メイド共観察記録   作:ナレーショナー:[削除済み]

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9 心の奥底と記憶の彼方は似た者同士

 再び、時が止まった。

 二ルソニア達も固まった。

 だが、彼女たちの思考は、止まっていなかった。

 

「ローゼ。ねぇ――ローゼ」

 

 ネットリと、問いかける。

 同時に二ルソニアの笑顔も深まった。

 ただし、緋色の目は笑っていない。

 

「な、なんでございましょうかお嬢さま」

 

 

 ローゼには、二ルソニアが何故こんな態度を()っているか、心当たりがあった。

 

 雑談は途中で切り上げる。寝ている最中にいたずらしても、一切反応がない。

 それぐらい、二ルソニアの心は閉じていた。

 正確には、ある一定ラインより奥には踏み込ませなかった。

 

 それが、―――100年もあったのだ。いくつも見ていただろう―――怖い夢を見た程度で、ローゼのベットに潜り込んだ。そして馬鹿(おっぱい)騒ぎにすら付き合った。

 ――寝ぼけて、ローゼを『お母様』と思った。

 

 これらは、心を開いていた証拠だった。

 

 だというのに、ローゼは――

 

 メイドの頬を冷や汗がダラダラと(つた)う。

 目が泳ぎそうになるが、どうにか耐える。

 

 その光景が見えているのか、いないのか、

 主は、トーンを落として言う。

 

「年甲斐もなくはしゃいでしまったわ。情けない姿を見せたわね」

 

 先程と同じ――まではいかなくとも、似ている科白(セリフ)を放つ二ルソニア。

 ……失態を犯したローゼに、寛容(かんよう)にも卍解の、否、挽回のチャンスをくれるようだ。

 ローゼは、ホッと一息吐いた後、主の質問に答える。

 

「いえ、全然。むしろ可愛かったです。特に――」

 

 が、

 

「ホント? 嫌じゃなかった? 本音隠してない?」

 

 二ルソニアが、ローゼの台詞(セリフ)(さえぎ)って、言葉を発する。

 口を開いたことにより、いっそう八重歯(ヤイバ)が鈍く光る。

 鋭く冷たい視線が、ローゼを貫く。

 

 どうやら、無かったことには、してくれないらしい。

 それどころか、掘り起こし暴こうとしているようだ。

 

 だが、メイド兼奴隷のローゼにとって、本気の主に逆らう事はしたくない事だった。

(この二人の奴隷契約は少々特殊で、あまり強制力が無い。奴隷首環も付けていない)

 

「ええ、隠してるわけないじゃないですか。とても至福のひと時でした。我々の業界ではご褒美です」

 

 逆らいたくはない、逆らいたくはないのだが、若干(じゃっかん)、誤魔化しにかかるローゼ。

 

 だが、

 

「我々? 他に誰かいるのかしら?」

「……私にはご褒美です」

「……まんざらじゃなかったのね、あの行為。私、血が出るぐらいには、あなたの乳房噛んだのだけど」

 

 冷たい(あか)い目に、見抜かれてしまった。

 

 これで、ローゼは、3歳程度の幼女に欲情する人間の1人となった。ローゼは、二ルソニア以外の3歳児には興味がないが。

 

 

 ロリコン認定(二ルソニア限定)を受けたローゼ。

 内心、焦っていた。

 

(どうしましょう。どうしましょう。二ルソニア様に嫌われてしまいます。……いや、それもご褒美なのでは?)

 

 ……案外余裕であった。

 1時の気の迷いであってほしいが。

 だが、1度外れた心のタガは、そう簡単には戻らない。

 

(もう、こうなったら、いっその事、襲ってしまいましょうか。ベッドの上ですし)

 

 ジュルリ。

 

 ローゼが、いつの間にか、

 肝が据わった顔つきで舌舐めずりをしていた。

 

 

†     †     †

 

 

 ゾワッ! 

 

 ローゼの心の(うち)はわからなくても、身の危険を覚えた二ルソニア。

 今のローゼは、猛獣が黙って逃げたすほど(たぎ)った目をしていた。

 

(これはしたくなかったけど、仕方ないわよね。この子が悪いんだから)

 

 今から行われるのは、主が、おいたをした、またおいたをしそうになった奴隷に対してする罰。そう折檻(せっかん)である。

 

 だが、ローゼと二ルソニアは10年間共に育った。

 それ故に、二ルソニアは知っている。

 通常の折檻では懲りるどころか、反撃すらしてくるだろう、と。

 

(どうしようかしら、何かいい案は……そういえば1度も試してない罰があったわね)

 

 なにかいい案を思いついたようだ。

 

 

 

†     †     †

 

 

 

 

「そういえば、10年間一度もこれは使ったことなかったわね」

 

 ニルソニアは、ベットから立ち上がりながらローゼに告げた。

 

「これ、とは?」

 

 ローゼが(たず)ねるが、ニルソニアはすぐに答えず、両袖机まで進んだ。

 そして、引き出しの右側三段目から、取り出したのは、

 

