暦は進んで、真菰がしのぶ、カナヲと飲んでから一週間が経った週末。
せっかくの日曜日を道場での修練に費やして帰ってきた鱗滝錆兎を、真菰はいつもの通り玄関で迎える。
「おかえりー、錆兎」
「わざわざ出迎えてくれなくても良いとあれほど言っているだろうに」
「ふふ、でも嬉しいでしょ?」
「それはそうだが。お前も疲れているだろう」
真菰の今日の全体稽古には参加していた。
にもかかわらずこれだけ帰宅時間に差がつくのは、錆兎が鱗滝先生に頼んで追加メニューをこなしているのが原因だ。
「毎週よくやるよねー。そんなにしなくても錆兎ならちゃんと受け継げるよ」
「肩書だけが重要ではない。名実揃ってこその免許皆伝だ」
「あ、部屋の掃除はやっといたから」
「何回言ってもお前は人の部屋に勝手に入るよな………」
呆れたようにつぶやいて、錆兎はずしりと重たい防具を真菰に渡す。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるところは助かっているし、いっそ申し訳なくなることも多い真菰との同棲だが、プライベートがほぼ無いのは正直困っていた。
「見られたら困る物があったらどうしてくれるんだ」
「え、超見たい」
「そういうのは見たいと言っていられるうちが花だからな、覚えておけよ」
既に見られているし飲み会で胡蝶姉妹に筒抜けていることを知らず、くぎを刺す錆兎。
「えー、錆兎の性癖気になるんだけどなー」
恋人とはいえ物心ついたころから一緒にいたため、やっぱり普段は友達のノリが勝ってしまう。
とはいえ、前みたいに異様な薄着を着ることもなくなったし、心境の変化はあったのだろう。
「ご飯とお風呂、どっちもできてるからお好きな方を」
「ありがとう。風呂をもらおう」
うんしょと防具を抱え、真菰は悪戯っぽく目を細めた。
「ちなみに私も準備万端だけどどうするー?」
「………風呂をもらおう」
前言撤回。こいつやっぱりなんも変わってない。
風呂から出てきた錆兎と、その間に家事を終えた真菰は食卓で手を合わせる。
大学の授業に道場にと真菰に比べ忙しい錆兎であったが、土日の夕食だけはなるべく一緒に食べようと決めていた。
「錆兎、先週はいきなり飲み会とか言ってごめんね」
「気にすることはない。真菰は真菰のやりたいようにふるまえばいい」
「ふふ、ありがと」
おとこおとこ言うけど、それが女卑や亭主関白に繋がらないあたりが、錆兎の良い所だなあとしみじみ思う。
「錆兎はさー、私のこと束縛したいとか思わないの?」
「束縛? ……ああ、嫉妬とかか」
「そう、嫉妬とか」
「そうだな………。全く思わないと言えば嘘になるが、それで相手の行動を制限しようとするのは時間の無駄だろう」
「そう? 錆兎に、もっと俺と一緒にいてくれー、とか言われたら私ぐらっときちゃうかもしれないのに」
「そんな女々し……軟弱なこと言えるか」
初夜直前に交わしたやり取りのせいで女々しいという言葉が軽くトラウマになっている錆兎。
やっぱりどこか繊細な恋人に笑みが漏れる。
「……そういえば。飲み会はどうだったんだ。楽しかったか」
「また強引な話題転換だねぇ、まあいいけど。しのぶちゃんもカナヲちゃんもなんだかんだ大切にされてて楽しそうだったよ」
「まあ、ああいうのは笑って愚痴が言えるうちは大丈夫と言うしな。義勇と炭治郎に限って相手を悲しませるとも思わんが」
「でもしのぶちゃんは縛られて犯されるみたいに抱かれてるって」
「ぶふっ!」
ぼたぼたとお茶がテーブルにこぼれた。
「………なんて?」
「しのぶちゃんは縛られて犯されるみたいに抱かれてるって」
「ああ、すまん聞こえてないわけじゃないんだ………」
嘘だよな……、嘘だと言ってくれ義勇……。
ここにはいない友人に祈るも、当然返事は返ってこず。
最近妙に捕縛術が上手くなっていたなあ……なんてことを思い出した。
「でも誘ったのはしのぶちゃんからっぽかったよ」
「まあなんの前触れもなく義勇の方からやりたいとは言わないだろうな」
「なんか色々嚙み合っちゃったんじゃないかな。コスプレもさせてるみたいだしねー。巫女服だって」
「巫女……」
二度目の噴出はなんとかこらえ、錆兎は味噌汁をテーブルに慎重に置く。
というかもう真菰がしゃべってるときは食べない方がいい。
ふわふわとした雰囲気のまま、真菰は箸の持ち手側で顎をつついて、
「義勇はほら、前のバザーの時でもそういう系統のエロ本見てたじゃん。いや読んではなかったんだけど」
「ああ、そういえばそんなこともあったな。結局善逸が騒ぎすぎてバレたんだっけか」
「そうだっけか。あんま覚えてない」
「そしてお前もがっつり食いついて一緒に怒られてたよな」
「いやー、そんなこともありましたな」
