「閻魔大王、鬼灯様、午後の裁判の書類です。こちらに置いておきますね。」
前がよく見えないほど積み上げて持ってきた巻物を台におき、一息つく。
2度の大戦と昨今の人口増加に伴い、日本の地獄は大忙しだ。地獄といえばでお馴染みの閻魔大王を擁する秦広庁は当然その忙しさの中心であり、その大王を支える第一補佐官、鬼灯様の元で第三補佐官として働く俺も当然忙しい。
…といって良くも悪くもこの忙しさにも既に慣れてしまった。慣れたくなんてないのにな。
どうやら日本の人口は最近減少に転じたらしく、もう少ししたら楽になるかもしれない。ただ、それはまだまだ先の話。とりあえず今は目の前の仕事に集中しなくては。
「ああ、◼️◼️◼️さん、ありがとうございます。ですが、このバカ大王が午前の分の仕事を終わらせなかった影響で、そちらの書類は使うまでにまだ時間がありそうです。悪いですが、そちらの方に移しておいていただいてもよろしいですか?」
金棒で閻魔大王を小突いている鬼灯様にそう言われ、ため息をつく。まあいつものことだ。閻魔大王が仕事をサボるのも、鬼灯様が閻魔大王に色々お仕置きをしてるのも。そのくらいで動じてるようではこの職場ではやっていけない。
よし、と気を入れ直しもう一度書類を持ち上げる。まあ書庫から持ってくるのに比べたら大した距離じゃない。これを運んだら次は…
などと考えごとをしながら書類を運んでいると、ひとしきり閻魔大王を小突き終えたらしい鬼灯様から声をかけられた。
「あ、それと◼️◼️◼️さん、あなたの転生が決まりました。」
バサバサ、と手に持った書類が落ちた音が足元からした。
「あー、◼️◼️◼️さん、何してるんですか。仕事中は集中してください。」
一切表情を変えずに鬼灯様が書類を拾い始める。と同時に、突然の宣告にシャットダウンした俺自身の体と頭も動き始めた。
とりあえず言いたいことは山ほどあるが、まずは目の前の冷徹鬼に言い返す。
「いや、できるわけないでしょ。」
その場にいた殆どの亡者や獄卒たちどころか、閻魔大王も頷いていたから、俺は悪くないと思う。
◆
俺、◼️◼️◼️は早い話が遠い昔の死人だ。本来、死んだ人間は死んだ世界かつその人間の生まれた(あるいは生活した)死後の世界に行くらしい。ただ、なんの間違いか全く別の世界から、死後にこちら、つまり日本や地獄といったものが確立しているこの世界に迷い込んだのが俺らしい。
当然、地獄にある浄瑠璃の鏡でもこの世界には存在しない過去の俺の魂を裁判にかけることは出来ず、かと言ってこの世界の人間に転生させた場合俺自身の魂や周囲にどんな影響があるかはわからない。
結果、閻魔大王や鬼灯様との協議のもと俺が迷い込む前の世界が見つかるまで俺はこの地獄で亡者として働くことになった。
それが実に何百年前のこと。正直元の世界の生前の記憶は、死後地獄に来た時点で何故か無くしていたし、ここで過ごした時間もあまりに長いため、もう元の世界のことにこだわりなどなく、ずっとここで暮らしていくもんだと思っていたのだが…。
「それが見つかりましてね。◼️◼️◼️さんの世界。しかもこの世界とほとんど変わらない、強いて言えば呪いという概念がこの世界よりも強く確立した世界でしたよ。ここまで近くにあったのに見つからなかったのが不思議なものです。」
なんとかその日の仕事を乗り越え、鬼灯様や閻魔大王と夕食を摂りながら詳しい話を聞くことになった俺は、地獄の食堂でそんな話を聞いていた。
「はあ…。呪いが強いってその現世かなりの地獄じゃありません?それに、近い世界ってことは平行世界ってことですよね?」
「まあこちらにも呪いの館やら神が集まる山やらはありますから、その負の側面が強くでてるとイメージしていただければ。それと前にもお話した通り、私たちですらこの世界の成り立ちや仕組みには不明なことが多いのですよ。鬼たちが死んだらどうなるのか分からないように、あなたがここにきた理由も分からない。しかし、この世界とは別の世界は確かにあるんです。原理はよくわかりませんが。」
分かるような分からないような鬼灯様の説明に相槌や質問を返しながら食事を進める。
「でもよかったじゃない。◼️◼️◼️くんもこれで元の世界に帰れるんだし。まあわしとしては鬼灯くんのサポート役でもあった君がいなくなるのは寂しいけどね。(あと、たまに鬼灯くんを止めてれるから助かってたし。」
「大王、心の声漏れてますよ。あと、◼️◼️◼️さんに止めてもらうことを気にする前に私を怒らせるようなことをしなければ良いでしょう。」
