ALfA 作:ドヒャァ
ここ数か月で、少女に斡旋されるミッションの毛色は変わっていた。G.E.H.E.N.A.関連の依頼は少なくなり、企業連の内部抗争の延長にある、仕様もないものばかりだ。
まるで、独立傭兵の少女がどの企業に付くのかを見定めるようなラインナップであった。苦労の度合いの少ないものはもう回ってくることもなく、どれを選んだとしても命を大きな危険に曝した。
直近のミッションは試験運用中だった、CHARMの起動が辛うじて可能なスキラー数値のリリィが運用するために開発されたリリィ・アーマード・キャバリア――LACの撃破だ。
これには苦戦し、治療と除染に少なくない期間を要した。絶え間なく放たれる拡散レーザー砲と、見慣れないオプションパーツによるマギエナジー砲撃は最終的に少女の半身を焼いた。
埒外の兵装というのも相まって、さすがの少女もふざけていると歯噛みしたものだ。
一体何の理由があって、砲塔を造って浮かせたのだろうか。
そしてその技術は、きっと数年先のものの筈だった。ラージ級ヒュージにも通用するだろう遠隔操作可能な浮遊砲は狂気の産物である。
最後に放たれた【フェイズトランセンデンス】によって無限大化した一撃は、砂漠化した旧市街で僅かに立ち並ぶ崩れたビル群を綺麗に平らげた。
そして治療が終わって早々確認したミッションは、冷笑の練習に困らないものばかりだ。
少女は一つため息を吐く。手酷くやられたからか、戦いの先を考えてしまうようになった。
数か月前までは、ただ生き残ることだけに執着していた。今でもそれは変わらないが、少女は愚かにも戦えなくなったいつかを想う。身体は酷使しされ続け、少女は丁寧にケアをしていたがまるで追いついていない。
遠からず死ぬだろうと、表情を消して透過ディスプレイを眺めた。
静寂を破って、聞き覚えのない通知音が無機的な室内に響く。秘匿回線であるようだった。
音声はノイズに塗れ、それがこの通信の何たるかを物語っている。
『初見となる、こちら――――』
企業のような悪意や外連味どころか碌な口上もなく、しかし告げられた名前に誰かを理解した。
企業連に対し最悪の反動勢力を名乗る、イレギュラー化したリリィを擁する組織の代表とされている者の名だった。
『インテリオル=オーメルの最新型LACを撃破してくれ』
先方は解体屋か何かと思っているのか。少女は呆れを感じた。LAC破壊ミッションの完遂を見込んで声を掛けられたのか、はたまた勧誘の一環なのか。
いずれにせよ、このいつか終わる体制の決定打足る依頼だと少女でも分かる。療養している間、企業の情勢に若干の変化があった。企業連で実質的なトップとなっているオーメル・サイエンス・テクノロジーの基幹兵器工廠が襲撃されたと、オペレーターから伝え聞いていた。オーメルはこれを撃退したとされているが、実態はそうではないらしい。
どこの仕業なのかは、今この瞬間はっきりしたと言えた。
このまま企業連に使い潰されるのを良しとするか。
反動勢力に乗って終わらせる道を選ぶか。
どちらにも等しく死があって、生き残った先にもやはり死がある。
ただ、戦えなくなった先に希望があるのは、一方だけであるようだった。
●
『ミッション開始。敵巨大LACを撃破する』
その容貌は圧巻の一言だ。無数の羽と杭で構成された傘によく似た浮遊する巨大LACは、あの忌まわしき浮遊砲すら可愛く思えた。
至る所に取り付けられたレーザー砲台とミサイル格納庫は、まさしく破壊の化身だ。
戦いのためならば、人であることすら捨ててしまったようである。
『しかし……あれがLACだと、笑わせてくれる』
オペレーターの悪態に少女も同調する。それにしても大きい。
