【疾走詩人】ゴブリンスレイヤーRTA 精霊使いチャート 作:神楽風月
「どうぞ、町まではゆっくりお休みください」
「ねぇ」
「なんだい、お姫様」
「どうしました?」
「あんたたち、いっつもこんなことばっかりしているの?」
「ちょっと? 僕をこいつといっしょにしないでくれないかい?」
「……ええ」
「おい、僕は違うだろ?」
「いっつも、こんな感じです」
「君もそこは否定するところだぜ?」
「でも、こう見えて、結構、周り見ているんですよ。この人」
「ちょっと??? 僕の顔を見ようぜ????」
女神官はわざとらしく咳ばらいをひとつ。
「詩人さんは物知りですから、とても頼りにされてますよ」
「とってつけたようなフォローだね????」
「……あんた、
「お姫様とはいえ限度というものがあるんだぜ????」
「――……あの日以来、あの
「知らないわよ」
「どうしてみんな僕に厳しいんだ……」
詩人は嘆くようにテーブルに突っ伏す。真語呪文の発動体を埋め込んだ
「泣きたい……旦那に甘えたい……」
「泣きたいのはこっちよ……てか旦那いたのあなた?」
「うん」
「ちょ、え? 結婚してたの!?」
「そりゃあもうラブラブさ。毎日のように、俺の嫁は可愛い、俺の嫁は可愛いって」
「
「夢の中で」
「馬鹿じゃないの?」
「ははは」
「……ていうか、泣きたいのはこっちなんだからね? 私、学院では才能があるともてはやされて、首席で卒業したくらいなのよ? それが、後からほんの少し勉強しただけのあなたに追い越されそうなんだから……」
「それは生きてた年月の違いさ。
「褒めてるんだか慰めてるんだか……」
「褒めているのさ」
僕は他人を貶めたりしない、と。生真面目な顔をして答える。
「おい」
そうやって女の子同士の親睦を深めていたところに、ゴブリンスレイヤーが声をかけた。「おや、ゴブスレくん」
「ゴブリンだ」
「はいはい」
傍らの杖を握りしめ、よいしょ、と立ちあがる。
「おばさんくさいわよ、四百歳児」
「なんだとーぅ!」
「行くぞ」
「あー、はいはい今行くから……おまえ、あとで覚えておけよな!」
「忘れなかったらね」
詩人を追い払うように、魔術師はひらひら手を振ってみせた。
「くそー、年上を敬うってことをしないのか……それでゴブスレくん? どこのゴブリンだい?」
「漁師町だ。海ゴブリンに漁場が荒らされていると聞いた」
「あー……」
ゴブリンには生息地や体色の違いから、様々な呼ばれ方をすることがある。ゴブリンスレイヤーにとっては、そのどれもゴブリンには違いない。
違いない、が……。
「ゴブスレくん?」
「なんだ?」
「いや、うん、海ゴブリンだね?」
「そうだ」
「そうかい」
「ああ、ゴブリンだ」
「そうだね、ゴブリンだね……」
説明が面倒くさかった詩人は、訂正することを諦めた。
「その後のフォロー、僕がやったんだけど? なのに依頼未達成扱いなんだぜ? なんだか僕、損な役回りをこなしてる気がするんだけどさ、そこのところどう思う?」
「詩人さんの人柄によるものだと思います」
あいまいな笑みを浮かべて、女神官はごまかした。
まだ昼間のギルド内は、気の早いやつらの酒盛りでにぎわっている。戦闘時を除けば、もともと冒険者に昼夜の別はない。そして詩人たちも、その気の早いやつらの一味であった。
「ところで、その、ゴブリンスレイヤーさんは?」
「なんかさっき、手紙を持って受付さんのところに歩いていったよ? あれは恋文だぜきっと」
「こ、恋文っ!?」
「そうさ。そりゃもう、熱烈なファンレターで」
