【疾走詩人】ゴブリンスレイヤーRTA 精霊使いチャート   作:神楽風月

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水の都の小鬼殺し【裏】

「どうぞ、町まではゆっくりお休みください」

 上の森人(ハイ・エルフ)たちの馬車に乗りこむと、今までに積み重なった疲労がどっと現れた。

「にしても、オーガめに【恐怖(フィアー)】を通すとはの」

 やりおるわい、と髭をしごいて鉱人道士が言う。

「珍しいじゃないか鉱人。森人を褒めるとか。明日は槍……いや、斧か鎚の雨かな?」

「わしだって褒めるときは褒めるわい」

 せっかく褒めてやったのに、と渋面を作る。

「まぁ……実際のところはけっこう賭けでね。愛しい人に背中を押されてなかったら、けっこう危なかったかな」

「その、愛しい人、ってなんじゃい」

 そいつは精霊か? と。

 精霊使いの中には都市に適応した者もいる。しかし、多くの精霊使いは石畳や街灯に精霊を見出すことはない。だからこそ、鉱人道士が見えない精霊がいたとしても不思議ではないが……。

「さあ?」

「さぁって、お前さんなぁ……」

「いくら頼れる綺麗なお姉さんだって、わからないことくらいあるさ」

「言いたくない、の間違いじゃないの?」

 唐突に妖精弓手が割って入る。

「……君も大概、好奇心が旺盛だね? お姫様」

「だってそんな感じがするもの。あんた白粉塗ってそう(ダークエルフみたい)とか言われたことあるでしょ?」

「それを言ったら戦争だぜ????」

 

 

「――……というわけでね、僕とお姫様は今、ちょっとした戦争中なんだよ。味方を増やそうと剣士くんに声をかけてみたんだけれども、どうやらすでにお姫様の手のひらの上らしい。腐ってもお姫様は上の森人(ハイ・エルフ)だからね。男の子はすぐ参っちゃうんだ」

「お、おう……」

 手伝ってもらっている手前、なんとも言い難い。新米戦士もまた、彼女に白粉疑惑をかけている者の一人だ。

「君も気をつけたまえよ? 男はすぐ鼻の下を伸ばして美人についていくんだからね!」

「あ、はい。そうですね」

 物探しの蝋燭を手に持つ、見習聖女は半分聞き流している。ギルドで暇そうに代筆業をやっている彼女に時折捕まっては聞かされるのろけ話でお腹いっぱいだからだ。

「昨日なんて、彼ってば僕の分身ばかりを可愛がるんだ……いやさ? 確かにどちらも僕ではあるんだ。でもね? ここはちゃんと本物の僕を可愛がるべきなんだよ! どうして自分でネトラレ気分を味わわなきゃいけないんだ。まったく彼は嗜虐的だ……そこがいいのだけれども! 僕ぁ全身を被虐的に改造されてしまいそうだよ!」

 しかも問題の相手は誰も見たことがないのだから、妄想の類では? とも考えている。

「聞いてるかい?」

「聞いてる聞いてる」

「ちょー聞いてます」

 いざというとき以外、手を貸さない約束ではあったが……口出しも、もう少し勘弁してもらえばよかったと、二人は今さらながら後悔する。

 

 

「で、お仲間は増えたのかしら?」

「ほんと腹立つなその笑み」

 険悪そうに仲良くじゃれ合う森人二人を、女神官はあいまいな笑みを浮かべて見守ることにした。お互いに憎くて嫌いあっているわけではないのだ、と。

 まだ昼間のギルド内は、気の早いやつらの酒盛りでにぎわっている。戦闘時を除けば、もともと冒険者に昼夜の別はない。そして詩人たちも、その気の早いやつらの一味であった。

「ところで、その、ゴブリンスレイヤーさんは?」

「なんかさっき、手紙を持って受付さんのところに歩いていったよ? あれは恋文だぜきっと」

「こ、恋文っ!?

