P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
両手足に生成した水かきで可能な限り多くの水を掻き、まるで魚雷のような速度で水中人の村を目指す。
残された時間はあと五分。
何の問題もなく水中人の村に辿り着けたとしても、時間はかなりギリギリだろう。
私は気絶している水中人を押しのけながら広場まで戻ってくると、水中人の像の前までやってくる。
そこには頭だけ魚に変化させたクラムが、人質二人を見ながら頭を悩ませていた。
私はそんなクラムに対して手を振ると、まっすぐ銀髪の方を指さす。
そして自分はマルフォイへと近づくと、ナイフを使って縄を切断した。
クラムはそれを見て、銀髪の少女の縄を噛み切り始める。
私はそんなクラムにナイフを渡すと、右手首を何度か叩き時間がないことをアピールした。
「(じゃあね)」
私はマルフォイの足を右手で掴むと、両足を高速でバタつかせ審査員席の方向へと泳ぎ始める。
近くの湖岸に上がるより、このまま水中を進んで審査員席近くの湖岸へ出たほうが速く到着できるだろう。
私は水面ギリギリを高速で泳ぎ、そのまま審査員席の方向へ大きくジャンプする。
そしてマルフォイを空中で抱え直すと、息を切らせながら審査員に報告した。
「はぁ……はぁ……人質の、救出……、完了しました」
私はマルフォイを湖岸に投げ捨て、懐中時計を確認する。
制限時間まで残り十秒。
なんとか制限時間内に間に合ったようだ。
「あー、お疲れ。というか、間に合っちゃったわね」
審査員席の端っこに座っていたレミリアが、呆れた顔で私を見ている。
私は変身術を解きながら、ポカンとした表情でレミリアを見返した。
「どういうことです?」
「人質を間違えたとはいえ、一人救出したことには変わりないからその時点で課題に関してはクリア扱いにしようとさっきまで協議してたのよ。二人目を救出してたら確実に制限時間をオーバーするだろうってことで」
「えぇ……」
私はよろよろと立ち上がるマルフォイを横目で見ながらそんな声を漏らす。
マルフォイは状況がよく把握できていないのか濡れた髪をかきあげながら周囲を見回していた。
「えっと、第二の課題は終わった……のかい?」
私は杖を引き抜くと、自分とマルフォイの服を一瞬で乾かす。
そしてため息を吐きながら答えた。
「終わったわ」
「……そうか。流石だね」
私は肩を落としながら湖岸に座り込む。
マルフォイはテンションの低い私を不思議に思ったのか、私の横で湖面を観察しながら声をかけてきた。
「クラムの姿が見えないな。ボーバトンの代表はあそこで泣き叫んでいるけど」
私はマルフォイが指さした方向を見る。
そこではフラーがフランス語で何かを泣き叫びながら湖に飛び込もうとしていた。
「デラクールはリタイアしたそうよ。あの様子だと、人質の少女が本当に死ぬものだと思ってるみたいだけど」
「そうなのかい? でも、それじゃああそこで毛布に包まっているグレンジャーは誰が助けたんだ? クラムはまだ湖の中なんだろう?」
私はそれを聞いて小さく手を上げる。
「私が助けたわ。普通ハーマイオニーが私の人質だって思うじゃない」
「いや……あー、まあ、そうか」
マルフォイはそれを聞いて少し首を傾げたが、仕方がないと言わんばかりに頷いた。
そういえば、何故私の人質はハリーやロンじゃなかったのだろう。
私は少し頭を捻ったが、少し離れたところにいるハーマイオニーの姿を見ておおよその理由が分かった。
数か月前に行われたクリスマスダンスパーティー。
その時にパートナーに選んだ相手を基準に人質を決めたのだろう。
フラーの人質だけはダンスパーティーのパートナーじゃないが、フラーのパートナーだったデイビーズがフラーの本当に大切な相手だとは思えないし、運営側も思わなかったのだろう。
だとしたら、教員側から見ても、私とマルフォイはそれほどまでに仲がいいように見えていたのか。
私はまた湖の方へと視線を戻す。
どうやらクラムも無事湖面へと辿り着いたらしく、フラーの人質を抱えながらこちらに泳いできていた。
『ビクトール選手も残された人質を救出したようです! 制限時間を少しオーバーしましたが、課題を無事達成したことには変わりありません! これより審査員による点数の協議が始まります。点数の発表まで少々お待ちください!』
