【疾走詩人】ゴブリンスレイヤーRTA 精霊使いチャート   作:神楽風月

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強きものども【裏】

 よくある話だ、と口をそろえて言う。

 新米の冒険者が、最初の冒険にゴブリン退治を選ぶことも。巣穴に運悪く上位の個体がいるということも。そして運良く、依頼を達成するということも。

「生き延びたこの幸運に――乾杯!」

「かんぱぁい!」

 一党の頭目(パーティリーダー)が大声で宣言すると、合わせて彼女らも、なみなみと酒の注がれた杯を掲げる。

 ああ、これもよくある話だ。初めての依頼を達成したそのお祝いに、全員で酒を飲むと言うことも。

「この宴会で報酬ほとんど使っちゃうのはどうかと思うけどね」

「いうなよ!」

 そこにゴブリンスレイヤーの姿はない。

 巣のほとんどを倒したのはお前たちだ、と報酬も受け取らなかった。

「うぅ~……まだ臭いし取れないしぃ……」

「血って落ちにくいわよねぇ……」

「そうだね、うん」

 だがきっと、誰もが今日のことは忘れないだろう。

「忘れよう? 飲んでさ」

「忘れられたらいいですけどね……」

 ちがいない、と誰かが笑った。

 

 

「――……あのとき笑ったのって、誰だっけ?」

 布に燃える油をしみこませ、それを鏃に巻きつける。

 その作業を行いながら、詩人は女神官に問いかけた。

「さぁ……なんだか、ずいぶん昔のようにも思えてしまいます」

「昔のことを思い出せなくなるのは、老化の兆しらしいぜ? 只人(ヒューム)ってすぐおばあちゃんになっちゃうんだから。気をつけなよ?」

「あはは……」

 森人(エルフ)のものさしで言われても、と。女神官は苦笑いを浮かべる。そんな彼女の首には、黒曜の小板がぶら下がっていた。

「それにしても、君はほんとうにお仕事熱心だよねぇ、もう黒曜級だなんて」

「詩人さんだって、同じじゃないですか」

「僕は君についていっただけだぜ?」

「間違いなく詩人さんの実力ですよ」

「そうかな?」

「そうです」

「無駄話は終わりだ。……やるぞ」

「はいはい」

「わかりました」

 投石杖(スタッフスリング)の代わりに短弓(ショートボウ)を握りしめ、女神官が火をつけた矢をつがえる。見据えた先には、森人の古い山城。

「これから毎日、砦を燃やそうぜ……っと」

 

 

 彼についていけば、何とも簡単な仕事だ。徹底した合理主義というか、効率、というものを突き詰めている。剣士たちとの冒険にもそれは生かすことができていて、体力のない詩人でも冒険を続けることができていた。そればかりか、安息日の暇な時間はギルドの片隅で、こうやって代筆行を行う余裕もあった。

 それだけに、ほんとうに自分に実力があるのか分からないでいる。これでは冒険に出た意味が、無いのではないか?

 ああ、何か、心躍るような冒険が舞い込んでこないものか――……

小鬼を殺すもの(オルクボルグ)よ」

 ん、と首を上げる。

 ずいぶん久しぶりに聞いた言葉で、聞きなれた者が呼ばれた気がしたからだ。見ればなんともまぁ珍しい、上の森人(ハイ・エルフ)がいるではないか。自分みたいなただの森人ではない、本物の妖精の末裔だ。

 彼らはただの弓矢で魔法のようなことをやってのける。詩人も一度だけ見たことがあるが、ただの弓矢が船を沈めるとは何事かと思った。

「ええと……樫の木(オーク)、ですか?」

「違うわ。小鬼(オルク)小鬼を殺すもの(オルクボルグ)よ」

 受付嬢が困惑している。確かに森人の言葉で言われても、只人(ヒューム)たちには分かりづらいだろう。しょうがない、ここは助け船を出してやりますか。詩人は傍らに立てかけた杖を持ち、立ちあがった。

