【疾走詩人】ゴブリンスレイヤーRTA 精霊使いチャート 作:神楽風月
金貨が一枚か二枚あれば、一ヶ月は暮らせてしまう。
それが一袋、テーブルの上に置かれている。たった数年程度の金銭ではあるが、街での暮らしもそこそこ慣れて来た詩人はいまだに実感がわかず、預けることもしなければ使うこともしていない。
そんな彼女の首には、いつの間にか青玉の身分証がぶら下がっていた。
「……家でも買おうかな」
ふと、そんな言葉を漏らす。
「いや、でもなぁ……うーん……」
「――って、わけだけど。どう思うかな?」
「なにそれ嫌味?」
付き合いも長くなってきた魔術師がため息をひとつ。
「好きにすればいいじゃない」
「いや、だって、家だぜ? 愛しい人といずれ暮らしていく愛の巣だぜ?」
「はいはい、脳内旦那ならなんでも“イイネ!”って言ってくれるでしょうよ」
「脳内じゃねーよ」
「でも会ってるのは夢の中でしょ?」
「そりゃあ、まぁ……今はね?」
「それを脳内旦那っていうのよ」
「君と僕とでこんなに意識の違いがあるとは思わなかった!」
わりと真剣に相談したんだけどなぁー、と。詩人は待合スペースのテーブルへ突っ伏した。
「で、そんな悩める青玉サマは、まさかこんなくだらない相談のためだけに話しかけてきたわけ?」
割と忙しいんだけど私も、と。
「ふぅ……ごめん、君にはまだ早かったかな……?」
「【
「なんだとーぅ!?」
「じゃあ年上ぽくなんか奢りなさいよ。こっちは万年金欠なんだからね?」
「嘘つけ、僕は君たちと冒険に出ることがあるけれど、あの報酬はそんなに安くないぜ? いったい何に使ってるんだい? 無駄遣いはお姉さん、感心しないな?」
「勉強のために決まってるでしょうが。こちとらアンタのせいで自信喪失中なんだから」
「おいおい……命短し恋せよ乙女、だぜ?」
「あー、はいはい。脳内旦那持ちはさすがちがうわー」
「しーんーじーろーよー!」
きーきーうるさい、とばかりに手を振って、真新しい本を開いて読み始める。
「くそう、勉強し始めやがってー……どーにもこの街の
「じゃあ敬いたくなるようなこと言ってみなさいよ」
「あ、聞いちゃう? ふうん、聞いちゃうんだ?」
「いいからはよ言え」
「ふふん、こないだ【
「はぁ!? あんたなんてもの覚えてるのよ! あれめちゃくちゃ難しいじゃない!!」
「いやぁ、愛しい人がさ? おすすめしてくれたし……それに只人ってめちゃくちゃ持久力あるじゃん? 夜……大変かな、って」
至極まじめな顔をして、二人がかりなら、と。
「……精神的なつながりがあったでしょ? 倍の負担にならないかしら」
「そんな! 愛しい人の罠だったのか!」
「しらんわ」
もはや敬意の欠片もないとばかりに、適当にあしらい始める。
「すまん、聞いてくれ。頼みがある」
いつもと違う雰囲気をまとって、ゴブリンスレイヤーが口にする。
いつもならずかずかと無遠慮に受付へと行くやつが、しかし今回は、待合スペースの中心に無造作に踏み入ったのだ。
低く静かな声で発した言葉は、そこにいた冒険者たちをざわめかせるのに十分だった。
「なにをやってるんだよ、ゴブスレ君……」
彼の奇行には慣れてきたはずだったが、今回ばかりは理解ができないでいる。しかしその言葉は、他の冒険者のざわめきにかき消えてしまった。
「ゴブリンの群れが来る。村はずれの牧場にだ。時間はおそらく今夜。数は分からん……だが斥候の足跡の多さから見てロードがいるはずだ。……つまり百は下らんだろう」
冗談ではない! 彼らのざわめきはより一層大きくなる。
彼らのほとんどは、最初の冒険でゴブリン退治を引き受ける。だからこそ、誰も彼もがゴブリンの恐ろしさ――否、面倒くささを知っている。ましてや百匹。それも、魔力でも膂力でもなく、統率力に優れた変異種であるロードに率いられた怪物ども……それはもはや、ゴブリンの軍と呼んで差し支えないだろう。
「時間がない。洞窟ならともかく、野戦では手が足りん。手伝ってほしい、頼む」
彼は、頭を下げた。しかし誰も、彼に言葉を返そうとはしない。
「おい……お前なんか、勘違いしてないか?」
いや――槍使いの冒険者だけが、ゴブリンスレイヤーに言葉を返した。