「ゴブリンを退治してくださーい、ってか?」
「そうそう。よくわかってるじゃないかよ鉱人のくせに」
「あれれ? なーに焦っちゃてたのかなー?」
「そ、そんなんじゃありませんっ!」
このこのっ、と妖精弓手にからかわれ、女神官はぷいと顔を反らした。
そのたまたま逸らした視線の先に、ゴブリンスレイヤーがいる。
「あ、ゴブリンスレイヤーさん」
こっちです、と手を振り招く。
「ゴブリン退治だ」
こいつの言葉はいつもこれだ。それ以外は「ああ」とか「そうか」とか、そのくらいしか聞いたことがない。
「報酬は一人金貨一袋。来るのか、来ないのか、好きにしろ」
どっかと腰を据えたゴブリンスレイヤーは、短い言葉でそう締めくくる。
「……だいたい、わかりました。わかっていたつもりですけど、わかりました」
こめかみを押さえて、女神官は頷いた。
「あなたの行動にいちいち驚いていては身が持たないということが」
「今さらかい」
「そうか」
「律儀だねぇ君も、わざわざ答えるとか」
「前にも言いましたが、選択肢があるようでないのは、相談とは言いません」
「選択肢はあるだろう」
「一緒に行く行かないは選択肢とは言いませんっ」
「そうなのか」
「そうなんです」
「……ふむ」
「そこで不思議そうに首を傾げるところが君らしいよね」
「そうか」
「てか、行かないって言ったら一人で行くつもりだったでしょ?」
「当然だ」
「だろうね」
「ま、わしらにも相談するだけ、かみきり丸も柔らかくなったものよ」
「良き傾向でありましょうな」
「では、私たちも好きにします。ついていきますね」
「構わん」
「小鬼たちは数が多い……呪文使いも多いほうが良いでしょうな」
「詩人さんもそれでいいですよね?」
「そもそも僕は、いつだって好きにやらせてもらっているよ」
投石杖に吊るした天鵞絨の布を揺らして、ふふんと笑う。
「それがオーガをやったあの顛末ってわけじゃが……」
「あんたもたいがい、オルグボルグに毒されているわよねぇ」
「失礼だね。僕は生まれてからずっとこうだよ」
「そっちのほうが問題がありましょうや、と拙僧は思うわけですが……いや、言っても仕方のないことですかな」
「本当に失礼だね?」
「言っておくけど、あんたたち、ゴブリンに火責めを使うとか、禁止ね」
「どうして僕を含めるのかな?」
「駄目よ」
「聞いてる?」
「水責めもですよ?」
「水もか」
「ねえ?」
「毒気もなし!」
「毒もか……」
「僕の扱い、ひどくない?」
「当たり前でしょ?」
「ちょっと????」
「しかたあるまい……」
どこか気落ちしたように、ゴブリンスレイヤーが言葉を返した。
「大きかったね」
「不謹慎ですよ」
「いや、だって、ねぇ? だろう? お姫様?」
「なんで私にふるのかしら?」
「つれないこというなよ。僕ら仲良し金床同盟だろう?」
「急にあんたとの縁を切りたくなったわ……」
「ははは」
人を喰ったように笑う。
「それにしても、ずいぶんゴブリンがいるものだね。持つかな、僕の
「そりゃ
「ははは。十分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ?」
「マネしないでよ」
「がっはっは、似とる似とる!」
「似てないってば」
妖精弓手がゴブリンに突き刺さった矢を回収する。
「言っとくけど、ゴブリンの矢は使いたくないからだからね。別にゴブリンスレイヤーのマネじゃないんだから」
「うんうん、分かってる分かってる」
「本当にわかってる?」
