P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
四年生最初の授業は薬草学から始まった。
授業内容はブボチューバーの膿絞りでお世辞にも楽しい授業とは言い難かったが、ブボチューバーの膿は非常に貴重で様々な魔法薬の材料になる。
授業の終わりには数リットルもの瓶が膿で埋まり、スプラウトも授業を受けたハッフルパフとグリフィンドールの生徒も謎の達成感に包まれた。
薬草学の次の授業は魔法生物飼育学だ。
私たちはスリザリン生と合流しながらハグリッドの小屋を目指す。
私たちが小屋の近くに到着すると、ハグリッドが大きな木箱を抱えて小屋の裏から顔を出した。
「おお、全員揃っとるな。今年はこいつをやるぞ。ほれ! 箱の中を見てみろ」
ハグリッドにそう言われて何人かの生徒が恐る恐る箱の中を覗く。
その瞬間、箱を覗いたラベンダーが悲鳴を挙げながら後ろにひっくり返った。
箱の中に入っていたのは実に奇妙な生物だった。
体長は十から十五センチほどだろうか。
殻を剥かれたロブスターのようなヌメヌメした体に、サソリのような尻尾が生えている。
頭と思われる部位は無く、前が見えているかどうかも怪しい。
そして時折尻尾から火花を散らせたかと思うと、尻尾を爆発させて十センチほど前進していた。
「尻尾爆発スクリュートだ。今孵ったばかりで、こいつを今年のプロジェクトにしようと思っとる」
「なんで僕たちがこんなのを育てないといけないんでしょうねぇ」
冷たくせせ笑う声がスリザリンの生徒の中から聞こえてくる。
この声はマルフォイだ。
マルフォイは箱に一歩近づくと、尻尾爆発スクリュートを指差して言った。
「こいつらが一体何の役に立つんです? この授業にどんな意味が?」
ハグリッドは何か言おうと口を開くが、言葉が出てこないようだった。
そして数秒の沈黙の後、ぶっきらぼうに言う。
「マルフォイ、そいつは次の授業だ。今日はこいつに餌を与えるぞ。何を食うかわからんから色々用意してきた。なんせ、俺もこいつらを飼うのは初めてだからな」
「ちょっと待ってハグリッド。今なんて?」
私はハグリッドの口から予想外の言葉が出てきたため、思わず聞き返してしまう。
「ああ、俺もこいつを飼育するのは初めてだ。なんせ新種だからな。マンティコアとファイア・クラブを俺が掛け合わせた」
「いや、それを授業で生徒に触らせていいわけないでしょう? 安全な生物である保証がないのに」
私がそう言うと、多くの生徒が同意する様に頷く。
どうやらみんなこの生物を授業でやるのは嫌だと思っているらしい。
「でもなぁサクヤ。こいつらはまだ赤ん坊だ。危険なんてあるもんか」
「……そういう問題なのかしら」
ハグリッドは私からの抗議を聞かなかったことにしたらしく、そのまま授業を進めていく。
私は肩を竦めると、後ろの方で遠巻きに授業を観察することにしたらしいマルフォイの隣に移動した。
「あのデカブツ、一体何を考えているのやら。あんな気持ち悪くて自分でもよく分かってない生物を授業に持ってくるなんて。あのデカ頭には藁しか詰まっていないのか?」
マルフォイはハグリッドを睨みながらぶつくさ文句を言っている。
「貴方に同意よドラコ。新種は確かに珍しいかもだけど、授業でやる内容としては不適切としか言いようがないわ」
もっと授業でやる内容はあるだろうに。
少なくとも、私はあの箱の中に手を突っ込む勇気はない。
得体が知れている分、ナメクジを丸呑みするほうがまだマシだ。
「アイタッ!」
そんなことを考えているうちに、恐る恐るスクリュートに餌を与えていたシェーマスが尻尾の爆発によって火傷を負った。
同室のラベンダーもスクリュートの針に刺されたと悲鳴を挙げている。
生まれたての赤子の段階でこれなら、成長したらどうなってしまうのだろう。
今のうちに全部叩き潰しておいた方がいいような気がしてきた。
午後にあった占い学の授業は何事もなく終わり、私たちは大広間でハーマイオニーと合流する。
ロンは占い学の授業中のおふざけのせいで宿題が増やされたことについてまだぶつくさと文句を言っていた。
「ちょっと冗談を言っただけじゃないか。あんなに怒らなくても……」
「いや、流石に下品だったわよ。後でラベンダーに謝りなさいよね」
ロンはシチューをスプーンで掬いながらガックシと項垂れる。
