「ざっけんなっての」
私は壁をグーで叩いていた。
もちろん、これはユートに…神楽悠斗に対する怒りから衝動的にやった行動だ。
最初は謙虚にしていたけど、少しチヤホヤしたらすぐにメッキが剥がれたわ、あの
誰があんな男に本気で惚れるかっつーの!
私を嘗めるなっての。
そもそも今回の私の仕事はそういう役割だったから。
リサーチされた
場合によっては主人公の火遊び相手にはなるかも知れないという役割ね。
ハーレム願望はあるけどいざヒロイン的な存在と…となると何もできなくなって後で気まずくなることを防ぐ為に筆下ろし相手になる役ね。
この役割、本当に疲れるし不人気なのよね。まぁ、内容が内容だからお給料は良いけど。
「でも、あれはないわ……火遊び相手になる気も起きないわ……」
「メイリーさん、お疲れー♪」
「杏菜さんもお疲れ……やっと旅立ったわね」
宿屋の女将、アンナ役の杏菜さんだ。今回の設定的には未亡人で、女手1つで娘を育てながら宿屋を切り盛りしているという感じだったかな?
娘役の恵梨ちゃんほどでは無いけれど、火遊び相手役の可能性もあった人。
定番だものね、火遊び相手のヒロインの当て馬と言えばマドンナ的なギルド受付職員、宿屋の母娘、それにちょっとカワイイ程度の女冒険者。
「チュートリアルが終わったって感じね。まぁ、次は主務課の出番だね」
エリー役の恵梨ちゃんがやっと終わったという感じで胸を撫で下ろす。宿屋に関しては本来の持ち主に返却したのかな?
またアイツが来たときは臨時で交代することになるんだろうけど、その時は杏菜さんだけで済みそうだし。
「私も主務課に転属したいなぁ。主務課だったら火遊び相手って無さそうだもん。ハーレムが大体完成しているから」
「それがそうでも無いんだって。元ハーレムメンバーだったあたしが断言するけど、タカの外れた転移者って底無しだよ?もう手当たり次第。その点、初期対応課はどうとでもなるもん。上手くかわすネタなんていくらでもあるから。メインの活動拠点になる主務課……今回は隣国の王都だけど、そこでのマドンナギルド職員なんて最悪の一言!本気で嫌がっているのに、フリだと思われるから、しつこいのなんのって!今回の悠斗なんて多分、そのタイプだと思うよ?だからあたしも火遊び相手になるつもりが無くて。だって、一度でも関係もったらしつこそうだったし!」
うわぁ……。それは私も上手くかわせる自信が無いなぁ。
まぁ、私も何か危ない感じがしたからそうだったんだけど。
「とにかくメイリーさんはお疲れ様♪なんか最後の方なんてずっとねっとり見られていたじゃん?隠しているように見せていたけど、女からしてみたらまるわかりだよね?」
そう。私が最初にムカついていたのはそこなの。
最初の内は近所の優しいお姉さんを見るような感じの高嶺の花というか、そういう目で見ていたんだけど、エルフィナちゃんが……メインヒロインが一緒にいるようになってからは「綺麗なんだけど、少し好みとは違うかなぁ……」的な感じになってきたんだよね。
まぁ、そこまでは良いの。それが私の役目だから。その内、「あ、いつもご苦労様です」的な行き付けのコンビニのアルバイトを見るような目で見られる立ち位置が理想の役目だから。そうなるように立ち回って来たつもりだし。
だけどさ……最終的に「好みとはちょっと違うけど、たまには別の味も味わいたいよね?ほら、俺って肉が好きだけど、さばの味噌煮とかもたまには味わいたいじゃん?特にこいつは缶詰めのさばの味噌煮っぽいし、いっそこいつもハーレムに入れちゃおうかなぁ」的な目で見てくるのはマジで気持ち悪かった。実際に誘ってきたし。
何が「あの……もしよければメイリーさんも一緒に行きませんか?」だよ!百年早いわ!私の理想は乙女ゲームのメイン攻略対象となるような紳士的で白馬の王子様的なキャラクターだから!
ショタ系で守ってあげたくなる的なキャラじゃないから!
下手にホイホイくっついて行ったら最後、お先真っ暗になるのがわかってるから!
