P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「先進魔法研究会名誉顧問にして、魔法研究の第一人者であるパチュリー・ノーレッジさんだ」
パチュリー・ノーレッジ。
その名前を聴いた瞬間、私の目はその魔女に釘付けになっていた。
パチュリーは静かに立ち上がると、私たち三人の顔をじっと見る。
その顔はどこまでも無表情で、私たちと同じ人間だとはとても思えない。
「パチュリー・ノーレッジよ。バグマンからの頼みで三大魔法学校対抗試合の審査員を引き受けることになったわ。さっきの吸血鬼さんとは違って、私は課題をクリアするうえで用いた魔法の難易度や、立てた作戦の高度さを評価する。手堅く簡単な魔法で課題をクリアするのもいいけど、折角の機会なのだし、難しい魔法や新たな技術を積極的に試しなさい。以上よ」
パチュリーは椅子に座り直すと、隣にいる仮面の男と話し始める。
その様子を見て、フラーが怪訝な顔をした。
「──、──」
フラーが小さな声で何かを呟く。
その言葉はフランス語だったためなんて言ったかはわからないが、少なくともあまりいい意味ではなさそうだ。
「四百九十一歳よ。小娘」
だが、レミリアにはフラーの呟き声が聞こえており、意味も通じたらしい。
レミリアは「そういえば貴方は?」と横にいるパチュリーに聞いた。
「え? えーと、何歳だったかしら。ダンブルドア、覚えてる?」
「そうじゃのう……百十は超えとったと思うが」
ダンブルドアはわかりやすく首を傾げる。
そしてフラーに対してにこやかに微笑んだ。
「わしも歳なので詳しい年齢は覚えとらんが、そこにいるパチュリー・ノーレッジさんとは同期じゃよ」
「Oups……すみませーん」
フラーは少し顔を赤くして申し訳なさそうに謝る。
ダンブルドアとホグワーツ同期とは聞いていたが、まさか見た目がここまで若いとは思ってもみなかった。
だが、不思議と違和感は感じない。
私が彼女の本から感じていた彼女の人物像に、目の前の少女はピタリと当て嵌まっていた。
まあ、ここは魔法界だ。
見た目を若くする方法も、そもそも歳を取らない方法もいくらでもあるのだろう。
「さて、では杖調べの儀式と参ろうか。オリバンダーさん、よろしくお願いします」
ダンブルドアがそう言うと、レミリアを挟んでパチュリーの反対側に座っていたオリバンダーが立ち上がり、部屋の中央に置いてあった机の前に移動した。
「では、マドモアゼル・デラクール。まず貴方からこちらに来てくださらんか」
名前を呼ばれたフラーは軽やかに立ち上がると机の前まで進みオリバンダーに杖を渡す。
オリバンダーは長い指でフラーの杖をクルリと回すと、目元に近づけて隅々まで調べ始めた。
「ふーむ、そうじゃな。二十四センチ……しなりにくい。材質は紫檀に、おお、これはヴィーラの髪の毛じゃな?」
「わたーしのおばーさまのものでーす」
ヴィーラは確かブルガリアに多く生息している魔法生物だったはずだ。
ヴィーラは非常に美しい外見をしており、その姿を利用して男性を誘惑するらしい。
そのような生物の血を引いているのだとしたら、美人なのにも納得がいくというものだ。
「なるほど……わし自身はヴィーラの髪の毛を杖に使用したことはないが、少々気まぐれな杖になるようじゃ。しかし、杖との相性は人それぞれ。貴方にはよく合っているようじゃ」
オリバンダーは杖を軽く振り、杖先に花を咲かせる。
「よしよし、上々じゃな」
オリバンダーは杖に咲いた花を摘み取ると、杖と共にフラーに手渡した。
「では次にクラムさん。よろしいかな?」
フラーと入れ替わるようにしてクラムがのそっと椅子から立ち上がる。
そしてオリバンダーの前まで移動すると、手に持っていた杖をオリバンダーに突き出した。
「ふむ、グレゴロビッチの作品のようじゃな。あまり例のない太さじゃ……かなり頑丈、二十六センチ。クマシデにドラゴンの心臓の琴線かな?」
オリバンダーからの問いにクラムは無言で頷く。
オリバンダーは杖に大きな傷がないことを確かめると、何度か頷いてクラムに杖を返した。
「さて、残るは……ミス・ホワイト、こちらへ」
私は椅子から立ち上がると、クラムとすれ違って部屋の中央へと進む。
そしてローブから真紅の杖を引き抜き、オリバンダーに手渡した。
「おお、よく覚えておるとも。あの時は本当に驚いたものじゃ。まさか本当に売れる日が来るとは」
