P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
引っ越しと召使いと私
一九九四年、七月。
私はキングズ・クロス駅でハリー、ロン、ハーマイオニーの三人と別れ、私の全ての持ち物と財産が詰まった鞄を片手にロンドンの街に繰り出していた。
「えっと、住所的にはこの辺よね?」
私は羊皮紙の切れ端に書かれた住所を頼りに、これから自分が暮らす家を探す。
去年まで住んでいた孤児院は、去年の七月末に何者かに襲われ私以外の人間が全て殺されてしまった。
いや、私が皆殺しにした可能性が一番高いのだが。
まあ、その話は今はいい。
今優先すべきは、これから学校を卒業するまで暮らすことになる家の環境を整えることだ。
私は歩道を歩きながら、数日前にマクゴナガルに呼び出された時のことを思い出していた。
夏休みに入る数日前、私はマクゴナガルに呼び出されて職員室にあるマクゴナガルの机の前にきていた。
マクゴナガルは机の中から手のひらサイズの羊皮紙の切れ端を取り出すと、私に手渡してくる。
「ここが、あなたがこれから暮らす家がある場所です。キングズ・クロスから歩いて行ける距離ですので、特に不自由なく生活できることでしょう」
私は羊皮紙を受け取ると、そこに書かれている住所を確認する。
「貸家……という認識でいいですよね? 家賃はいくらでどこに支払えばいいでしょうか」
私がそう尋ねると、マクゴナガルは首を横に振った。
「借りている家ではありますが、賃貸ではありません。この家は校長先生の古い友人が持て余していた別荘です。買ったはいいものの使う機会もなく、かなりの間放置していたらしく、いい機会だからあなたがホグワーツを卒業するまでの間貸し出すという話のようです」
「ダンブルドア先生の古い友人ですか……」
「とにかく、ホグワーツを卒業するまではそこに住むと良いでしょう。家具などはそこにあるものをそのまま使っていいそうです。もし新しい生活を始めるにあたって準備金が必要な場合は──」
「ああ、いえ。大丈夫です。今年も暇な時は漏れ鍋で働こうと思っていますし。それにマーリン基金もありますので」
私がそう言うと、マクゴナガルは咳払いを一つして話を続けた。
「そうですか。何にしても、生活を始めて何か困ったことがあればすぐに漏れ鍋を通じて私にフクロウを飛ばすのですよ? 貴方はしっかりしていますが、まだ学生です。学年一位という肩書きに恥じない生活を心掛けるように──」
「なんて話だったけど、別荘を買ったけど結局持て余すなんて、とんだ富豪もいたものね」
何にしても、ダンブルドアの人脈の広さに感謝だ。
羊皮紙の住所を頼りにロンドンの街を歩いていると、次第に人通りの少ない道に進んでいることを認識し始める。
先程までは歩道がしっかり整備されているような大通りだったのに、今歩いている道はまるでロンドンではない別の街かのように静かで、荒んだ空気が立ち込めていた。
近くにある家は窓ガラスが割れているし、反対側の家にはゴミが山積みになっている。
もうかれこれ十年以上ロンドンで暮らしているが、こんな寂れた通りがあるだなんて知らなかった。
「えっと、ここが十番地、ということは次が十一番地。で、私の家が十二番地だから……あれ?」
私は表札を頼りにダンブルドアの知り合いの別荘を探す。
だが、十一番町の次が十三番地になっており、私の探している番地がスッポリと抜け落ちていた。
「おかしいわね……」
私はもう一度羊皮紙に書かれた住所を見る。
『グリモールド・プレイス 十二番地』
十二番地ということは、十一番地と十三番地の間に存在しているはずだ。
私はもう一度十二番地があるべき場所を見る。
すると、先程まではなかった十二番地の表札をつけた家が私の前に現れていた。
「なるほど。九と四分の三番線みたいに隠してあったのね」
目の前にある家は周囲の家と比べると、新築同然な小綺麗さを保っている。
それに、この通りにあるどの家よりも大きく立派に見えた。
「本当にここに住んでもいいのかしら。孤児院の狭い個室に比べてグレードアップしすぎじゃない?」
そう言いつつも、私は玄関にある蛇の装飾がなされた扉のドアノブを捻る。
そしてゆっくりドアノブを引いた。
「……おぉ」
ロンの家族が住む『隠れ穴』は増築に増築を重ねたようなヘンテコなものだったので、ここも内部は相当おかしなことになっているのでは無いかと思っていたが、そんなことはなかった。
内部は至って普通の一軒家といった感じで、金持ちが別荘に買うにしてはあまり高級感がない。
まあ、住み心地を考えたらこれぐらいのほうが丁度いいのかもしれないが。
私はどこかに明かりがないかと玄関ホールを見回す。