具体的には「なんでこいつ、まだいるんだろ?めんどくさいなぁ……」的なボジションになるの。
何故ならば無制限に女をハーレムに加入させる系の男は同系列のキャラクターを何人か入れるから。「同じさばの味噌煮ならやっぱり缶詰めよりも手作りだよね?レトルトでも良いなぁ……缶詰めでも『ハゴ○モ』と『ニッ○イ』ならば『ハ○ロモ』かなぁ」的な。もちろん、私は『ニッ○イ』ね。
うん。笑えない。色々な意味で。
「何て言うかさ、ニコポとかナデポとかのスキルを絶対に持ってるよね?あいつ」
恵梨ちゃん。
ニコポっていうのは「ニコッと笑いかけたらポッ!」、ナデポっていうのは「ナデナデしたらポッ!」と惚れるという奴の略ね。
変則的なヤツで「シュンってなったらポッ!」、最低な部類で下半身を見せたらポッ!ってのもあるかな?いや、それ以上に「何をしてもポッ!」という究極形態もあるんだった。
「え?普通、そんなんでポッとかってなる?」って思うかも知れないけど、それがチートとしてあるのが現実なの。一種の洗脳だね。その代表格なのが「ニコポ」「ナデポ」。
「あるわねぇ……ああいうタイプに限って、どうしてそういう無駄スキルが都合よく入るんだか……」
杏菜さんが言う。
まぁ、ああいうのがある理由はまだわからないか。二人とも入社してそれほど経ってないし。
「ああ、前に班長から聞いた事があるよ?成長チートが願望を汲み取ってそういうスキルを習得させるんだって」
成長チート。神様が召喚するときにサービスで付けるとか、最初に付けるスキルのスキルボードで自分で選ばせるとかあるでしょ?
あれ、恩着せがましく言ったり運良く見つけさせて主人公にドヤ顔させる事があるけど、実は大抵はああいうのってデフォルトで付けさせているから。
それで人一倍成長が早いことを自慢している姿を神様とかは面白がってゲラゲラ笑ってるんだって。
そしてそれを神様の世界のネットワークで配信してはみんなで共有してるんだって。
最近じゃ、成長チートなんてのが当たり前すぎて言わなくても最初から付いているというのが当たり前らしいんだけど。
中には敢えてそういうのを最初は付けないで、「死に戻り」してから付けるとか、そういうのをして楽しんでいる神様もいるみたい。
まぁ、良いんだけどね?
「あれ?でもあたし達って『ニコポ』とかは効かないよね?演技でなついている振りはしてるけど」
「過去に被害に遭ってるからじゃない?」
「む~………言わないでよぉ………」
まぁ、恵梨ちゃんはね……。
ナデポニコポに対しては元々耐性が出来ちゃってるから仕方がないと思う。
「アハハハハ!でも、私達はそういうのが効かないように体質が出来てるんだって。社長の加護に入っているから。私は元々耐性があるタイプだったけど」
だって私達がイチイチその毒牙にかかっていたら仕事にならないから。
あくまでも私達はサブキャラクター。メインキャラじゃない。それでもハーレム入りしちゃう子は……まぁ、本気で惚れちゃったってヤツだね。
そうならないように結婚相談所も真っ青なくらいにマッチングされている筈なんだけど、人の心は分からないから。
「へぇ……メイリーさんって耐性があるほうだったんだ?あたしみたいにハーレム入りしちゃったから?」
「恵梨ちゃん。人の過去に踏み込むのはいけない事よ?」
あー………うん。別に隠すような事じゃないから良いけどさ。いずれはバレるんだし。
「恵梨ちゃん。実は逆なの。私がニコポナデポで周りを振り回していたの。悠斗みたいにね」
悠斗に嫌悪感を抱くのって結局はそれなんだよね?
