ALfA   作:ドヒャァ

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ALfA 4

 どれだけ忙しくとも、疲弊していようとも、時間の許す限り彼女はその病室へ通っている。

 靡くだけで絵になる長い黒髪。整い過ぎた顔立ち。鋭くも憂いを湛えた瞳。彼女の服装が名門のものであることを差し引いても際立った容姿であった。

 彼女の名は白井夢結という。ここ百合ヶ丘女学院に在籍する優秀なリリィだ。

 

 その夢結と姉妹の契りを結んでいた川添美鈴は、二年前の甲州撤退戦で昏睡状態となっている。一度だけ目を覚ました記録があるが、強いマギの反応を示して以降眠ったままだ。

 百合ヶ丘は、上級生と下級生が結ぶシュッツエンゲル制度という関係構築を推奨している。

 姉妹として結ばれた絆は信頼だけでなく、戦闘技術の継承も意味していた。刹那的な想いを見出すものもいるが、実態は生き抜き繋げていくための痛切な願いの疑似姉妹契約制度だ。

 

 夢結は二年前に中等部でありながら前線でCHARMを振るった実力者だが、間違いなく年相応の少女であった。美鈴が目覚めないことに心を痛めて、今も明けない夜の中にいる。

 また制度の仕組み上だが、留年扱いとなっている美鈴との契りは解消されて、そのことも夢結に深い影を落としていた。

 

 通い詰めたからか時折時間の感覚すら曖昧になる学院の特別病棟の廊下を抜けて、射撃訓練場へ向かう。そしてエントランスを抜けようとするところで、一人の少女と相対した。

 夢結はその見慣れない顔に、新しい年度が始まろうとしていることに今更ながら気付く。

 そして同時に、何かに思い至ったように夢結は動きを止める。

 

 視線を感じたのか、その少女は夢結を視界に収めた。

 あの時と装いは大きく違えど夢結は視線を外すことが出来ず、何者であるかを正しく認識する。

 

「あなたは……」

 

 二年前の甲州撤退戦で遊撃に参加した、とあるリリィがいた。

 多くのリリィが制服で着飾っているのに対して、一人だけ不気味なリリィバトルクロス姿であれば否が応でも印象に残る。たとえ悄然としていた夢結でも深く覚えがある。

 本当の名は誰も知らず、元企業連管理下の生え抜きという定かでない噂話を持つ少女。

 

 ここに百合ヶ丘の生徒として転入か入学することに衝撃を受けながらも、夢結は蘇る記憶に複雑な感情を持ちながら声を掛けた。

 何を考えているのか分からない顔を向けられて、それでもどうにか言葉にする。

 

「あの時――――」

 

 

 

 

 地獄というのあるならば、それはこの戦いの先に現れるだろう。夜半の深山は、青色の粘液が至る所に飛散して調和を欠いている。

 前線は崩壊し、死傷したリリィは数知れず。一般市民の避難は間に合っていない。

 初期対応の遅れにより大惨事となったヒュージの甲州侵攻は山場を迎えている。国定守備範囲としている甲斐聖山女子高等学校の一部のリリィは崩れながらも奮闘し、周辺区域のガーデンも精鋭を中心に送り込んで撤退戦を展開していた。

 

 中でも奮戦しているのは、百合ヶ丘女学院のレギオン、アールヴヘイムであった。最低九名で一組とされる戦闘単位をレギオンと言い、彼女たちは十三名で構成されている。

 近年、その出現頻度が増しているラージ級ヒュージよりなお強力なギガント級ヒュージへ対抗するために研究された戦術形態である。

 また、従来の戦い方では消耗が激し過ぎることから生まれたものでもあった。

 そして百合ヶ丘のレギオンは魔法球を増幅し叩き込む新たな必殺戦術を強みとし、それはギガント級ヒュージの撃破も可能である。

 

 レアスキルを保有するだけでも一角のものであり、アールヴヘイムはその中でひと際高い戦闘能力を有するリリィで編成されたレギオンだ。ただメンバーの殆どが、本来であれば最前線に出ることを良しとされていない中等部三年生である。