既に太陽は地平線の向こうへと沈んでしまっているため、玄関ホールの中は本が読めないほどには薄暗い。
私が鞄の中から懐中電灯を取り出そうとしていると、シュボッという音を立てて壁に設置されているガスランプが一斉に灯る。
そして玄関ホールの先に佇んでいたのであろう小さな人影を照らし出した。
「お待ちしておりました。お嬢様。ささ、荷物をこちらへ。お食事はいかが致しましょうか」
廊下の奥に立っていたのは屋敷しもべ妖精だった。
ホグワーツで働いている屋敷しもべ妖精と比べると随分と年老いて見えるそれは、灰色の枕カバーを器用に着こなしており、まるで老執事のようだった。
「まさか、屋敷しもべ妖精付きだったなんて……一人暮らしだって聞いてたのに」
「『一人』暮らし、でございますよ。私ども屋敷しもべ妖精は一人とは数えません。この家に備え付けられた家具のようなものだとお考えください」
ダンブルドアやマクゴナガルがやけにすんなり一人暮らしを許可したと思っていたが、これが理由だったのだろう。
住む家に屋敷しもべ妖精がついていたら家事の手間などは掛からない。
それに、私がホグワーツに行ってる間も家を完璧に維持してくれるだろう。
「でも、貴方はここの家の持ち主に仕えている屋敷しもべ妖精であって、私に仕えているわけではないんでしょう? だとしたらあまり信用できないというか……なんならこの上の持ち主のもとに帰ってもらってもいいんだけど……」
「その不満は想定済みでございます。お嬢様がそう思われると予感した前の私のご主人様は、私に対し貴方様に仕えるよう命令をなさいました。つまり、私めはもう既に貴方様に仕えている屋敷しもべ妖精なのでございます。故にお嬢様のご命令とあらば自らの手を切り落とし、目玉を抉り出すこともやぶさかではございません」
「つまり、私が『誰にもこの秘密を漏らしてはいけない』と命令したら、貴方はその秘密を誰にも言うことが出来ないというわけね」
「勿論でございます」
ふむ、この屋敷しもべ妖精が私に仕えているのであれば色々やり易くなる。
「それじゃあ貴方は私がホグワーツを卒業するまで私に仕えてくれるという認識で大丈夫?」
「いえ、前のご主人様は私めの存在を完全に貴方様に譲渡致しました。私めはお嬢様が私めをお捨てになるか、お亡くなりになるまでお嬢様にお仕えすることになります」
つまりはこの屋敷しもべ妖精はこの家の持ち主からのプレゼントということだろう。
家を貸してくれるだけでなく、屋敷しもべ妖精を一匹プレゼントしてくれるとは、なんと豪勢なことだ。
「そう、それじゃあ遠慮なく使わせてもらおうかしら。取り敢えず、この鞄をお願い。私が使うに相応しい部屋に入れておいて。それと夕食は肉料理がいいわ。私はこの家をぐるりと見て回るから、それまでに準備をお願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
屋敷しもべ妖精は私から鞄を受け取ると恭しくお辞儀をした。
「そういえば、まだ貴方の名前を聞いていなかったわね」
「クリーチャーと申します。よろしくお願い致します」
クリーチャーと名乗った屋敷しもべ妖精はガスランプで照らされた廊下の奥へと消えていく。
私はその後ろ姿を見送ると、小さくため息をついた。
「一人暮らしって聞いてたのに……まあ、便利な奴隷付き物件だと思えばいいか」
私は気を取り直して家の探索を開始する。
最近リフォームされたのか壁紙や床板などは新しいが、柱や手すりなどには歴史を感じる。
また、あちこちに蛇を象った装飾がなされているところを見るに、この家の前の家主はスリザリン出身なのだろう。
何にしても、置いてある家具は一級品で、どれもピカピカに磨かれている。
私はキッチンやバスルームを見て回ると、消耗品で足りなさそうなものをメモした。
「寝室や客室は二階かしら。家の大きさ的にはロンの家族が広々暮らせそうね。……掃除の手間を考えたら自分の部屋とクリーチャーの部屋以外は閉鎖しちゃったほうがいいかも」
私は階段を上り二階へと上がる。
二階には私の予想通りいくつもの部屋があり、そのうちの一つが開けっ放しになっていた。
いや、開けっ放しなのではない。
鞄をどこの部屋に入れたのか分かりやすいよう意図的に扉を開けてあるのだろう。
私は誘われるように開いている扉から部屋の中に入る。
部屋の中には大きな机としっかりとしたクッションのついた椅子が置かれており、壁一面は本棚になっていた。
また、反対の壁沿いには作業用の机が置かれており、その上には大小様々なガラス瓶が置かれている。
「凄いわ。ここは書斎兼研究室ね。魔法薬の調合も出来そうだし、ある程度の広さもあるから魔法の練習も出来そう」
