P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか?   作:へっくすん165e83

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第一の課題と金の卵と私

 授業に修行に解読に、長い一日を忙しく過ごしているうちにあっという間に第一の課題の日がやってきた。

 私が大広間で昼食を食べていると、慌てた様子のマクゴナガルが大広間へと入ってくる。

 

「ミス・ホワイト、すぐに競技場へと向かってください。集合時間まであと二十分しかありませんよ」

 

 多くの生徒が私を見つめるなか、私はフォークを皿に置いてナプキンで口元を拭いた。

 

「もしそれが事実なら相当まずいですね。デザートは夕食後の楽しみに取っておきましょう」

 

 私は机の上のパイを皿ごと鞄の中に仕舞う。

 マクゴナガルはその様子を見て大きなため息をついた。

 

「相当まずいと自覚しているならもう少し慌てたらどうです? すぐにでも向かわなければ遅刻しますよ」

 

 私は鞄の留め具を閉めると、グリフィンドールのテーブルから立ち上がる。

 その瞬間、大広間が大きな拍手に包まれた。

 

「がんばれよ!」

 

「応援してるわ!」

 

 話したことない他寮の生徒までもが私に対して応援の言葉をかけてくれる。

 逆に、私の隣に座っていたハーマイオニーは不安そうな表情で言った。

 

「サクヤ、気を付けてね……危なかったら、すぐに棄権してね?」

 

「心配しすぎよ。それじゃあ行ってくるわ」

 

「うん、サクヤならきっと大丈夫だよ。応援してる」

 

 ハリーがそう言った瞬間、マクゴナガルが私の右腕をがっちりと掴み、大広間の外へと引っ張っていく。

 私はマクゴナガルに歩調を合わせつつ、マクゴナガルに話しかけた。

 

「第一の課題に関して、ダンブルドア先生は何かおっしゃってました?」

 

「私は何も聞き及んでいませんが。何か気になることがおありで?」

 

「いえ、特には」

 

 私は鞄を握り直し、第一の課題が行われる競技場へと急ぐ。

 ダンブルドアの話では、第一の課題はドラゴンのはずだ。

 マクゴナガルに案内されるまま禁じられた森の縁を回り、その近くに建てられたテントの前に辿り着く。

 マクゴナガルはそこで足を止めると、少し震えた声で言った。

 

「中にバグマン氏がいます。彼の指示に従って課題に関する手続きを……ともかく、頑張りなさい」

 

「ええ、死なない程度にぼちぼちやります」

 

 私はマクゴナガルにペコリと頭を下げると、テントの中に入り込む。

 テントの中にはいくつか椅子が置いてあり、そのうちの一つにボーバトン代表のフラーが顔を青くして腰かけていた。

 その横には椅子には座らずじっと何かを考えている様子のクラムが立っている。

 互いに表情は違うが、二人とも相当不安そうな様子だった。

 

「サクヤ! よーしよし! これで代表選手が揃ったな。よし! みんなこっちに集まってくれ」

 

 私はそのままバグマンの近くまで歩を進める。

 椅子に座っていたフラーも慌てた様子で立ち上がると、バグマンの近くに寄ってきた。

 

「よし、ついに話して聞かせる時が来た」

 

 バグマンが意気揚々と話を始める。

 

「まず代表選手の君たちにはこの袋の中に入っている模型を一人一つ掴み取ってもらう。その模型には様々な、えー、違いがある。それから、そうだ! 君たちに課せられる課題は金の卵を取ることだ」

 

 なるほど、ダンブルドアから聞いた通りだ。

 きっと袋の中にはドラゴンの模型が入っており、引いたドラゴンを相手にするのだろう。

 

「さて、誰から引く? 誰から引いてもいいぞ!」

 

 バグマンはキョロキョロと代表選手を見回すと、ずいっと袋を私の近くに差し出した。

 

「それじゃあ、年齢順にサクヤからだ」

 

「あ、はい」

 

 私は左手を袋の中に突っ込み、もぞもぞと動くゴツゴツした模型を一つ取り出す。

 私は左手を開き、手の中で蠢く模型を観察した。

 それはダンブルドアからの情報通りドラゴンだった。

 刺々しい見た目に、黒い鱗。

 このドラゴンは確か──

 

「……ハンガリー・ホーンテール」

 

「おっと! 一番凶悪なのを引いてしまったな。そう、君が相手にするのはそれだ」

 

 ホーンテールの模型は私の手の中で動き回ると、見かけだけの炎を吐き出す。

 第一の課題がドラゴンだということは知っていたので多少勉強はしていたが、まさかドラゴンの中でも最も凶暴だと言われているハンガリー・ホーンテール種が相手とは。

 まあ、正直どんなドラゴンが相手でも負ける気はしないが。

 私はドラゴンの模型をポケットの中に仕舞いながらフラーとクラムのほうを見る。

 模型を見る限り、フラーはウェールズ・グリーン普通種、クラムは中国火の玉種を引いたようだった。

 