これは覚えてやがるな、と錆兎は音を立てて漬物を噛む。
「でもまああのペアはね、どうやってもしのぶちゃんが引っ張る感じになるよね。付き合い始めたのもしのぶちゃんが攻め落とした感じだったし」
「すごかったな胡蝶。卒業式で泣いてたもんな」
「私はあの涙が演技に一票」
「演技だったら女性不信になりそうだ」
「カナヲちゃんと炭治郎のなれそめってどんな感じだったっけ?」
と真菰は首を傾げる。
錆兎は、しばし考えるそぶりを見せて、
「確か俺たちが三年生の時の体育祭じゃなかったか。ほら、エキシビジョンで胡蝶と童磨が初めて結託したときの」
「ああ、義勇が最後やらかしたやつね。今でも笑えるなあ」
「本人気にしてるからつついてやるなよ」
まあきっと最後のリレーのアレがあって、しのぶちゃんは義勇を好きになったんだろうけどねー。と真菰は当時を思い出す。
しのぶちゃんは絶対に自分が義勇に落とされたと認めないけれど、そういうところが可愛がられたりいじられたりする原因だって気づいてるんだろうか。
「炭治郎と栗花落はなんというか、見ていられなかったな」
「まあねー、恋愛初心者と鈍感くんだもんねー。カナヲちゃんがプチ暴走して、それに炭治郎がブーストかけてく感じ」
「栗花落は手紙で告白したらしいんだが、何を勘違いしたか炭治郎が校内放送で返事をしやがったからな。ほとんど辱めだろうアレは」
「そんなお二人も最近は目隠しプレイと緊縛プレイに励んでるらしいよ」
そしてお茶を盛大に誤飲し、錆兎はむせた。
「………あいつら破門にしてやろうかな」
「あはは、怖いなあ錆兎は」
そしてふわふわと笑う真菰の笑みが、歪んだ。
「………あ?」
急激に襲ってくる倦怠感に、錆兎は額に手をやる。そんなに疲れていただろうか。
………いや、何かがおかしい。
そしてはっと顔を上げると、幻覚ではなく実際に歪んでいた笑みのまま、真菰がつぶやくのが聞こえた。
「これで私も破門かなあ?」
「真菰、おまえ………!」
「おやすみ、錆兎」
セリフとは裏腹に心底楽しそうな声音を最後に。
鱗滝錆兎の意識は途切れた。
『真菰さんとカナヲには、睡眠薬と媚薬を渡しておきます』
あの飲み会から数日。
フィットネスジムで開かれた密会で、胡蝶しのぶはカナヲと真菰に、青と藤色のガラス瓶を渡した。
『青が睡眠薬です。数種の風邪薬を成分分離して、眠気を引き起こす反作用にブーストを掛けた感じですね。元気な時には効果は薄いですが、疲れているときに飲ませるとてきめんに効きます』
『しのぶ姉さん、これ三日で作ったの………?』
『ちょっと興が乗ってしまいまして』
なんか執念というか、少年漫画チックな熱を燃やしているしのぶに若干引くカナヲ。
『で、媚薬の方ですが、こちらは液体になります。経口なら数滴で効き目が出ますし、ローションと合わせて肌から塗っても吸収されます。あ、こっちがそれ用の潤滑油ですね』
『しのぶちゃんこれ自分で買ったの……?』
『なにか?』
薬局で風邪薬とローションを大量購入していったやべえ女、とかって噂になっていないと良いけれど、と心配する真菰。
なにはともあれ武器を手に入れた女三人。
ガラス瓶を透かして見て、真菰はふと尋ねた。
『媚薬ってどういう原理で効くの?』
『基本的には興奮作用で効かせる感じですね。一時的な筋力増強作用もあります』
『へー、便利。稽古の前に飲んでみよっかな』
いや、錆兎は絶対ドーピングなんて許してくれないか。
『さあ、私の準備は以上になります』
さて真菰さん、としのぶは軽く手を前に出す。カナヲもそれに倣う。
その手の中には縄が握られていて。
『縄抜けと捕縛術を、私たちに教えてください』
そして現在。
「どういうつもりだ」
「んふふー、どういうつもりだろうね」
錆兎が目を覚ますと、服は全部剥ぎ取られてベッドに大の字にされていて。
真菰が笑顔を浮かべて覆いかぶさっていた。
「………とりあえず縄を解け、話があるにしてもそれからだ」
「ふうん、そういう態度なんだ。自分の状況がわかっているのかなー?」
真菰は睡眠薬と催淫剤をどちらもお茶に混ぜていた。
だからだろうか、腹筋を軽く撫でるだけで、錆兎の体が面白いぐらい跳ねる。
「………っ! お、まえ! 何か盛っただろう!」
「さてね。元々錆兎が敏感なだけじゃないのー?」
首筋をくすぐるように撫でると唸るような声を上げ、
脇から太ももまで側面をなぞってやると痙攣したように体が浮く。
「………ふふふ」
あ、これ楽しい。
「おい、おい! ほんとうにやめろ、ちかづくな! おい!」
後ずさりしようもなく顔だけを遠ざける錆兎に。
「逃げないでよー、悲しいなあ」
小悪魔のように微笑を浮かべて、真菰は細い手を伸ばしていった。