それに、一人暮らしなら不可能だが、屋敷しもべ妖精がいると可能なことが増える。
例えば、学校の外で魔法を使用することだ。
未成年の魔法使いの近くで魔法を使うと、もれなく魔法省に探知されてしまうのだが、屋敷しもべ妖精がいるなら屋敷しもべ妖精が魔法を使ったと言い訳すれば良い。
もしかしたらこの屋敷しもべ妖精はダンブルドアかマクゴナガルが一人暮らしの私が魔法を使えるように配置したものかもしれない。
私は机の横に鞄が置かれていることを確認すると、部屋を出て扉を閉めた。
二階にある他の部屋もぐるりと見て回ったが、何も家具が置かれていない空き部屋が多く、唯一書斎の隣の部屋が寝室としてベッドが置かれていた。
これだけ沢山の部屋があるならば、一つを屋敷しもべ妖精の部屋としてしまった方がいいだろう。
下手に屋根裏なんかに住み着かれてはたまったものじゃない。
潔癖症というほどでもないが、屋根裏でネズミと一緒に寝泊まりしている存在を台所に立たせる気はなかった。
私は一時間ほどかけて家の隅々まで探索すると、最終的にダイニングへと向かう。
ダイニングにある大きなテーブルには、既に焼き立てのパンと大きなステーキ、そしてアツアツのスープが用意されていた。
「そろそろお越しになられる頃だと思っておりました。お食事の準備は既に」
クリーチャーは恭しく私に頭を下げる。
私は料理の前に座ると、ナイフとフォークを使ってステーキを切り分け始めた。
「ありがとうね。あとそれと、空き部屋を一つ貴方にあてがうわ。今どこに住み着いているかはわからないけど、今日中に移動しなさい」
「そんな、お部屋を一つ使わせて頂くわけには参りません。私めは屋根裏で十分でございます」
「貴方は十分だと思ってるかもしれないけど、私は十分だと思ってないわ。特に衛生面で。私が食べる食材に触れるのだから、最低限綺麗なところに住みなさい。それと、ちゃんとお風呂にも入ること。良いわね?」
私がそう言いつけると、クリーチャーは少し目を丸くする。
だが、すぐに微笑に戻り頭を下げた。
「これはこれは、私めの配慮が足りず申し訳ありません。明日の朝までには住処を二階の隅の部屋に移動させていただきます」
「あ、そうだ。あとこれ」
私はナイフを一度置き、ポケットの中からマーリン基金のガリオン金貨が入った小袋を取り出すと、クリーチャーに向かって放り投げる。
クリーチャーは慌てて小袋を受け取ると、中身を確認してそのまま後ろにひっくり返りそうになった。
「お嬢様、この金貨は一体……」
クリーチャーの疑問に、私はステーキを口の中に詰め込みながら言う。
「何って、この家を維持するにあたってお金が必要でしょう? 食材を手に入れるのもタダじゃないわけだし。だから、その金貨の袋を貴方に預けておくわ。あ、ごめんこっちもか」
私は簿冊の存在を思い出し、追加でクリーチャーに投げる。
「その金貨は実際のところ私のお金ではないの。マーリン基金っていう団体が私のように身寄りのない子供に支援金を出してくれるんだけど、その支援金が入った袋がそれ。拡張呪文が掛かってるから見た目に反して二百枚ぐらい金貨が入っているはずよ。何かものを買ったら簿冊に記入しておいて」
私がそう説明すると、クリーチャーが簿冊を捲りながら質問をした。
「はぁ。でも私めにこんな大金をお預けになられて大丈夫なのです? 新学期に必要なものを買い出しに行かれたりするでしょうに……」
「まあ、その時は一度返してもらうから大丈夫よ。申請もしないといけないし」
私はステーキの最後の一切れを口の中に放り込むと、スープを飲み干す。
そして最後にナプキン口周りを拭くと、満足げに席を立った。
「料理美味しかったわ。ホグワーツにいる屋敷しもべ妖精も中々のものだと思ってたけど、貴方のはそれ以上ね。明日以降の食事は特に私が何も言わなければ貴方に任せることにするわ。それと、貴方が鞄を入れておいてくれた部屋、あそこを書斎兼研究室にするから扉が閉まっている時は立ち入らないこと。掃除をして欲しい時は扉を開けておくから」
私はクリーチャーにそう命令すると、ダイニングを出て書斎へと上がる。
考えていた生活と少し違ったが、これはこれで快適な生活が送れそうだ。
設定や用語解説
ガスランプ
ガスランプとは言っているが、魔法で灯っている。
屋敷しもべ妖精のクリーチャー
本人です。
サクヤの新しい家
リフォームしたてなのか、内装は非常に綺麗になっている。また、余計な家具や魔法具は置かれていないし、うるさい肖像画や家系図とかもない。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。