「そうさ。そりゃもう、熱烈なファンレターで」

「ゴブリンを退治してくださーい、ってか?」

「そうそう。よくわかってるじゃないかよ鉱人のくせに」

「あれれ? なーに焦っちゃてたのかなー?」

「そ、そんなんじゃありませんっ!」

 このこのっ、と妖精弓手にからかわれ、女神官はぷいと顔を反らした。

 そのたまたま逸らした視線の先に、ゴブリンスレイヤーがいる。

「あ、ゴブリンスレイヤーさん」

 こっちです、と手を振り招く。

「ゴブリン退治だ」

 こいつの言葉はいつもこれだ。それ以外は「ああ」とか「そうか」とか、そのくらいしか聞いたことがない。

「報酬は一人金貨一袋。来るのか、来ないのか、好きにしろ」

 どっかと腰を据えたゴブリンスレイヤーは、短い言葉でそう締めくくる。

「……だいたい、わかりました。わかっていたつもりですけど、わかりました」

 こめかみを押さえて、女神官は頷いた。

「あなたの行動にいちいち驚いていては身が持たないということが」

「今さらかい」

「そうか」

「律儀だねぇ君も、わざわざ答えるとか」

「前にも言いましたが、選択肢があるようでないのは、相談とは言いません」

「選択肢はあるだろう」

「一緒に行く行かないは選択肢とは言いませんっ」

「そうなのか」

「そうなんです」

「……ふむ」

「そこで不思議そうに首を傾げるところが君らしいよね」

「そうか」

「てか、行かないって言ったら一人で行くつもりだったでしょ?」

「当然だ」

「だろうね」

「ま、わしらにも相談するだけ、かみきり丸も柔らかくなったものよ」

「良き傾向でありましょうな」

「では、私たちも好きにします。ついていきますね」

「構わん」

「小鬼たちは数が多い……呪文使いも多いほうが良いでしょうな」

「詩人さんもそれでいいですよね?」

「そもそも僕は、いつだって好きにやらせてもらっているよ」

 投石杖に吊るした天鵞絨の布を揺らして、ふふんと笑う。

「まぁそれでオーガをやっちまうんだから大したもんじゃが……」

「あんたもたいがい、オルグボルグに毒されているわよねぇ」

「失礼だね。僕は生まれてからずっとこうだよ」

「そっちのほうが問題がありましょうや、と拙僧は思うわけですが……いや、言っても仕方のないことですかな」

「本当に失礼だね?」

「言っておくけど、あんたたち、ゴブリンに火責めを使うとか、禁止ね」

「どうして僕を含めるのかな?」

「駄目よ」

「聞いてる?」

「水責めもですよ?」

「水もか」

「ねえ?」

「毒気もなし!」

「毒もか……」

「僕の扱い、ひどくない?」

「当たり前でしょ?」

「ちょっと????」

「しかたあるまい……」

 どこか気落ちしたように、ゴブリンスレイヤーが言葉を返した。

 

 

「大きかったね」

「不謹慎ですよ」

「いや、だって、ねぇ? だろう? お姫様?」

「なんで私にふるのかしら?」

「つれないこというなよ。僕ら仲良し金床同盟だろう?」

「あんた、私たち戦争中だとか言ってなかったっけ?」

「新しい敵が出て来たら同盟を組むのは当然じゃないか」

「敵ではなかろうに」

「ははは」

 人を喰ったように笑う。

「それにしても、ずいぶんゴブリンがいるものだね。持つかな、僕の石弾(ストーンブラスト)

