「この三人で話すのは初めてかもしれませんね」
「そうだっけー? なんか高校ではしょっちゅう話していたような気もするけど。あーでも、その場には恋雪ちゃんとか禰豆子ちゃんもいたか」
「炭治郎も混ざってたりしましたね」
冬場の日曜日、午後の三時。
胡蝶しのぶ、真菰、栗花落カナヲの三人は、鱗滝道場からほど近い喫茶店で円形のテーブルを囲んでいた。
「それにしても、炭治郎と義勇と錆兎が全員参加するなんて運が良かったねー」
というのは真菰。
道場は基本的には毎日開いていて、体を動かしたい人がしたい時間に来て稽古をつけてもらう、というスタイルだが、土曜と日曜は全体練習がある。
教師の冨岡義勇と大学生の鱗滝錆兎、竈門炭治郎の付き添いで来ていた三人は、少し遅いですが一緒にお昼でも、ということになって、こうなった。
「そうですね。義勇さんがなんだかんだ来られないことが多かったですから」
「土日の先生って何してるの?」
「風紀委員の仕事があったりするみたいですよ」
「仕事っていうか、小言じゃないといいね。義勇嫌われているから」
「そうかもしれませんね、義勇さんは嫌われていますから」
しのぶはいつもの義勇のセリフと真逆なことを言ってため息をつく。
「この前だってボウリングに言ったら隣のレーンの高校生が『うわ、トミセンだ』って言って帰っちゃいますし。かと思ったら数分後に『トミセン彼女連れで草』ってツイッターで話題になってたらしいですし!」
「ああ、そういえば炭治郎がそんなこと言ってたかも」
「義勇さんと一緒に人の多い場所なんていけませんよ全くもう!」
「都内行ったら?」
「嫌ですよ逆ナンされまくりますもん」
人の夫に声を掛けられるのも普通に腹が立つし、私がナンパされる回数より義勇さんが逆ナンされる回数の方が多いのもまったくもって苛々する。
「へーしのぶちゃん嫉妬するんだー、かっわいいー」
「お冷掛けますよ真菰さん」
諸事情で稽古に欠席の真菰は、しのぶをからかったままの顔をカナヲに近づける。
「カナヲちゃんはー? 炭治郎とはどこまでいったのー?」
「去年、同棲を始めました」
「そうなんだ! おめでとー! 炭治郎、お兄ちゃん気質だから一緒にいて楽そう」
「そうなんです……、放っておくと全部やってもらっちゃって。なんか申し訳なくて。でも申し訳ないって言ってもなかなか聞いてくれなくて……」
「頑固だもんね」
「そうなんです! 私が持ってきた炊飯器も何がなんでも使ってくれなくて。それで拗ねてたらなんかそっちでパンを作り始めてて……」
「それは、頑固なんですかね………?」
しのぶが首を傾げるが、カナヲは炭治郎についての話をできる人がいままであまりいなかったからか、身を乗り出す。
「そもそも炭治郎、起きるのが早いんです。早すぎるんです。三時に起き始めて、パン焼いてご飯炊いて洗濯機回してってやってるので、私が起きると全部終わってて。朝ごはんも作ってくれてて………」
「カナヲは幸せ者じゃあないですか。朝ごはんも美味しいんでしょう?」
「美味しいぃ………」
顔を手で覆って左右に首を振るカナヲに、微笑ましくなってくる年上二人。
中等部のころは色恋なんて一生しなさそうな顔でぼーっとしていたのに、綺麗に花開いちゃってまあ、といった調子である。
「真菰さんは、たしか錆兎さんと同棲して長いですよね」
「そうだねー。高校卒業してからずっとだから。まあその前も家は同じだったから、あんまり新鮮味はなかったんだけどね」
そこでしのぶはふと興味が湧いて、失礼かなと思いつつも訪ねてみる。
「錆兎さんのお部屋って、どんな感じなんですか? いつも男おとこ言ってる人の内装がちょっと気になって」
「あー、気になるよね。男の子って私たちからすれば未知だもんねー。私もそう思って結構前に侵入しちゃった」
真菰はその時のことを思い出したのか、ふふふ、と笑って、
「基本的には想像通りでねー、床にはダンベルとかヨガマットが転がってて、本棚の中も剣道の指南書とかそんなんばっかでね。あー、中学生の時はゴルゴ13とかもあったな」
「もしかしなくても複数回侵入してません?」
「あとは簡素な部屋だったんだけど、よく調べると学習机の引き出しが二重底になっててね、中にエロ本入ってた。なんだっけかなータイトル」
「めちゃくちゃ調べてますよね真菰さん……」
笑みの種類が完全にからかう人のそれで、苦笑いするしかないしのぶとカナヲ。
だが、真菰から、「えーでも二人ともやったことあるでしょ?」と言われて固まる。
