【疾走詩人】ゴブリンスレイヤーRTA 精霊使いチャート 作:神楽風月
それは多くの若人が冒険者となることを決意する、初春の朝のことだ。
この辺境の街でも例外ではない。乗合馬車か、徒歩か、そこまでは分からない。しかし故郷を後にした多くの若人がギルドへの登録を行いに並ぶ。通常の業務と並行してこなそうものなら、いくつかの春を経験しもはやベテランの域となった三つ編みの受付嬢でさえ疲労の色を隠せない。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用件ですか?」
それでも笑顔を絶やさないのはベテラン故だろう。古びたバケツヘルムの戦士に多少は顔を引きつらせはしたが。
「冒険者登録をしたいのだけど」
銀の髪に紅紫色の瞳を持つ、痩身小柄な
新人冒険者希望にしては、ずいぶん珍しいものを持ち歩いている。呪文に自信があるのなら真言呪文の発動体となる杖を握るか、そもそも武器を持つことが少ないのだから。
「はい、文字は書けますか?」
「時間ばかりはあったからね。これでも詩を嗜んでるくらいさ」
「では、こちらに記入をお願いします」
羽ペンを持つ姿すらさまになる。細い指がしなやかに動いて、冒険記録用紙の空白を埋めていく。
「年齢は400歳、職業は精霊使いですね」
「うん。でも、あんまり年齢の話はよしてほしいかな? あんまり若すぎるせいで、舐められてしまうかもしれないし」
「あはは……」
「では、これがギルドでの身分証になります。なくさないでくださいね?」
「うん」
「依頼はあちらに張り出されていますので、等級に見合ったものを選ぶのが基本ですが……個人的には下水道や溝浚いで慣れていくことをおすすめしますね」
「ふぅん」
「いかがでしょう?」
「考えておくよ」
「わかりました。それでは今後の活躍をお祈りしています」
「うん、ありがとう」
長く年を重ねた余裕のようなものを見せて、その森人は待合スペースに腰を落ち着ける。そのまま物珍しそうに、面白そうに周囲を見回す。今日初めて森を出てきたのかもしれない。ありふれた辺境の街なのに、まるで都に出てきたおのぼりさんのよう。
春は多くの若人が冒険者になることを期待する季節だ。彼女の見せた初々しい姿に心をいやされながら、さぁ次の仕事をこなそうと気合いを入れ直す。
「はい、ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用件ですか?」
「――依頼はあちらに張り出されていますので、等級に見合ったものを選ぶのが基本ですが……」
聖印を兼ねた手の錫杖に、着替えを含めたいくばくかの荷物。見るからに新米でございといった神官の登録を終え、定型文を並べていたところだ。
「やぁ、ちょっといいかな?」
さきほど冒険者登録を終えた森人が、その神官に声をかける。黙って話を聞いてみれば、どうやら
「――そういうわけでさ、せっかく冒険者になったんだし、下水道掃除なんかではなく、冒険に行きたいと僕は思ってね」
新米冒険者がそう思うことも、よくある話だ。
「ひとりじゃ不安だろう? だからといって、僕から男の人に声をかけるのもなにか、はしたないように思えてさ」
そんなときに君がちょうど登録を終えていたんだと、その森人は言う。
「っと、名乗ってなかったね。僕の名前は詩人、疾走詩人……気軽に詩人さんと呼んでほしい」
白く細い手を指し伸ばし、握手を求める。
「これからよろしく」
「あ、はい。よろしくお願いします」
どこかお姉さんのようなその森人のことを、悪い人ではないだろう、と感じた。それどころか、なにか頼りがいのあるように見える。同じ新人だというのに、こんなに違いがあるのだなと思った。
気付けば女神官は、詩人を名乗る少女の手を握り返していた。
「なあ、俺たちと一緒に冒険に来てくれないか!」
「ふえっ」
不意に声をかけてきたのは、傷一つない
「おやおや、これが噂に聞く
「そんなつもりじゃないよ!」
「冗談さ」
「そっちの君、神官だろ? こっちは魔術師……かな?」
「あ、えと、はい。そう、ですけど」
「見てわからないかな? どこにでもいる精霊使いさ」
「ああ、ごめんごめん。でもちょうど良かった。俺の一党、聖職者がいなくって……」