「そりゃ石弾(ストーンバレット)じゃろが」

「ははは。十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ?」

「マネしないでよ」

「がっはっは、似とる似とる!」

「似てないってば」

 妖精弓手がゴブリンに突き刺さった矢を回収する。

「言っとくけど、ゴブリンの矢は使いたくないからだからね。別にオルクボルグのマネじゃないんだから」

「うんうん、分かってる分かってる」

「本当にわかってる?」

「だから僕のこれも、別に君やゴブスレくんのマネじゃないんだから、なんてね」

 言って、まだ使えそうな石弾を拾い上げる。幸運にも、そこそこの数を回収できた。

「それにしても、気が滅入ってくるよ。もう五回目だろ? ゴブリンとの戦闘」

「気が抜けないわよねー……」

「迷宮都市の冒険者なぞは、これが日常だと聞きますがな」

「まったく、いつまで続くんだか……」

 屈強な蜥蜴僧侶ですら、思わず愚痴を漏らすほどだ。女神官も、その表情に緊張の色が濃い。足取りも、どこか不確かだ。

「ここは石壁だ。壁を抜いての奇襲はないだろう」

「……嫌なことを思い出させないでください」

「悪かった」

「これだけゴミが多いなら、臭い消しは必要なかろ」

「……嫌なことを思い出させないでくださーい」

 妖精弓手が女神官のマネをして答える。

「……ん」

 不意に彼女はその長耳をせわしなく上下に動かし、点を仰ぎ見た。

「なんか変な感じが――……地下水路で、雨?」

「多分雨が降っとるのは上だの。排水溝だの運河だのから、こっちに回ってくるんじゃ」

「水が溢れないといいけれど」

「光源が消えればこちらが不利だ」

 ゴブリンスレイヤーは忌々し気に松明を捨てて、角灯(ランタン)を取り出す。

「角灯のほうが両手が空いていいんじゃないかい?」

「割れたらしまいだ。松明なら武器になる」

「なるほど。君はやっぱり、おもしろいね」

「そうか」

「うん。考え方が、愛しい人に似てる」

「なっ」

 女神官が声を上げて、

「へぇ」

 にやにやと、妖精弓手が詩人を見つめる。

「あんた、ああいうのが趣味なの?」

「冗談。彼のほうがずっとずっといい男だよ? イケメンかどうかと言われると、怪しいけれどもね」

「して、それは実在するものなのですかな? 詩人殿」

 拙僧ら、同じ宿とはいえ一度もお会いしたことがなく……と問う。

「毎晩会ってるさ、夢の中でね」

「それは妄想の類では?」

「夢魔の類かもしれんぞ」

「ははは。そしたら僕は、とっくの昔に枯れ果てているさ」

 

 