 主将を始めとして、優れているが故に認可された特例レギオンだった。

 しかし乱戦に次ぐ乱戦と、各所に見られる避難が遅れた一般市民の救出。そして崩壊した他のレギオンの退避支援。

 戦闘区域のタスクは飽和している。陣形など整えられず、レギオンとしての機能は失われつつあった。

 

 そんな手遅れの状態で、少女は戦線に投入される。

 ガンシップで戦闘区域に輸送された少女は、開け放たれた搭乗口の際に立つ。暗色の全身装着型リリィバトルクロスを纏っており、バイザーを暖色に灯らせて、その手にはユグドラシル社のグングニルがあった。

 グングニルにマギを入れると、マギクリスタルコアがバインドルーンを刻んで発光。

 命運を顕在化する要素がリリィには複数ある。すでにルーンの軌跡が消えたコアを少女は一つ睨んだ。

 

『ミッション開始。甲州撤退戦の支援を行う』

 

 少女はグングニルから視線を外し、戸惑うことなくガンシップからその身を中空に投げ打つ。

 そして手始めに、ミドル級と思しき硬質的な四足のヒュージに向かって虚空を駆け、グングニルの薙刀状の刀身で穿ちながらエントリー。そのCHARMの名に恥じない豪快な乱入は一帯を揺るがした。

 

 そのまま丁度ヒュージが群れる中心地点へと駆け抜け【ヘリオスフィア】を発動する。

 魔法――――マギには謎が多い。解明不能の概念は多くの奇跡と災厄を発現する。

 防御結界の補強とヒュージ側のマギ減衰に止まらず、攻勢のマギエナジーを圧縮し開放。周囲のスモール級やミディアム級は、これだけで相克するリリィのマギに焼かれて撃破される。

 

 少し遅れて、ダインスレイフを背にする強化リリィが各種消耗品を持って降りて来た。こちらは少女のようなバトルクロス姿ではなく、国外のガーデンの服装だ。

 ガンシップは第一世代CHARMを搭載したポッドを数個投下し退避していく。

 それを見送ることもなく、少女は【千里眼】で救援が必要な個所を精査し動き出す。

 

 定めた進路先には数人のリリィがいて、それはアールヴヘイムのメンバーであった。スモール級やミディアム・ミドル級を捌きながらまずそこを目指す。

 程なくしてアールヴヘイムのメンバーと合流。周囲のヒュージを一掃し、司令塔である番匠谷依奈がいたことから指示を仰ぐ。

 すでに彼女たちは分断されていて、幾人か場所を特定出来ない半壊状態であった。

 依奈は十全に力が出せる少女たちに、逃げ遅れた一般市民の救出と、より沈んだ顔で分断されたアールヴヘイムメイバーの捜索を願った。

 飽くまで外部の救援である二人に、依奈は必要以上に踏み込まないよう言ったが、少女は左程反応せずに行動を開始した。

 強化リリィは沈痛な面持ちで頷いて、依奈へ消耗品を渡して少女に追従する。

 

 少女と強化リリィは各所のヒュージを切り伏せながら、分断されたという場所に向かう。逃げ遅れた一般市民は幸か不幸か見受けられなかった。

 

『酷いものだな。ここも時期、陥落指定か』

 

 カメラから見る映像に、相変わらず辛辣な物言いをするオペレーター。どれだけ奮戦しようと、甲州の失陥は確実だ。依頼が回って来た時点で、少しでも損耗を減らすための作戦行動を求められている。

 そもそも少女たちは国外にいて、救援に来られたこと自体が奇跡であった。

 どのようにして渡りをつけて来たのかも分からなければ、血腥い出の少女に依頼する神経も常軌を逸している。それ程までに意志が強いとも言えるが、空恐ろしい百合ヶ丘の理事長代理だ。