オリバンダーは懐かしそうに私の杖を撫でる。
「この杖はわしの先々代が作った杖じゃ。二十五センチ、やや硬い。アカミノキに、吸血鬼の髪の毛が使われておる」
オリバンダーはちらりと後ろを振り返る。
その視線を受けて、レミリアが肩を竦めた。
「基本的には吸血鬼の髪の毛が杖の芯材として使われることはない。杖の自己主張が強すぎて、殆どの魔法使いと相性が悪くなってしまうからのう。じゃが、相性さえあればこれ以上の芯材もない。ないのじゃが……」
オリバンダーは杖を何度かひっくり返すと、私と杖を交互に見る。
そして大きく首を傾げた。
「ふーむ、不思議じゃ。ホワイトさん、この杖で何か魔法を使ってみてはくれんか?」
オリバンダーはそう言って杖を私に手渡す。
私は杖を受け取ると、空中に向かって軽く振った。
すると杖先から雪の結晶のようなものが沢山飛び出し、空中で弾ける。
「ふむ、ちゃんと魔法は使えておるようじゃな。まことに不思議なことに、この杖は貴方に対してこれっぽっちも忠誠心を持っておらん。ほんとこれっぽっちもじゃ」
「そんなに強調しなくていいわよ」
オリバンダーの後ろに座っていたレミリアが口を挟む。
だが、オリバンダーはそんなレミリアの声が聞こえていないかのように話を続けた。
「本来ならば、いくら相性がよくともここまで忠誠心を持っていないと、ろくに魔法は使えないはずなのじゃ。じゃが、今のを見る限り並の杖以上にその杖を使いこなしておるように見える」
「杖の忠誠心を得られていない……何か原因があるのでしょうか」
「吸血鬼はプライドが高い。それが杖にも反映されているのかもしれんな」
オリバンダーはまた後ろをちらりと振り返った。
「言いたいことがあるなら直接言いなさいよ!」
レミリアはその視線に対して頬を膨らませる。
だが、オリバンダーはすぐに私の方に向き直ると、私の杖をじっと見た。
「忠誠心は無いようじゃが、少なくともこの杖は貴方に協力的じゃ。状態は悪くないようじゃな」
私は小さくオリバンダーに頭を下げると、先程まで座っていた椅子まで戻る。
先ほどのオリバンダーとレミリアのやり取りを見るに、どうやらこの杖にはレミリアの髪の毛が使われているようだった。
なんとも奇妙な縁だ。
いや、杖が魔法使いを選ぶのだとしたら、私がこの杖を持つことになったのは必然だったのかもしれない。
「さて、みんなご苦労じゃった。今日はもう授業に戻ってよろしい。いや、まっすぐ夕食の席に下りてゆくほうが手っ取り早いかもしれん。そろそろ授業が終わるしの」
ダンブルドアが椅子から立ち上がり、部屋にいる全員に対して言う。
だが、それを聞いて大慌てでカメラを持った魔法使いがカメラを掲げた。
「ダンブルドア、写真、写真をお忘れですよ!」
「そうだそうだ。まったく持って忘れていた。審査員と代表選手の写真を撮らなければ。そうだろうダンブルドア」
バグマンが興奮した様子で叫んだ。
それを聞いて皆一度椅子から立ち上がる。
カメラを持った魔法使いが杖を一振りすると、壁の一角の椅子が部屋の隅へと飛んでいき、壁際に三つだけ椅子が残された。
「そうざんすね……そうしたら身長的に……、スカーレット嬢、ノーレッジ先生、サクヤが椅子で、男性陣とフラーは後ろに立ってくださる?」
スキーターがそう言うとレミリアが意気揚々と真ん中の椅子に腰かける。
私もその横に腰かけようと思ったが、レミリアの羽が邪魔になり、どうにも座れそうになかった。
「あら、そうなるとスカーレット嬢は後ろのほうがいいざんすね。だとしたら、審査員が後ろで選手が前……ダンブルドア、踏み台か何かあるざんす?」
「それには及ばないわ」
パチュリーはレミリアに向かって手をかざす。
すると、レミリアが五十センチほど浮き上がった。
いや、浮いているとは少し違うらしい。
レミリアは確かに浮いているが、まるで見えない地面に立っているかのように接地感がある。
レミリアが何度か足踏みすると、その度に木の床を踏む音が聞こえてきた。
「ふうん、なかなかやるじゃない。まるでシークレットブーツでも履いているようだわ」
「あら、いいわね。それじゃあこの呪文はシークレットブーツの呪文と名付けましょうか」
五十センチアップのシークレットブーツなんて不安定過ぎて歩けたものじゃないだろうが、確かにこの呪文を使えば身長を誤魔化すことは出来そうだ。
いや、パチュリー自身一言も発していないため、呪文と言っていいのかわからないが。
