この屋敷から脱出する方法を考える。
蛇嶋は各地に拠点を構えていて、ここ総本家には使用人を含め20人程度が働いている。その誰もが凄腕の殺し屋で、見つかったら即アウト。
しかも古い木造で廊下を歩くとミシミシ音がするし、障子から影が見える。
……無理だわ。脱走は明日考えよう。
そんな事を考えながら廊下をミシミシと歩いていると、突然目の前が真っ暗になった。
「……兄さん、起きて。もうご飯の時間だよ」
耳元で囁かれる少女の声で目を覚ますと、なぜだか柱に括り付けられていた。
目の前には食事が置かれた懸盤(かけばん)がある。しかし、両手が後ろで縛られているのでその食事に手をつけることはできない。
そしてこの意味不明な状況を作ったのは隣で微笑んでいる俺の妹、亜叶(あかね)で間違いないだろう。
「何がどうしてこうなってんの?」
「兄さんが歩いていたから、首の後ろをトンッってやったら気絶しちゃって……」
「いや偶然の出来事みたいに言うなよ。亜叶の腕力でトンッってやったら、俺が気絶することくらい分かるだろ」
「えー、あれで気絶するなんて兄さんが弱すぎるんだよ」
確かにこの家では弱いのかもしれない。でも兄さん納得できないよ。
亜叶は体も小さくて、薔薇の花弁の様な赤い着物、そこから見える茨みたいに細い腕。いかにも少女らしい顔立ちに、可愛らしいおかっぱ。そして何より超かわいい。
そんな2歳年下14歳の少女から放たれるトンッで気絶する、俺がおかしいのかもしれない。それでも兄さん納得できないよ。
「それにどうして俺縛られてるの?」
「だって兄さん弱すぎてお箸持てないでしょ。だから代わりに食べさせてあげる」
「いや流石にそこまで弱くないよ。お箸持てなかったら、日常生活大変だよ」
「じゃあ持ってみてよ」
「無理だよ……この箸なにで出来てるかしらないけど、めちゃくちゃ重いんだもん。木で良くない? 兄さんいつも木の枝で作ってるよね。あれ、いつもどこに消えるの」
「あんなすぐ折れるお箸駄目よ。襲われた時、なにで戦うの」
「あこれ武器か。みんな武器で食事してたのか。その発想には至らなかったよ……」
「もう! 兄さんったら」
ああ……笑ってるよ。ここの人達とは価値観が違いすぎて、話が合わない。
というか亜叶は、俺といる時いつも口元が笑ってて怖い。なんかネコ科の動物が、獲物を狙う時に口角を上げるやつに近い気がする。
「それより兄さん。ご飯冷めちゃうよ。早く食べないと」
亜叶は鉄っぽい何かで押し固められた超重い箸を軽々と持ち、だし巻き卵を持ち上げた。そしてそれをなぜか自分の口に運んだ。
「え、それ俺の食事じゃ……んぐっ」
そっか……口移しか。
それは流石に予想外だったよ。
亜叶は唯一の年下だったから、かなり可愛がってきたつもりだ。でも未だにこの娘の考えていることが読めない。もしかして毒味のつもりかな。だったら最初の一口だけ食べればいいって教えてあげたいけど、口が塞がってるからそれも出来ない。
「んんっ」
亜叶の口から喘ぎ声らしきものが漏れる。
あ、なんかこれキスっぽいかもしれない。ってかキスだわこれ。よく考えたら亜叶とは血が繋がってるわけでもないし、なんかすごく興奮してきた。
あと今更だけど、俺すごい細い針金みたいので括り付けられてたわ。すごい食いこんで痛いし、亜叶の意味不明な行動になぜか興奮するし。
……やめて! なんかやばい! 目覚めちゃう!