過去の自分を見てると言うか、鏡を見ている気分になるって言うか、お前は過去にこんな罪を犯していたんだぞっていう現実を見せられてるって言うか……。
「うそぉ!」
「メイリーさん……良かったの?」
「仕方がないじゃん?実際にやっちゃったんだし、少し調べればわかる事なんだし」
私のような役柄をやる人間の共通点はこれだもの。
「悪役令嬢物の乙女ゲーム主人公ポジションっていうのかな?それが私のポジション」
それがキャラクターとして召喚された私のポジション。
「え?乙女ゲームの主人公?スゴい役じゃん?」
あ、これは乙女ゲームってヤツを知っていても、私のポジションだったヤツが分かっていないパターンね。
「違う違う。正確には『乙女ゲームを舞台にした悪役令嬢を主人公とした物語に登場する、逆ハーレム狙いの乙女ゲーム主人公という名前の悪役』というのが私のポジションだったの。それも全攻略対象を含めてまとめてザマァされるっていうタイプのね」
そういう役目だと気付かずにゲームの内容に添って行動していたら、面白いように攻略対象が釣れていっちゃってさ………。
気が付いたら最後はザマァ。いつまでも意地悪してこない悪役令嬢に痺れを切らして、自作自演や嘘を重ねるというテンプレの捏造をし、さあ悪役令嬢を断罪!ってなったら、これまたテンプレで偉い人が出てきて捏造の証拠を突き付けられてお縄。
最終的には国外追放でドナドナ~………ってね。
で、ドナドナされている最中にスカウトされて、今の私が出来たって感じなんだけど、その時に色々と聞かされて……ってヤツね。
「『ニコポ』を使って攻略対象を手玉に取っていたんだって」
「うわぁ………」
うん。その反応は正解。
笑えない。
何が笑えないかって洗脳されてそれをやっていたんだって事。
でも、洗脳されていたと言っても、『何だかおかしいなって』事に気が付きにくする洗脳であって、結局は私が素のままの欲望を全開にして行動してたっていう事だよね。
そして更に笑えないのはそうなるようにお膳立てしていた今の同僚達に、『ここまでの奴は久々に見た!能力もほぼ自在に操っていたし、いっそこっちに来ないか?』と言われてホイホイ付いてきた事。
自分を陥れた相手に今度は陥れる側に回れって言われたのよ?それでこのままお先真っ暗な人生になるんだったならばいっそ……という事でスカウトに乗ったの。
今度は舞台装置側に回る……ってこと。
舞台装置……私達はTTSC。
トリッパーズ トレーニング&サポート カンパニー。
転移者達を鍛え、支援する企業。
それが私達だ。
転移や転生で異世界に召喚された
私の所属部署は企画・実行部。
主にサブキャラクターやモブを担当する役者達。
TTSCの花形部署ね。会社なら営業部みたいなものかな?
ファンタジー課。
これは言うまでもないかな?ファンタジー世界を担当する部署。
そして初期対応班。
俗にいう始まりの街で、異世界を生活するためのチュートリアルをテンプレであらかた体験してもらう班が私の部署だね。
そこで私での役割は……もうわかるでしょ?
ニコポを使って主人公達に対して好感を持たせ、冒険者ギルドとか傭兵団とかの役割や使い方の説明をしたり、依頼の内容を説明したり、地図や必要装備を教えたりするのが業務ね。
見方を変えればキャバクラやクラブの担当ホステスや風俗嬢みたいな役割かな?
ザマァ主人公をやっていた私みたいな人達にはピッタリの仕事って訳。
相手によっては火遊び相手になるっていうのも頷けるでしょ?
相手が本気で惚れた張れたが関わりそうな場合は『ヘルプ』に回ったり、それでもダメそうなら逆ニコポを利用して悪役のパーティーに所属する魔法使いとかになったり、徹底的にエキストラになったりするけど。
だってどこの世界も基本的にはモブまで含めて容姿端麗ってのがデフォルトだし、ましてや私達は花形部署だから基本は見た目の人達が集められているし。
最近では始まりの町がそのまま本編の舞台というのも珍しくないから、そういう舞台の場合は主務班と呼ばれる本編担当の人達と合同で業務をしたり、他の課にヘルプに行ってモブを担当したりするけど。
私がスカウトされた『乙女・美少女ゲーム課』?
あるよ?一度だけ希望して『ザマァ主人公』を演じた事があったけど……何も感じなかったかな?
社員じゃない攻略対象を骨抜きにして一緒にザマァにしてみたけど………うん。本当に何も感じなかった。
いや、何となくわかっていたんだけどね?反省とかしているんだったら、普段の業務でもトラウマとかになっている訳なんだし。
悠斗に対して怒りを感じたのも、本気じゃ無いくせに下手なニコポを私に仕掛けて来たことかな?
まだ満足に使いこなせないどころかスキルを自覚していないクセに、ニコポのプロたる私に対して下手なニコポを仕掛けてくるんじゃねぇ!百年早いわ!って。
まぁ、大体はいつもの事なんだけどね?今回みたいにしつこいのは久々かな?