「ここは只人の街だよ? オルクボルグじゃあ伝わらないさ。もちろん、小鬼斬り(オルクリスト)もね」

 割って入られてか、上の森人は怪訝な顔をする。

「あなたは?」

「僕かい? 僕は小鬼を殺すもの(オルクボルグ)を知っているだけの、ただの綺麗なお姉さんさ!」

「詩人さん!」

 小鬼を殺すもの(オルクボルグ)を知っていると聞いて、受付嬢は助かったとばかりにほっと胸をなでおろした。

「で、オルクボルグってなんです?」

「ほら、彼だよ。ゴブリンスレイヤーさん」

「ああっ! ゴブリンスレイヤーさん!」

 受付嬢がその名を言うや、名前を呼ばれた男がギルドへと足を踏み入れる。

「――ゴブリンか?」

 お決まりのセリフを放ちながら。

 

 

「きっと冒険の話さ」

 二人は、女神官と待合スペースでゴブリンスレイヤーを待っていた。

「上の森人に、鉱人(ドワーフ)の精霊使い、そして蜥蜴人(リザードマン)の竜司祭! なんとも心躍る一党だ。そこに只人の彼と君、森人の僕が入れば、まるで寝物語に聞いたあの冒険譚みたいだ。……まぁ、父さんの話してくれたそれは、即興詩だったんだけどね? 圃人(レーア)が主役の」

「そうなんですか?」

「最後はさ、生きたまま幽界に入ることのできる、とてもとても恐ろしい力を秘めた指輪をね、持ち帰ってしまい――……」

 思わず言葉に熱がこもる。

 あのとき聞いた話を忘れられないでいるのだ。特に、幽界に入ることのできる指輪なんて、まるで――

「っと、帰ってきたみたいだね」

 詩人は投石杖を手に持ち立ちあがる。ここでゆったりとした歩みを見せれば年上の余裕を見せられるのだろうが……冒険のにおいを感じた詩人には、とうてい無理だった。

「ゴブリンでしょ?」

「ああ、ゴブリンだ」

 ゴブリンスレイヤーは短く答える。

「俺一人でいく」

「つれないなぁ。仲間だろ? 少なくとも僕はそう思っている」

「好きにしろ」

「うん、好きにしよう」

 長く共に冒険をしていれば、なんとなくわかるものだ。彼は別に、悪気があって言っているわけではないということを。

「お前は休め」

「君は馬鹿か」

 だからこう言うだろう事もなんとなく分かっていた。思わず頭を抱え、ため息を一つ。

「せめてこう、もう少し。こう、さぁ!」

 言いたいことはあるが上手く言葉にできない。即興詩を嗜んでいるとはいえ、難しいものは難しい。

「そうですよ……! せめて、こう、決める前に相談とか……!」

「――? しているだろう」

 心底不思議そうに、その鉄兜を傾けた。

「あ……これ、相談、なんですね……?」

「そのつもりだが」

「君はじつに馬鹿だな……」

 彼と共にいる限り、僕はこの言葉を幾度となく繰り返すだろう……そんな予感が、した。

 

 

 瞬く間に三日が過ぎた。二つの月の下にどこまでも続くように広がる荒野。その真ん中で、冒険者たちは焚き火を囲んでいた。

「知っているかい? 紅の月(Garnet Moon)緑の月(Green Moon)は、光と秩序と宿命の神様と、闇と混沌と偶然の神様の瞳なんだぜ?」

「そうなんですか?」

「父さんはそう話してくれたよ。まぁ、即興詩だから本当かどうかは知らないし、いったいどこの伝承なのかも知らないのだけど。少なくとも父さんはそう信じているみたいだった。ああやって僕らを見守っているのだ……ってね」

「あなたもたいがい、変なことを知ってるわねぇ」

 妖精弓手が呆れたように肩をすくめる。この三日間、手を変え品を変え、面白おかしい話を言って聞かせる詩人のそれは、この冒険の恒例行事になっていた。

「ところで、みんな、どうして冒険者になったの?」

 ふと、思いついたように妖精弓手は言う。

 すぐさま「そりゃ美味いもん喰うために決まっておろう」と鉱人道士は答える。少しはにかみ「外の世界に憧れて」と口にしたのは妖精弓手。さすがに蜥蜴僧侶の「異端を殺して位階を高め竜となるため」は少し理解が及ばなかった。それは信仰からくるものだろうと、「私もそうですから」と女神官だけはほんの少し同意を見せたくらいか。