目の前でいつものように漫才を繰り広げる2人を横目に自身のこれからを考える。
そもそも、自分のもといた世界に帰る必要はあるのだろうか。この地獄では随分長いこと過ごした。友人や同僚、そして何より上司に恵まれているし、忙しいものの仕事にもやりがいは感じている。行きつけの店もあるし、突発的に始まる数多のイベントも楽しんで参加している。
もちろん、自身の生まれた世界にも興味はあるがそちらに行けばここにいる人や鬼やその他たくさんの魑魅魍魎とは二度と会うことができなくなるだろう。
それは少し、いやかなり寂しい。
なら俺の望む答えは一つだ。
「閻魔大王、鬼灯様、ありがたいお話なんですがこのお話は「この転生は断ることはできません」おことわ……ダメですか。」
「はい、ダメです。」
なんとなく予想はしてたがやはりダメらしい。食い気味に鬼灯様に却下された。
「鬼灯くんは言い方が単刀直入すぎるんだよ。ちゃんと説明してあげないと。◼️◼️◼️くんも地獄に友達やら知り合いもたくさんいるんだから、突然そこから転生って言われても納得できないよ。」
「いえ、◼️◼️◼️さんはそんな方ではありませんよ。もうこの地獄で働いて長いですから。ですよね。」
「ええ。」
俺のような素性も知れぬ亡者を受け入れてくれた閻魔大王の優しさも、言葉は厳しいがそんな亡者を一端の補佐官として教育してくれた鬼灯様の考えも、今ではよく分かるようになっていた。
「ここは地獄で、そこを治める大王たちは全ての亡者に対して公平でなければならない。そのために鬼灯様をはじめとした獄卒たちは働いている。そして、それは俺も変わらない…。そうですよね?」
そう言うと閻魔大王は少し悲しそうに微笑みながら、鬼灯様はいつもの仏頂面で頷いた。
「その通りです。今までは例外でしたが、転生先が見つかった以上はそれを認めるわけにはいきません。地獄という枠組を保ち、亡者を公平に裁くためにも可能な限り例外はなくさなくてはいけないのです。」
「はい。わかりました。また改めてお礼はさせていただきますが、今まで本当にお世話になりました。」
そう言って2人に頭を下げる。この世界に未練がないと言ったら嘘になるが、この感謝は心からのものだったし、俺の転生の判断にも異論はない。望む答えではないが、従うべき答えだ。
「いや、お世話になったのはわしらも同じだよ。お礼と言ってはなんだけど、転生自体はもう少し先に行うことに決めたんだ。◼️◼️◼️くんもこの世界で挨拶しておきたい人はたくさんいるだろうしね。」
閻魔大王は優しく笑いながらそう教えてくれた。ありがたい。極楽や海外のあの世を含めたら感謝を伝えたい人はたくさんいる。その時間が取れるだけでも、他の亡者に比べたら恵まれているのだろう。最も、これも特別扱いになってしまう気もするが…
「いえ、気にしなくて大丈夫ですよ。◼️◼️◼️さんの今までの働きを考えたら当然で、少ないくらいです。まあ、なのでもう一つだけおまけもつけますが、そちらは後ほど。」
?。まだ何が貰えるのだろうか。ただまあ鬼灯様が今おっしゃらないということは後で問題ないほどのことなのだろう。
「そう言うわけなので、◼️◼️◼️さんにはしばらく休暇を差し上げます。有効にお使いください。」
「はい。ありがとうございます。」
◆
そこからはあっという間に時間が過ぎていく。休暇をもらった俺はあっちへこっちへ感謝を伝えに飛び回った。
閻魔大王の補佐官になる前に共に働いていた十王とその補佐官の元にお礼を言いに行った。美味しい料理やら漢さんのダンスやらと様々な餞別をもらった。
桃太郎とそのお供たちにはものすごく残念がられた。思い残すことがないよう、シロの腹を撫で回した。
唐瓜と茄子のコンビには、新卒の頃の指導のお礼を言われた。どんどん成長する2人を見ているのはすごく楽しかったことを思いだし、なんとなく頭をなでた。
お香姉さんをはじめとする衆合地獄の面々にも会いに行った。絶対忘れないわと言われて、少し涙が出そうになった。
桃太郎の師匠である白澤様にはついでに鬼灯様も連れて行けと言われた。仲良くしてください、とお伝えしたが、断られた。ただ、俺の来世の幸福はついで程度に祈ってくれるらしい。ありがたい。
辛子ちゃんや火車さんなど、獄卒の知り合いにもお礼をいった。また死んだら迎えに行ってやると言われて少し嬉しかった。
檎や妲己様のお店を中心に馴染みのお店にも顔を見せた。もう最後だからと派手にお金を使って楽しんだ。