バグマンはそう宣言すると、審査員席で各選手の点数を話し合い始める。
クラムはそのまま審査員席の近くまで泳いでくると、フラーの人質である少女を抱き上げ、湖岸へと上陸した。
「ガブリエル!」
その瞬間、フラーが少女に駆け寄りがっちりと抱きしめ、フランス語で何かを捲し立てる。
だが、抱きしめられているガブリエルはフラーに抱きしめられながらも、うっとりとした表情でクラムの横顔を見ていた。
「ありがとー! ございまーす! あなたのひとじちでないのに……本当に、ありがとう」
フラーはガブリエルを放すと、クラムの横顔に小さくキスをする。
その様子を見て、ガブリエルは頬を膨らませた。
「いや、残ってたのがこの女の子だけだったから──」
クラムは何かを言いかけるが、ガブリエルの情熱的な抱きつき攻撃を受けそのまま後ろに倒れる。
どうやら私は意図せず結構な修羅場を構築してしまったようだ。
『レディース&ジェントルメン! 審査結果が出ました! 本来ならば水中人の女長であるマーカスが湖底の様子を私に伝えてくれるはずでしたが、水中人の殆どが気絶してしまっているらしく、断片的な情報での採点になったことをご了承ください!』
バグマンはそう前置きしてから各代表の点数を発表し始める。
『まず最初に湖に飛び込んだデラクール選手ですが、途中で水魔に不意を突かれリタイヤとなりました。ですが見事な泡頭呪文や、リタイヤするまでの水中での動きを評価し得点は二十点です!』
観客席から決して小さくない拍手が沸き起こる。
フラーはそれを聞きながら、本来なら零点でもおかしくないと呟いていた。
『さて、次に湖に飛び込んだビクトール選手。変身術自体は中途半端ではありましたが、水中で活動するには必要十分と言えるでしょう。制限時間を少しオーバーしましたが、無事デラクール選手の人質を救出しました! 得点は三十点!』
なるほど、たとえ途中でリタイアになったとしても、制限時間をオーバーしてしまったとしても、一応得点自体は貰えるようだ。
だったらレミリアの言う通り、無理してマルフォイを助けに行く必要はなかったかもしれない。
『最後にホワイト選手ですが、見事な変身術と高度な物理の知識を用いて一番早く人質を救出してみせました! ですが人質を取り違え、クラム選手を大いに混乱させてしまったためペナルティとして満点の五十点から十点の減点を行い、得点は四十点です!』
「取り違えるような人質を設定する運営が悪いでしょうに」
私は一応の抗議を行うが、クラムを混乱させてしまったのは確かだ。
広場にハーマイオニーがちゃんと残っていれば、クラムも制限時間に間に合ったはずである。
『それでは、これにて第二の課題を終了致します! 第三の課題、最終課題は六月二十四日の夕暮れ時に──』
バグマンが審査員席で声を張り上げているのを聞きながら、砂だらけのローブを拾い上げる。
そしてバサバサと砂を払ってから鞄の中に仕舞い込んだ。
何にしても、点数的には私が一番だ。
第三の課題がどのようなものかはまだ分からないが、私がこのまま優勝できる可能性はかなり高いだろう。
「あ、そういえば」
私は制服のポケットから杖を取り出すと、全身に掛けた変身術を解いていく。
その様子を隣にいるマルフォイが興味深そうな目で見ていた。
「それ、かなり高度な変身術だろう? いつ覚えたんだい?」
「独学よ。私が変身術得意なことは貴方も知っているでしょう?」
「確かに得意だとは聞いてるけど、ここまでとは思わなかったよ」
まあ、独学とは言ったが、半分以上はパチュリーの本に書かれていた技術を応用している。
きっと審査員席に座っている彼女はそのことに気がついているだろう。
「まあ、何にしてもよ。第二の課題も終わったことだし、城に帰りましょうか。貴方が人質に取られた経緯とかも聞きたいし」
「そうかい? そう面白い話でもないけどね。でも聞きたいというのなら──」
私はマルフォイと二人で城に向けて歩き出す。
ハーマイオニーがなんとも言えない目でこちらを見ていたが、私は視線でクラムの方を指し示した。
私はマルフォイの話を聞きながらゆっくりホグワーツ城の方へと歩く。
マルフォイの話では、昨日の晩にスネイプに呼び出され、ダンブルドアから第二の課題の人質役を頼みたいとの申し出があったらしい。
水中で死んだように眠っていたマルフォイだが、どうやらダンブルドアから眠りの呪文をかけられていたようだ。