「――何かくるわ」

 長耳が世話しなく上下に動くと、妖精弓手が矢筒に手をかけた。

 雨の向こう側、水煙が薄く靄となった水路の彼方へと、全員が目を凝らす。

「ゴブリン!」

「の!」

「船!?」

 次の瞬間、船上のゴブリンは手製の弓を弾き絞り、放つ。降り注ぐ藪須磨はてんでバラバラではあるが、雨のごとく狭い空間を覆い尽くす。

「≪いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください≫……!」

 女神官の【聖壁(プロテクション)】がそれを遮った。

「あまり長くは……!」

「十分だ」

「どうするの?」

「決まっている、いつもと変わらん。ゴブリンどもは皆殺しだ」

「なら僕にお任せあれ、だ」

「言っとくけど!」

「火攻めはダメ、だろう?」

 そんなことしないさ、と投石杖をしっかり握り、構えた。

「≪ウェントス()……クレスクント(成長)……オリエンス(発生)≫」

「風で吹き飛ばすって訳ね!」」

 そして、にやり、と。詩人は投石杖を握っていない左手を、下から上へ。

「【突風(ブラストウィンド)】!」

 魔力の風が水路の水を巻き上げる。それは大津波となってゴブリンの船を襲い、あっというまに乗っているゴブリンごと波間の藻屑にしてしまった。

「どやぁ!」

「水攻めもダメって言ったわよね!?」

「水攻めじゃないよ。船の上に乗っているゴブリンを攻撃しようと思ったら、ちょっと呪文を紡ぐのに失敗したんだ。そよ風が吹くよりマシだろう?」

「なるほど」

「あんたも納得しないの! どうせこいつのことだから、適当言ってごまかしてるだけなんだから!」

「そうだな」

「ちょっと??」

「ゴブリンを殺したのだからどちらでも構わん」

「僕が構うよ???」

 鉱人道士が「勘弁してくれぃ……」とぼやいて、酒瓶の栓を抜いた。

「白粉のがやんちゃするのはいつものことじゃろ」

「ははは、白粉って言ったの許さないからな?」

「とにかく……少し休みませんか? みなさん、ちょっと消耗しているようですし……」

「いや」

 ゴブリンスレイヤーが首を横に振る。

「すぐに動くべきだ」

「同感ですな。手早くことは終わらせましたが、小鬼めらずいぶん騒々しく沈みましたからな。雨で音が妨げられているとはいえ……」

 他の者が感づいているやも知れぬ。その言葉が続くことはなく、ぱしゃり、と水の跳ねる音がした。

「……小鬼から逃げて狼に捕まるのはゴメンよ」

「ずいぶん古いことわざをもってくるじゃないかお姫様」

「なんか来たわよ白粉森人!」

「おまえお姫様とはいえ限度があるからな!」

 二人の長い耳が上下に揺れる。

「ゴブリンか」

「ちっげーよ!」

 その焦り具合に身がまえた冒険者たちは次の瞬間、濁った水から突きだす巨大な白い顎を目撃した。

「AAAAARIGGGGGG!」

 冒険者たちはなんの躊躇もなく戦略的撤退を選ぶ。

「あれはゴブリンではないな……」

「見れば分かるでしょ!?」

「君はじつに馬鹿だな!」

「まさか沼竜がいるなんて……!」

「鱗の! あれはお主の親戚じゃろ!?」

「あいにくと拙僧、出家してよりこのかた親戚づきあいなどないもので!」

「鉱人を食べさせてその間に逃げましょう! きっと食あたりを起こすから!」

「賛成だぜお姫様! 鉱人には寄生虫がうじゃうじゃいるそうだからね! 圃人がいたら美味しく料理しちゃいそうだけど!」

「ぬかしおる!」

「前からもなにか来る――またゴブリンの船!? それも複数!!」

「あんまり僕走りたくないんだけど! 今度は【霊壁】で燃やしてやろうか!?」

「燃やすってあんたねぇ――!」

「……この先に脇道はあるか?」

「ちょっと!? 何を思いついたのか知らないけれど、毒気とか燃やすのとかは……!」

「しない」

 

 

 目の前でゴブリンどもが沼竜の腹の中に消えていく。その沼竜の尻尾には、女神官の唱えた【聖光(ホーリーライト)】がかけられていた。

「やつら、沼竜を冒険者と勘違いしよったわ」

「奴らは、冒険者明かりをつけて移動するもの、と学習している」

「そうなの?」

「そうだ」

専門家(ゴブスレくん)の言うことだし、そうなんだろうね」

「調べて、研究したからな」

「なるほど」

「毒気も、火攻めも、水攻めもできないのであれば、この程度が関の山だ」

「十分でしょ」

「……気に食わん」

「何よ、切り抜けられたからいいじゃない」

「違う」

 忌々しいとばかりに履き捨てる。

「奴らは略奪民族だ。ものを作るという発想自体を持たん」

「つまり?」

「奴らは船に乗っていた」

「……誰かが船について小鬼ばらに教えた、っちゅうことか」

「でも、それだけならまだ、シャーマンとかが、思いついたのかもしれませんし――」

「かもしれん。だが、奴らがここで自然に増えたのだとすれば、なぜあの……なんだ」

「沼竜ね」

「そうだ。アレの存在を知らないのだ? 知って居れば、船を用いるなどとは思わんはずだ。奴らは、臆病だからな」

 ふぅーん、と詩人は考え込む。

「人為的な小鬼禍(ゴブリンハザード)、とでも言いたいのかな? 君は」

「そうだ」

「マジかよ……」

 詩人はため息をついて、頭を抱えた。

「君とのゴブリン退治は、いつも何かしら裏がある気がしてくるよ」

「俺のせいではない」

「そうだろうけども……」

「いずれにしろ、準備が足りん。呪文も消費した……なら、戻るぞ」

 ゴブリンスレイヤーがした一時撤退の提案に、誰も否とは答えなかった。

 

 