 潜伏し養成していた少女の連絡先を突き止めるのは、そう簡単なことではない筈だった。後で調べる必要がある。

 そして潜伏場所どころか少女のマギのパターンまで漏れている。

 本来CHARMは契約者のマギが馴染むまで起動そのものが不可能であったり、そうでなくとも万全とはならない。

 だというのに、グングニルが鈍くも起動したのは調整が成されていたからだ。

 

 恐ろしいついでに慣れ親しんだAALIYAHの入手と使用許可を出してくれないものかと、少女はマギの馴染み切っていないグングニルの持ち手を強く握る。

 あの戦いで、少女のAALIYAHは専門の設備と優秀なアーセナルがいなければ修復不能のほぼ全壊状態となっている。

 企業連崩壊以降それに準ずるCHARMの多くは廃棄され、紐解かれ始めた真実は例えほんの一片であっても世界を揺るがした。

 多くの不都合な情報は秘されたままで、全てが開示されることは今後もないだろう。

 

 慣れないながらも、少女のグングニルは冴え冴えと振るわれる。初心者向けでスタンダードなCHARMを選んだのは間違いではなかった。

 物理刀身はデリケートで、この戦闘で最後まで持つとは思えないのが難点だ。少女は強化リリィと連携してミドル級を撃破しつつそう思う。

 

「まだなの?」

 

 急いて問う強化リリィ。目標まではもう少し距離がある。俯瞰すると、すでに手遅れのように見えた。

 血濡れのリリィが一つ。それから離れた位置に自失して座り込んだリリィが一人。

 位置取りとして近いのは後者で周囲にヒュージは居らず、【魔眼】で注視すると何ごとかを呟いているようだった。逸れたアールヴヘイムのメンバー、白井夢結であることを少女は確認。

 そしてまだ間に合うかもしれないと、川添美鈴と思われるリリィの下へ強化リリィが向かう。

 

「お、ねえさま……美鈴お姉様が……」

 

 少女がここを捕捉した時には、ことは終わっていた。夢結は再起が叶うとは思えない喪失状態だ。

 

「うそ、よ……」

 

 こういった手合いの対処を少女は訓練していない。あの強化リリィのように衝撃を与えれば正気を取り戻すだろうかと、少女は夢結の正面に回った。

 

「叩いても治らないわよ」

 

 美鈴を抱きかかえて強化リリィはやって来た。どうやら間に合ったようで、凶行に走ろうとする少女を強化リリィが止める。

 

「お姉さま……?」

 

 美鈴は意識を失ったままだというのに、夢結は反応を示して立ち上がり、強化リリィの方へと向かう。

 強化リリィに握られているダインスレイフに戦慄いたが、美鈴を思う気持ちが勝る。

 

「何とか命は助けられたわ。一人で退避は……」

『CHARMも無くしていては不可能だろう。白井夢結と川添美鈴を連れて一度後退、退避させる』

 

 少女と強化リリィがオペレーターと指針を確認する中、夢結は強化リリィに抱き支えられた美鈴から目を離さない。そして美鈴の頬を、ガラス細工に触れるような繊細な仕草で撫でる。

 一瞬、強化リリィの表情が険しくなったが、夢結の好きにさせた。

 

「お姉様……生きてる。お姉様、お姉さま……」

 

 美鈴の浅い呼吸音と確かな脈動を感じて、夢結は失意と絶望の内から希望を得て泣き叫ぶ。

 自らが美鈴にCHARMを向けて刺し貫いたような光景や、判然としない前後の記憶と鬩ぎ合いながらも、生きているということで涙が止まらなかった。

 

 夢結が落ち着く様子はなく、それでも少女たちに誘導されながら後退していく。

 道すがら遭遇するヒュージは幸いなことにスモール級ばかりだ。何をしでかすか分からない強化リリィや、自由の利かない小隊行動、そして企業連産LACを相手取るよりは楽である。

 

 簡易拠点まで夢結と美鈴を送り届け、二人は補給も程ほどに戦闘区域へと舞い戻って行く。親しい間柄の者を失った悲痛な声や、故郷を追われた嘆きを通り越して深山に躍り出る。