見ればその剣士の向こうには、髪を束ねて
「なるほど。剣士くんに、武闘家ちゃんと、魔術師ちゃんか……ちょっと悪いんじゃないかな? バランスが」
「そんなこと言わなくたっていいだろ? とにかく急ぎの依頼で、せめてもう一人欲しかったんだ。そっちも一党を組んだみたいだから、二人も増えるだなんて幸運だなって思ってさ。頼めないかな?」
「急ぎ、と言いますと……?」
「ゴブリン退治さ!」
聞けばちょうど良いことに、先輩冒険者たちが持っていかなかった依頼が一枚、掲示板に残っていたという。近くに住んでいることは知って居たが、追い払えもするからと放置していたという。
しかし最近になって凶暴化し、ついには村を襲って種もみを盗まれ、羊を盗まれ、その羊飼いの娘を攫われ……ことここに至れば手段など選んでいられない、と。
「ん、いいんじゃないかな?」
初めての冒険が、ゴブリン退治。よくある話だ。
「僕は引き受けてもいいと思う。君は、どうだい?」
「私は――いえ、私も、いいと思います」
「本当かい! やったな皆! これでもう冒険に出られるぞ!」
「はは、
腕を上げて喜ぶその姿を見て、楽しそうにけらけら笑う。
「せっかくだからゴブリンがどんな生き物か見ていきたいんだ。図鑑をね、ちょっとだけ」
「ゴブリンなんて、わざわざ調べていくほどのものじゃないでしょ?」
「いいだろ? 本物を見る前に、図鑑にはどう書いてあるのか、って知りたいんだ」
細い首を大きく反らして、
「ふぅ……体力のない僕にはちょっと辛かったな」
「おいおい、大丈夫か?」
「只人と比べないでくれたまえよ。君らは長い距離を歩くのに慣れているかもしれないけれど。僕ら森人は苦手なんだよ、そういうのは」
ここまでの道のりでどこかお姉さんぶった態度を取っていた彼女だが、唇を尖らせるさまはまるで子供のようだ。
「まぁたしかに、ちょっと細すぎるよなぁ」
「樽よりはマシだろう?
がさがさと藪をかき分け林の中を進んでいくと、洞窟が見えた。
「あっ、ゴブリン!!」
「GORURU!?」
剣士が声を上げるのと、ゴブリンがこちらを見て驚くのとは同時だった。そいつは慌てて背中を見せると、洞窟の中へと逃げていった。
「ここで間違いないみたいね……」
「そうだね」
「気をつけて進もう」
「うん」
「……どうかしたの?」
「ん」
考え込むようなしぐさと生返事を返す詩人に、魔術師は問いかける。
「ゴブリンが、見張りなんて立てるっけ? って思ってさ」
「そういえば……」
ギルドで確認した怪物図鑑には、そんな話は書いてなかった。
「……女を攫い、巣の中で繁殖する」
ぽつりと詩人が漏らした言葉に、一党の空気が一気に下がった。
「図鑑にはそう書いてあった。逆に見張りを立てるだなんて、一言も書いてない……」
「……気をつけて進もう。みんなは俺の後ろに」
「ああ。頼りにしてるよ、少年」
ひょう、と生温かい風が吹き抜ける。狭い通路の天井からは木の根がぶら下がり、入口はもう見えなくなっていた。松明の頼りない明かりだけでは、なにか大切なものを見落とすかもしれないように思えてしまう。
「まただ……」
「入口にもあったわよねぇ」
不気味なトーテムを見て、不安そうに剣士と魔術師が不思議そうに言葉を交わす。
「なんだろうね、これ……図鑑には乗っていなかった」
「案外、ゴブリンだけじゃないんじゃないの?」
「はは、
「……あんたなんてまだまだ未熟でしょ」
「俺たちなら、
叩き合った軽口も、今はどこか空虚に感じる。
――どこかで、ベーコンを
「今、何か聞こえませんでしたか?」
「うん……聞こえた」
「後ろだっ!」
いち早く気付いたのは暗視を持つ詩人だった。その声で弾かれるようにして剣士が松明を思い切り投げると、頼りない松明の明かりに、ゴブリンの群れが照らし出される。
「くっそ不意打ちかよ!」
「だが防げた。ならこちらのものさ」
詩人は杖を構えなおす。
「≪
朗々と歌い上げた呪文は精霊術の【
「ここで【泥罠】? 【
「当然だろ。それじゃ一匹しか倒せないじゃないか、日に二回しか使えないのに。そもそも僕は【火矢】を覚えてないんだ」
それにあの大群をよく見ろよ、と杖を指し示す。そこには【泥罠】に足を取られて転がったゴブリンどもがいた。
