P.S.彼女の世界は硬く冷たいのか? 作:へっくすん165e83
「ママ! ママッ! あいつが僕をアレで脅した! あいつがアレを使おうとしてる!」
一九九五年、八月。
私がダーズリー家のキッチンで料理の手伝いをしていると、ダーズリー家の一人息子であるダドリーの大声が玄関から聞こえてきた。
そしてそれとほぼ同時に玄関からハリーが飛び出してくると、床が抜けるんじゃないかと思うほど怒りに任せて床を踏み鳴らしながら階段を上がっていく。
「おい! まて小僧! 一体ダドリーに何をした!?」
そんなハリーを見て、バーノンの怒りが一気に最高潮に達する。
「パパ! あいつが外でアレを出して僕を脅した! 豚にしたあと膨らませて飛ばしてやるって!」
「そいつが僕の両親を馬鹿にしたんだ!」
ハリーが階段の途中で怒鳴る。
「小僧! そこから降りてこい! 今日という今日は許さんぞ! 庭でコソコソとニュースを聞いていると思えば、毎朝毎朝家の周りでフクロウを飛ばし、挙句の果てにダドリーを杖で脅すだと? もう我慢の限界だ! お前があのバカ小屋以外で杖を使うことを許されていないことを忘れたわけじゃないぞ!」
「忘れてなかったらどうするっていうんだ!」
ハリーは階段を下り、バーノンのもとまで戻ってくる。
その右手には杖がしっかりと握られていた。
私はそれを見て大きなため息を吐く。
何を言われたのかは分からないが、魔法使いがマグルを杖で脅すなどもってのほかだ。
バーノンにとっては拳銃を突きつけられているに等しい恐怖だろう。
「また僕を部屋に軟禁するのか? それともその大きなお腹を引きずってボクシング対決か?」
「いいか小僧、お前がこの家にいる限り、お前にはわしの言うことを聞いてもらう! 好き勝手なぞさせるものか! ダドリーがお前の馬鹿な両親を馬鹿にしたことと、お前がその杖を使っていいこととは何の関係もない! それに、お前の両親はお前を残して死んだ大馬鹿だ!」
「僕の両親は馬鹿じゃない! 両親は僕を守って死んだ立派な人だ!」
ハリーはバーノンの鼻先に杖を突きつける。
バーノンは杖を向けられて少し怯んだが、すぐにハリーを睨みつけた。
「赤子を一人残して先に死んだ奴が馬鹿じゃなかったらなんだっていうんだ。わかったようなことを言うんじゃない。小僧……」
ハリーは負けじとバーノンを睨みつけると、早足で階段へと向かう。
「おい! どこに行く! 戻ってこい!」
だが、ハリーはそれを無視すると、階段を上って二階へと消えていった。
ハリーがいなくなると、リビングは静寂に包まれる。
玄関からはペチュニアに肩を抱かれたダドリーが顔を覗かせており、じっとバーノンの様子を窺っていた。
「……お邪魔みたいですね」
私はキッチンで小さく呟くと、バーノンに小さく会釈して玄関へと向かう。
「い、いやぁ……甥がどうもすみませんな。あいつはセント・ブルータス更生不能非行少年院に通ってるぐらいの不良でしてな。いつもあのような癇癪を──」
「ええ、分かってます。ご苦労なされているようで」
私はバーノンの横を通り過ぎると、玄関にいるダドリーとペチュニアに微笑む。
「今日はもう帰ります。是非、また料理を教えてください」
私はダドリーの肩を抱いているペチュニアの横を通り過ぎ、玄関を通ってダーズリー家を後にする。
そしてまっすぐ自分の家へと戻り、時間を停止させた。
「ほんと、手間のかかる英雄さんだこと」
私は玄関で踵を返すと、もう一度ダーズリー家の前に戻る。
そして塀や壁をよじ登り、ハリーの部屋の窓の前まで来た。
私は時間を止めたままハリーの部屋の中を覗き込む。
ハリーは部屋の中にあるトランクに、丸めた靴下を放り込もうとしている状態で固まっていた。
ホグワーツに戻るための荷造りにしてはあまりにも早すぎる。
どうやら家出の準備をしているようだった。
「たっく、どこ行こうっての?」
私は鍵開けの呪文でハリーの部屋の窓を開けると、部屋の中に入り込む。
そしてハリーの死角に回り込むと、キャビネットの上に腰かけ、時間停止を解除した。
「──もうたくさん? それはこっちのセリフだ。我慢の限界? それもこっちのセリフだ……」
ハリーはぶつくさ言いながら力任せに靴下をトランクの中に投げ入れる。