「だから僕のこれも、別に君やゴブスレくんのマネじゃないんだから、なんてね」
言って、まだ使えそうな石弾を拾い上げる。幸運にも、そこそこの数を回収できた。
「それにしても、気が滅入ってくるよ。もう五回目だろ? ゴブリンとの戦闘」
「気が抜けないわよねー……」
「迷宮都市の冒険者なぞは、これが日常だと聞きますがな」
「まったく、いつまで続くんだか……」
屈強な蜥蜴僧侶ですら、思わず愚痴を漏らすほどだ。女神官も、その表情に緊張の色が濃い。足取りも、どこか不確かだ。
「ここは石壁だ。壁を抜いての奇襲はないだろう」
「……嫌なことを思い出させないでください」
「悪かった」
「これだけゴミが多いなら、臭い消しは必要なかろ」
「……嫌なことを思い出させないでくださーい」
妖精弓手が女神官のマネをして答える。
「……ん」
不意に彼女はその長耳をせわしなく上下に動かし、点を仰ぎ見た。
「なんか変な感じが――……地下水路で、雨?」
「多分雨が振っとるのは上だの。排水溝だの運河だのから、こっちに回ってくるんじゃ」
「水が溢れないといいけれど」
「光源が消えればこちらが不利だ」
ゴブリンスレイヤーは忌々し気に松明を捨てて、
「角灯のほうが両手が空いていいんじゃないかい?」
「割れたらしまいだ。松明なら武器になる」
「なるほど。君はやっぱり、おもしろいね」
「そうか」
「うん。考え方が、僕の旦那に似てる」
「そうか」
「てか、え? あんた結婚してたの!?」
「そりゃあもう円満夫婦さ。毎晩毎晩、俺の嫁は可愛い、俺の嫁は可愛いって」
「うっそでしょ!?」
「ほほう……して詩人殿。いつの間に逢瀬を重ねていたのですかな? 拙僧ら、同じ宿とはいえ一度もお会いしたことがなく」
「夢の中でね」
「だと思いましたとも」
「あんたねぇ……!」
「ははは」
「――何かくるわ」
長耳が世話しなく上下に動くと、妖精弓手が矢筒に手をかけた。
雨の向こう側、水煙が薄く靄となった水路の彼方へと、全員が目を凝らす。
「ゴブリン!」
「の!」
「船!?」
次の瞬間、船上のゴブリンは手製の弓を弾き絞り、放つ。降り注ぐ藪須磨はてんでバラバラではあるが、雨のごとく狭い空間を覆い尽くす。
「≪いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください≫……!」
女神官の【
「あまり長くは……!」
「十分だ」
「どうするの?」
「決まっている、いつもと変わらん。ゴブリンどもは皆殺しだ」
「なら僕にお任せあれ、だ」
ずいと前に出ると、朗々と歌い上げる。
「ちょ、それ――!」
「そぉら、【
妖精弓手が止めようとしたが遅かった。船上を縦に分断するように、火の壁が現れる。それは木造の船の上で、チリチリとゴブリンの肌と甲板を燃やしていく。いかに水の上に浮かんでいるとはいえ、呪文の炎で炙られてしまえばひとたまりもなかった。
「おっけー、これで沈む」
「私火責めは駄目って言ったわよね!?」
「火責めじゃないよ。船の上なら【霊壁】の炎を避けられないから、ゴブリンを倒すのに都合がいいなと思っただけで、船は偶然燃えてしまったんだ。よしんば狙ったとしたら、【
「なるほど」
「オルグボルグに余計な知恵を与えちゃダメでしょ!? ゴブリンみたいなやつなんだから!!」
「そうだな」
「君もそこで納得しちゃダメじゃないのかな?」
「かまわん」
「そうかい」
鉱人道士が「勘弁してくれぃ……」とぼやいて、酒瓶の栓を抜いた。
「白粉のがやんちゃするのはいつものことじゃろ」