「さて、全員引いたな。ドラゴンの首に掛けられた札に番号が振ってあるだろう? その番号はドラゴンと対決する順番だ。第一の課題は単純明快! ドラゴンを出し抜いて、金の卵を手に入れることだ。さて、何か質問があるものはいるかな?」

 

 フラーは冷や汗を流しながら小さく首を振る。

 クラムは更にムッとした表情になったが、特に質問はないようだった。

 

「質問いいですか?」

 

 私はドラゴンの首に掛けられた番号を確認しながら言った。

 

「あ、三番だ。じゃなくて、これってドラゴンを傷つけても大丈夫なんですかね? どこからか借りてるドラゴンだったりするならドラゴンが怪我をしないように気を付けますが……」

 

「はっはっは! ドラゴンの心配をする前に自分の心配をした方がいいと思うがね」

 

「じゃあ、殺してしまっても構わないと?」

 

「ドラゴンが死んだら、ドラゴンをここまで連れてきた魔法使いから感謝されるだろうな。ここまで連中を連れてくるのに相当苦労したようだからな。なんにしても、課題はドラゴンを殺すことじゃない。金の卵を手に入れることだ。下手にドラゴンを刺激してしまったら、命を落とすのはドラゴンではなく……サクヤ、君自身になるかもしれんぞ?」

 

 バグマンは私の肩に手を置くと、笑いながらテントを出て行った。

 それと同時に、バグマンの陽気な声がテントの布越しに聞こえてくる。

 

『レディース&ジェントルマン! ようこそお集りくださいました! ただいまより、三大魔法学校対抗試合、第一課題を開始したいと思います!』

 

 バグマンはそのまま第一課題の内容や審査員の紹介をしていく。

 それを聞く限りでは、杖調べの会場に来ていた面々が審査員席に座っているようだ。

 

「えっと、バグマンの実況を聞く限りではブザーが鳴ったら最初の選手が入場するみたいですが……一番ってどなたです?」

 

 私が二人に話しかけると、フラーがおずおずと手を挙げる。

 どうやら相当余裕がないようで、顔に血の気が全くなかった。

 

「えっと、大丈夫ですか? 貧血なように見えますが」

 

「ぎゃくにあなたはなんでよゆうでーす? ドラゴンですよー?」

 

「え? たかがドラゴンですよね?」

 

 私はフラーに対し大きく肩を竦めて見せる。

 

「多分そこまで心配することないと思いますよ? 別にドラゴンを単独で討伐しろと言われているわけじゃないんですし」

 

 私は過呼吸気味になっているフラーの背中をそっと撫でた。

 

「あんまり緊張するといざブザーが鳴って飛び出したときに貧血で倒れてしまいますよ? 失敗してもどうせ運営側が助けてくれるぐらいの気持ちでいきましょう?」

 

 私がフラーに微笑みかけると、フラーの顔に少し赤みが差した。

 

「ありがとーありがとー、あなた、いいひとでーす。あなたのこと、かんちがいしてましたー」

 

 フラーは少ししゃがみ込むと私にガバッと抱き着く。

 

「わたしもがんばりまーす! あなたもー、がんばってくださーい!」

 

 その瞬間、テントの外からブザーが鳴り響く。

 私はフラーの背中をポンポンと叩くと、フラーから離れた。

 フラーはまだ少し緊張した面持ちだったが、杖を勢いよく引き抜いてテントの外へ駆けていった。

 私はフラーの後ろ姿を見送ると、テントの中に置いてあった椅子に座る。

 クラムはクラムでドラゴンの模型をじっと見つめていた。

 テントの外からは大きな歓声とバグマンの陽気な実況の声、そしてドラゴンのものだと思われる唸り声が聞こえてくる。

 バグマンの曖昧な実況だけでは何が起こっているかよくわからなかったが、十五分もしないうちに爆発的な歓声がテントの外で沸き起こった。

 どうやらフラーは無事第一の課題をクリアしたようだ。

 それからあまり時間を置かずに、二回目のブザーが鳴り響く。

 そのブザーを聞いて、クラムが無言でテントの外へと歩いて行った。

 

「気を付けて」

 

