「ただいま!」
「おかえり、炭治郎」
ちょうど晩御飯を作っていたカナヲは、玄関から聞こえてきた想い人の声に返事だけを返す。本当はちゃんと出迎えてあげたかったのだけど、残念。
と思っていたら、炭治郎がひょっこりとキッチンに顔を出した。
「ただいま! あ、今日は野菜炒めだ。楽しみだなあ」
「たくさん作ったから食べられるだけ食べてね」
「そんなこと言われたら全部なくなっちゃうかもしれないな」
「そしたらまた作ればいいよ」
あきらかに明日の作り置き分も含まれているフライパンの中を見て、カナヲは笑う。
「お風呂できてるから、入っておいで?」
「じゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」
「洗濯も終わって、もう畳んでタンスにしまっておいたから」
「ベランダに洗濯物がないと思ったら、そんなことまでやってくれていたのか。ありがとう、カナヲ」
「ちゃんと畳めた」
「よしよし、偉いな」
ふん、と胸を張ると頭を撫でてくれる。
こういう何気ないスキンシップがどれだけ嬉しいか、言葉を尽くしても伝えられる気がしないから。
「………だいすきだよ、炭治郎」
カナヲはせめて受け取った分に見合うだけ、好きだと伝えようと決めていた。
「俺も大好きだよ! カナヲ」
フライパンを見たままのカナヲの頭をもう一度撫でて、炭治郎の気配が遠くなる。
同棲までしていて、それを寂しく感じるのはおかしいだろうか、と思いつつ、カナヲは焦げないようにヘラをくるりとフライパンの中で回した。
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「美味しいよ!」
「ふふ、よかった」
料理を並べて、手を合わせて。
行儀は良いものの一口が大きい炭治郎の食べっぷりに笑いはするが、カナヲは内心胸をなでおろしていた。
ことカナヲが料理をする、という点において、両者の相性は最悪だった。
「……料理、上達したでしょう」
「カナヲの作ってくれるご飯は最初からおいしかったぞ?」
はい嘘。
致命的に嘘が付けない上に料理上手な男、竈門炭治郎。
観察眼に長ける反面で家庭科スキルに欠けていた女、栗花落カナヲ。
同棲を始めるにあたってこれ以上にあんまりな組み合わせもないのではないかと、カナヲは考えていた。
「ど、どうしたんだ。怖い顔して」
「ううん、なんでもないよ」
初期のころを思い出して眉間にしわが寄りそうになるのを、慌てて抑える。
いやまったく、本当に大変だったのだ。
自力で舌を肥えさせた男、竈門炭治郎にとっては、どうも最初期のカナヲの料理には思う所があったらしく。
不格好な料理とえげつない嘘顔が揃って食卓に並んだことも一度や二度ではない。
しのぶとカナエに甘やかされて今までその手の経験を積んでこなかったカナヲに責任があるのは確かなのだが。
「心が原動力っていうわりには、けっこう煽ってくるよね、炭治郎………」
「なんだいきなり! なにか気に食わないことでもあったのか」
「……別に」
勝手に思い出して勝手にふくれっ面になるカナヲに、炭治郎は慌てて何か別の話題をと頭を回した。
「そ、そういえば! 先週は飲み会に行っていたよな。楽しかった?」
「うん。真菰さんとしのぶ姉さんと。真菰さんとは久しぶりに話したけれど、けっこうはっちゃけていたなあ」
「そっか。まあ、そうなんだろうな。俺も高校のときとか、よく錆兎の愚痴を聞いていたから」
「そうなんだ」
「距離が近すぎるとか、指導に慈悲がないとか、あと家で受け取れない本があるから俺の住所宛てで一冊受け取ってくれないかとか」
「最後おかしくない?」
「そういえばなんだったんだろうな、アレ」
たぶんそのまま二重底に封印されたんだろうな、と。
錆兎の涙ぐましい努力と天然クラッシャー真菰の組み合わせに可哀そうになってくるカナヲ。
「それにしても、冨岡先生といい錆兎先輩といい、道場関係者は呼び方が砕けるね」
「まあ、同時期に入ったっていうのが大きいんだろうな。学年とか意識する前からのつながりだし」
「………私のことはなかなか名前で呼んでくれなかったのに」
「カナヲは普通に先輩だったから」
「今でも年上!」