「で、それは何なわけ?」

 翌日、再び地下へ降り立った妖精弓手は、腰に手を当てゴブリンスレイヤーを見やる。

「……? 鳥を知らんのか」

「知ってるわよ!」

「カナリアだ」

「だから、知ってるってば……」

「たぶん、どうして小鳥を連れてきているのか、知りたいんじゃないかな?」

「だって小鳥よ? 気にならない? 例の巻物(スクロール)みたいに、触ったら大参事~とかじゃないでしょうね?」

「小鳥が人を殺せると思うのか」

 妖精弓手の耳が大きく跳ねて、鉱人がくつくつと笑いを漏らした。

「カナリアは少しの毒気で騒ぐんだって、愛しい人が言っていたよ」

「よく知っているな」

「彼の故郷では有名な話でね。とある邪教徒が、地下道で毒気を使った事件があったんだって」

「ちなみに小鬼殺し殿は、どこでその知識を?」

「炭鉱夫だ。世の中、俺の知らない知識を知っている奴のほうが多い」

「そうともそうとも。だから君も、もう少しみんなと会話をするべきだぜ?」

「しているじゃないか」

「君のそれは会話とは言わない」

「……そうか」

「じゃあ、油断しない範囲で、なにか適当に話しながら行こうか」

 詩人は杖の先で、地下の奥を示した。

 

 

「――ねぇ、下着って必要あるのかしら?」

「急に、何を言いだすんだい。お姫様」

「前にオルグボルグに聞いたけど、『俺に聞くな、詩人でも聞け』って」

 カナリアの籠を手に、先頭を進むゴブリンスレイヤーを睨む。

「……僕は、時と場合によるけれども、必要だとは思うな」

「えー?」

「下着姿で寝ると喜ぶんだよ、彼」

「あんたギルドで淫乱白粉森人って呼ばれてるの、知ってる?」

「誰だそんなこと言いだした奴は!」

「知らないわよ……」

 いつの間にか呼ばれていたんだから……などと言い合っていると、閉ざされた巨大な木製扉の前につく。

 明らかに、なにがしかの魔術がかかっている扉だ。この湿気の多い地下で、腐りも痛みもしていない。劣化しているのは鍵穴くらいのものだからだ。

「まずはこの部屋、ですね」

「頼んだぜお姫様」

「はいはい、っと……鍵はかかってないわね。罠もなさそう。本職じゃないから、恨まないでよ?」

「白粉って言ったことだけは恨むけどな!」

「行くぞ」

 ゴブリンスレイヤーが玄室の扉を蹴破る。

(ゴブリン)が出るか(デーモン)が出るか。ああ、幽霊(ゴースト)かもしれないけれど……」

「見て!」

「なんてひどい……!」

「……現れたのが囚われの騎士とは、さすがの僕も驚きだよ」

 玄室の中央、そこで晒しものにされているかのように、大きく両手足を広げた誰かが縛り上げられている。ぐったりとうなだれているその人物は、長い金髪の女性であるらしい。くすんだ色の金属鎧を纏っていた。

 女神官はさっと囚われの女騎士へと駆け寄ろうとして、

「な、何です?」

 ゴブリンスレイヤーに引き止められる。

「見ろ」

 言うや、その女騎士の髪がずるりと落ちた。

「これは……!」

 そこに、白骨となった髑髏があった。頭に大きな穴が開いている。おそらくは、頭を殴られて殺されたのだろう。してやられたと思った瞬間、背後で玄室の扉が閉じた。

 

 