「ゴブリンを……」

「アンタのはなんとなくわかるからいいわ」

「おい耳長の」

「僕も長いけど」

「面倒じゃな!? いや金床の」

「僕も小さいわけだけど」

「ややこしくするでないわ!」

「ははは」

 詩人はけらけら笑い、夜空を見上げた。

「それで詩人殿は、如何な理由で冒険者となったのですかな?」

「僕かい?」

「ええ。皆口にしたのですから、言わねば不公平でありましょうよ」

 そう蜥蜴僧侶が問いかけると、詩人は少し考えた上で口を開く。

「僕は……そうだね、好きな人に会うため、かな?」

「おおう。思ったよりも乙女な理由が出てきたわい」

「ロマンチック~」

「それでその好きな人には、出会えましたかな?」

「うーん……もう少しで手が届きそうなんだけどねぇ」

 詩人は空に向かって手を伸ばす。まるでその彼方に、その相手がいるように。

「父さんの話してくれた、魔法の指輪でもあれば違うのかもしれないけれども。どうにも遠いんだよね……彼は、いつも僕の後ろで見てくれていて、ちょっとの勇気が欲しい時、必ず僕の背中を押してくれるんだ。けれど今は、うん、空の上から眺めているみたい。今ここで言えば、君に伝わるかもしれないな、なんて……」

「それは……」

 はっ、と。女神官はつい先日に聞いた、幽界へと至る指輪の話を思い出す。マズいことを聞いてしまったと、その空気が妖精弓手や鉱人道士、蜥蜴僧侶に伝わり――

「……って言うと、まるで死んだ人を想ってるみたいじゃない?」

「詩人さん!?」

「ははは」

 人を喰ったような笑いを上げて、詩人は改めて()()()を見つめた。

「早く会いたいなぁ、僕の愛しい人」

「まったくこの短い耳長のは。人を喰ったようなことばかり話しよる」

「おいおい、短いのに長いってどういう」

「旨い! なんじゃいなこの肉は……」

「聞けよ、僕の話」

「おぉ口に合ったようでなにより。沼地の獣の肉ですぞ」

「おお、旨い旨い」

「これだから鉱人は……」

「そうよねぇ!」

「野菜しか喰えん兎もどきにゃこの旨さは分かるまい!」

「む……」

 言われっぱなしは気に食わないと、詩人は唸り声を上げてそれを取り出した。

「それは?」

「芋堅干」

「いもけんぴ」

「あまいよ?」

「……あんたも、もうちょっと、こう、なんか、あったでしょうよ」

「拙僧、甘いのはちょっと……」

「いやそうじゃないでしょ」

「あまいのに」

「あんたの基準はそれしかないの?」

 そういえばこいつ、干した果物とかたくさん持ち込んでたなと、妖精弓手は肩を落とした。

 

 

 妖精弓手の放つ矢が、空を翔け魔法のような軌跡を描いて二匹のゴブリンの頭を射抜く。

「すごいです……」

「やっぱり上の森人の弓術は頭がおかしいね」

「見事……魔法のたぐいですかな?」

「ふふん。十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ?」

「それをワシの前で言うかね……」

「あなたも練習すれば、これくらいできるわ」

投石杖(こんなの)でも?」

「……たぶんね!」

「顔を逸らすなよお姫様」

「おいおい、こーんな金床娘のどこがお姫様じゃい」

「ははは」

 何も知らぬは幸せなりて、と詩人は乾いた笑いをあげる。

「一、二……」

 数えて、ゴブリンスレイヤーが死体となったゴブリンの腹を裂く。

「ちょ……何してんのよ?」

「奴らはにおいに敏感だ……特に女、子供、森人のたぐいはな」

 引きずり出した肝を、手ぬぐいに包む。

「い、嫌よ! ちょっ――コイツ止めてよ!?」

「慣れますよ」

「そうだぜ、お姫様」

 