大抵は段々モブ化していく訳だし。
うん。怒るポイントが杏菜さんや恵梨ちゃんと違う時点で既に私って大分サイコパスな部類に入るけど。
恋愛だのなんだのってのは私にとってはそれこそ、既に
だからこそスカウトが来たのかな?
「うん。まぁ、初期対応班の
「さんせー!」
「上がった人達だけでひとまずって所じゃない?引き継ぎとかもあるわけだし」
あ、現地の人達に引き継ぎとかあるんだ。
アイツが色々とかき回した部分のフォローとか。
じゃあ、取り敢えず今は上がった人達を集めて『オフィス街』へと繰り出そう!
トリッパーズ トレーニング&サポート カンパニー
略してTTSCです。
転移者教育及び支援企業 TTSC
様々な都合……という名の神による異世界転生をした異世界トリッパーという被害者達をサブキャラクター、モブレベルでの登場キャラクターから裏方までサポートする神様の企業。
社員達もそれぞれの世界でのトリッパーや、スポットが当たった様々な現地キャラクター達からスカウトされたプロ。リアル劇団員とも言う。
例えどんな人間であっても依頼であればサポートする…が、社員も人間であるからには……。
代表取締役社長は宇宙クラスの上位神らしい。
主な取引先は各世界や各宇宙の創造神。
たまに最上位の神である至高神から、悪質な召喚を行っている世界への調査を依頼される事もあるのだとか…。
メイリー
入社前の転移元……乙女ゲーム模倣の悪役令嬢世界
入社前の役柄……ザマァ系ゲームヒロイン
入社後の配属……企画実行部ファンタジー初期対応課ギルド班
主な係・役柄
ギルド美人受付嬢、ザマァ先輩パーティーの魔法使い、エキストラ、その他雑用
入社数十年の平の中堅。
入社前はよくある乙女ゲーム模倣の逆ハーレムルート狙いのヒロイン役に転生した元喪女。
よくある勘違い系の主人公で、そしてよくある頭の悪い攻略対象を手玉に取っていた。が、これまたよくある何もしていない系のテンプレ悪役令嬢を断罪しようとして逆にザマァを食らい、国外追放。
国外追放の護送中にTTSCの人事・広報課職員にスカウトされ、このまま地獄の日々を過ごすのならと入社。
自分がザマァを食らった世界でもTTSCが関わっていたことを知り、当初は呪詛の念を抱いていたが、今となってはどうでも良くなった。
体感時間で入社してから数十年。
社員特典として不老チートが与えられている。
主な業務はギルド美人職員。元の世界で培った男の子に好意を持たれやすい思わせ振りな態度を取るテクニックで『主人公』と書いた神様の被害者をいい気分にさせ、冒険者活動を活性化させるのがお仕事。
よくある最初の受付嬢役であり、メインヒロインが登場するまでは主人公をトキメかせ、登場後は主人公の規格外さをギルド視点からツッコミを行い役のモブと化し、仕舞いにはいつの間にか消えているキャラクター…というのが役どころ。
時には主人公に筆下ろしをするキャラクターをやるのだが、「世の中そういう人も必要だよねー。ま、見た目と違ってこっちはもう何十年も生きてるアレだし……もうギャバ嬢やらホステスやら風俗嬢に偏見を持つような歳でもないし……」と言って割り切っている。
美人系と可愛い系、両方をバランスよく組み合わせた容姿。
男性の好みは乙女ゲームのメイン攻略対象となるようなタイプの人間であり、俺様系やショタ系、不思議ちゃん系が集まり易い冒険者の世界では基本的に業務対象の人間は好みではない。更に言えば、ザマァを食らったトラウマからか、恋愛に対しては完全に諦めている。故に最初の受付嬢役としては適任なのだが…。
それ以外にもメインの受付嬢の同僚とか、敵対パーティーの魔法使い役としても担当するが、これは業務対象の好みにドストライクする場合、万が一にもヒロインそっちのけで本気にならないようにする対策である。むしろ受付嬢よりもそっちの方が生き生きしているとまで言われる始末であるが。
主業務が落ち着いている時は、同じ企画実行部乙女・恋愛ゲーム課のモブキャラクターやザマァヒロインとしてヘルプに出ることもある。
今回はここまでです。
もしかしたら、あなたの押しの作品にコイツらが潜んでいるかも知れませんよ?