「ははは、白粉って言ったの許さないからな?」
「とにかく……少し休みませんか? みなさん、ちょっと消耗しているようですし……」
「いや」
ゴブリンスレイヤーが首を横に振る。
「すぐに動くべきだ」
「同感ですな。手早くことは終わらせましたが、小鬼めらずいぶん騒々しく沈みましたからな。雨で音が妨げられているとはいえ……」
他の者が感づいているやも知れぬ。その言葉が続くことはなく、ぱしゃり、と水の跳ねる音がした。
「……小鬼から逃げて狼に捕まるのはゴメンよ」
「ずいぶん古いことわざをもってくるじゃないかお姫様」
「なんか来たわよ白粉森人!」
「おまえお姫様とはいえ限度があるからな!」
二人の長い耳が上下に揺れる。
「ゴブリンか」
「ちっげーよ!」
その焦り具合に身がまえた冒険者たちは次の瞬間、濁った水から突きだす巨大な白い顎を目撃した。
「AAAAARIGGGGGG!」
冒険者たちはなんの躊躇もなく戦略的撤退を選ぶ。
「あれはゴブリンではないな……」
「見れば分かるでしょ!?」
「君はじつに馬鹿だな!」
「まさか沼竜がいるなんて……!」
「鱗の! あれはお主の親戚じゃろ!?」
「あいにくと拙僧、出家してよりこのかた親戚づきあいなどないもので!」
「鉱人を食べさせてその間に逃げましょう! きっと食あたりを起こすから!」
「賛成だぜお姫様! 鉱人には寄生虫がうじゃうじゃいるそうだからね!」
「ぬかしおる!」
「前からもなにか来る――またゴブリンの船!? それも複数!!」
「あんまり僕走りたくないんだけど! また【霊壁】で燃やしてやろうか!?」
「燃やすってあんたやっぱり燃やすつもりで――!」
「……この先に脇道はあるか?」
「ちょっと!? 何を思いついたのか知らないけれど、毒気とか燃やすのとかは……!」
「しない」
目の前でゴブリンどもが沼竜の腹の中に消えていく。その沼竜の尻尾には、女神官の唱えた【
「やつら、沼竜を冒険者と勘違いしよったわ」
「奴らは、冒険者が明かりをつけて移動するもの、と学習している」
「そうなの?」
「そうだ」
「
「調べて、研究したからな」
「なるほど」
「毒気も、火攻めも、水攻めもできないのであれば、この程度が関の山だ」
「十分でしょ」
「……気に食わん」
「何よ、切り抜けられたからいいじゃない」
「違う」
忌々しいとばかりに履き捨てる。
「奴らは略奪民族だ。ものを作るという発想自体を持たん」
「つまり?」
「奴らは船に乗っていた」
「……誰かが船について小鬼ばらに教えた、っちゅうことか」
「でも、それだけならまだ、シャーマンとかが、思いついたのかもしれませんし――」
「かもしれん。だが、奴らがここで自然に増えたのだとすれば、なぜあの……なんだ」
「沼竜ね」
「そうだ。アレの存在を知らないのだ? 知っていれば、船を用いるなどとは思わんはずだ。奴らは、臆病だからな」
ふぅーん、と詩人は考え込む。
「人為的な
「そうだ」
「マジかよ……」
詩人はため息をついて、頭を抱えた。
「君とのゴブリン退治は、いつも何かしら裏がある気がしてくるよ」
「俺のせいではない」
「そうだろうけども……」
「いずれにしろ、準備が足りん。呪文も消費した……なら、戻るぞ」
ゴブリンスレイヤーがした一時撤退の提案に、誰も否とは答えなかった。
「で、それは何なわけ?」
翌日、再び地下へ降り立った妖精弓手は、腰に手を当てゴブリンスレイヤーを見やる。
「……? 鳥を知らんのか」
「知ってるわよ!」
「カナリアだ」
「だから、知ってるってば……」