作戦エリアは何の因果か例の旧市街だった。足を取る広大に過ぎる砂漠。そして遮蔽物はない。
【インビジブルワン】で駆け抜け密着し、基幹である中心杭上部の破壊という作戦とも言えないプランしか取れない。
格納されているリリィを引きずり出すという選択肢もあるが、これは現実的ではなかった。
このミッションは、本来ならば少女のような決め手がなく、通常戦闘しか行えないリリィが出来よう筈もない。それこそ一撃必殺の【フェイズトランセンデンス】や、ワープが可能な【縮地】、そして強力な戦闘能力を発揮する【ルナティックトランサー】を保有するものが好ましい。
それらを持たない少女に回って来たのは、単純に反動勢力にも限界が来ているからであった。
少女は、未だレアスキルの発現に至っていない。スキラー数値も高く、三つあるサブスキル各種は限界まで鍛えられている。それでも発現しないことに、お前はこれまでだと言われているようだと少女は思う。
限りある手札と命で、巨大な敵へ挑む。握るは変わらずここにあるAALIYAH。
第二世代CHARMではあるが、その実第一世代CHARM二つを無理やり合一させただけの粗雑な一振り。
AALIYAHにマギを入れて、少女は風よりも疾く走り出した。
緩慢な筈のレーザー照射は偏差を考慮に入れていて厄介だ。ミサイル群も先読みするように悪辣な着弾位置で絶え間なく降り注ぐ。
何とか切り抜け直下へ到達した頃には、すでにバトルクロスは所々焼け爛れていた。
肩で息をしながら中心杭下部に取り付き、汚染など考慮しない呪いの一閃で攻撃。しかし刃が通ることはない。
LACも特殊な技術によるものだ。装甲はCHARM同様、強度は通常の物質の比ではない。
スキルを活用して上部を目指す。土台無茶な構造体だ。弱点は必ず存在しているだろうと、マギの通りが悪い部分を探る。
果たして、どう見ても無理のある羽のような装甲版の付け根が目に留まった。
決まれば早い。瞬時にジョイント部分に位置取り斬りつける。マギと熱と火花を散らして、幾度も斬撃を繰り返すとようやく軋んだ。そして重さに耐え切れず、長大な羽が一本傾ぐ。
『あとは連鎖的に崩壊していくだろう。案外呆気なかった――――』
オペレーターの言葉が途切れた。無理もない。今し方破壊された羽根型装甲版の可動部が、巻き戻るように修復されていく。
『まさか、【Z】だと!』
その手に収まる範囲にしか作用しない筈の現象に少女も言葉を失う。それでも状況を打開しようと、考えを巡らせようとした時だ。
『マギエナジー収縮! 退避しろ!』
数瞬の間に収縮し、中心杭上部を起点にマギエナジーの爆発的な解放が発生。
少女は直撃こそ免れたが、吹き飛ばされて身体の制御は乱れ、その隙を突くようにレーザー照射に襲われる。
少女は覚えなどない筈の既視感を得て、この極大に増幅されたマギの感覚から、いつかの戦いを思い出す。そう遠くはなく、戦いの中で摩耗し始めた夜半のことを。
AALIYAHを盾にレーザーを凌ぎ、どうにか砂漠へ叩きつけられる前に姿勢の立て直しに成功する。
しかし満身創痍だった。AALIYAHも悲鳴を上げ破損寸前だ。たった一度のマギエナジーの爆風で限界を迎えている。
少女は狂った日傘を仰ぎ見た。
あのミッションで企業連が鹵獲した【Z】持ちの強化リリィが、LACの機関に収められていることを悟る。
縁もゆかりもなく、以降も交わることはないはずの運命がここにあった。
不意に攻勢が止む。
少女が感覚を研ぎ澄ますと、あの強化リリィ以外のマギを感じた。収められているのは一人や二人ではない。
何人ものリリィがそれぞれスキルを重ね合わせて、あのLACを動かしていたのだ。