「てか俺たちも転びそう!」
「がんばれ男の子!」
「私女の子ォ!」
「ごめんね!」
武闘家の抗議に心の籠ってない謝罪を返す。なぜならそれどころではないからだ。
詩人は飾りのように吊るされた布に、石弾をひっかける。
「
「それただの
詩人も杖を大きく振るい、弓持ちのゴブリンから優先して片付けていく。なにぶん数ばかり多いが、所詮はゴブリン、転んで動けなくなったやつらを片付けるのはわけない話だ。転ぶのを避けて動かないのならば、そのまま投石の餌食になるだけなのだから。
「――大きいの、来ます!」
女神官が、ゴブリンとはとうて思えないほどに大きな怪物が、奥からやってきたことを口にする。
「おい、おいおいおい、おいおいおいおいおい!!」
「こんな狭いところにどうやって入ってきたのよアレ!?」
「たぶんここから出たことないんじゃないかな!?」
「無駄にデカい引きこもりね!?」
巨大なそれが唸り声をあげ、粗末とはいえ痛そうな棍棒を振り上げて走ってくるのだ。原始的な恐怖が新米冒険者たちを支配する。
「よし転んだ! 魔術師ちゃん【火矢】! 今度こそ【火矢】だ!」
「指図しないでよっ! 噛んじゃうでしょ!?」
自分で言ったんだ、覚えているんだろう? とばかりに詩人が言えば、悪態をつくように魔術師が答える。
「
狙い過たず、その【火矢】はでかぶつの体を貫いた。
「
「やってないよ生きてる生きてる!」
「変なフラグ立てないでよもおー!」
「少年トドメトドメ――!」
「くっそ、やってやろーじゃねぇか!」
両手で握られた剣士の長剣が、でかぶつの首に振り下ろされる。延髄を斬ってしまえば人型の生き物ならだいたい死ぬだろう、そんな考えから剣士はそうした。そしてそれは確かに正しく、一瞬だけびくりと体を刎ねさせたかと思えば、そのまま動かなくなった。
「まだいるよ、ゴブリンはさ!」
詩人の杖から石弾が投げ飛ばされる。それは弓を持ったゴブリンの頭蓋を確実に砕く。
「でも弓持ちはアレでおしまいね」
「ああ、これで僕らは一安心」
「俺の心配は!?」
「してるとも」
「私の心配もしてよねっ!」
「してるってば」
剣士と武闘家が確実にゴブリンを倒していく。
さぁ、あと一匹――そう思ったところで、そのゴブリンの頭に剣が突き刺さる。
どこから飛んできた、と。もと来た道を見れば、頼りない松明の明かりに照らされた闖入者がそこに立っていた。
「――……元気なのは構わないが、あまり騒ぐと奴らが集まってくるぞ」
そいつは、冷たい声音でそう言った。
薄汚れた鉄兜と革鎧、鎖帷子を纏った前身は、怪物の血潮で赤黒く染まっている。使い込まれて傷だらけの小盾と、中途半端な長さの剣……新人の自分たちのほうがよっぽどいい装備をしていると思ってしまうような、装備に身を固めている。しかし首にぶら下がった小板は、銀。
「……ッ、あの、あなたは……?」
女神官が意を決して誰何した。
「
――竜や吸血鬼ではなく、最弱の怪物である小鬼を殺すもの。
平素に聞いたら笑ってしまうほど滑稽な名前でも、ゴブリンと初めて戦った彼らにとって、まったく笑えるようなものではなかった。
「ええと……なんで銀の冒険者が、こんなところにいるんだい?」
「ゴブリンを殺しに来た」
「なんで?」
「ゴブリンがいたからだ」
「なるほど」
話が通じない人なんだね? と詩人は諦める。
「トーテムがあった」
「うん」
「シャーマンがいる」
「そうかい」
「襲ってきたゴブリンはこれで全部か?」
「そうだよ」
「そうか」
「うん」
詩人は笑顔を張りつけて、女神官のほうへと向き直る。
「僕には無理」
「えっ、ええっ?」
「僕は思うんだ。ああいう手合いも、懺悔しに神殿にくるだろうって。いずれ出会うなら、君の経験にしてほしいと」
「えぇ……?」
失礼だとは承知の上だが、妙な詭弁を弄するあたりが白粉を塗った
「私もまだ未熟な身なんですけど……」
「そうは言うけど、獅子は我が子を千尋の谷に落っことした、って言うだろう?」
「落っことしちゃだめですよ?」
「難しくてさ、只人の言葉」
「あんた都合悪いと森人の真似するのね」
魔術師は思わずため息をつく。
「森人なんだけどな、僕」
「闇人かと」
「なんだとーぅ!?」