まるまった靴下は中で跳ね返ると、トランクの外に転がり落ちた。
「それで家出……ってわけ? まったく、こっちの苦労も知らないでさ」
「だ、誰?」
私がもう何度目かわからないため息を吐きながらそう呟くと、ハリーがひっくり返りそうになりながら私の方に振り返る。
ハリーは急に部屋の中に現れた私を見て目を白黒させていた。
「えっと、確か君は隣に越してきた……」
「あら、よくご存知で。伊達に毎日必死になって情報をかき集めてないわね。でも、もう少し身の回りに目を向けてみたら? 部屋の中が物凄いことになってるじゃない」
私はキャビネットから飛び降りると、床の上に散らかった物の物色を始める。
「き、君には関係ないだろう? それに、どうやってここに?」
「どうやってって、普通に窓からだけど……これ、鳥籠? 随分大きな鳥籠ね。でも、もう少し掃除した方がいいわ。ここで飼われる鳥が可愛そうよ」
私は床に散らかっているホグワーツの教科書を手に取る。
そしてそれをペラペラと捲りながら言った。
「それに何? 『基本呪文集・四年生用』って、これもしかして魔術書か何か?」
「それに触るな!」
ハリーは私から呪文学の教科書を引ったくると、トランクの中に投げる。
私は肩を竦めながら先程まで座っていたキャビネットに座り直した。
「何にしても、ダドリーやバーノンさんと仲直りした方がいいわ。両親を馬鹿にされておかんむりなのはわかってるけど、だからって家出するなんて考え無しにも程があるし。それに、あんなおもちゃでバーノンさんを突っつき回して」
「ふん、おもちゃだったらあんなに怖がるもんか」
「へぇ、じゃあ何だって言うのよ」
私は鼻と鼻がぶつかりそうになるぐらいハリーに顔を近づけると、こっそりハリーの尻ポケットから杖を抜き取る。
ハリーは杖を奪われたことすら気付かずに、顔を少し紅くした。
私はにこりと微笑むと、ハリーから遠ざかり杖をハリーから見えないように保持する。
そして手品のような手つきで杖をハリーに突きつけた。
「バーン! なんてね」
ハリーは向けられている杖が自分のものと気がつくと、慌てて取り戻そうとする。
私はハリーの狭い部屋の中を逃げ回ると、またハリーに杖を突きつけた。
「うふふ。アブラカタブラってね」
「返せったら!」
私はハリーの突進を避け、ベッドの上に立つ。
「こんなおもちゃで遊んでるからセント・ブルータスなんかに送られるのよ。私が処分してあげるわ」
そして私は杖の端を両手で持つと、勢いよく膝の上に振り下ろした。
バキリ、という小気味よい音が部屋に響く。
ハリーはその音を聞いてこの世の終わりのような顔をしていた。
「ふ、うふふふ。あははははは!」
私はその顔に耐えきれなくなり、思わず声を上げて笑ってしまう。
折った杖をハリーに対し放り投げると、そのまま腹を抱えてベッドの上で笑い転げた。
「な、なんてことを……なんてことをしてくれたんだ……」
ハリーは呆然としながら折れた杖を拾い上げる。
私はひぃひぃ言いながらハリーに言った。
「おもちゃの杖の一本や二本ぐらいいいじゃない。そんなに欲しいなら私が仕入れてきてあげるわ」
「あの杖はおもちゃなんかじゃ──」
「おもちゃよ。よく見なさい」
私はハリーの持ってる杖を指差す。
ハリーはその杖をマジマジと見ると目を丸くした。
「あ、あれ? 確かにこれは僕の杖じゃない」
それにハリーが気がついたタイミングで、私は本物のハリーの杖を服の下から取り出す。
そう、先程逃げ回っていた時にこっそりウィーズリーの双子特製の騙し杖と呼ばれるおもちゃにすり替えておいたのだ。
「本物はこっちよ。柊、二十八センチ、不死鳥の尾羽。名前を言ってはいけないあの人の杖と兄弟杖」
私は手に持っていた本物の杖をくるりと反転させると、ハリーに向けて差し出す。
そして眼鏡を外して、いつもの声色で言った。
「ごめんなさい。おちょくりすぎたわね」
「……もしかして、サクヤ?」
ハリーは私から杖を受け取ると、眼鏡の奥で目をパチクリさせる。
私はまたクスクスと笑うと、ハリーの顔をしっかりと見据えた。
「はい、せいかーい。グリフィンドールに十点ってね」
「もうあんな冗談はやめてくれよ……本当に杖を折られたかと思ったじゃないか」