パチュリーは自分自身も浮き上がらせると、宙を歩き椅子の後ろへと移動する。
レミリアはまた当たり前のように真ん中の椅子の後ろに立った。
そしてレミリアとパチュリーを取り囲むように他の審査員も椅子の後ろに移動する。
「後ろのバランスはいい感じざんすね。それじゃあ、選手のみんなはサクヤを真ん中にして椅子に座ってね」
スキーターの指示通りに私はレミリアの前の椅子に腰かけた。
そしてパチュリーの前にフラーが座り、ファッジの前にクラムが座る。
最後にスキーターが正面から見て全体のバランスを確かめると、カメラマンに指示して何枚か写真を撮った。
「さて、次は個別の写真を撮るざんす。まずはフラー、貴方から行きましょうか」
集合写真を撮り終わると、スキーターがフラーの肩を掴んで教室の隅へと引っ張っていく。
どうやら解放されるのはもうしばらく後になりそうだ。
私は部屋の隅で仮面の男にちょっかいを掛けていた美鈴に声を掛けた。
「お久しぶりです。美鈴さん。といっても、数か月前にも会いましたけど」
「でゅくし! でゅく──っと、はい。お久しぶりですね。まさか代表選手に選ばれるとは。いやぁ、持ってますねー」
美鈴は仮面の男を突いていた指を引っ込めると、くるりとこちらに振り返る。
仮面の男は美鈴から逃げるようにパチュリーの元へと歩いていった。
「いや、あはは。まさか私も代表選手に選ばれるとは思っていませんでした」
「サクヤちゃんが出場することになってお嬢様も大喜びですよ。少なくともこの一年は退屈せずに済むって」
「退屈しない……いや、そんなに面白いものではないと思いますが」
私がそう言うと、美鈴は人差し指を左右に振った。
「ちっちっち、それを決めるのはサクヤちゃんじゃなくお嬢様よ。まあ私としては何でもいいんだけどね」
美鈴はそう言うと部屋の隅でファッジと話し込んでいるレミリアの方を見る。
その表情はどこか儚げで、先程までレミリアとコントのようなやり取りを繰り広げていたのがまるで嘘のようだった。
「そういえば、ファッジ大臣の前で普通にスカーレットさんの従者として振る舞っていますけど、大丈夫なんです? 確か死刑執行人としてホグワーツに来ていましたよね?」
私の問いに、美鈴はカラカラと笑う。
「あんなの信じるのはここの森番ぐらいですよ。大臣やダンブルドア含めてあの場にいる全員があの処刑は茶番であると理解していましたとも」
「それじゃあ、あのヒッポグリフはまだスカーレットさんの屋敷で飼われているんですね」
「ああいえ。もういませんよ。うちに来て三日で衰弱死しました」
美鈴さんは衝撃的な事実をあっけらかんとした表情で言う。
「どうにも吸血鬼の狂気に中てられたようで。水すら飲まずにそのまま動かなくなりました。まあ、いつものことなんで気にしないでください」
「いつものことって……まあ、このことに関しては私は何も言えないですけど」
なんにしても、この事実はハグリッドには口が裂けても言えないだろう。
私としては自分を襲ったヒッポグリフだ。
哀れだとは思うが、可愛そうだとは思わなかった。
「美鈴! ちょっと来なさい!」
部屋の隅でファッジと話し込んでいたレミリアが大声で美鈴を呼ぶ。
「はいはーい、今行きますよー。というわけなので、また第一の課題の時にでも。私もお嬢様のお付きとしてホグワーツに来ると思いますので」
「はい。その時にでもまた」
美鈴は私に手を振ると、レミリアの元へと歩いていく。
私はその背中を見送ると、今度はレミリアとは反対側の部屋の隅でオリバンダーと話をしていたパチュリーの近くへと移動した。
「ほう、では最近は杖すら持ち歩いていないと……まあ、杖はあくまで己の魔力を導くための魔法具。代わりの物があれば必要ないという理屈はわかりますが……」
「まあ、杖でもいいんだけどね。異なる属性の魔法を効率よく引き出すには万能の杖一本よりも、それぞれの属性に特化した指輪のほうがいいのよ。杖を何本も持ち歩くよりかは利便性が高いでしょう? つねに指についているから瞬時に魔法が使えるし。あと百年もすれば、こっちがスタンダードになっているかもね」
「新しい技術は歓迎すべきだとは思いますが、杖職人としては少々寂しいですな」
オリバンダーは複数の指輪が付けられたパチュリーの指をまじまじと観察している。
私がその様子を見ていると、私の視線に気が付いたのかパチュリーが手招きしてきた。