「これよ、これ」

 

 奴隷の首輪だった。

 

 

 

 

 

 サーッと、ローゼが青ざめる。

 ローゼにとって、

 奴隷の首輪――奴隷環――とは、

 ()まわしく(おぞ)ましい()()を象徴するものだ。

 10年間心の奥底に(ひそ)んでいた禍虚(かこ)が呼び起され、

 

「お嬢様、それをどうするおつもりなので?」

 

 ローゼの顔は、もはや能面に近かった。

 否、能面ではなくデスマスクに近かった。

 その反応にニルソニアは気づけない。気づかない。

 

「もちろん、あなたの首につけるのよ」

 

 ニルソニアは、ローゼに首輪を付けたいらしい。いろんな意味で。様々な理由で。

 ただ、彼女のメイドが今、顔面蒼白になっていることを知ったら、すぐに取り止めにしただろう。

 ニルソニアは心の底から、つまり、本気で怒っているわけではない。

 少しばかりお灸をすえたかっただけなのだ。

 

 

 だってそうだろう。

 昨日、彼女の心を溶かしたのは、紛れもなくローゼだ。

 そのローゼが心を凍えさすような真似をしたのだ。

 文句の一つも言いたくなってくるだろう。

 ――私の心はあなたにとって、そんな軽々しいものなのか、と。

 それでも、心を一回開いてしまった以上、もう戻れない。

 戻りたくはない。

 忘れていた他人のぬくもりを、思い出してしまったから。

 溶けてしまった心に、孤独は他人の悪意よりも()えられないから。

 だから首環をかける。

 どこにも行かないように。

 どこにも消えないように。

 

 

 そんな己の奥底にある心の機微に気づくことなく、

 

(この首輪はどうやって使う物だったかしら。え~と、思いだせないわ)

 

 ニルソニアは呑気(のんき)にそんなことを考えていた。

 

 ローゼを購入する時に、説明を受けたが、

 聞き流していたせいで覚えていないニルソニア。

 結局当の本人(奴隷)に聞くことにした。

 

「ねえ、ローゼ。これどうやって使う物だっ――――――――って、大丈夫?!」

 

 ようやく、ローゼの惨状に気づいたが、時すでに遅し。

 ローゼは、先ほどまで苦し気に胸を押さえていたのだが、今はベットの上で安らかに横になっていた。その顔に血の気はなく、真っ青だった。

 

「ローゼ?! ローゼッ!?」

 

 体をゆする。胸が少しだけ揺れる。

 

「―――――あ、う………」

 

 吐息が漏れた。

 ローゼはどうやら気絶しているらしい。本当に眠っているだけだった。

 胸を撫でおろすニルソニア。その手は引っかかることなくスムーズに動いた。

 

 

†     †     †

 

 

 ローゼは夢を見ていた。

 今では見なくなっていた古い夢だった。

 

 

 

 遠〿〿て〿く〿屋、

 

 〿暗〿窓〿〿い〿屋、  

 

 夜通し聞〿え〿〿て〿る少〿の〿えぎ声、

 

 むせ〿〿るほ〿の〿〿臭〿、

 

 森〿中、薄暗い〿道、主の〿ない屋敷、

 

 黒〿棒〿間、

 

 ()〿られる、

 

 当たら〿い、

 

 す〿抜けられる、

 

 ()っ飛ばせな〿、

 

 ()け〿れる、

 

 殴れない。

 

 

 

 

 ローゼは途中から夢が切り替わっていることに気づかない。

 

(ちょこまかと、よけるな。うっとうしい)

 

 夢の中の棒人間に苛立ち、思わず手が出てしまう。

 

 

 バキッ!! 

 人を殴った感触が手に残る。

 

 

(え? 当たった? …………これがお嬢様を侮辱した――

         「きゃあ!」

 ――罰で――――す? ? きゃあ?)

 

 あの棒人間とは、似ても似つかない可愛らしい()()()悲鳴だった。

 耳に残る女性の悲鳴。

 手に残る柔肌の感覚。

 それが意味するところは……。

 ローゼの脳裏にある一つの可能性が浮かんだ。

 

(もし、かして、ニルソニア様に当たってしまい、ましたか?)

 

 ローゼは怖がっている、目を開ける事を。だが謝らないと後が怖い。

 迷った末、そ~っと薄目を開けることにしたローゼ。

 

 開けた目に映るは、

 崩れ落ちて頬を押さえる金髪の女性と、ニヤニヤ笑っている棒人間だった。

 

 心配していたことが杞憂に終わって、ローゼ、一言。

 

「よかった。本当によかった。殴った、拳が当たったのが見知らぬ女性で!」

「じゃあその見知らぬ赤の()()に殴られても文句ないですよね! 私天使ですが!!」

 

 拳が当たっていたのは、まさかのナレーショナーだった。




ココロが罅割(ひびわれ)()ぐられる、禍々しく虚ろな過去
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