「たぶん、どうして小鳥を連れてきているのか、知りたいんじゃないかな?」
「だって小鳥よ? 気にならない? 例の
「小鳥が人を殺せると思うのか」
妖精弓手の耳が大きく跳ねて、鉱人がくつくつと笑いを漏らした。
「カナリアは少しの毒気で騒ぐんだって、僕の旦那が言っていたよ」
「よく知っているな」
「彼の故郷でね、邪教徒が地下で毒気を使った事件があったんだって」
「ちなみに小鬼殺し殿は、どこでその知識を?」
「炭鉱夫だ。世の中、俺の知らない知識を知っている奴のほうが多い」
「そうともそうとも。だから君も、もう少しみんなと会話をするべきだぜ?」
「しているじゃないか」
「君のそれは会話とは言わない」
「……そうか」
「じゃあ、油断しない範囲で、なにか適当に話しながら行こうか」
詩人は杖の先で、地下の奥を示した。
「――ねぇ、下着って必要あるのかしら?」
「急に、何を言いだすんだい。お姫様」
「前にオルグボルグに聞いたけど、『俺に聞くな、詩人にでも聞け』って」
カナリアの籠を手に、先頭を進むゴブリンスレイヤーを睨む。
「僕もよくわからないかな」
「そーよねぇ?」
「僕の旦那はつけてないほうが好みみたいだしね?」
「あんた、変な薬やってないわよね……?」
「ははは」
「否定しなさいよ?」
「気を引き締められよ、各々方?」
「ほら、怒られたじゃないか」
「あんたのせいでしょ」
「ははは」
「あんたって、よく笑ってごまかすわよねぇ……」
「そんな性格しとるから、妄想の中でしか結婚できないんじゃないのか。白粉の」
「おまえぜったいに許さないからな?」
言い合っていると、閉ざされた巨大な木製扉の前につく。
明らかに、なにがしかの魔術がかかっている扉だ。この湿気の多い地下で、腐りも痛みもしていない。劣化しているのは鍵穴くらいのものだからだ。
「まずはこの部屋、ですね」
「頼んだぜお姫様」
「はいはい、っと……鍵はかかってないわね。罠もなさそう。本職じゃないから、恨まないでよ?」
「白粉って言ったことだけは恨むけどな!」
「行くぞ」
ゴブリンスレイヤーが玄室の扉を蹴破る。
「
「見て!」
「なんてひどい……!」
「……現れたのが囚われの騎士とは、さすがの僕も驚きだよ」
玄室の中央、そこで晒しものにされているかのように、大きく両手足を広げた誰かが縛り上げられている。ぐったりとうなだれているその人物は、長い金髪の女性であるらしい。くすんだ色の金属鎧を纏っていた。
女神官はさっと囚われの女騎士へと駆け寄ろうとして、
「な、何です?」
ゴブリンスレイヤーに引き止められる。
「見ろ」
言うや、その女騎士の髪がずるりと落ちた。
「これは……!」
そこに、白骨となった髑髏があった。頭に大きな穴が開いている。おそらくは、頭を殴られて殺されたのだろう。してやられたと思った瞬間、背後で玄室の扉が閉じた。
金糸雀がけたたましく騒ぐ。
「毒気……!」
玄室の隙間から、扉の向こうから、ゴブリンどもの甲高い嘲笑が聞こえる。無駄なあがきだと、悪辣な考えの詰まった小さな怪物たちがあざ笑う。
「ダメ、他に出口は見当たらない!」
「これはいかぬな、一網打尽とされてしまうぞ」
「毒気で死ぬとも限らんが、碌な目にはあわんじゃろうな……」
「落ち着け。俺たちはまだ、生きている」
「そうさ。こんな時こそ、お姉さんにお任せあれ、だ」
「手があるのか?」
「ちょいと二手、頂戴な」
ゴブリンスレイヤーは、頷くように雑嚢を漁る。二手欲しいと言った彼女の鼻先に、取り出した黒い塊を突きつけた。
