かせてくれるじゃろうか?」

 

 私は、ダンブルドアの質問に対して自分にとってもっとも都合がいい作り話をした。

 校庭を歩いていた私は不意に魔法をかけられて、気が付いた時には古びた屋敷の中にいたこと。

 目の前にはブラックがおり、私のことをハリーを誘き出すための人質だと言ったこと。

 逃げられないように私の手と足を切り落とすとブラックが言ったこと。

 杖は奪われていたが、護身用に隠していたナイフはそのままだったため、隙を突いてブラックを刺し、杖を奪い返したこと。

 帰り道が分からず途方に暮れていたらハリーたちが現れたということ。

 私がそのような作り話を語り終わると、ダンブルドアは何度も頷いてから言った。

 

「まずサクヤ、ワシは君の勇気に敬意を表したい。絶望的な状況に置かれたにも関わらず、よく最後まで諦めずに行動を起こした」

 

「ああ、誇っていい。君は魔法界の英雄だ!」

 

 ファッジは気分良さそうに笑いながらそう言うが、マクゴナガルにひと睨みされてすぐに押し黙る。

 私はとびっきり不安そうな表情を作ると、ダンブルドアに聞いた。

 

「ダンブルドア先生……私、自分の身を守るためとはいえ、ブラックを刺してしまいました。人を、ナイフで刺したんです……。私は、やっぱり退学処分ですか?」

 

「とんでもない!? 正当防衛だ。そうだろう?」

 

 ファッジはダンブルドアに言う。

 ダンブルドアもファッジの言葉に頷いた。

 

「そうじゃな。杖が手元にあるならまだしも、その状況ならそれしか方法はなかったじゃろう。感心できる方法でないことは確かじゃが、今回の場合致し方あるまい」

 

「やっぱり……ブラックはもう……」

 

 私がそう聞くと、横にいたスネイプが口を開いた。

 

「既に死んでいた。首と心臓に一撃ずつ。ほれぼれするような手捌きですな」

 

「ブラックの死体はちょうど来ておった死刑執行人が回収していった。死体の処理は専門家に任せるに限る」

 

 スネイプの言葉にファッジがそう付け足した。

 

「私としてはサクヤ君にマーリン勲章を贈りたいところなんだが……話を大きくするなとダンブルドアが言うのでね。サクヤ君には悪いがブラックは吸魂鬼が捕らえ、その場でキスをしたことにしようと思っている」

 

 吸魂鬼によるキス。

 この場合ロマンチックなものではなく、魂を吸い取る行為のことだ。

 

「はい。私としてもそうしていただいたほうが……あまりいい思い出でもありませんし」

 

「何を言う。本来誇っていいことだ。君は、自分の大切な人の仇を討ったんだからね」

 

 ファッジ言われて、私は改めて認識する。

 そうか、何も知らない人からみれば、私は孤児院のみんなの仇を討ったことになるのか。

 

「なんだか、そんな自覚全然湧きません。ブラックが死んでも、孤児院のみんなが戻ってくるわけじゃありませんから……」

 

 私はそう言って顔を伏せる。

 マクゴナガルは途端に泣きそうな顔になると、優しく私の背中を手で撫で始めた。

 

「あー……ともかく、なんにしても、これで君の命を脅かす脅威は去ったわけだ。私はそろそろ魔法省に戻らなければ。ブラックが死んだとなれば、私の机に書類の山ができている筈だからね」

 

 ファッジはそう言うと、そそくさと医務室を出て行く。

 

「それでは、ワシらも退散することにしよう。あまり長居をしたら、マダム・ポンフリーはワシとて平気で出禁にしてしまうからの。サクヤ、最後に何か聞きたいことはあるかな?」

 

 ダンブルドアはじっと私を見る。

 私は顔を上げてダンブルドアを見つめた。

 

「今聞くことじゃないかもしれないですが、夏休みになったら、私はどうしたらいいですか?」

 

 ダンブルドアはマクゴナガルの方をチラリと見てから話し始める。

 

「そうじゃな。こういうものは選択肢が多い方がいいからの。大きく分けると、居候か、養子か、一人暮らしかじゃ。どれを選ぶのも間違いではないが、君の今後に大きく影響を及ぼすじゃろう。ワシとしてはどこかの家に養子に入ってもらうのが安心なのじゃが……」

 

「私は一人暮らしがしたいです」

 

「そう言うと思っておったよ。君は独立心の強い子じゃ」

 

 ダンブルドアは私を見てニコリと笑った。

 

「しっかり者の君なら、特に問題はないじゃろう。夏休みに入るまでにはこちらで居住する家を探しておこう。どこか場所の希望はあるかな?」

 

「それなら、ロンドンに近い方がいいです。その方が便利ですし」

 

 ダンブルドアはそれを聞いて何度か頷くと、先生たちを引き連れて医務室を出ていった。

 私は自分のベッドの周りに誰もいないことを確認すると、再び寝転がって大きく伸びをする。

 この先の身の振り方を真剣に考えないといけないが、今は睡魔に任せて眠ってしまおう。

 私は毛布を頭の上まで引っ張り上げると、そのまま夢の世界へ落ちていった。

 

 

 

 

 その日の深夜、私はこっそり医務室を抜け出して校庭へと来ていた。

 雲一つない空に満月が昇っているため、周囲は真夜中とは思えないほど明るい。

 私はそんな満月を見上げると、時間を停止させた。

 

「……やっぱり殺した方がいいかしら」

 

 私は鞄を開くと、中に入っているスキャバーズを見る。

 ブラックの話では、このネズミはピーター・ペティグリューという動物もどきで、ハリーの両親をヴォルデモートに売った裏切者らしい。

 だが、ブラックが死んだ今、ペティグリューが裏切者だと知るものはいなくなった。

 そして、ペティグリューがハリーの両親を裏切ったという証拠もない。

 だとしたら、ここでペティグリューを泳がせておくのもアリだと私は考えていた。

 ブラックが死んだ今、ペティグリューが生きていると知っているものは私しかいない。

 ここでペティグリューを逃がしておけば、その事実を知っていること自体が私にとって優位に働くかもしれない。

 私は鞄の中から手袋を取り出すと、左手に装着してペティグリューを掴む。

 そしてそのままペティグリューを鞄の中から取り出すと、地面にそっと置いた。

 これでもしロンの元に帰ってきたとしたら、このネズミはきっと本当にただのネズミで、今までのブラックの話の信憑性が一気に薄くなる。

 逆に、ロンの元に帰ってこなかったとしたら、ブラックの話にも信憑性が出てくるというものだ。

 私は時間を停止させたまま医務室へと戻り、ベッドの中に潜り込む。

 そしてそのまま時間停止を解除し、眠りについた。




設定や用語解説

元気爆発薬
 魔法界の合法覚醒剤。キメると元気が溢れ出すが、耳から蒸気も出る(意味不)

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。
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