そうは言うものの、もうこの振舞いが年上っぽくないなと自分で思って赤面するしかない。
炭治郎は朗らかに笑った。
「いやあ、体育祭のときだっけ。最初に名前で呼んだの。懐かしいなあ」
「………その話はやめようよぅ」
「なんでだ! 俺は嬉しかったぞ。カナヲはなかなか言葉にしてくれなかったから。ちゃんと手紙で伝えてくれて幸せだったなあ」
「私は幸せじゃなかったもう死ぬかと思った!」
「子供ができたらちゃんと教えてあげような」
「……声帯抜き取るよ」
音痴だしいいよね? とゆらり手刀を構えると、ぷるぷると首を横に振られた。
「あのあと本当に大変だったんだから……。しのぶ姉さんにはものすごく心配されるし、でもしばらく経ったらものすごくからかわれるし……」
「そういえばしのぶさん。全身全霊で宇随先生を潰しに行くって息巻いていた割には荒事の噂とか流れていなかったな。結局どうなったんだろう」
「ね」
色々あって翌週休んでいたカナヲと炭治郎は、宇随天元が体育祭後に一週間ほど行方知れずとなっていたことを知らない。
「しのぶ姉さん、自分が恋愛下手なのを棚に上げてからかってくるから」
「一緒にお昼ご飯とか食べてたね。行動するのは正攻法の1つだとは思うけど」
「腐るほど鮭大根作っておきながら冨岡先生のことが好きだって絶対に認めなかったんだよ、嘘すぎない?」
「自分の主張を曲げないし行動は押せ押せな感じ、ちょっと伊之助に似てるなって思ったことはある」
「それしのぶ姉さんに言ったらだめだからね」
「さすがに命は惜しいよ」
苦笑する炭治郎を、カナヲはじとりと睨んだ。
「その割には好き勝手やってない? 冨岡先生と不死川先生と一緒に」
そして言われた本人は、
「あれはカナヲたちが全面的に悪いから」
当然のようにそう言ってお茶を飲んだ。
悪意なくそういうこと言えちゃうところが炭治郎だなあ、とカナヲは野菜炒めの最後の一口を箸でつまんだ。
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食事が終わって、食器を洗い。
「ね、ねえ。炭治郎はお風呂に入ったよね?」
「入ったね」
「じゃあ外で待っててくれて良いよ?」
袖まくりをした炭治郎が、悪意も何もない顔で浴室までついてきていた。
ふんすと気合のこもった顔で言うには。
「今日は家事を全部やってもらったからな。お礼に背中を流すよ」
「いつも炭治郎がやってることだし別にいいから!」
「でも早く終わればそのぶん早く寝れるし、一緒にいられる時間も増えるよ」
「…………」
本当にどっちが年上だっけ……。
絶対にいやらしいことをしないという条件でカナヲが折れた。
泡を膨らませカナヲの背に乗せて、炭治郎は言う。
「そういえば、時系列的には俺たちが付き合ったのが一番早かったのかな?」
「………そういえば、そうかも。しのぶ姉さんは卒業後、というか卒業時だったらしいし。カナエ姉さんは、なんか不死川先生がウナギみたいにのらりくらりして大変なのよーとか言っていたから」
「ウナギ川」
「ヘタレ川」
不死川がいたらめちゃくちゃキレそうなことを言って笑い合う二人。カナヲにも炭治郎の天然の気が移っているというか、煽り属性はなかなかのものだったが、本人はそれに気付いていない。
ふあ、と大きな欠伸をするのを見て、カナヲは炭治郎に尋ねる。
「眠い?」
「ん、ああ。ちょっとな。疲れたのかな、いつもはこんなに眠くはならないんだけど」
「疲れがたまっているのかもね。私は良いから、こたつでゆっくりしてなよ」
炭治郎はしばし逡巡していたが、もう背中は流してもらったし、というカナヲの言葉に緩慢に頷いた。
「そうだな、ちょっと先に休ませてもらうかな」
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「たんじろ。………寝てるね?」
そして、寝間着に着替えようとしたのか。
中途半端に衣服をまとったままベッドに突っ伏している炭治郎に、カナヲはゆったりと近付いた。
頭が熱いのはきっと風呂上がりのせいだけじゃない。
よいしょ、と引き締まった体を仰向けにして、カナヲは静かに笑う。
「たまにはお姉さんしてあげないとね、炭治郎」