「これは?」
「手拭いで包んで、口と鼻を覆え」
「これは――なるほど、炭かい」
「知っているなら早くしろ。多少は毒気を防ぐ。二手ぶんにはなるはずだ」
「用意周到だね」
「毒気がわかっても、防げないのでは意味がないからな」
「なるほど。カナリアを連れていただけはあるわけだ」
「急げ」
「はいはい」
手ぬぐいに炭を包んで口元を覆う。ゴブリンスレイヤーは全員分用意してあるとばかりに、雑嚢からさらに布と炭を取りだして行く。
「拙僧も手伝おう。あまり毒気は効かぬ故」
「頼む」
「急げよ白粉の!」
「ほんっと許さないからな!?」
詩人は投石杖を握りしめ、構えた。
「≪掲げよ燃やせや
「
「だから二手欲しいって言ったんだ。いいから目ぇ見開いてお姉さんの活躍を見とけよ! ≪
「【
鉱人道士がその呪文を聞き、何をするつもりかを理解する。
わかっているじゃないか鉱人、とばかりに詩人はにやりと笑った。
「白粉のの周りに固まれぃ! 締め出されるぞ!」
「……
半球状の【力場】が、玄室の壁沿いに展開される。鉱人が想定するよりもはるかに巨大なサイズの障壁が、外と内とを完全に分断した。
「ふふん、どやぁ。これがお姉さんの実力だぜ?」
「ふつう自分で言う……?」
「いやはや鉱人殿もそうですが、詩人殿もずいぶんと手管が多い」
「にしちゃ壁の呪文が多くないか? 白粉だけに漆喰かぁ?」
「おまえだけ外に放りだしてもいいんだからな?」
「おお、怖や怖や……」
「どれくらい持つ?」
「ゴブリン程度なら大丈夫だろうけど、それ以上は難しいね。思いっきり殴られたらパリンと割れるよ」
ゴブリンスレイヤーはしばし考える。上位種か、あるいはゴブリンに知識を与えたなにがしかがいることは予想がついている。
「石櫃を動かして阻塞にする。毒気が収まれば奴ら、突っ込んでくるぞ」
「そうだろうね」
だからこそ、と。
「――
詩人はにやりと笑う。
「まとめて燃やすつもりさ。まさか火責め水責め毒気はナシ、とか言わないだろうね?」
「やっぱりあんた白粉森人だわ」
「なんだとーぅ!?」
そこはさながら、礼拝堂のような場所であった。
石櫃の奥から続く階段を下り、その末端から登りに転じた、その果ても果て。小ぢんまりとした室内には石から掘り出された長椅子が並び、奥には祭壇。そして水面のごとく奇妙に揺らめく、姿見のような大鏡が壁に埋め込まれて掲げられている。
まるで神殿、あるいは聖域と呼ぶべきだろうか。
「なん、です、か。あれ……」
「ゴブリンではないな」
「君はじつに馬鹿だな。見ればわかるだろ?」
「わかんない……けど、目玉、だと思う」
「見るからに混沌の眷属でありましょうや」
「なんか知っとるかいの? 漆喰娘」
「温厚な僕だってマジで怒るんだかんな?」
詩人はその怪物の姿をまじまじと見る。
床からわずかに浮遊し、幾何学的な瞳をぎょろりと血走らせている。その眼球をつつむ瞼と形容すべきか、そこから幾本かの触手を生やし、その触手の先にもまた小さな眼球があった。
まさに目玉の怪物としか形容のしようがない。詩人はその怪物を「知らない」と言おうとして、はたと思いだす。
「そういえば、なにかで読んだことがあるな……」
「ほう」
「……邪眼の怪物だ。名前を呼んではいけないたぐいの」
「名前なぞ、大目玉でかまわん」
「
「いい名前があるぜ? 土下座衛門だ」
「異国風の名前ですな」
「もっと
「ははは。……冗談はさておいて。睨まれると呪文が使えなくなるぜ?」
「ええっ!?」
「おいおい、わしらは石でも投げとけっちゅーことか?」
