P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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S.P.E.W.と服従の呪文と私

 一回目の闇の魔術に対する防衛術の授業があったその日の夜。

 私は蜘蛛の入った小瓶を懐に忍ばせて談話室に戻ってきていた。

 蜘蛛を捕まえた理由は簡単だ。

 服従の呪文を研究するためである。

 私は暖炉の前のソファーを陣取って占い学の宿題を進めているハリーとロンを尻目に女子寮へと上がる。

 この時間ならまだ女子寮の自分の部屋には誰もいないだろう。

 私は自分のベッドのある部屋に入ると、誰もいないことを念入りに確認して時間を停止させる。

 そして小瓶の中から蜘蛛を取り出し、蜘蛛の時間停止を解除すると、床の上にそっと下ろした。

 

「さて……おほん」

 

 私は小さく咳払いすると杖を引き抜いて蜘蛛に向ける。

 

「インペリオ、服従せよ」

 

 そして蜘蛛に対して服従の呪文を掛けた。

 体の中心から杖に向かって、何か暖かいものが流れる感覚がする。

 そしてその暖かなものは杖を向けられている蜘蛛へと到達したかと思うと、蜘蛛の自由を完全に奪った。

 

「なるほど、自分の意思を呪文に乗せて、杖から放出するのね」

 

 私は蜘蛛に杖を向けながら『ひっくり返って動くな』と命じる。

 すると蜘蛛は私の命令通りコロンとひっくり返ると、そのまま動かなくなった。

 ひとまず、実験は成功だ。

 私はその後も何度か服従の呪文を解いたり掛けたりを繰り返し、呪文の使用感を確かめていく。

 もっと難解で高度な魔法かと思ったが、難易度的には大したことはない。

 これなら人間に対して掛けれるようになるのも時間の問題だろう。

 

「さて、ここから先は興味本位だけど」

 

 私は蜘蛛に対して杖を振り上げる。

 そして鋭く振り下ろしながら呪文を唱えた。

 

「アバダケダブラ!」

 

 緑色の閃光が杖先から迸り、床を這っている蜘蛛に直撃する。

 しかし蜘蛛は少し体を震わせただけで、死に至ることはなかった。

 

「なるほど、出力不足っぽいわね」

 

 私は蜘蛛を魔法で浮遊させると、そのまま窓の外へと放り捨てる。

 そして杖をローブに仕舞い込み、時間停止を解除した。

 まあ、死の呪いに関しては習得する気はない。

 そんな呪文使わずとも、時間を止めてナイフで刺し殺せばいいからだ。

 私は鞄片手に談話室へと下りる。

 そして夢中になって羊皮紙に何かを書き込んでいるハリーとロンの近くに腰掛けた。

 

「随分楽しそうだけど、それ占い学の宿題よね? 楽しい要素なんてあったかしら」

 

 確か占い学の宿題は一ヶ月間の自分の運勢を占うというものだった筈だ。

 ロンはニヤリと笑うと、私に書きかけの羊皮紙を見せてくれる。

 そこには一ヶ月かけて様々な不幸に遭う運命が記載されていた。

 

「あら、随分な一ヶ月ね」

 

 どうやら真面目にやるのが面倒くさくなったようで、占い学の宿題を嘘の占いででっち上げたらしい。

 火傷や怪我から始まり、一ヶ月の終わりには死の運命が書き込まれていた。

 

「全く貴方たち──」

 

 私は軽くこめかみを押さえながら羊皮紙をロンに返す。

 

「──天才の発想だわ。私もでっち上げよっと」

 

 私はロンの近くに腰掛けると鞄の中から羊皮紙を取り出してペンを走らせた。

 

「木曜の晩、金星の導きによって失くしていたものの居場所がわかる。金曜の朝、月が沈むのに合わせて目が覚め、素敵な朝焼けが見える──とかどうかしら」

 

「あー、悲劇的なことを書いておいた方が評価されると思うけどな」

 

「そう? そんなことないと思うけど……だってあの先生の中では私は死ぬことが確定していて、今は短い余生を精一杯幸せに生きてほしいって感じだもの」

 