 囁くような声量で、誰かが少女たちに感謝の言葉を投げかけていたが、悼んだ風に消えた。

 

 少女がグングニルの刀身を三回へし折り、周囲にある第一世代CHARMを粗方駄目にした頃、甲州撤退戦の幕が引かれた。

 

『ミッション完了だ。【Z】持ちがいなければとんでもない出費だったな。まあ経費は相手方だ、次があれば替えのCHARMも用意させるか』

 

 夜明けはとうに過ぎ去り、日輪が救いのない光景を凄惨に照らし出している。

 背景は侵されざる森の緑で、灰褐色のアスファルトを下地にして、微量の赤を散らせた上からぶちまけられたヒュージの青い体液。

 やはりここは地獄で、暗色だった少女は隈なくその色に染まっていた。

 

 生きるという感覚を少女は味わい暫し耽る。

 バトルクロスは所々破損していて、腕部装甲が輪切りになっている個所は切断された腕を【Z】で治癒された痕跡だ。

 他にも、ヒュージの返り血で判別が付かないが素肌を晒している。

 

 受諾する必要などない依頼だった。首輪も外れて自由となり、ヒュージの侵攻により世界に安全はなくとも、普通に生きて行く分には困らない場所も手に入れていた。

 昨今界隈で話題になっているアーセナルとの伝手を報酬に釣られたにしても、これも戦うためのものだ。

 

「いつまでも続けられるものではないわよ」

 

 一緒に戦い抜いた強化リリィの言葉を聞いて、少女は首筋に手をやる。

 生きるための戦いは意味合いを変え、それを正そうと思う者たちは居れど届くには及ばず。呪縛からは未だ逃れられそうになかった。

 

 

 

 

「――――助けてくれて、感謝しています。本当に、ありがとう」

 

 心からの言葉を受け取っても少女の表情は微動だにしない。

 

「自己満足だというのは分かっているけど、聞こえたかどうか分からなくて、ずっと気にしていたから……その」

 

 ただほんの小さく首を左右へ振り、そして一言、自分が助けた訳ではないと呟き返す。

 起伏のない声色に、夢結は少しだけ現実に引き戻されたようだった。

 百合ヶ丘の皆は優し過ぎる。多くが夢結に思いを向ける。そんな空間に、決して心が交わることのないであろう少女がやって来た。

 声は何も響かず、暗い瞳は夢結の心をそのまま映し返して、少女の異様な在り方はある意味得難いものだった。

 そして夢結は恐怖を押し込み、思い立って少女に問う。

 

「一緒にいたリリィは元気?」

 

 静かに首肯する少女。あの強化リリィはCHARMの起動が出来なくなり、今は母国でガーデンの教員になるべく大学に通っていると返した。

 

「そう……後で連絡先を教えてくれないかしら。お礼だけでも、伝えたくて」

 

 少女は再び首肯し少し考える素振りを見せ、何なら今から話すかと懐から携帯端末を見せる。

 

「いえ、声を掛けて置いて今更だけど色々と準備もあるでしょう。またの機会にお願いします」

 

 夢結の言葉には怯えがあった。美鈴を治癒した本人と話すのは、悪夢のような光景の真相に迫るということだ。少女に抱いた恐怖もそれが原因だ。真実を知っていて何ら不思議なことはない。

 レアスキル【ルナティックトランサー】による暴走で、美鈴をCHARMで貫き殺傷したかもしれない。

 ふとした拍子に想起されるその一瞬は何なのか。夢結の記憶は定かでなく、【Z】は傷跡諸共真実を消し去った。

 準備が必要なのは夢結の方だ。心構えなど出来ずそのまま黙し、会話もなく二人は別れる。

 

「それじゃ、ごきげんよう」

 

 陰りながらも、夢結は瀟洒な挨拶を繕って当初の予定通り射撃訓練場へ向かう。

 止まった時が動き出そうとしているのに気づかないよう、努めて冷静に。

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