何かに目覚めそうな俺だったが、食事が終わっても結局なにも変わらない最弱なネズミくんのままだった。
今日の亜叶の行動を思い返しても、やっぱりここの人たちはどこかおかしいと思う。早急に抜け出そう。
ーーーーーー
今日はやたらと寝付きがよくて、しかも超最高な夢を見ていた。
でも目が覚めた。尿意には勝てなかった。
厠(かわや)に向かい、少し冷えた廊下を歩く。すると灯の灯った部屋があった。
中から俺の名前が聞こえたので、聞き耳を立てる。
部屋では俺の兄弟達3人が、なにやら話してるようだった。
「兄さんが弱すぎて心配だわ……。今日の訓練では危うくお父様に斬りかかられそうになっていたし」
そう話す亜叶に「そうだな」と相槌を打つのは俺より3つ年上の刀吾(とうご)兄さん。
刀吾兄さんは髪は逆立ち筋骨隆々。はだけた着物からは無数の傷が見える。見た目も当主に似ていて蛇嶋の血を強く引いているのが見て取れる。
「確かにー、このままだと怪我しちゃうかもー」
そして、この緩い喋り方をする女性が深夜子姉さん。2つ年上の緩い感じのお姉さんで、髪もゆるふわで、着物もゆるっと着こなす。あとまぁなんというか、俺にはあまり関係ないと言うか、特に言及する必要もないけど、あえて言うなら胸がでかい。あえて言うとね。
この3人はいつも俺を心配してくれる。それは俺が弱いからで、そんな俺を守ってくれようとしている。
「私ね。いい考えを思いついたの」
どうやら亜叶には妙案があるようだ。
「兄さんの両手両足を切り落として、一生私の側に置いておけば安全だわ」
本当に妙なことを考える妹だ。
「おお! それはいい考えだ!」
よくない。
刀吾兄さんは正義感が強いってこの家では言われてる。だからすごくキラキラした目で意見を言うんだ。
でもこの家族の方向性は、大抵正義からかけ離れたものだと思うんだ。
「別に手足を切り落とさなくてもいいと思うわー。何よりネズミくんがかわいそうだしー」
そうだ可哀想だ。
流石、深夜子姉さんだよ。優しい意見をありがとう。
「じゃあ、姉さんにはなにか案があるのかしら」
「そうねー。私のお部屋なら安全よねー」
「そうだね! 深夜子の部屋なら絶対出られないしな!」
流石、深夜子姉さんだよ……。
僕は姉さんがこの中でトップクラスにやばいことを身をもって知っていたよ。
姉さんの部屋に入ったら最後、多分もう一生出られない。
「姉さん。それは駄目。お婆様が亡くなった今、結界から兄さんを連れ出せる人がいないわ」
それの何が問題があるのかという顔をする深夜子姉さん。この会議自体が問題だよ。
そしてそれに対して苛立ちを見せる亜叶。いや苛立ちじゃなかった。武器持ってるから殺意だわ。血の繋がった家族に暗殺道具向けちゃ駄目だよ。
「今回も話はまとまりそうにないな! とりあえずネズミくんをどう守るか会議第87回は、ここまでにしよう」
この会議そんなにやってたのか。
不毛どころか目的と逆の方向に向かってるよ。ミイラ取りがミイラと一緒に襲って来たら誰も対処できないよ。
やっぱりここの人達はおかしい。脱走の計画とか悠長なこと言ってられない。
今すぐここを抜けださないと、明日には死んでるかもしれない。
そうして僕は何も考えず、ここから逃げ出した。
ーーーーーー
行けたわ。
なんか出れた。
蛇嶋の屋敷も夜は警備が手薄だった。
「兄さん待って」
見つかってたわ。
一番面倒なやつに見つかってた。
「町に行くなら私も一緒に行くのに」
しかも付いて来る気だわ。
蛇嶋から逃げるつもりが、ひとりついてきたわ。
まぁいいか。
もうなんでもいいからここから逃げよう。いろいろ深く考えるのは後にしよう。
そうして俺と妹の旅的な、なにかそういった感じのやつが始まった。