「お願いなんざ聞く義理はねぇ」
鋭い目でゴブリンスレイヤーを睨み、続ける。
「依頼を出せよ、つまり報酬だ。ここは冒険者ギルドで、俺たちは冒険者だぜ?」
そうだ、そうだと野次が飛ぶ。
彼は立ち尽くしたまま周囲を見回した。別に助けを求めたわけではない。
二階のほうで妖精弓手が顔を真っ赤にして飛び降りようとして、鉱人道士らに止められていた。目の前の男と一党を組んでいる魔女は、つかみどころのない笑みを浮かべている。馴染みの受付嬢は慌てて奥へと姿を消し、疾走詩人は額を押さえて呆れかえっていた。
そして彼は、自分が女神官を探そうとしていることに気付き――鉄兜の奥で目を閉じる。
「ああ、最もな意見だ」
「おう、じゃあ言ってみな。俺らにゴブリン百匹の相手をさせる、報酬をよ」
「すべてだ」
そいつは迷うことなく、そうはっきりと言った。
「君はじつに馬鹿だな!」
僕の背中を誰かが押した。押したのはきっと
ゴブリンスレイヤーが、命をも報酬に乗せた瞬間に、これ以上ない舞台を整えて。
「銀等級がゴブリン退治だぜ? 相場が違うだろうよ」
「ど畜生め」
このタイミングで口をはさむかこの白粉め、と。槍使いは詩人を睨む。
「お前の命なんぞいるか! ……後で一杯奢れ」
相場だろうが、と。
「すまん。ありがとう」
「よせよせ! 退治してから言ってくれよそんな台詞は……!」
槍使いが目を剥いて、ばつが悪そうに頬をかいた。
「……まったく、僕がいなけりゃどうなってたことか」
「どうにでもなってたんじゃない?」
「知ってるさ。ま、銀等級だしね」
人がいいのは知っている。
あとはタイミングの問題。
だから
「惚れ直すよ、愛しい人」
「それよりアンタ、報酬は
魔術師の悪い顔に、詩人はにやりと笑い返した。
「じゃ、ふっかけにいってやろうじゃんか」
傍らに立てかけた
「やぁやぁ、ゴブスレ君。僕の報酬の件だけど――……僕は“いっぱい”、奢ってもらっちゃおうかな?」
「わかった……助かる」
「助かる? そんなこというなよゴブスレ君。君が依頼を出した。それを僕らが引き受けた これはそれ以上でもそれ以下でもない話だぜ?」
「そうとも、俺たちゃ仲間でも友達でもないけれど、冒険者だからな」
そうだ、彼らは、冒険者だ。
胸には夢があり、志があり、野心があり――人のために戦いたかった。
踏み出す勇気がなかった。でも、
押したのはきっと
「ゴブリン退治? いいだろう、そいつは俺らの仕事だぜ」
冒険者はみな剣を、杖を、斧を、弓を、拳を掲げて鬨の声を上げる。
だから
『
その戦いは、まったくもって順調だった。ゴブリンスレイヤーから受けた見識が、みごと華麗にハマっていく。
肉の盾? 眠らせて回収してやればいい。
呪文使いと弓持ち? そんなもの、石と矢とで射殺せばいい。
ゴブリンライダー? 槍衾で串刺しだ!
元より小鬼と冒険者。真正面から戦えば、運が悪くなければ負けることなどない。
「まったく、小遣い稼ぎにちょうどいいね」
「金貨が小遣いとか、あんた金銭感覚ヤバくなってない?」
「……まぁ、そういうこともあるかな?」
妖精弓手の一言に、こほんと咳ばらいを一つ。
「そういう君はどうなんだい?」
「森人にお金の価値とか難しくない?」
「おまえ梯子を外しやがって」
「いいからさっさと倒す。数ばっかり多くてヤになっちゃうんだから!」
「はいはい」
詩人は投石杖を握りしめ、深く集中する。
「≪
ここまでいろんなことがあった。
「
だからこの戦いは、その総まとめ。
「……
詩人は【分身】の真言呪文を唱える。いまだ成功率はそう高くない。よくて四割あればいいほうか。だが、今日ばかりは不思議と失敗する気はしなかったし、事実それはなんの過不足もなく発動する。
「うっわ、ウザいのが二人に増えた」
「「怒るよ?」」
「
「はいはい」
本体が答えて、分身に石弾がぎっしりつまった袋を渡す。【分身】の持つアイテムはあくまで偽物、効果を発揮しないからだ。
「僕が二人に増えたんだ。殺せるゴブリンは、二倍どころの話じゃないぜ?」
「まぁゴブリンを一番多く殺すのは
「いうなよお姫様……」
げんなりしながら、二人の詩人は松明持ちに【
「出たぞ!