「視界を遮ればいい」
「魔法の視界を得る邪眼もちだぜ? こっちの視界が遮られるだけだし、しまいにゃ分解光線が飛んでくるよ? 喰らったらチリも残らないさ」
「なんちゅー怪物じゃ……」
さてどうする、と腕を組んで考え込む。円陣を組んでアイディアを出していくが、どれもが詩人に却下されていく。
「目玉だけならなんとかやれそうなんじゃがなぁ……さっき逃がしたゴブリンもいるときたもんだ」
「しかもあの鏡、どうやら魔法のアイテムみたいだぜ? おそらく≪
「なによそれ、矢が何本あっても足りないじゃない」
「何か手はないものですかな? 小鬼殺し殿」
「……手段ならある」
しばし考えて、ゴブリンスレイヤーは断言した。
「なんだよゴブスレ君、もったいぶっちゃってさ。あるなら早く言ってくれよ」
「確認するが、ここはもう街の外でいいな?」
「と、思うがの。結構歩いたし、感じとしてもだいぶ離れとるじゃろ」
「詩人」
「はいはい」
「あいつはゴブリンではないな?」
「何する気か知らないけれど、ゴブリンでないことが重要なのかい?」
「ああ」
ゴブリンスレイヤーははっきりと断言した。
「ゴブリンじゃないよ」
「そうか」
「囮か何かが必要かい? 【
「いらん」
雑嚢をまさぐって、一歩前へ。
手に取りだしたるは一本の
「……呪文封じの邪視って巻物もアウトだっけ?」
「まだこちらに気付いていないなら関係あるまい」
ゴブリンスレイヤーはそのスクロールを、大目玉めがけて発動させた。
「――火責め水責め毒気はナシ、って私言ったわよね!?」
鏡の向こうのゴブリン諸共、≪転移≫の巻物によって噴き出した海水によって千々に切り裂かれて吹き飛んだその礼拝堂に、妖精弓手の怒声がこだまする。
「まぁまぁ、お姫様。あれしか手がなかったんじゃあ仕方ないんじゃないのかい?」
「視線が向けられていない隙に呪文で天井を崩して潰すか、あるいは奴の身動きがとれん通路におびき寄せ、弓矢を射かける方法もあった」
「ほら、これよりマシだろう?」
「だが身動きのとれん通路があるとも限らんし壊して進むかもしれん。天井を崩せば俺たちも生き埋めになるかもしれなかった。確実な手は、これしかなかった」
「失敗して生き埋めになるよりはマシだろ?」
「それに、俺が禁止されたのは“ゴブリンに”火責めや毒気を使うことだ」
「あー……んー……なるほど?」
そういえば、そんな約束だったな。これは旗色が悪いや、と。詩人は視線を泳がせた。
「あの目玉と、あわよくば鏡を壊せれば良いと思っていた。残念だが、鏡のむこう側のゴブリンに当たってしまったようだが」
「ほらぁ! あんたの悪知恵うつっちゃったじゃない!」
「僕は悪くないだろっ!?」
「そんなんだから白粉森人とか言われるのよ!」
「また言った! 今度の今度こそ許さないからな!? 僕ぁ訴えるよ、そして勝つよ!?」
「どこに訴えるつもりよ!」
「君の姉上様」
「ちょ、それ卑怯でしょうよ!? ねぇ様は関係ないでしょうよねぇ様は!!」
「ひとを白粉呼ばわりするからだろ! 手段を選んでやらないだけだよ!!」
ぎゃーのぎゃーのと騒がしく、森人ふたりが言い争う。
「いやはや、三人寄れば姦しいと申しますが……」
「二人でも十分騒がしいのぉ」
やれやれ、と。
蜥蜴僧侶と鉱人道士が互いに肩をすくめた。
「
悪いこと考えるエルフへの最大限の侮辱になるんじゃないかな?
「鉱人には寄生虫がうじゃうじゃ」
圃人はこれの料理が得意だとかなんとか。
2021/01/11_誤字修正しました