 クラムの後ろ姿に声を掛けると、クラムはこちらを振り返りこそしなかったが、後ろ手に親指を立てる。

 多少は緊張しているようだったが、プロのクィディッチ選手だけあって、こういう場には慣れているんだろう。

 クラムが出ていくと同時に、フラーの時よりも大きな歓声が沸き起こる。

 やはりフラーと比べると知名度が高いだけあるのだろう。

 私はテントの外の歓声を聞きながら、この後の作戦について整理し始めた。

 ホグワーツで平穏な日々を送るためにもここで無様を晒すわけにはいかない。

 真相はどうであれ、第三者から見れば私は優秀故にダンブルドアに推薦された存在なのだ。

 金の卵を取るのはもちろんのこと、高得点も狙っていかなければならないだろう。

 作戦はこうだ。

 まず、得意の変身魔法を使って周囲に私の分身を沢山作る。

 ドラゴンは知能は高くないはずなので、少なからず分身に気を取られるだろう。

 その隙をついて私自身に透明化の呪文を掛け、一気にドラゴンに肉薄する。

 そして金の卵を掴み取り、第一の課題クリアだ。

 

「あとはこのやり方を審査員がどう評価するかだけど、スマートにやれば低い点はつけられないはず」

 

 レミリアが期待するような面白い展開にはならないだろうが、パチュリーが期待している高度な魔法というのはクリアしているはずだ。

 岩を人間そっくりに変身させたり、自分の全身に透明化呪文を施すことはかなりの技量を要する。

 並の生徒では……いや、ホグワーツを卒業した魔法使いにも難しいかもしれない。

 私はローブから杖を引き抜き、右手でそっと撫でる。

 オリバンダーの話では、この杖は私に忠誠を誓ってはくれていないらしい。

 まあ、あの性格のお嬢様だ。

 人間に付き従う気があるとも思えない。

 

「でも、私を守ろうとしてくれている……そうよね?」

 

 私は杖を弄りながらそう呼びかけた。

 ムーディの話では、私には強力な加護が付いているらしい。

 あの時は気が付かなかったことだが、きっとその加護はレミリアから与えられたものだろう。

 私がレミリアと初めて会った時、レミリアは私の杖を見て明らかに驚いていた。

 もしその時吸血鬼の加護が私に付いたのだとしたら、それは私と杖との絆と言えるのではないだろうか。

 私と杖との間に主従関係はない。

 だが、それ以上の繋がりが、私と杖との間にはあった。

 その瞬間、大歓声がテントの外から聞こえてくる。

 どうやら、クラムも金の卵を無事ゲットしたようだ。

 私は杖を仕舞い直すと、椅子から立ち上がって大きく背伸びをした。

 

「さて……」

 

 本気を出すつもりはサラサラないが、無様を晒すつもりもない。

 私はブザーが鳴り響くと同時にテントの外へと飛び出した。

 

『さあ、最後の選手です! ホグワーツ代表にして最年少選手、サクヤ・ホワイト!』

 

 テントを出た瞬間、ドラゴンの咆哮より大きな歓声が鼓膜を打つ。

 私は観客席に向かって笑顔で手を振ると、目の前で卵を守るように丸くなっているドラゴンに集中した。

 

「さて、それじゃあ始めますか」

 

 私は周囲の岩に変身魔法を掛けるために杖を引き抜く。

 それと同時に私の存在に気が付いたのか、ドラゴンがゆっくりと頭を持ち上げてこちらを見た。

 ドラゴンは私が何者なのかを探るようにじっとこちらを睨みつける。

 

 

 そして、何を思ったのか、今の今まで大事そうに抱いていた卵を丸呑みにした。

 

 

 

「……え?」

 

『おっと! これは一体どういうことでしょうか! ドラゴンが金の卵ごと自分の卵を丸呑みにしてしまいました! ノーレッジさん、このようなことはあり得るのでしょうか!?』

 

 バグマンが隣に座っているパチュリーに解説を求める声が聞こえてくる。

 

『ドラゴンの胃液は非常に強い酸性よ。魔法で保護されている金の卵ならまだしも、普通のドラゴンの卵はあっという間に消化されてしまうでしょうね。他の巣の卵を餌として食べてしまうならまだしも、自分の産んだ卵を食べてしまうことはまずないわ』

 

 パチュリーはそう言っているが、実際に目の前にいるドラゴンは卵を吞み込んでしまった。

 つまり……私が金の卵を手に入れるには……

 

『ということはサクヤ・ホワイト選手が金の卵を手に入れるには、ドラゴンを──』

 

「ドラゴンを殺して、腹を掻っ捌くしかない」

 

 私は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。




設定や用語解説

ハンガリー・ホーンテール種
 原作ではハリーが戦ったドラゴン。今回連れてこられた中では最も狂暴。

殺してしまっても構わんのだろう?
 ダメです。営巣中のドラゴンを借りてきているだけなので少し傷つける程度ならまだしも、殺すことはまるで想定されていません。

高得点を狙いに行くサクヤ
 本来は無難にやり過ごすべきだが、与えられた役割を忠実にこなそうとしてしまっている。

杖と信頼関係を築こうとするサクヤ
 レミリアに見られたら鼻で笑われます。

卵を呑み込むドラゴン
 完全に異常事態。普通ならこの時点で第一の課題はやり直しになるが──

Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。

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