 

「奴らのねぐらは左側じゃ」

 小唄まじりにT字路を確認した鉱人道士が、自信たっぷりに口髭をひねりながら断言する。

「確かか?」

「そら鉱人だもの。ミスリルの鎖帷子を賭けても良いわい」

「それじゃあ僕は、逆の道におやつの芋堅干を賭けようじゃないか。一本ね」

「……おまえさん、賭けを成立させる気、無いじゃろ?」

「君だってそうじゃないか。どこにミスリルの鎖帷子なんて持っているんだか」

「かーっ、可愛くないのぉ! もっと年上を敬ってはどうじゃ?」

「おや、君はおいくつだったかな? ちなみに僕は四百歳だけども」

「……さ、三百と八つ」

「おやおや、ずいぶんと老けこんでていらっしゃる」

「ほんとよねー、サバまで読んで。鉱人は懲りないコト」

 仲良く姉妹のようにくすくす笑う森人二人に、鉱人道士がぶすくされた様子で髭をひねった。

「どうしたね、小鬼殺し殿」

 あれはじゃれ合っているだけなのだと思うようにして、蜥蜴僧侶が押し黙るゴブリンスレイヤーに問う。

「こちらから行くぞ」

 中途半端な剣の切っ先で右を示す。

「ゴブリンたちは左にいるんじゃないの?」

「そうだぜ? それとも、君も賭けに参加するつもりかい?」

「違う……だが手遅れになる」

「何が?」

「行けば分かる」

 そう淡々と告げる彼に従って右の道へ。そう進まないうちに、ムッと鼻を突く臭いが漂いだした。

「なにこれ……」

「ゴブリンの汚物溜めだ」

「おぶ……ッ!」

「意識して鼻で呼吸しろ。直ぐに慣れる」

 臭気の源は向こう側だろうと分かるほどの臭いが漂う、腐りかけた木の扉が嵌った部屋の前へとたどり着く。ゴブリンスレイヤーはそれを蹴り破ると、吐き気を催す臭いが噴出する。

 そしてその部屋には、鎖に繋がれ、右半身を潰された森人がいた。

 

 

「呪文はいくつ残っている?」

 小休止で、ゴブリンスレイヤーが問う。詩人は指を三本たてて答えた。詩人は、いつもの軽口を紡げずにいる。

「わしはまぁ、呪文にもよるが四回か五回といったとこか」

「拙僧も三回はいける。が、【竜牙兵】の奇跡には触媒がいる。これに関してはあと一回だと思ってもらおう」

「そうか」

「あの……飲みますか? 飲めますか」

「……ありがとう」

 詩人は首を振ったが、妖精弓手は女神官から水袋を受け取り、のどを潤す。

「あまり腹に物を入れるな。血の巡りが悪くなり、動きが鈍くなる」

「ゴブリンスレイヤーさん!」

「行けるならこい、無理なら戻れ、それだけだ」

「馬鹿言わないでよ……私が戻ったら誰が罠の探索をするのよ!」

「やれるものでやるだけだ。……お前はどうだ?」

 詩人は静かに頷いてみせる。

「あんた、ほんと大丈夫なの? さっきから、ちっとも話さないじゃない……」

 詩人は、妖精弓手の言葉を聞いて、静かに口を開いた。

「心配するなよお姫様」

 紅紫色の瞳が、ぎょろりと妖精弓手を見た。

 彼女は決して萎えてなどいない。ゴブリンの汚物溜めにいた「根無し草(森人の冒険者)」の姿を思いだすたびに、胸の奥にぐつぐつとマグマのような感情が湧きおこる。一度解放してしまえば、抑えきれそうにないと、口をつぐんでいたのだ。

「なら、行くぞ」

 ゴブリンスレイヤーが立ちあがる。小休止終了の宣言だった。

 

 