ハーマイオニーはその様子を見て上機嫌に言った。
「あら、宿題が沢山出たの? 数占いのベクトル先生は何も課題を出さなかったわよ?」
「じゃあベクトル先生バンザイだな」
ロンは不機嫌そうにシチューを口に運ぶ。
するとその時、上級生たちが興奮した面持ちで大広間に入ってきた。
「何かあったのかな?」
ハリーが大広間の入り口に顔を向ける。
私は耳を側立てて上級生たちの会話を聞いた。
「……闇の魔術だとか、マッドアイがどうとか言ってるけど、きっと闇の魔術に対する防衛術の授業のことよね?」
「その通り」
いきなりそんな声がしたかと思うと、私たちの後ろからフレッドとジョージの二人が顔を出す。
「午後にムーディの授業があったんだ」
「やつは凄いな。マジでクールだ」
「ロックハートとかルーピンがいかにマトモな教師だったかよくわかるぜ。あんな授業、今まで受けたことがない」
双子は口々に言う。
「どんな授業だったの?」
ロンは興味津々に二人に聞いた。
「やつは闇の魔術と戦うっていうのがどういうことか、よくわかってる。きっと全てを見てきたんだな」
「ああ、すっげえぞ」
二人はそう言うと、離れた位置に座っていたリーの元へと走っていってしまう。
ロンは慌てて時間割を引っ張り出すと、がっかりした声を上げた。
「あの人の授業、木曜までないじゃないか!!」
それから木曜までの間は特になんの問題もなく授業が進んでいった。
みなムーディの授業が楽しみのようで、木曜の昼食を食べ終わると競うように闇の魔術に対する防衛術の教室へと急ぐ。
私もハリー、ロン、ハーマイオニーと共に教室の最前列の席を陣取った。
私はムーディを待ちながら今までの闇の魔術に対する防衛術の担当教師を振り返る。
ルーピンは比較的マトモだったが、クィレルとロックハートはどちらも闇の魔法使いといっても差し支えないような人物だった。
クィレルは後頭部にヴォルデモートを寄生させていたし、ロックハートは生徒を危険に晒すような自作自演を行いダンブルドアの失脚と魔法界での地位と名声を手に入れようとしていた。
新しくこの授業の教師となったアラスター・ムーディは元闇払いでダンブルドアとも旧知の仲らしい。
そういう点で見れば信用していいのかも知れないが、長年に渡る闇の魔法使いとの戦いでかなり被害妄想を拗らせており、信頼できない名前からの手紙は全て爆破するほどの用心深さらしい。
きっとホグワーツの彼の私室には数え切れないほどの魔法検知器が設置されていることだろう。
私たちが教科書を用意しながら神妙な面持ちで授業が始まるのを待っていると、コツ、コツ、と義足が地面を叩く音が聞こえてくる。
そしてその音は教室の前で止まり、ムーディが扉を開けて中に入ってきた。
ムーディは部屋に入ると、魔法の義眼で教室中を隈なく見回し、黒板前にある教師用の机へと進みながら言った。
「そんなものは仕舞ってしまえ。教科書だ。そんなものはこの授業では必要ない」
ムーディは生徒の前に立つと生徒が全員いることを確認する。
そして、義足を付けている足を労りながらゆっくりと椅子に腰掛けた。
「前任のルーピン先生からは手紙を貰っている。お前たちは去年までの間に闇の怪物たちと戦う術を満遍なく学んできているようだ。だが、わしから言わせれば遅れているとしか言いようがない。特に呪いの扱いについてだ。わしの役目は、お前たちが闇の魔術、とくに呪いに関して最低限対処できるようにすることだ。わしの持ち時間は一年だが、その短い期間に──」
「え? ずっといるんじゃないの?」
私の隣に座っていたロンが思わず漏らす。
ムーディはそれを聞き逃さなかったらしく、話を一度切ってロンを見た。
ロンはしまったと言わんばかりに顔を引き攣らせる。
少しの間クラスに緊張が走ったが、ムーディは少し笑うとロンに対して言った。
「お前はアーサー・ウィーズリーの子供だな? えぇ? お前の父親のおかげで数日前に窮地を脱した……まあ、そんな話はどうでもいい。ああ、そうだ。一年だけだ。ダンブルドアの頼みで特別にな。一年後には、また静かな隠居生活に戻る」
どんな脅され方をするかビクビクしていたロンは、思った以上にムーディの対応が柔らかく思わず安堵の笑みを溢す。
だが、その瞬間ムーディがバンと大きな音を立てて手を叩いたことによって、また体を縮こまさせた。