「僕らの身の安全はダンブルドアが保証すると言っていたけど、果たしてどうやら。水中人が寝ている僕の首を掻っ切るかもしれない。それにあんな湖の奥深くだ。事故があったら死は免れなかっただろうね」
マルフォイはそう言いながら得意げに胸を張る。
「確かに。場合によっては死んでいたかもしれないわね。結構危ない魔法を近くで使ったし。ダンブルドアがちゃんと保護の呪文を掛けていなかったら水圧で死んでたかも」
「す、水圧?」
マルフォイは私の言葉を聞いて表情を曇らせる。
「そう。バブルパルスっていうんだけど、それで水中人を一網打尽にしたのよ。でも、その時は人質のことすっかり忘れてたから、貴方が五体満足なようで一安心だわ」
「はは、は……まあ、今度僕が人質に取られるようなことがあったら、その時は頼むよ?」
「そうね。人質が死んでしまったら元も子もないもの」
マルフォイは青白い顔を更に青くしながら曖昧に笑う。
私はホグワーツ城へ続く階段を上りながら第二の課題での行動を思い返していた。
なんというか、もっと焦らずじっくりと取り組んでも良かったかもしれない。
冷静に考えていたら自分の人質がハーマイオニーではなくマルフォイだとわかったはずだし、何より水中人をあのように気絶させる必要もなかっただろう。
そんなことを考えながらホグワーツ城正面の大きな扉をくぐろうとしたその時、急に扉の陰から人影が飛び出してきた。
「第二の課題も素敵ざんしたわ! あの変身術も学生のレベルを大きく超えて……特に、人質を間違えてなお制限時間内に間に合うという余裕。素敵ざんす!」
扉の陰に隠れていたのは日刊予言者新聞で記者をしているリータ・スキーターだった。
スキーターは羊皮紙の切れ端と羽ペンを片手にズイズイと私に迫ってくる。
「ねえ、いいざんしょ? 私に少しお話してくださる? 読者も貴方の話を読みたくてうずうずしている頃だわ。そっちのボーイフレンドも一緒にね?」
スキーターは私とマルフォイの腕をがっちり掴んで城の外へと引っ張っていこうとする。
私はそんなスキーターの手から逃れると、小さく微笑みながら言った。
「インタビューを受けるのは私一人。それならインタビューに答えてもいいですよ?」
「あらそう? 目立つのは私一人で十分。そういうことね。素敵ざんす。そういうことなら、そうしましょうか」
スキーターはマルフォイの腕を離すと、改めて妙に艶めかしい手つきで私の肩を抱く。
「そういうことだからドラコ、先に帰ってて。スリザリンのみんなも貴方の話を早く聞きたいでしょうしね」
「僕は一緒にインタビューを受けてもいいけど……」
「自分のことを語るところを貴方に見られるのが恥ずかしいのよ」
そういうことなら、とマルフォイは私に手を振って城の中へと消えていく。
スキーターは私の肩をがっちり掴みながら、人気のない城の裏へと歩き出した。
「あれ、マルフォイ家のお坊ちゃんよね? 彼とはどういう関係? 恋人同士? それとも、まだそこまでは進展していないのかしら?」
「いや、普通に友達ですよ?」
「でも、クリスマスパーティーでは彼をパートナーに選んだざんしょ? それにさっきも相当仲が良さそうだったし」
スキーターは城の裏に差し掛かったところで足を止め、近くにあった石の上に座り込む。
私は立ったまま城の壁にもたれ掛かった。
「まあ、仲がいいのは否定しませんよ。入学当初からの仲ですし。でも、恋人というわけではないです」
「でも、やっぱり将来のことを考えると、彼と結婚したい。そうよね?」
「うーん。私にそんな気はないんですが……というか、結婚って……。まだそんなこと考える歳ではないですよ」
まあ、マルフォイ自身結婚するのに悪い相手ではない。
家柄もいいし、性格の相性もいい。
何より実家がお金持ちだ。
「そう? でも、貴方にとって彼はかなり都合がいい嫁ぎ先よね? 家柄もしっかりしているし。今の魔法界で安定を求めるなら、彼は本当に優良物件」
「……何が言いたいんです? というか、第二の課題に関するインタビューでは?」
私がそう言った瞬間、スキーターの口角が上がった。
「彼と彼の実家は本当に良い居場所となる。帰る家を失った貴方にとってはね」
ドクン、と心臓が大きく脈打つのを感じる。
私はスキーターの目をじっと見つめながら、彼女の言葉を頭の中で反復した。
『帰る家を失った貴方』、今スキーターはそう言ったか?