「
唸るような雄叫びが血風吹き荒れる戦場にこだまする。
オーガと見まごうような巨体。ちと農相に濡れた棍棒をもち、ゴブリンでありながら、戦場の行く末を左右しかねない強大な敵。
だがしかし、冒険者たちの気迫が萎えることはない。ここにいるのは、大物食いを狙わずして何が冒険者かとばかりに闘志の高ぶる益荒男ばかり。
「っしゃあ! 大物か! いい加減、雑魚相手も嫌になってたところだ!」
獰猛な笑みを浮かべて武器を担ぎ、率先して前に飛び出す重戦士。そのあとに、やれやれと面倒くさそうに盾を掲げた女騎士が続く。
「こっから先は
槍使いが新人冒険者を後ろに引かせるよう号令をかけると、槍を構えて突撃する。
「それじゃあ、残りの一匹は僕がいただこうかな」
ひょいと屋根から飛び降りて、のんびりとした足取りで前に出る。
「愛しい人のハグが待ってるからね。ここらで武勇伝のひとつも上げたなら、きっと僕はどうにかされてしまうだろうさ」
「あんた妄想もたいがいにしなさいよ」
「おまえ覚えてろよ。お姫様の目の前で、熱烈ヴェーゼで赤面させてやる」
「できんのあんた?」
「……ちょっと恥ずかしいかな!」
「いや相手妄想じゃん」
「なんだとーぅ!?」
油断はしていないが、緊張もしていない。
紅紫色の瞳をきりりと引き締めて、艶のある唇は朗々と呪文を紡ぐ。
「≪
そいつはチャンピョンの足元に泥沼を作る。ぬかるむ沼地に足を取られ、そいつらはあっけなく地面に転がった。
「さぁいくぜ! ≪天の火石に死霊の骸骨、この世の外から来たもの二つ」
詩人の持つ投石杖に、不可視の力場が現れる。
精霊術の力の源、幽世より来る力そのもの。
「ガツンと一発、
思い切り、杖を振るう。普段は石弾を投げていたもので、これこそ本当の武器だとばかりに投げつけられた不可視の力場は、鎧も防御も関係なく、ゴブリンの体を抉り吹き飛ばした。
「やったぜ!」
「やってないやってない!」
「変なフラグ立てるんだからもぉー!」
妖精弓手と魔術師が、馬鹿なことを口にした詩人を叱咤する。
空間が歪み、吹き飛ばされた場所は土煙を上げていたが、その中心にいたチャンピョンは――無傷であった。
「そりゃあ、一発で殺せるとは思ってなかったさ」
しかし詩人は油断などしていない。
詩人の【分身】が、自信満々に彼女の隣へと立つ。
「一発で殺せないなら二発、三発重ねればいいだけさ」
「あんた時々脳筋になるわね!」
「なんとでも言え! ≪天の火石に死霊の骸骨――」
「この世の外から来たもの二つ――!」
次は確実に仕留めるとばかりに、二人の詩人は同時に詠唱を重ねる。
「「ガツンと一発、
「私たちの勝利と、牧場と、町と、冒険者と――……それから、いっつもいっつもゴブリンゴブリン言ってる、あのへんなのにかんぱーい!」
妖精弓手の音頭にわっと冒険者たちが歓声を上げて次々に盃を掲げると、一気に干す。たしかこれで五度目の乾杯だったが、冒険者たちは気にしない。
「まったく……お姉さんは付き合いきれないぜ」
鉱人道士が持ち込んだ秘蔵の火酒、そいつをうっかり口にしてしまった疾走詩人がひとりごちる。色白の肌に紅が差し、紅紫色の瞳はとろんとしている。
ふと、ふわりと風が吹く。
眠気を誘う心地よい春の陽気にも似ていたし、火照りを冷ます夜風にも似ていたそれを受けて、詩人はその華奢で小柄な体を、隣に座った外套の男の肩に寄りかからせた。
「君もそう思うだろ?」
詩人は
くぅ〜疲れましたw これにて完結です!
思えば描写パートはかなり端折ってしまいどうだろうと思いましたが、RTAやしまぁええやろ、の精神で駆け抜けました。
最後に、偉大な原作者様、先駆者ラスト・ダンサー兄貴、花咲爺兄貴、他兄貴姉貴様に敬意と感謝を込めて締めくくりたいと思います。
THANK YOU FOR PLAYING !