「さて、早速取り掛かる。魔法省によればわしが教えるべきは反対呪文であり、実際の闇の魔術がどんなものかを見せるのは六年生からということになっている。お前たちでは呪文を見るのにも耐えられんとな。だが、ダンブルドアはお前たちの根性をもっと高く評価している。それにわしとしても、自分たちが戦うべきものの正体を知るのは早ければ早いほどいいと思っている。見たこともないものからどうやって身を守れと? お前たちに違法な呪いを掛けようとする者たちは、面と向かって礼儀正しく今から使う魔法を教えてくれたりはせん。お前たちのほうから備えなければならんのだ。いいかミス・ブラウン。お前がそうやって友達に天宮図を見せている隙に、横から呪いが飛んできたらどうするつもりだ?」
ラベンダーは急に名前を呼ばれてビクリと跳ね上がる。
どうやら横の席に座っていたパーバティに占い学の課題の天宮図を見せていたらしい。
「わしが話している時はわしの話を聞け」
ラベンダーは急いで天宮図を鞄の中にしまうと、コクコクと頷く。
どうやらあの魔法の義眼には透視能力も備わっているようだ。
「さて……魔法省が定めた法律により、最も厳しく罰せられる呪文が三つある。答えられる者はいるか?」
ムーディは気を取り直して生徒に対し質問を飛ばす。
その質問に対し、私やハーマイオニーを筆頭に数人が中途半端に手を挙げた。
私の横にいるロンも遠慮がちに手を挙げている。
「よし、ウィーズリー、言ってみろ」
ムーディに指されると、ロンは自信なさげに言った。
「えっと、パパが一つ教えてくれたんですけど……確か、『服従の呪文』とかなんとか……」
「ああ、その通りだ。お前の父親なら、その呪文をよく知っているはずだ。何せ、散々魔法省をてこずらせた呪文だからな」
ムーディは机の下からガラス瓶を取り出すと、その中から手のひらサイズの蜘蛛を一匹取り出す。
「インペリオ、服従せよ」
そして蜘蛛に対して服従の呪文をかけた。
呪文をかけられた蜘蛛はサーカス顔負けの動きで手のひらの上で三回転宙返りを決めると、そのまま机に降り立ち綺麗な側転を始める。
かと思えば今度は足を器用に畳んで丸くなり、机の上を転がり始めた。
そのままムーディが杖を振り上げると、今度は二本の足だけで立ち上がりタップダンスを始める。
その光景を見て、クラスのみんなが笑った。
だが、私はその光景を非常に興味深く観察していた。
たとえ私が蜘蛛と言葉を交わすことができて、その蜘蛛が私の命令に忠実に従うとしても、あんな動きをさせることはできないだろう。
あの動きは蜘蛛自身の意思で出来る動きではない。
「……凄い」
私はついそんな言葉を漏らしていた。
人間というのは自分の精神状態によって手元が狂ったり、大きなミスをすることがある。
だが、この呪文を使えば緊張で手元が狂うといったことがなさそうだ。
その人間本来の、いや、それ以上の力を引き出す能力をこの呪文は持っている。
「面白いと思うか?」
ムーディはタップダンスをしている蜘蛛を見て笑っている生徒たちに呼びかける。
「それじゃあ、次は何をやらせようか。溺れるまで水に潜らせるか? それとも窓から身投げさせるか?」
笑いが一瞬にして消えた。
ムーディにそう言われて、生徒たちはようやくこの呪文の恐ろしさを理解しはじめる。
ムーディは生徒たちをじっと見回すと、唸るような声で説明を始めた。
「完全な支配だ。わしはこいつを思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、誰かの喉に飛び込ませることもな。何年も前の話になるが、多くの魔法使いがこの呪文に支配された。呪文によって操られているのか、はたまた自分の意思で動いているのか。それを見分けるのは簡単なことではない」
十数年前、ヴォルデモートがハリーにやられた際に自分は操られていただけだと主張した死喰い人が数え切れないほどいたというのは有名な話だ。
「だが、服従の呪文には抵抗することができる。これからの授業で少しずつ教えていこう。だが、誰にでもできるというものでもない。可能であれば、呪文を掛けられないようにするのが一番だ。油断大敵ッ!!」
突然の大声にクラスの半分以上が飛び上がる。
ムーディは机の上を転がっていた蜘蛛をガラス瓶の中に戻した。
「他の禁じられた呪文を知っているものはいるか?」
ムーディの質問に、また数名が手を挙げる。