 金糸雀がけたたましく騒ぐ。

「毒気……!」

 玄室の隙間から、扉の向こうから、ゴブリンどもの甲高い嘲笑が聞こえる。無駄なあがきだと、悪辣な考えの詰まった小さな怪物たちがあざ笑う。

「ダメ、他に出口は見当たらない!」

「これはいかぬな、一網打尽とされてしまうぞ」

「毒気で死ぬとも限らんが、碌な目にはあわんじゃろうな……」

「落ち着け。俺たちはまだ、生きている」

「そうさ。こんな時こそ、お姉さんにお任せあれ、だ」

「手があるのか?」

「あるともさ。一手くれよ」

「分かった」

 ゴブリンスレイヤーは、頷くように雑嚢を漁る。一手くれと頼んだ彼女の鼻先に、取り出した黒い塊を突きつけた。

「これは?」

「手拭いで包んで、口と鼻を覆え」

「これは――なるほど、炭かい」

「知っているなら早くしろ。多少は毒気を防ぐ」

「用意周到だね」

「毒気がわかっても、防げないのでは意味がないからな」

「なるほど。カナリアを連れていただけはあるわけだ」

「急げ」

「はいはい」

 手ぬぐいに炭を包んで口元を覆う。ゴブリンスレイヤーは全員分用意してあるとばかりに、雑嚢からさらに布と炭を取りだして行く。

「拙僧も手伝おう。あまり毒気は効かぬ故」

「頼む」

「急げよ白粉の!」

「ほんっと許さないからな!?」

 詩人は投石杖を握りしめ、構えた。

「≪クラヴィス()……ノドゥス(結束)……リベロ(解放)≫」

「ほぉ?」

 その真に力ある言葉(トゥルーワード)を知る鉱人道士は、面白い術を使う、とばかりに口の端を釣り上げた。

「【解錠(アンロック)】!」

 かんぬきをかけられたかと思った扉が、ばん、と力強く開かれた。

 扉の先で騒いでいたゴブリンが、何が起こったのかが理解できていないようにきょとんとしてこちらを見ている。

「なによあの数!?」

「奥になんかデカいのがいるぞい!」

「予想通りさ!」

「≪ウェントス()……クレスクント(成長)……オリエンス(発生)≫――!」

 詩人の分身が、今度は【突風】の呪文を紡ぐ。紡がれた呪文は狭い部屋を荒れ狂い、毒気を流し込んでいた隙間や、大きく開かれた扉を潜り抜け、そこにいたゴブリンどもをまとめて吹き飛ばした。

「ふふん、どやぁ。これがお姉さんの実力だぜ?」

「ふつう自分で言う……?」

「いやはや。詩人殿は風の呪文に関してなら、右に出るものはおりませぬな」

「ほんっと、悪知恵は働くわよねぇ。ふつうこんな使い方しないでしょ?」

「しないのか?」

「するよねぇ?」

「あんたらの基準でものを語らないでくれる?」

 

 

 そこはさながら、礼拝堂のような場所であった。

 石櫃の奥から続く階段を下り、その末端から登りに転じた、その果ても果て。小ぢんまりとした室内には石から掘り出された長椅子が並び、奥には祭壇。そして水面のごとく奇妙に揺らめく、姿見のような大鏡が壁に埋め込まれて掲げられている。

 まるで神殿、あるいは聖域と呼ぶべきだろうか。

 そこに、先ほど逃がしたゴブリンが集まっている。チャンピョンは傷を癒すためか、座りこんでよくわからない草やらをゴブリンに持ってこさせ、口の中に放りこんで数回噛んではそれを傷口に張りつけていた。

「なん、です、か。あれ……」

 しかしそんな様子よりも、なお目を引くのは玄室の中央に鎮座する怪物だ。

「ゴブリンではないな」

「君はじつに馬鹿だな。見ればわかるだろ?」

「わかんない……けど、目玉、だと思う」

 床からわずかに浮遊し、幾何学的な瞳をぎょろりと血走らせている。その眼球をつつむ瞼と形容すべきか、そこから幾本かの触手を生やし、その触手の先にもまた小さな眼球があった。