私はその手招きに応じるようにパチュリーの近くへと行き、右手を差し出す。
「初めまして。サクヤ・ホワイトです。こんなところでかの有名なノーレッジ先生にお会いできるとは思いませんでした」
パチュリーはオリバンダーに見せていた手を引っ込めると、握手に答えてくれた。
「今のホグワーツ生で私を知っている生徒がいるなんてね。少し驚いたわ。私はダンブルドアとは違ってあまり表には出てこないし」
「蛙チョコのおまけになっているので知っている生徒は多いと思いますが……著書を何冊か読みました。非常に興味深い内容の本が多くて……凄く勉強させてもらってます」
「そう。その歳であの内容が理解できるのね。勉強熱心なようで何よりだわ。表から読んで内容を理解できるのなら、今度は裏から読めるように頑張りなさい」
「裏から?」
パチュリーは無言で頷くと、少し声を小さくして言った。
「私の著書の殆どは裏に情報が隠れている。表に書いてある内容なんて、表に出しても問題ないような低レベルなものばかりよ。貴方なら、時間を掛ければ裏の情報を読み解けるはず」
これは物凄いことを聞いてしまったかもしれない。
そもそも、彼女の著書は普通に読んでも理解するのに時間が掛かる。
もしあの難解な内容がただのカモフラージュで、暗号文のように真の情報が隠されているのだとしたら……。
「でも、どうしてそんなことを私に? おいそれと広めていいことでもないですよね?」
「……いや、引きこもりすぎて、自分の本を読んでいる魔法使いに会うのって初めてだから。きっと貴方しか知らない情報よ」
「……光栄です」
自分の読者に会うのが初めてだなんて、一体何十年規模で引きこもっていたのだろうか。
確かに彼女のことが書かれている本には、ホグワーツ卒業後の彼女の姿を見たものは一人もいないと書かれている。
きっと最近になって表に出てくるようになったに違いない。
でも、そうだとしたら、バグマンとパチュリーはどのようにして知り合ったのだろうか。
バグマンのあの様子からして、彼女の著書を読んでいるとは思えない。
一体どういう繋がりで、彼女を審査員に呼んだのだろうか。
「ほっほ、面白い組み合わせじゃの」
私がそんなことを考えていると、オリバンダーと入れ替わるようにしてダンブルドアがこちらに歩いてくる。
「そう言えば、紹介しておらんかった。サクヤ、こちらはわしの古い友人で今はホグワーツの理事の一席を埋めてくれておるパチュリー・ノーレッジじゃ。そして、君に別荘を貸し与えてくれている人物でもある」
「え? そうだったんですか!?」
私が驚愕に目を見開くと、パチュリーは無言で小さく頷いた。
「ダンブルドアからの頼みでね。ちょうど使ってない屋敷があったから。それに、あんな話聞いてしまったら放ってはおけないし」
「そんな……ありがとうございます。本当に助かってます」
「いいのよ。最近手に入って持て余していた屋敷だったから。卒業までとは言わず、自由に使ってちょうだい。屋敷も、屋敷しもべ妖精もね」
パチュリーは相変わらず無表情だったが、その顔に少し赤みがかかったように見えた。
「サクヤ! 貴方の番ざんすよ!」
壁際で選手個別の写真を撮っていたスキーターが私を大声で呼ぶ。
もう少しパチュリーと話したいが、私の写真撮影が終わらないことには夕食を食べに行くこともできない。
私は後ろ髪を引かれる思いでパチュリーから離れると、スキーターの元へと向かった。
設定や用語解説
先進魔法研究会
新しい魔法や魔法薬の研究をしている魔法使いの集まり。名誉顧問はパチュリー・ノーレッジだが、名前を貸しているだけで会に出席したことはない。
レミリアの年齢
諸説あるが今作ではこの時点で491歳という設定。
ダンブルドアとパチュリーは同期
同じ年にホグワーツに入学している。ダンブルドアはグリフィンドール、パチュリーはレイブンクロ―生。
杖の忠誠心
魔法使いが使う杖というのは、使用する魔法使いに忠誠心を持つ。故に、他人の杖を使っても本来の性能を発揮しきれない。
杖を使わない魔法
パチュリーは杖の代わりに指輪を使用している。役割としては同じだが、使用する魔法の系統によって使う指輪を分けることで効率よく魔法を行使できる。
さようならバックビーク
レミリアに引き取られ三日で衰弱死した。
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