 実際、去年の最初の授業のときに私がレミリア・スカーレットから死の予言をされたと知ってから、トレローニーは私に対して凄く優しい。

 他の生徒には平気で不安を煽るような占いをするのに、私に対してはいいことしか言わないのだ。

 

「あー、確かに。なんというかあの先生がサクヤを見る目って憐れみに満ちてるよな」

 

「うん。僕なんてあの人の占いが全部当たってたら五回はグリムに食い殺されてるよ」

 

 ハリーが首を切られて自分が死ぬという結末を羊皮紙に書き込みながら苦笑いする。

 その時、談話室の出入り口の穴をハーマイオニーがよじ登ってきた。

 手には羊皮紙の束とジャラジャラと音が鳴っている箱が抱えられている。

 どうやら今の今まで談話室の外で作業していたようだ。

 

「あら、まだ寝てなかったのね。でもちょうどいいわ!」

 

 ハーマイオニーは軽い足取りで私たちの近くへ駆け寄ってくると、机の上に羊皮紙の束と箱を置く。

 

「ついに完成したの。ほら、これ!」

 

 ハーマイオニーは箱の蓋を意気揚々と開ける。

 中には色とりどりのバッジが五十個近く入っていた。

 私はバッジの一つを手に取り、そこに書かれている文字を読み上げた。

 

「『S.P.E.W.』? 反吐がどうかしたの?」

 

「『スピュー』じゃないわ。『エス、ピー、イー、ダブリュー』、『しもべ妖精福祉振興協会』の略よ」

 

「聞いたことないなぁ」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーが威勢良く返した。

 

「当然です。今私が始めたばかりですもの」

 

「へえ。メンバーは何人いるんだい?」

 

「貴方たちを含めて四人ね」

 

 ロンはそれを聞いて大きく肩を竦めた。

 

「勘弁してくれよ。君は僕たちが『反吐』なんて書かれたバッジをつけて歩き回ると本気で思ってるわけ?」

 

「エス! ピー! イー! ダブリュー!」

 

 ハーマイオニーは少し声を大きくして言う。

 

「私図書室で徹底的に調べたの。小人妖精の奴隷制度は何世紀も前から続いているのよ! これまで誰もなんとかしようとしなかったなんて信じられないわ」

 

「そりゃそうだよハーマイオニー。誰もそんなこと望んでないよ」

 

 ロンがそれこそ信じられないといった表情で首を横に振る。

 だが、ハーマイオニーはお構いなしに話を続けた。

 

「私たちの短期的目標は屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保することである。長期的な目標は、杖使用禁止に関する法改正、屋敷しもべ妖精の政治への参入権である」

 

「へえ」

 

 私はハーマイオニーの説明に相槌を打つ。

 

「でも、どうやってやるの?」

 

 ハリーが当然の疑問を投げかけた。

 

「まず、メンバー集めから始めるわ。入会費二シックルで、このバッジを買う。そして、その売り上げでビラ撒きキャンペーンをするの。そして募金を募って、更に組織を大きくしていく。ゆくゆくは屋敷しもべ妖精だけじゃなくて、人間に近い存在なのに虐げられている種族の立場向上を目的とした組織にしていきたいわね。ロン、貴方は財務を担当して。ハリーは書記。サクヤは副会長をやって頂戴」

 

「うん、嫌」

 

 私は笑顔でそう告げた。

 ハーマイオニーは私が何を言ったのか理解できなかったらしく、首を傾げている。

 

「ごめん、よく聞こえなかったわ。もう一回お願いできる?」

 

「嫌だと言ったのよ。少なくとも、そこまで表立って動くのであれば協力できないわね。緑化委員会じゃないんだから」

 

 緑化活動ぐらいの当たり障りのない活動なら友達付き合いとして参加するのもやぶさかではない。

 だが、それが屋敷しもべ妖精のような人間に近い存在の権利問題となると話は別だ。

 経歴に傷がつくかもしれないし、そうでなくても変な目で見られる。

 最終的にリンカーンのような奴隷解放の立役者として歴史の偉人になるかもしれないが、リスクの方が大きいだろう。

 それに、一番大きな理由としては、ただ単に面倒くさい。

 

「ごめんなさいね。別に貴方の活動に反対しているわけじゃないのよ? ただ、こういう活動は良くも悪くも目立ちすぎるわ。……私は、できれば目立ちたくない。目立つことをするには、私はあまりにも背負い過ぎている」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーはわかりやすく狼狽する。