「見るからに混沌の眷属でありましょうや」

「なんか知っとるかいの? 白粉の」

「温厚な僕だってマジで怒るんだかんな?」

 詩人はその怪物の姿をまじまじと見る。

 まさに目玉の怪物としか形容のしようがない。詩人はその怪物を「知らない」と言おうとして、はたと思いだす。

「そういえば、なにかで読んだことがあるな……」

「ほう」

「……邪眼の怪物だ。名前を呼んではいけないたぐいの」

「名前なぞ、大目玉でかまわん」

巨大な目玉の怪物(ビック・アイ・モンスター)、略して大目玉(ベム)ってのはどうじゃ?」

「いい名前があるぜ? 睨みつける者、だ」

「変な名前をつけないだけマシね」

「土下座衛門でもいいぜ?」

「なんで変な名前にするのよ」

「ははは。……冗談はさておいて。どうする? 睨まれると呪文が使えないぜ?」

「ええっ!?」

「おいおい、わしらは石でも投げとけっちゅーことか?」

「視界を遮ればいい」

「魔法の視界を得る邪眼を持ってるからね。壁を出そうにも、しまいにゃ分解光線さ。喰らったらチリも残らないね」

「なんちゅー怪物じゃ……」

「名前を呼んではいけないヤツだからねぇ……」

 さてどうする、と。

「手はあるのか?」

「なくもないけど」

「何をすればいい?」

「呪文を使うから、アイツにこっちを向かせないでほしい」

「分かった」

 ゴブリンスレイヤーが妖精弓手を見る。

「頼む」

「え、私? いや、まぁ確かに私が一番身軽だけども……えぇ……?」

 あの群れの中に突っ込むの? と。

「俺も囮になる。分散するぶん、多少はマシだろう」

「マジで頼むわよぉ……?」

「わしは白粉の嬢ちゃんを守ればええんじゃな?」

「拙僧はいかがいたしましょうや」

「竜牙兵を。ゴブリンを倒す手が足りなくてね。あと、あいつを逃がさないようにしてくれれば」

「あの、私は?」

「【聖壁】で、ゴブリンの足止めかな」

「なるほど、なるほど……オーガと同じ末路にするつもりですな?」

「端的に言うとね」

「ちょっと、本当にうまく行くの?」

「大丈夫。たぶんね」

「たぶん、ってあんた……」

「デーモンだろうがなんだろうが、生き物だもの。根源的な恐怖には敵わないものさ。それに知っているかい? 蝗の群れは悪魔の王の化身とも呼ばれるんだぜ? 自分らの親玉が来たら、恐ろしいものさ」

「本当に?」

「愛しい人の国ではね」

「デーモンの世界でそうなのかは不明じゃん!」

「ははは」

 適当なことを話して誤魔化しているようにすら思える。

 だが彼女なら、何とかしてくれそうだ、という信頼もあった。

「それじゃ、いくぜ?」

 精霊使いの鞄から、詩人は蝗の死骸を取り出した。

 それを合図に、妖精弓手とゴブリンスレイヤーが玄室へと躍り出た。

「こっちよ!」

 妖精弓手は大目玉めがけて弓を射ると、自分を向いた大目玉の視線を大きく避けるように玄室を疾駆し、

「お前らの相手は俺だ!」

 ゴブリンスレイヤーは剣を投擲し、ゴブリンチャンピョンの気を引く。

「≪禽竜(イワナ)の祖たる角にして爪よ、四足、二足、地に立ち駆けよ≫」

 蜥蜴僧侶は奇妙な合掌とともに【竜牙兵】の詠唱を始め、

「≪黒蝗の王(パズズ)よ、太陽の子よ、恐れをと怖れを従えて、風に乗りて参られませ≫――!」

 詩人は精霊に語りかけ、蝗の死骸を投げつけた。

「【竜牙兵(ドラゴントゥースウォリアー)】!」

「【恐怖(フィアー)】!」

 死骸のはずの蝗が羽ばたき、増え、群れなし、大目玉らに襲い掛かる――!

 

 

「――BEEEHOOOLLLLL!」

「なんかめっちゃ叫んでる!?」

「あれどこから声が出ているんだろうね」

「知らないわよっ!!」

「ははは」

「笑ってる場合!?」

「冗談冗談」

 投石杖に石弾(ストーンバレット)を装填する。

「けど効果はあったわけだ。僕の狙い通りに、ねっ!」

 大きく杖を振るうと、石弾が勢いよくゴブリンの頭部へと飛んでいき、その頭蓋を砕いて赤い花を咲かせた。

「逃げるので必死になっておりますなぁ」

「なんじゃ鱗の! 逃げ首は恥とかいうんじゃあるまい?」

「まさか! 竜とは恐れられるものなれば!」

 蜥蜴僧侶の持つ竜牙刀(シャープクロー)が、逃げようとする大目玉を切り裂いていく。念のため目玉を潰しながらの攻撃であるようだが、いくら目玉をつぶされようが、そいつは逃げることだけで頭がいっぱいのようだ。もっとも、頭がどこにあるのかは分からないが……。

 

 

「さぁ、最後の大掃除だぜ! ≪ウェントス()……クレスクント(成長)……オリエンス(発生)≫――【突風】!」

 ごう、と玄室に突風が吹き荒れる。まるで嵐のごとく、逃げようとしたゴブリンどもをまとめて薙ぎ払い、巻き上げ、空高く吹き飛ばす。ほんの5mほどの高さだが、墜落したゴブリンどもは残らず、床に真っ赤な血の花を咲かせて絶命した。