「ごめんなさいね。でも、今このタイミングで家出をしたら、それこそ最終的に杖を折られることになるわよ?」
私はハリーのベッドをソファーがわりに腰掛ける。
「家出してどうするつもりだった? 隠れ穴まで行ってみる? それとも漏れ鍋かしら。いつ死喰い人に命を狙われているかわからないのに? 貴方はきっと抵抗するでしょうね。でも、そうしたら連中の思う壺。今の魔法省は一昨年ほど貴方に優しくないわ。きっとなにかと理由をつけてホグワーツを退学にさせ、杖を折るでしょうね」
「そんなこと──」
「ない、と言い切れる? ファッジは今ダンブルドアと対立してる。一昨年とは違うのよ。貴方が何か不正をしたら、これ幸いと言わんばかりに貴方を退学にするわ」
ハリーはそれを聞いて小さく呻く。
私はそんなハリーを見て素気なく言った。
「だからまあ、家出するにしても私の家にしなさい。ひとまず、隣にある私の家に来るといいわ。そのあと、私がダンブルドアと交渉してグリモールド・プレイスにある本当の家に招待してあげる」
「いいのかい?」
「よくないわよ。でも、貴方もずっとここで夏を過ごす気はないでしょう?」
私はハリーに対しいたずらっぽく笑いかける。
「ああ、やっぱり君って最高だよ」
「そうと決まればさっさと荷物をまとめちゃいなさい。それと、バーノンとペチュニアに置き手紙もね」
私がそう言うと、ハリーは急いでトランクの中に衣服や教科書を詰め込み始める。
「私は近くにいる騎士団員に連絡してくるわ。貴方はここで荷物をまとめておいて」
「騎士団員って?」
「詳しいことは私の家で。じゃあね」
私は眼鏡を掛けると、ハリーの部屋の窓から庭へと飛び降りる。
そしてそのまま植木の陰に隠れているマンダンガスへと近づいた。
「あれ? おまえさん、どうしてハリーの部屋から出てきたんだ? 俺っちがちーと目を目を離しているうちに何かあったのか?」
マンダンガスは私を見て不思議そうな顔をしている。
「ちーと目を離しているうちに何かあったのよ。護衛をサボっていたのをバラされたくなかったら本部に連絡して頂戴。ハリーがダーズリー家の隣にある私の家に家出したって」
「家出? そりゃまた何で?」
「子供が家出する理由なんて限られてるでしょ。保護者との喧嘩よ。勝手にあちこち行かれるよりかは、こっちで確保しちゃったほうが早いわ。それに、そろそろ頃合いだと思うしね。ハリーを騎士団の本部に連れて行くべきよ」
「だがよ、それを決めるのはダンブルドアだ」
マンダンガスは眉を顰めて私を見る。
「そうね。だからこそ、ダンブルドアの許可が出るまで私の家で身柄を確保するわ。ほら、私は姿現しできないんだから、伝達頼んだわよ?」
マンダンガスは首を捻りながらもバチンという音を立てて姿くらましする。
私はそれを見送ると、またハリーの部屋までよじ登った。
「準備できた?」
私は窓からハリーの部屋を覗き込む。
ハリーは押し込むようにしてなんとかトランクを閉じたところだった。
「うん、なんとか」
「よし、トランクをこっちへ」
私は重たいトランクをハリーから受け取ると、それを私の家の植木に向かって投げる。
ハリーのトランクはそのまま植木の上に落ち、小さくバウンドして庭に転がった。
「荒っぽくないかい?」
「あら、それじゃあ礼儀正しく玄関から出る?」
「まさか。でも、箒は投げないでね」
私はハリーからファイアボルトを受け取ると、それを片手に持ったままダーズリー家の庭まで降りる。
ハリーは空の鳥籠を片手にその後を追ってきた。
私たち二人はそのままコソコソとダーズリー家の庭を歩き、通りに出て、隣にある私の家へと移動する。
そして庭に転がっているトランクを二人で持ち上げると、そのまま家の中に入った。
設定や用語解説
吸魂鬼に襲われていないハリー
ヴォルデモートが復活した発言をしていないため、アンブリッジにそこまで目をつけられていない。
割と正論を言うバーノン
でもハリーに対し当たりが強いのは確か。
ハリーをおちょくるサクヤ
割としっかり悪ガキ
Twitter始めました。
https://twitter.com/hexen165e83
活動報告や裏設定など、作品に関することや、興味のある事柄を適当に呟きます。