「ああ、本当に貴方ほどの悲劇のヒロインはいないわ。殺人鬼によって帰る家と家族を失い、そしてその敵を討った貴方に最後に残ったのは虚しさだけ。何故ダンブルドアが貴方を贔屓するのか。それは貴方が特別な女の子だから……そうざんしょ?」
私の右手がゆっくりポケットの中に入っている懐中時計へと伸びる。
「あのハリー・ポッターと同じだわ。両親をあの人に殺されたハリー・ポッター。家族同然な施設の人たちをシリウス・ブラックに殺された貴方。ハリー・ポッターが例のあの人を打ち破ったように、貴方はシリウス・ブラックを打ち破った。ナイフを胸に突き刺してね」
こいつ、どこまで知っている?
その情報は学校の教員と、魔法省の一部の役人しか知らないはずだ。
「ダンブルドアは貴方をもう一人の英雄へと仕立て上げようとしている。まあ、それは貴方のためというのもあるんでしょうけど、でも、それだけじゃない。サクヤ、貴方は言ったわね? 貴方が代表選手に立候補できたのは、ダンブルドアが裏から手を回したからだって」
「そう……ですけど」
「でも、普通ならそんなことに手は貸さない。じゃあ、何故? それは、貴方が普通じゃないから。そうざんしょ? 課題を見ててもわかるわ。貴方は普通の生徒じゃない。それこそ、何百年に一度の天才。頭がよく、魔法の才能に満ち満ちている。素敵ざんす! この大会は貴方の名前を大きく世に広めるいい機会。ダンブルドアはこの大会を利用して貴方を大きく売り出そうとしている」
スキーターは小さく舌なめずりすると、立ち上がって私に顔を寄せた。
「私たちの利害は一致していると思うの。貴方の名前を売りたいダンブルドア、貴方の記事を書きたい私。ね? いいざんしょ? 私に貴方についての記事を書かせて頂戴? あの孤児院で何があったのか。叫びの屋敷で何があったのか。生き残った女の子のプロデュースを私にさせて頂戴?」
生き残った女の子。
考えたことはなかったが、そう解釈することもできるのか。
確かに、ハリーと私の境遇は少々似通っている。
私を第二のハリー・ポッターだというのは、あながち間違いではないのかもしれない。
「そう……ですね。確かに私は第二のハリー・ポッターだと言えるのかもしれません。でも──」
私は右手で懐中時計を握りこむ。
そしてそのまま時間を止めた。
「私が求めるのは名声じゃない。そして、その事件は広めてはいけない。その事件は『シリウス・ブラックが孤児院を襲い、生き残った私がその敵を討った』。それで終わった話。掘り起こしてはいけないのよ。その事件の詳細が広まれば、ブラックのように事件の矛盾点に気が付く人間が出てきてしまうかもしれないから」
私は目の前で固まっているスキーターに杖を向ける。
そして、そのままスキーターの時間のみを動かした。
「だから、貴方には死んでもらうわ」
「え? それはどうい──」
「アバダ・ケダブラ」
緑色の閃光が私の真紅の杖から迸り、スキーターの身体に直撃する。
スキーターは一瞬体を震わせると、そのまま膝から地面へと崩れ落ちた。
設定や用語解説
自分の人質がいないクラム
純粋に可哀そう。審査員もそのことをわかっているのでクラムの点数はその分考慮されている。
ハリーやロンが人質に選ばれなかった理由
ハリーやロンを選んでも、ハーマイオニーと取り違える可能性はあった。それに、近しい人が一度に二人も消えると流石に怪しまれると思った教員が他の寮であるマルフォイを人質にすればいいと提案し、結果的にマルフォイが人質になったという経緯がある。
本来50点満点のサクヤ
第一の課題ではレミリアとパチュリーは辛口採点だったが、第二の課題のサクヤの点数に関しては人質さえ間違えなければ文句のつけようがなかった。
知りすぎているリータ・スキーター
サクヤには知りようのないことだが、リータはコガネムシの動物もどきであり、コガネムシになって魔法省に忍び込み、サクヤの情報を漁っていた。
アバダケダブラ
ムーディによって習得済み。
時間が止まっている中での魔法
魔法が行使された時間が0秒なので感知されることもなければ痕跡も残らない。未成年魔法使いの匂いも感知されない。
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。