「静かにしろ、奴らに気付かれる」
ゴブリンスレイヤーを名乗る男が、いつのまにか
「おおう!? びっくりし……た……?」
詩人は気付いた。
ゴブリンスレイヤーと名乗る男が、血まみれになったボロ雑巾のようなものを片手にもっていることを。
詩人は気付いてしまった。
そして――ゴブリンの返り血を浴びた程度では、そうはならないだろうというくらいに汚れてしまった二人の姿を。
「それ、なぁに?」
笑顔を張りつけて、問う。
「慣れておけ」
「ここで【
「はい……」
ついさっきまで、頼りないが信頼できると思った仲間たちが、みな光を失った目をしている。頼りになるはずの銀等級は、ゴブリンを殺すためなら仲間を血に塗れさせることも厭わない男だった。
「……奴らはにおいに敏感だ。特に女や子供、森人はな」
「俺、完全にとばっちりじゃん……」
「装備の金臭さを消すためだ」
「……そこまでするかよ」
「そこまでしなければ奴らは殺せん」
まだ経験の浅い白磁の彼らにも、ゴブリンのためなら容赦のない男であることは理解できた。ゴブリンの巣穴であれば、これ以上頼りになる銀等級もいないだろうが……。
「やれ、【聖光】だ」
「≪いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください≫……!」
ゴブリンスレイヤーが地面を蹴って駆け出す。同時に女神官が突きだした錫杖から、太陽のごとく燦然と煌く光が闇を切り裂いて、その巣穴に潜むゴブリンたちの目を焼いた。
「十二、シャーマン一、残り十二」
ゴブリンスレイヤーの、投擲を得意とする只人の腕から
「よし、退くぞ」
「ええええ!?」
「退くぞ!」
このまま踏み込んで暴れるものだと思っていた剣士の驚愕。遅れるなとばかりに強く言われ、慌てて駆けだした。
「【泥罠】だ」
「≪土精、水精、素敵な褥をこさえてくんろ≫!」
ゴブリンスレイヤーの指示で、詩人が【泥罠】の詠唱を朗々と歌い上げた。やや遅れて逃げてきた剣士の後ろに【泥罠】が敷かれ、あとを追いかけてきたゴブリンどもがみな転倒していく。
「ふん」
手に持った瓶を投げつける。それは一匹のゴブリンに命中したが、すぐさま割れてなんの痛痒にならない。しかし中から漏れた黒くおかしな臭いのする液体が、【泥罠】で転んだゴブリンたちに飛び散った。
「じゃあな」
松明を投げると、ぼんっ、と音を立てて燃え上がる。
次いで上がるのはゴブリンの悲鳴。
「生きたまま火葬かぁ」
「えっぐ」
「い、今のは……」
「ペトロレウムとかいう、燃える水だ。高いわりに、効果は薄いな」
「あ、な、中! さ、攫われた人たちが!」
「この程度の数の死体では、大して炎も広がらん」
「十体以上いるんだけど!?」
「いずれ鎮火する」
こともなげに言い放つ。
「行くぞ」
「どこへだい?」
「ゴブリンを殺しにだ」
「なるほど」
「他の道にゴブリンがいるかもしれん」
「うん」
「理解したか?」
「そうだね、ゴブリンだね」
「そうだ、ゴブリンだ」
皮肉も通じないとばかりに、詩人はため息をついた。
「上位種は無駄にしぶとい」
死んだふりをしていたゴブリンシャーマンの頭を叩き割ると、ゴブリンスレイヤーはひとりごちる。
「君はゴブリンしか頭にないんだね」
「ああ」
シャーマンが作らせたのだろう、人骨の玉座を蹴り砕く。バラバラになったその椅子の影に、腐った戸板があった。
「へぇ、ゴブリンの宝物殿か」
「いやただの倉庫でしょ……」
「はは、物は言いようだよ」
「興味ない」
只人ならばかがまねば入れない小ささの、そこの扉を蹴破った。
そこには、小鬼の子供が4匹、身を寄せて縮こまっていた。
「――……子供」
「ゴブリンだ」
大きさなど関係ないとばかりに、彼は棍棒を振り上げた。
「子供も……殺すんですか……!」
「当たり前だ」
「マジかい……」
僕には信じられないよ、と眉をひそめる。
「奴らは恨みを一生忘れん。生き残れば、学習し、知恵をつける。そして巣をつくり、村を襲う。生かしておく理由がない」
「善良なゴブリンが、いたとしても……?」
「探せばいるかもしれん……だが、人前に出てこないゴブリンだけが、良いゴブリンだ」
振り下ろした棍棒が、ゴブリンの頭を砕き、脳漿をまき散らした。