 こう言っておけば、ハーマイオニーは私に強く活動を強要することはないだろう。

 

「あとそれと、本人たちの声も聞かずに勝手に権利を主張しない方がいいわ。屋敷しもべ妖精が可哀想だと思う気持ちは否定しないけど、今のままじゃ貴方の自己満足で終わってしまうわよ?」

 

「そういえば、サクヤは厨房に入ったことがあるって言ってたよね? どこに入り口があるの?」

 

 ハリーがバッジを弄りながら私に質問した。

 

「地下廊下にある果物皿の絵画が入り口になってるわ。洋梨をくすぐると絵が扉に変わるの。そこで彼らの話を聞いてから活動を始めてもいいんじゃない?」

 

 ハーマイオニーは少し考えると、無言で私の提案に頷く。

 

「まあ、私自身が活動に参加することは出来ないけど、こうやってアドバイスぐらいはあげれるから気の済むまでやってみればいいと思うわ。それじゃあ、私はこれで」

 

 私は三人に手を振ると談話室を出て女子寮へと続く螺旋階段を上る。

 上手く厄介ごとを回避できたことにホッと息をつくと、寝る準備を済ませてベッドに横になった。

 

 

 

 

 

 ボーバトンとダームストラングがやってくる十月が近づく九月末。

 過激な授業に定評のあった闇の魔術に対する防衛術だが、ついに担当のムーディの頭がおかしくなった。

 

「今日の授業は『服従の呪文』に対する抵抗力をつける授業だ。服従の呪文は強い精神力があれば打ち破ることができるというのは前の授業で話した通りだ。だが、理屈ばっかり知っていても実際にかけられて見ないことには勝手はわからん。わしがお前たちに服従の呪文をかける。お前たちはわしの命令に限界まで抵抗しろ」

 

 ムーディのあまりの発言に、ハーマイオニーが思わず手を挙げる。

 

「でも、先生。先生はそれは違法だとおっしゃいました。たしか同類であるヒトに対してこれを使用することは──」

 

「アズカバンで終身刑に値する。確かに言った。だがダンブルドアはこれがどういうものなのか、実施にお前たちが体験して知る必要があると判断なされた。もっとも、悪意あるものに呪文を掛けられたときまでその体験を取っておきたいというのであれば……わしは一向に構わん。授業を免除する。出ていくがよい」

 

 ムーディはそう言って杖で教室の出口を指し示した。

 ハーマイオニーは顔を赤くして出ていきたいと思っているわけではありませんといったようなことをボソボソと呟く。

 どうやらハーマイオニーは授業に疑問を持ちつつも出ていく気はないようだ。

 私は席を立とうか立たないか相当迷いつつ、冷静に思考を巡らせる。

 何回か生物相手に試してみて分かったことだが、服従の呪文には相手を操る力はあっても、相手の記憶を引き出す力はない。

 ムーディに服従の呪文をかけられたとしても、時間を操る能力まではバレない筈だ。

 それに、服従の呪文に永続性は無く、定期的にかけ直す必要がある。

 そういった点を考えても、今ここで服従の呪文を掛けられても大事に至ることはないだろう。

 それならば空気を読んで甘んじて服従の呪文を食らおう。

 操られている人間がどのような状態なのか体感的に知ることによって、私の服従の呪文は更に習熟するはずだ。

 ムーディは一通り術の破り方を生徒に教えたあと、一人ずつ前に呼び出して服従の呪文を掛けていく。

 私は服従の呪文が掛けられた生徒をマジマジと観察した。

 一見しただけでは呪文に掛かっているかどうかはわからない。

 少し目がボンヤリしている程度で、日常生活で出会っても何ら違和感がない。

 だが、服従の呪文を掛けられた生徒はムーディが命令すると途端に命令通りのおかしな動きを始めた。

 トーマスは国歌を歌いながら片足立ちで教室中を跳ね回ったし、ネビルは普段なら到底できないような見事な体操演技を立て続けに行って見せた。

 

「よし、次だ。サクヤ・ホワイト」

 