動きを止め、装甲へ供給されているマギの流れが衰える。制御の阻害はそれが限界であると見た。
何が言いたいのか少女にも分かる。撃破しろと示していた。
少女は傷ついた体に鞭を打って、導かれるままに大傘を登る。そして要所を破壊し、リリィが格納されている機関に至る。
故障しかけのAALIYAHの刃も通り、破られた隔壁の先にはあの強化リリィがいた。
狭い空間の中、配線に取り囲まれて数人のリリィたちと一緒に繋がれている。
『……』
さしものオペレーターも言葉がないようだった。
巨大LACの崩壊が始まり、火を噴く勢いが増している。
結局、企業連のリリィとは違う、気高さを失わずに在れたリリィたちによって体制は崩壊する。その身を挺することによって。
だれも望んではいなかっただろう。崩壊の爆発に飲まれて消えてしまう最期など。
『ミッション完了だ。速やかに作戦エリアから離脱しろ』
レアスキルには、生き様が反映されるという。全てが定められているようで、受け入れがたい真実だが、少女はどうにも抗えなかった。
【ファンタズム】によるテレパスを受け取り、少女はこれまで発現していなかったレアスキルを行使する。先までレーザーとミサイルを用い未来予知そのもので苦しめて、次は直接指図してきた。
【ファンタズム】持ちは苦手だ。少女はそんなことを考えながら、リリィたちが収められている機関にその身を滑り込ませる。
『何を……』
上手く出来る確信は、例え【ファンタズム】を持つ機関内のリリィに言い聞かせられても持てなかった。
そのレアスキルには謎が多い。防御系スキルとされながら、それだけでは説明のつかない副次効果も持つという。この場では、前者を求められていた。
別に、少女は強化リリィたちを助けたい訳ではない。退避が間に合うかは微妙なところで、可能性のある方を選択しただけだと言い聞かせる。
レアスキル【ヘリオスフィア】。それによって生じたマギ光帯は開いた隔壁を起点に機関内部を覆い、次の瞬間に巨大LACは爆発した。
●
ことの顛末を述べるなら一言で片が付く。企業連崩壊。
技術の粋を結集して建造した巨大LACの崩壊を皮切りに、オーメル・サイエンス・テクノロジーの基幹工廠壊滅が明るみになることで体制は大きく傾いた。
そこには正義だけでなく、自分だけでも生き延びようと足掻く企業連の一部グループや、対立しているG.E.H.E.N.A.傘下のものたちの手もあった。
一つの世界が終わり、それは清浄を保っていた聖域へ静かに零れ流れて行く。
しかし、暗く、淀み、汚れ切ってなお必要とされるのは、それだけ世界に余裕がない証左であった。
企業連の崩壊より幾月か過ぎたある日のどこか。愛らしく飾られた部屋の中で、誰かがその通信に応えている。
『依頼内容の説明をさせてもらう。
甲州撤退作戦の支援を可及的速やかに願いたい。
初期対応の遅れによるヒュージの甲州侵攻は知るところだろう。ここを国定守備範囲とする甲斐聖山女子高等学校では、すでに対処は難しいものとなっている。
撤退の協力を、また余裕があるようならば前線での遊撃を望む。CHARMや物資などに関しては、可能な限りこちらで用意する。
近年、ヒュージはその力をさらに増している。それに対抗してリリィたちも新たな戦術形態を模索、研究し実践段階へと移っているが、それだけでは作戦の完遂は困難を極めると予想している。
一人でも多くの手が必要だ。人類と、そして何よりリリィたちのために、どうかその力を貸してほしい』
依頼人、私立百合ヶ丘女学院理事長代行、高松咬月。
作戦エリア、甲州。
作戦目標、撤退支援。
報酬、――――。
「受けるの?」
背後より聞こえた声に少女は何も答えず、しかし今はもう何もない首筋をなぞった。