 地図の通りに進んだ一行は、ほどなくして回廊へとたどり着く。そこには数多くのゴブリンがいた。さて、どうやってこいつらを皆殺しにしてくれよう……詩人は思考をめぐらすが、良いアイディアは浮かばない。

「問題にもならん。手間がかかるだけだ」

「……とても、そうは思えないけれど」

「その口ぶりですと、以前にも経験がおありのようだが……以前はどのような手を?」

「状況によって異なる……だが、簡単なのは毒気を起こすことだ」

「ほう」

「硫黄と松脂を混ぜて、焼く。すると火山のそれと同じ毒気が生まれる。空気より重いから、奴らの巣穴に沈んでいく。放っておけば勝手に死んでいく。楽だ」

「……そのうちホントに神さんから叱られっぞ」

「知らん」

 女神官が何かを訴えるように、じぃ、と見つめる。

「今回は使わん。効果が出るまで、時間がかかる」

「速度の問題かよ」

「そうだ」

「そうかい」

「今回は速攻で始末する。後腐れなく、だ」

「……参考までに、その方法は?」

「僕はいやーな予感がしてきたぜ……?」

「知らん」

 ゴブリンスレイヤーは淡々と口にする。

「俺たちはゴブリンとは戦わない――殺すだけだ」

 

 

 鉱人道士の【酩酊(ドランク)】によって昏倒したゴブリンたちを、女神官の【沈黙(サイレンス)】で音もなく殺していく。詩人は刃の付いたものを持っていなかったため、ゴブリンの腰から拝借した粗末な短剣(ブラント)で喉を突きまわる。

 ――これが血の海というやつかい。

 もし即興詩を作るなら、これはどう表現しようか。まるで現実感がないように、そんなことを考えてしまう。

 ずん、と大気が震えた。

 沈黙の中でその衝撃だけが伝わり、誰もが立ち止まる。

 ゴブリンスレイヤーが素早く盾を構え、油断なくゴブリンから奪った剣を抜き放つ。またひとつ、ずん、という衝撃。

 そして暗闇の中から、そいつが姿を現した。

「オーガ……ッ!」

 ようやく音の戻った世界で、妖精弓手の声が木霊する。

「ゴブリンどもがやけ静かだと思えば、雑兵の役にも立たんか……貴様ら先の森人とは違うな。ここを我らが砦と知っての狼藉と見た」

 裂けた口から吼えるような声音を漏らした。

「…………なんだ、ゴブリンではないのか」

「オーガよ、知らないの……!?」

「知らん」

「君はじつに馬鹿だな! ほんとうに馬鹿だな!!」

 まさかこの場でこのセリフを言うとは思いもよらなかった。詩人は頭を抱えたくもあったが、あの化け物から目を離せばどうなるかもわからず、ただただそう口にすることしかできなかった。