 名前を呼ばれて、私はムーディの前に立つ。

 こんなこと、最初で最後だ。

 いや、最初で最後にするために、今呪文を受けるのだが。

 

「インペリオ! 服従せよ!」

 

 ムーディが私に対して杖を向ける。

 その瞬間、とてつもない幸福が体の底から湧き上がり、身体中を駆け巡った。

 全ての悩みは幸福の前には無に等しく、生きる事さえどうでも良くなる。

 ああ、私は今幸せだ。

 この幸せさえ得られたら、私はもう何も要らない。

 

『その場で宙返りだ。宙返りを行え』

 

 ボンヤリとした頭の中にムーディの声が響き渡る。

 だが、ここで宙返りをしていいのか?

 私がここでムーディの命令に従ってしまえば、ムーディは満足して術を解除するだろう。

 そうなってしまえば、この幸福は得られなくなる。

 命令に抗えば抗うほど、この幸福は長く続く。

 ああ、全てを塗りつぶして。

 クィレルを殺したあの日の晩を。

 ロックハートを殺したあの出来事を。

 みんなの死体を見つけたあの時の絶望を。

 私の罪も、私の過去も、そして未来まで。

 全部全部この幸福で塗り潰そう。

 

「貴方の罪は貴方のもの。例えどんなに幸福のインクを落とそうが、黒いインクの海の色を変えることなんてできないのよ」

 

 頭の中にそんな声が響いた瞬間、私はふと我に返る。

 目の前にはムーディが杖をこちらに向けて立っており、今まさに私に命令をしている最中だった。

 

「どうした。ほれ、宙返りだ」

 

「生憎スカートを穿いているのでご遠慮したいのですが……その場でターンじゃダメですか?」

 

 私がそう言葉を返すと、ムーディは無事な方の目を丸くして私を見つめる。

 

「ほう、やりおったな。お前たち、見たか? サクヤ・ホワイトが呪文に打ち勝ったぞ。そうだ、ホワイト。それでいい。この呪文を破るには心を強く持たねばならん」

 

 私はぺこりと頭を下げて自分の席へ戻る。

 ムーディはああ言っていたが、少なくとも私には自分の意思で呪文を打ち破った感覚がなかった。

 どちらかと言えば第三者に干渉されたような、そんな不思議な感覚。

 だが、先程聞いた声は私の記憶のある限りでは聞き覚えはなかった。

 私が良く知る人物じゃない。

 だとしたら、あの声の主は一体誰なのだろう。

 

「よし! そうだ! いいぞ! お前たち見ろ! ポッターも成功しかけたぞ! よし、ポッター。もう一回だ」

 

 ムーディの大きな声が聞こえてきて私はふと我に返る。

 教室の前方ではハリーが膝を抱えて蹲っており、机が一つひっくり返っていた。

 どうやら机に飛び乗れという命令に背いた結果、机に膝から突っ込んだらしい。

 ムーディはハリーに癒しの呪文をかけると、腕を持って立ち上がらせ再度服従の呪文をかける。

 ハリーはその後何度か服従の呪文に抗ってみせ、最終的には完全に打ち破るまでに至った。

 

「よろしい! 今回の授業で呪文を打ち破れたのはホワイトとポッターの二名だけであったが、その身をもって服従の呪文を体験できたことはお前たちにとっても大変有意義なものになるだろう。だが、こんなものはそもそも掛けられないのが一番だ。そのために日々己を鍛え、脅威に備えなければならん。油断大敵ッ! 常に敵を意識し、用心しろ! 今日の授業は以上だ」

 

 ムーディが授業の終わりを告げると、生徒たちは先程の授業について興奮気味に話しながら教室を出ていく。

 私も机の上の羊皮紙を鞄に仕舞い、帰る準備をし始めた。

 

「ホワイト、少し残れ。話がある」

 

 だが、いざ帰ろうとしたその時、ムーディが私を呼び止める。

 

「話? ゴメン、先に行ってて」

 

 私はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人に声をかけ、ムーディのもとへと向かった。

 ムーディは教室から生徒がいなくなったことを確認すると、教室の扉をピシャリと閉める。

 そして教師用の椅子に腰を下ろすと、両方の目で私を見ながら話を始めた。

 