沈黙から答えを察した真菰は、にまにまとカナヲに擦り寄った。
「ねえねえ、炭治郎の部屋はどんな感じなのー?」
「べつに、普通です。パンの作り方とか、剣道の本とかおいてあって。あとなんか、音痴の直し方……? みたいな本もあった、ような」
「うっ………!」
ぞわぞわと眩暈と吐き気が襲ってくる元実行委員、胡蝶しのぶの変化には気づかず、会話は続く。
「エッチな本なかった?」
「なかったです! というかそんなに調べてないです、長居したら炭治郎匂いでわかっちゃいそうで」
「あーなるほど、全体的に犬っぽいもんね炭治郎。カナヲちゃんは猫っぽい」
「猫というか実態はナマケモノみたいにされつつあるみたいですけどね」
「努力は! してます……!」
むくれて言い返すカナヲの頬をうりうりと撫でてやり、しのぶは真菰の矛先が向く前に自白しておくことにした。
「義勇さんの部屋もいたって普通ですよ。本棚、タンス、机、パソコン。そんな感じですかねー。棚に並んでいる本はやっぱり似通ってて、五輪書とか葉隠とか……。あとエクセルの解説書がたくさんありましたね」
「義勇パソコン苦手じゃなかったっけ?」
「それで不死川先生に怒られたらしくて。めちゃくちゃ教本渡されて頭をはたかれたそうです」
「ああ」
―――暗算の方が早い。
―――機械にやらせた方が正確に決まってんだろうが。マクロで自動化しろとまでは言わねぇが、せめて基本機能ぐらい使えろや。
―――タイピングができない。
―――どうすんだよ体力試験の結果。
―――俺が紙にまとめるから、それを不死川が打ち込めばいい。
―――冨岡ァァァ!
という会話を職員室でしていたなあ、とカナヲは思い出してしみじみと頷く。
「へー、じゃあきっとできるようになったんだろうなあ。やればできる子だから」
「あとは、……漫画はなかったですね。ああでも、人に嫌われない技術! みたいな本とか、あったような……」
「冨岡先生……」
学生時代にしのぶがらみで大分つんけんした態度を取ってしまった自覚のあるカナヲは少し心が痛くなるが、真菰はといえば大爆笑であった。
「義勇はあれで気にしいだからね。まー気にしてても顔に出ないからわからないんだけど。ほかにはほかには? 服のセンス終わってない?」
「ネタシャツばっかりですね。なんなんでしょうね、なんで表に文字プリントのシャツばっかり揃うんでしょうね」
「どんなのがあるの?」
「『しゃけだいこん!』とか『怖くナイヨ』とか、大きな一つ目の下に『心の窓』なんて印刷されてるやつもありました。あとストレートに『俺は嫌われていない』とかも」
「ふ、っふふ」
「同棲初期は笑いをこらえるのが大変でした」
今ではもう慣れてしまって、慣れてしまったことに若干の恐怖を覚えているけれど。
「そっかー、エロ本なかったの?」
「そんなじっくり調べてませんよ……」
「きっと持ってない。持ってない、はず……」
「炭治郎とか聞いたら教えてくれそうじゃない? あとで聞いてみよっか」
「やめて! ください……」
あるとか言われたら家で絶対ぎこちなくなる確信のあるカナヲが小さく叫び、自分の声量に自分で驚いて尻すぼみに訴える。
炭治郎の部屋の話をしていた辺りで届いていたサンドイッチに噛みついて、ちょっとヒートアップしてきたしのぶは「そもそも!」と声を上げた。
「義勇さんの部屋にも、おそらく炭治郎くんの部屋にも、そんなものないですよ」
「そうなの? その心は?」
「だって……、きっと本よりすごいこと、実際に、して、ますし……」
さっきのカナヲそっくりに尻すぼみな声でうつむく胡蝶しのぶ。
隣を見ると、栗花落カナヲも同じように下を向いていて。
へぇー、と平坦な声でつぶやいた真菰は、すっとレシートを抜き取った。
「真菰さん……?」
「ここは私が奢ってあげる。だから義勇と炭治郎に連絡入れて?」
「なんで、ですか……?」
「ちょっと長くなりそうだし、TPOはわきまえないと」
二人が食事を終えるのを待ってさっさと会計を終わらせ、しのぶとカナヲの手を取る。
「居酒屋に行こう。根こそぎ聞くまで帰らせないよ?」
「え、いやちょっと待ってください義勇さんとかどうするんですか⁉」
「今日は炭治郎疲れてるだろうからお夕飯作ってあげようと思ってるんです、ちょっと真菰さんっ!」
「まあまあ。あっちはあっちでほっぽり出されたら男子会でもやるでしょ」
反論は受け付けず。
夕焼け空の下、ほのかに色づいた二羽の蝶を引き連れて、真菰はずんずん歩いていく。