「ま、こんなものかな?」

「お疲れ様です」

 【聖壁】の維持を解除して、女神官が労う。

「うぇえ……気持ち悪いよぉ……」

 そして、ぶちまけられたゴブリンの血をもろに被った妖精弓手が、ぐずぐずとすすり泣いていた。今回は血まみれになる必要はないとばかり思っていたところへの、完全なる奇襲を受けた形となる。

「ああ、ごめんね。お姫様?」

「あんたわざとでしょ!?」

「僕を疑うのかい? この目を見てくれよ、お姫様には、とてもそんなこと思っているように見えるのかい?」

 わざとらしくキラキラと潤ませた瞳を向ける。

 分身と一緒に、だ。

「あんたほんっと性格悪いわね!?」

「失礼だな。僕は褒められたことしかないね。君はいい性格をしている、って」

「このタンポポ食い!」

「ははは。何とでもいいたまえ」

「白粉森人!」

「お姫様だろうが絶対に許さないからな!?」

「じゃれ合うのは後にしろ」

「「じゃれてない!」」

 ふぅ、と面倒くさそうにゴブリンスレイヤーがため息をついた。

「さて、小鬼も混沌の眷属も倒したとなれば……気になるのは、これですな」

 祭壇に据え付けられた巨大な姿見のような、鏡だ。

 表面は水面のように揺らめいて、奇妙な反射を繰り返している。

「御神体か何か……でしょうか?」

「分かるか?」

「いくら物知りな僕だって、知らないものは知らないよ」

「そうか」

 女神官が、身を乗り出して祭壇へと近づく。

「うかつに触れるとマズいのではありますまいか?」

「とはいっても、調べないことには……」

「わしらン一党にゃ、斥候(スカウト)だの盗賊だのおらなんだからなぁ」

 と、女神官の白い指先が、柔らかく表面を撫でた瞬間であった。

 とぷん、とわずかにその指先が鏡に沈んだのである。

「……っ!?」

 思わず指をひっこめると、鏡面が水面のごとく波打った。

「おいおい……こりゃあ」

「知っとるのか?」

「≪転移(ゲート)≫を作りだす古代の遺物じゃないか」

 ややあって、鏡面が奇妙な光景を映し出す。どことも知れぬ、異様に乾いた碧の砂が敷き詰められた荒野。不気味に澱んだ夕焼けに黄ばんだ太陽がぎらぎらと煌いている。

 なにより得体のしれない粉ひき機のようなものを懸命に動かすいくつかの人影――

「ゴブリンか」

 ゴブリンスレイヤーが呟いた通り、そこにはゴブリンどもがいた。

「父さんに聞いたことがある……あれは成金冒険者一党の冒険で、混沌の魔術師が」

「そんなことはどうでもいい」

「聞けよ、僕の話」

「ゴブリンの住処だ」

「つまりは、誰かがコレでゴブリンを呼びよせて――……」

 妖精弓手が怖れるように後ずさる。

「どうするんだい?」

「決まっている。ゴブリンは皆殺しだ」

「いや、鏡のほう」

 詩人を始め、彼ら冒険者には使い方こそ分からない。だが、これを自在に使いこなせるようになれば……一体どれほどの価値が生まれることだろう?

「ゴブリンに奪われてまた利用されても敵わん。コンクリートででも塗り固め、水路に沈める」

「マジかよ。もったいないなぁ……」

「ゴブリンどもに使われるよりはマシだ」

 ゴブリンは皆殺しだ、とばかりに。

 ゴブリンスレイヤーは剣を抜いた。

「……めんどくさいからまとめて【突風】で薙ぎ払ってもいい?」

「いや……なら【使役(コントロール・スピリット)】だ。火の精霊を呼べ。【熱波(ヒートウェイブ)】であのおかしな装置ごと焼き払ったほうが早い」

「それもそうか」

「いや、あんたら……私火攻めはダメって言ったわよね?」

「火攻めではない」

「精霊術だからね」

 妖精弓手は、思わず天を仰いだ。

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