「……話というのは、先程の服従の呪文についてだ。どうもお前は服従の呪文と相性が良すぎる。わしの命令に従わないだけならまだしも、服従の呪文の副作用である幸せな感情だけを貪欲に求めていた。ああいう状態は良くない。服従の呪文で操られておったほうがまだマシだ」

 

「でも、最終的には完全に呪文を破ることができました」

 

「それは本当にお前の力か? わしには、何者かがお前の心に干渉し、無理矢理正気に戻したようにしか思えなかったが」

 

 あまりの図星に、私は少し言葉を失う。

 どうやら私と同じ感覚をムーディも感じていたらしい。

 

「何者かの加護がお前に付いている。心当たりは……その様子ではなさそうだな」

 

 ムーディの言う通り、そのような心当たりは全くない。

 だが、人の恨みはいくつか買っている気がする。

 

「まさか、ゴーストとか……そういう悪いものが私に憑いているんでしょうか?」

 

 私がそう聞くと、ムーディは首を横に振った。

 

「もしそうだとしたら寮付きのゴーストが気がつく筈だ。そうでないとしたら……」

 

 ムーディは魔法の義眼で私の頭から足先に掛けてぐるぐると見回す。

 

「お前さん、何か魔力の強いものを持っとらんか? 魔法具とか……持っとらんのだとしたら杖だな」

 

「杖……ですか?」

 

 私はローブから杖を引き抜いてムーディに見せる。

 ムーディは私の杖には触れずにマジマジと観察し始めた。

 

「ほう、美しい杖だな。オリバンダーの店のものか?」

 

「そうです」

 

「ふむ。イギリスで杖を買うならあの店が一番だ。杖の材質は? 芯材には何を使っている?」

 

 ムーディに聞かれて、私は数年前の夏を思い出す。

 

「確かアカミノキに……吸血鬼の髪、だったような」

 

「吸血鬼だと?」

 

 ムーディはそんな馬鹿なと言わんばかりに眉を顰める。

 

「吸血鬼の髪を杖の芯材に使うなぞ聞いたことがない。吸血馬の尾やたてがみの間違いではないのか?」

 

「いえ、オリバンダーさんは確かに吸血鬼の髪だと……」

 

 ムーディは改めて私の杖を観察する。

 

「魔法界にいる一部の吸血鬼は強力な魔力を持っている。それは体の一部でも変わらん。例え爪や髪の毛でも、魔力の塊だ。杖に宿った吸血鬼の魔力が意思を持ち、お前の精神を加護しているのかもしれんな」

 

「それは……いいことなんでしょうか?」

 

「杖がお前に忠誠を誓っている間は、悪さはせんだろう。だが、杖の忠誠心が薄れるようなことがあれば、この杖がお前に悪さをする可能性はある。わしなら明日にでもオリバンダーの店に行って新しい杖を買うだろうな」

 

 杖が使用者に忠誠を誓う。

 これ自体は特別な話ではなく、どの杖にも起きる現象だ。

 自分に忠誠を誓っている杖ほど強い魔力を発揮する杖もないし、反対に他の魔法使いに忠誠を誓っている杖ではいつもの半分の力も出せない。

 だが、いくら忠誠心が薄れようが杖自身が使用者を攻撃してくるという話は聞いたことがない。

 

「まあ、今のところはいいように働いているようだ。だが、そのような杖であると認識し、備えておかねばならん。いいな? 話は以上だ」

 

 ムーディはそう言うと次の授業の準備をしに隣の教室へ行ってしまう。

 私は机に置いていた鞄を手に取ると、大広間に向かったであろうハリーたちの後を追った。




設定や用語解説

サクヤに優しいトレローニー
 レミリア信者のトレローニーからしたら、サクヤの死は毎日太陽が昇るというぐらい確定的なこと。

S.P.E.W.参加をやんわりと回避するサクヤ
 活動が面倒くさいというのが一番の理由だが、目立ちたくないというのも本当の話。サクヤが目指しているのは平穏な日常であり、英雄や革命家ではない。

杖の加護
 吸血鬼の体の一部というのは、本人の体から離れても意思を持ち続ける。高位な吸血鬼になると自分の体の一部を意図的に切り離しコウモリに変化させたり、自由自在に操ったりする。


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