「貴様ら! この我を、魔神将より群を預かるこの我を、侮っているのかッ!」

「上位種がいるのは分かり切っていたが……知らん」

「君が馬鹿なのはわかったから、ちょっと黙っててくれないかな!?」

「そうか」

 なるほど、面倒くさいことを引き受けてくれるのか、と。それきりゴブリンスレイヤーは静かに口をつぐんだ。

「本当に黙るとか君はじつに馬鹿だね!?」

「……俺に、どうしろというのだ」

「いつまで愚弄する気か! その愚かさ、その身を持って味合わせてくれるッ!」

「ほら怒ったじゃないか!」

「知らん」

「漫才やってんじゃないわよあんたら!」

「やりたくてやってるわけじゃ……ッ!」

「≪火石(カリブンクルス)……成長(クレスクント)……」

 その青白く巨大な左手に、ボウッと、赤々と燃える炎が現れる。

「【火球(ファイアボール)】がくるぞぉ!」

「散って!」

「じゃがこれでは、どこに逃げても……!」

「≪いと慈悲深き――」

 女神官が【聖壁(プロテクション)】の奇跡を唱え、

「≪氷姫(アタリ)よ氷姫、これなる勇者に舞踏をひとつ、お目にかけてはくれまいか≫!」

 それを詩人は杖で制し、代わりに朗々と歌い上げる。

「【霊壁(スピリットウォール)】!」

「――投射(ヤクタ)≫!」

 すんのところで氷の壁がオーガの目の前に現れ、直後に【火球】が爆ぜる。爆音を轟かせるも、それは確かに全員を【火球】から守りおおせた。

「ぎりぎりセーフ、だぜ」

「詩人さん!」

「小癪な小娘め……!」

 何かが砕けるような音がする。あまりにも大きなオーガの歯ぎしりが、そのように聞こえたのだった。

「ねぇみんな。お姉さんをさ、ちょいと手伝っておくれよ」

「手があるのか」

「もちろん」

「わかった」

 なにをすればいい? と。

「あいつ、そこから動かさないで欲しいな」

 ほんのちょっと(三十秒)でいいからさ、と。

「わかった」

 ゴブリンスレイヤーが氷の壁を大きく迂回するように駆け出す。

「なにやるのか知らないけれど!」

「任せたぞ金床二号!」

「僕の愛しい人は小さいのが好みなんだよッ!」

 まったくもう……と呆れたようにため息をひとつ。

「【聖壁】、お願いね?」

「分かりました!」

 女神官が錫杖をぎゅっと握りしめる。

「檻みたいに囲むよっ!」

「はいっ――≪いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください≫!」

 女神官の詠唱と同時に、詩人も朗々と火の精霊に呼びかける言葉を紡ぐ。

「【聖壁】!」

「【霊壁】!!」

 二つの呪文が完成したのは、ほぼ同時。何度も何度も、二人で困難を乗り越えてきたのだ。合わせることなど、わけのないことだった。

「ぬ――ぅ、ぐおぉおお!?」

 氷の【霊壁】と、【聖壁】に挟まれ――そして、炎の【霊壁】に押し付けられたオーガが唸り声を上げた。

「火の【霊壁】……!?」

「そぅら、もういっちょ!  駄目押しだぜ!」

 言うや、詩人は杖を振るって朗々と歌い上げる。その詠唱に、女神官は詩人がやろうとすることを察した。

これでもくらえっ(Take That,You Fiend)! 【霊壁(スピリットウォール)】!」

 炎の壁二枚に挟まれたオーガから、ベーコンを炙り焼き(フライ)するような音と、焦げ付く臭いが漂う。

「コイツはおまけだっ!」

「ぐ、ぉおおおおおおおお!?」

 三枚の【霊壁】に囲まれたオーガめがけて、詩人は上から、燃える水を投げ入れた。

「はは! ははははは! 火の【霊壁】は熱いだろうねゲスやろう? どうも再生しているみたいだけれども、それがいつまで持つかなくそやろう! よくも森人(なかま)をやってくれたなちくしょうめ! おまえのせいで僕ぁゴブリンの肝塗れだよこのやろう! おまえにも一方的に嬲られる痛みと苦しみと恐怖を教えてやるんだからなッ!!」

 紅紫色の瞳をぎょろりと見開いて、さんざんため込んだ怒りを乗せて、疾走詩人はオーガめがけて恨み節を歌い上げた。

「はーっはっはっはっは! 燃えろ燃えろぉー!!」

 オーガの上げる苦悶の声すらかき消すほどに、詩人は高らかに歌い上げた。

 

 

「…………普段怒らない子がキレると怖いわね」

「……じゃな」

 ただただ遠巻きに、妖精弓手と鉱人道士が語りあう。




紅の月(Garnet Moon)緑の月(Green Moon)
 ニコニコ動画で放送されたアニメ版に流れたコメントより。ようするにGMのことを指している。よく思いついたな……と感心しきり。
「愛しい人」
 正しい発音は、いとしいしと、である。
「芋堅干」
 髪についていることで有名なヤツ、執筆中たまたま食べてた。
「……さ、三百と八つ」
 原作の元になったAAで鉱人道士が言っていた年齢。
ほんのちょっと(三十秒)
 1ラウンドである。

 2021/01/11_誤字修正しました
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