たまたま来日していたベルゼブブ様とリリス様とも話した。ベルゼブブ様にも鬼灯様も一緒に連れて行けと言われて笑ってしまった。
自身の地獄での生活を振り返るように色々な人に、神に、鬼に、悪魔に、妖怪に、動物に会った。
そして…。
◆
そして、転生の日がやってきた。
「思い残すことはありませんか。」
「はい。鬼灯様、閻魔大王、本当にありがとうございました。」
この場には俺と閻魔大王、そして鬼灯様の3人だけがいる。他のみんなはいつも通りお仕事だ。
「◼️◼️◼️さん、どうかあちらでもお元気で。」
「はい。あ、そうだ鬼灯様。今更なんですが、最初に言ってたおまけってなんだったんですか?」
俺の質問に2人は顔を見合わせた。
「あれ、鬼灯くん、言ってなかったの?」
「ああ、そういえばそうでしたね。◼️◼️◼️さん、あなたは次の人生…まあ正確にはこの世界の人と全く同じかは分かりませんが、それを送る際に、今までの地獄での記憶や経験を持っていってもらいます。」
!?。頭が真っ白になった。じゃあそれでは転生を…なんて軽く続ける鬼灯様を慌ててとめる。
「ちょ、ちょっと待ってください。普通転生の際に記憶は引き継ぎませんよね?それ、めっちゃ特別扱いじゃないですか!」
俺のそんな主張に閻魔大王は答える。
「まあ、◼️◼️◼️くんの言う通りなんだけどねぇ。ちょっと調べてみたら、◼️◼️◼️くんの行く世界、思ったより危ないみたいなのよ。それこそ漫画かアニメみたいな世界でねぇ…。なにか自衛手段がないとすぐに死んじゃうかもしれなくてさ。地獄での記憶もないよりはマシだろうし。」
そんなにやばいのか、呪いの世界…。やっぱり行きたくなくなってきた。いや、それはまた別の話だ。特別扱いは許されちゃいけないはずだ。そんな抗議も含めて、鬼灯様を見つめる。
「確かに地獄のルールがある以上、転生をすることに対する特別扱いはできません。ですが、◼️◼️◼️さんが行く先は地獄ではなく、そもそもこの世界とは別です。そこに送るなら、ルールなんて特にないんですよ。」
そんな屁理屈な…。
「うん、屁理屈だね。でもね◼️◼️◼️くん。君も知っての通り、地獄は公平な場所なんだ。罪には罰を。そして、善行にはきちんとした評価を。君はとても長い間、地獄で一生懸命働いてくれた。ここは君の生まれ育った世界でもないのにね。だからこれは、来世も良い人であってねなんて思いも込めたわしらからの餞別だよ。」
気がついたら、頬に涙が伝っていた。この世界での思い出をなくさずにすんだことに。もう二度と会えないかもだけど、心の中にこの地獄の皆を収めておけることに、感謝があふれてしまった。
「あ、ありがと、う、ございます…」
「うん。元気でね。」
閻魔大王に頭を撫でられる。涙を指で拭っているといつも通りの鬼灯様から声をかけられる。
「さ、それでは今度こそ転生しましょう。」
「鬼灯くん、君さ、もう少し空気読もうよ。ここはほら、もっと感動的なセリフがあるでしょ。」
「何を言ってるんですか。まだまだ仕事は溜まってます。◼️◼️◼️さんがいなくなる分、今日から忙しいですよ。」
さっきまでの空気は何処へやら。いつも通りの漫才を始めた2人に吹き出してしまう。
そして、改めて向かい合う。
「はは…。ありがとうございます。2人とも。思い残すことはこれで本当なのなくなりました。」
「それは良かったです。では、行きますよ。お元気で。」
「じゃあね。◼️◼️◼️くん。」
「はい。」
そう答えると、自身の視界が白く変わっていく。
意識が途切れる最後まで、近くにいた2人から…いや、地獄にいるたくさんの友人から、止めどないエールを送られてた気がした。
そして…
◆
何かに引っ張られる感覚。今世の体へと自分の魂が吸い寄せられるのを感じる。それと同時にどんどん意識と視界が戻ってくる。
体と精神が一つになり、五感が働きだす。肌に触れる何か硬いもの。土の匂い。風の音。そして見渡す限りの森森森…。地獄では確実にない景色と感覚に若干感動すると同時に気づく。
…あれ?なんで俺赤ん坊のはずなのにこんな場所に?
なんとか這いずって周りを見渡す。やはり森。そして自分の足元にはなんらかの祭壇が組まれている。
あ、なるほど。
「おぎゃあ(どう見ても生贄ですありがとうございます)」
拝啓、閻魔大王、鬼灯様。どうやら想像以上にこの世界は過酷なようです。
鬼灯の冷徹は呪術廻戦ですり減らした心を回復できる場所だと思います。
鬼灯様の言う全ての亡者とは、地獄ができてからの人々が対象で、鬼灯様を生贄に捧げた村人たちは含まれていません。
次回より呪術廻戦編です。