メイド共観察記録   作:ナレーショナー:[削除済み]

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7 幼子 ~日記の続き~

 

 ニルソニアがローゼに近づいていく。

 

 歩みは走行へ、走行は疾走へ、疾走は疾駆へ。

 偶然、階段状になっていた書類を蹴り上がり、

 飛び上がり、

 空中でローゼの両肩をつかみ、

 強張(こわば)った顔に微笑みかけて、

 小さな膝を鳩尾(みぞおち)にぶちこんだ。

 

 

 鈍い音がした。

 

 ニルソニアは紙を巻き上げ、着地する。

 ローゼは紙を巻き込み、後ろに吹き飛んだ。

 

 

「今あなたは私の信頼を裏切ったの」

 

 白紙が舞い散る中、吸血鬼は冷たく嗤う。

 

「ローゼ・キュリエイド。この状態から私を納得させる言い分があるなら、言ってみなさい」

 

 

 

 

 

 最期の言葉を言い終わるや、衝撃があった。

 

 いつの間にか吹き飛んだはずのメイドが抱き着いていた。

 

 

 当然、驚いたのは抱き着かれたニルソニアだ。

 ローゼを引きはがそうとして、気づく。メイド(彼女)は声もなく泣いていた。

 

 

 驚いたのもつかの間、

 ニルソニアは日記をメイドに読まれたことを思い出し、

 

「何よ。哀れみならいらないわよ。それと、離れなさい!」

 

 と、冷たい言葉(拒絶)を発した。

 

 

 

 だが、

 その願い(拒絶)は、

「同情で泣いて"いるわ"けでも、(いた”)みに涙し"て"いるわけ"でも、あ"りませ"ん。安堵と、嬉しいのと、少しの怒りが混ざった"嬉し涙です」

 ローゼには、届かない。

 離れるどころか、抱き着く腕に力を込めた。

 

 

 

『誕生日』に予想外の(日記を読まれ、)ことが起き(オルゴールを鳴らされ)

 荒ぶりささくれ立っていたニルソニアの心は、

 知らず知らず、冷静に考えることが出来る程度には、落ち着きを取り戻していた。

 

 

 それでも、心の奥底(思い出)に土足で踏み込まれた怒りは消えなかった。

 メイドの言ったことを信じられなかった。

 

 

 

 もう一度拒絶しようと、メイドの体を押しのける。

 

 人間はいとも簡単に吸血鬼の力によって引きはがされる。

 

 ただ、引きはがすときに、吸血鬼は、ローゼの蒼眼を覗いてしまった。

 それだけで、吸血鬼は固まった。動けなくなった。拒絶できなくなった。

 

 

 ―――知らぬ間に泣き止んでいた深蒼の眼に感じたものは、哀れみや同情ではなく、本当に純粋な感謝や安堵―――

 

 

 メイドは固まった吸血鬼(主人)に語りかける。

「私は小さい頃に御嬢様――御主人様(お嬢様)(すく)い上げてもらいました。」

「あのとき、御主人様(お嬢様)は心身ともに、私を死から(すく)い上げてくださりました。」

「あのままだったら、私はわたしではなくなっていたでしょう。」

「今もなお、御主人様(お嬢様)は私を現世に縛り付けてくれています」

 

 だから

 だからこそ

 

御主人(ニルソニア)様に私の()()をもって恩返ししたいのです。」

「でも長年おそばにおりましたが、御主人(ニルソニア)様は、特別なことは何も願わず、何も求めず、お心を私に、明かしてはくれませんでした。」

「お前にできる事は何もない、そう言われているような気分でした。」

 

「それももう今日で終わりです。」

 

 

 

 

「やっとやっと、ニルソニア様に長年の感謝を返せます。」

 

 

 

 

 

 そう独白して、主人の頭を胸にもっていき、優しく抱きしめた。

 

 吸血鬼は、反射的に拒絶しようと、押しのけようとするが、

 頭から伝わるやさしくて、それでいて少しぎこちない手つきがそれを止めた。

 

「お嬢様――いえニルソニア様。私はどこにも行きませんよ」

 

 気づいたらローゼの胸に顔を押し付け、

 何年ぶりだろうか、

 吸血鬼――ニルソニアは大声で泣いた。

 

 その光景は、さながら――――――――――――

 

 ――――――――母親が子供にするような、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、――――――シミだらけの日記。日付は今からきっちり二百十年前。

 

『お父様、お母様どこにいるのですか。』

『かくれんぼなら、百年経っても見つけられない私の負けです。』

『私が悪い子で怒っているのなら、ご飯も残さず食べます。』

『嫌いな人参も食べます。言いつけも守ります。』

『あの日頂いたお母様のオルゴールも返します。』

『日記として使ってしまっているけど、お父様から頂いたこの手帳も返します。』

『誕生日も祝わなくてもいいです。プレゼントもいりません。』

 

 

『だから、だから、だから、   だから、いっしょにいてください。わたしをひとりにしないでください。いっしょうのおねがいです。

 

わたしは、ニルソニアは――――――』

 

 

 

 この次のページは、メモ――『いってきます。待っててね』と走り書いているものが張りつけてあった。

 

 

 この続きは、水にでも濡れたのか、にじんで読めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、吸血鬼の『夜』が明ける。

















[実は、右側の引き出しには、ローゼを買ってからの日記が入っていました。その日記が読まれると人形劇が崩れるので、ローゼさんには見えないようにしておきました]
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