驚いたことに、いつもは薬草学以外てんでダメなネビルも手を挙げていた。
「よし、そこの坊主。言ってみろ」
「えっと……『磔の呪文』」
ネビルは今にも消えそうな声で答える。
ムーディはネビルの回答を聞き、出席表に目を落とす。
「ふむ、ロングボトムか……」
ムーディはネビルの顔をチラリと見て、何かを思い出したかのように頷き、蜘蛛をガラス瓶から取り出した。
そしてよく見えるように魔法で肥大化させると、杖を向けて呪文を唱える。
「クルーシオ、苦しめ」
ムーディが呪文を唱えた瞬間、蜘蛛は脚をバタバタと痙攣させ苦しみだす。
きっと蜘蛛に発声器官が備わっていたら、耳鳴りがするほどの悲鳴をあげていただろう。
ムーディは十秒ほど蜘蛛に杖を向けていたが、ネビルの顔色が悪いのを見てすぐに呪文を解き蜘蛛をガラス瓶に戻した。
ガラス瓶に戻った蜘蛛は動く元気すらないのか瓶の底にへばりついて動かない。
「苦痛だ。この呪文を使えば拷問に親指締めもナイフも必要ない……これも、かつて盛んに使われた呪文だ」
確かに、杖さえあれば気軽に拷問することができるというのは便利かもしれない。
それに、加減を間違えて殺してしまうリスクも少ないのだろう。
「さて、次で最後だ。誰かわかるやつはいるか?」
手を挙げる生徒が極端に少なくなった。
教室で手を挙げているのは私とハーマイオニーしかいない。
「よし。ホワイト、答えてみろ」
「『死の呪い』です」
私が即答すると、クラスの何人かが小さく悲鳴を上げた。
「その通り。最後にして最悪の呪文だ」
ムーディは瓶の中の蜘蛛を机の上に置き、勢いよく杖を振り上げる。
「アバダケダブラ!」
ムーディがそう呪文を唱えた瞬間、緑色の閃光が蜘蛛に直撃し、蜘蛛は仰向けにひっくり返って死んだ。
外傷は見られない。
まるでコンピュータの電源を落とすかのように、ただ死んだとしか言えないような死に方だ。
「気分のよいものではない」
ムーディは少し声のトーンを抑えて言う。
「しかも、反対呪文は存在しない。防ぎようがないのだ。これを受けて生き残ったやつは、魔法界には一人しかおらん」
ムーディは二つの目でハリーをじっと見る。
「まさに最悪の呪文だ。だが、誰にでも使える呪文というわけでもない。この呪いには強力な魔力がいる。たとえここにいる全員がわしに対してこの呪文を唱えたところで、鼻血さえ出させることは難しいだろう。まあそんなことはどうでもいい。大切なのは、どういう呪文か知るということだ。『服従の呪文』、『磔の呪文』、『死の呪い』、これら三つは『許されざる呪文』と呼ばれている。このうち一つでも同類である人に対して使ったらアズカバンで終身刑だ。だが、お前たちに立ち塞がる敵は、先のことなど考えておらん。故に、武装し、備えなけばならんのだ。これを書き写せ──」
そこから先はムーディが黒板に書いた許されざる呪文の説明を羊皮紙に書き写す時間になった。
私は羽ペンを走らせながら許されざる呪文について考える。
死の呪いや磔の呪文は、そこまで覚える価値がないだろう。
実用性に欠けるし、何より代用が利く。
だが、服従の呪文は別だ。
人を自在に操る力というのは非常に便利で、実用性が高い。
多少リスクを負ってでも習得する価値はある。
だとしたら、練習はどのようにすればいいだろうか。
世間体を考慮してか、パチュリー・ノーレッジの本には許されざる呪文に関する詳しい練習法の記載はなかった。
だが、基本は普通の魔法の習得法と同じなはずだ。
理屈を理解し、小さいものから練習していく。
それこそ先程ムーディが実演してみせたような、蜘蛛や虫から練習し、段々対象を大きくしていくのがいいだろう。
最終的にはマグルを一人攫って、練習用に鞄の中に監禁してもいいかもしれない。
それに、時間が止まっている相手に呪文をかけることが出来るのかも気になるところだ。
授業が終わったら早速動きの遅い昆虫でも捕まえに行くとしよう。
私は羊皮紙の最後に『油断大敵』と書き込むと、インク瓶の蓋を閉めた。
設定や用語解説
セプティマ・ベクトル
数占いの教授。女性。若い頃から数学が得意であり、優秀な数占い師。多分今後登場することはない。
許されざる呪文に興味津々のサクヤ
服従の呪文を実用的だと感じている時点で割と末期。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。