あなたの召喚先での生活をサポートします!   作:本城淳

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かなり、アンチ・ヘイトが入ります。
よく異世界ものの舞台となる中世ヨーロッパ事情に似た環境。
そこに視点がいきます。


こちら企画・実行部 宿屋の場合1

1 宿屋の女将 アンナの場合

 

「杏菜さん。恵梨さん。冒険者ギルドのチームから連絡が入りました。『我々の宿屋』を紹介したので、スタンバイをお願いします」

 

班長の指示の元、私と恵梨の宿屋チームがスタンバイするわ。

 

「はぁ……またいつもの文句を言われるんだろうなぁ」

 

恵梨ちゃんがぼやく。

まぁ、いつもの事だもんね。

でも恵梨ちゃん?あなただって入社して何年もするまで知らなかったでしょ?他の部署の仕事を。

 

「仕方がないわよ。だって主人公(お客さん)のほとんどは、知らないで召喚されるんだから」

 

だろうね。現代の知識でやって来た人間の為に、本当に百年単位で事前に準備してくれた施設・管理部には本当に感謝しかないわ。

この転移者が世界に滞在するほんの数十年……下手したならば数年の為だけに世界の文化を世紀単位でテコ入れしなくちゃならないんだもの。

それなのに…………。

考えても仕方がないか。常識なんてその人が育った環境によって様々だもの。

知らなければ仕方が無いものね。

 

「さぁ。ここからは『お母さん』とエリーちゃんよ?」

 

「はぁい。今回は『アレ』が無ければ良いなぁ」

 

アレというのは『火遊び』の事ね?

 

「あったとしても仕方が無いわよ。私達はそういう契約なんだから。だから『お手当て』もあるわけでしょ?」

 

まぁ、私か恵梨……じゃなかった、エリーちゃんのポジションが結構なりやすいものね。

それかメイリーちゃんか。

今回の神楽悠斗君って子は、リサーチの段階だと女の子に全く縁が無いって言うけれど……。そういう草食系の男子に限って一度タカが外れたらっていう子が多いもんね。

オタク趣味ってのは解っているけれど、結構恋愛に関してはハーレム物を好むって書いてあったし……。

だから『火遊び』ありで契約している私達が抜擢されたんだろうけど……ね。

不人気な役割だけど、需要だけは高いのよね。

万年人手不足の部署だわ。ここ。

もっとも、そういうのをこなしてこそのプロだとは私も思うんだけど。

そんな事を考えながら、私達は『職場(宿屋)』への扉を開いて『役割』を果たしに行くわ。

 

 

 

「こんにちは。ギルドから紹介されて来ましたユートです」

 

「はぁい。いらっしゃいませ。ギルドからの紹介ですね?何泊お泊まりになりますか?」

 

「うーん……取り敢えず10日位かな?」

 

「朝食付きで小銀貨6枚です♪」

 

「はい。これ」

 

小銀貨を受け取り、部屋の鍵を渡す。

 

「ごゆっくりおくつろぎ下さーい!」

 

エリーちゃん見た目のイメージを崩さないように少女らしい営業スマイルを浮かべて悠斗さんを見送る。

本当は少女なんていう年齢じゃ……ギロッ!

エリーちゃんが私の考えていることを悟ったのか、他人にはお見せできない凄い形相で私を睨む。

うん。ごめんね?

うちの会社では年齢……特に女性の間ではタブーだもんね。

私は態度でごめんとエリーちゃんに謝りつつ、初期対応班の班長へと連絡をいれる。きちんとお客様が系列の宿屋に入りました……と。

他の宿屋に入っちゃったら大変だものね。

この宿屋はいわゆる「ファンタジーに出てくる宿屋のテンプレ」をそのままに作られている宿屋だから、他の宿屋に入られたらカルチャーショックを受けること間違いなしだもの。

 

部屋は個室、酒場を兼ねた食堂あり、朝食付きトイレは共同だけれど汲み取り式のトイレ(拭くものは藁)、ランプは常に火が灯されている、エトセトラエトセトラ。

え?これが普通じゃないのか……ですって?これでも充分カルチャーショックを受けるレベルだと思うのならば……中世ヨーロッパの宿屋に限らす、生活様式を説明するわ。

あくまでも地球の平均的な中世ヨーロッパの宿屋の歴史だと……。

まず個室はまずないわ。ホステル……というのは今でも残っているけれど、いわゆるタコ部屋……相部屋で宿泊するのが基本だったの。

個室も無いわけでは無かったのだけれど、基本的には貴族の宿泊を対象とした場合が多いわ。

国や地方によってはベッドが1つにつき二人から三人というのが当たり前……と言うのもあるしね。

さすがにそれは赤の他人同士……というのは少なかったみたいだけど。

次に食事。酒場を兼ねた食堂付きの宿屋……というのは無かったわけではないし、イギリスなんかでは国の政策で常設していたみたいだけど、基本的には宿屋の厨房が開放されていて、そこで自前で作るのが当たり前だったのよ。そして、その食事風景も……ね。

多分みんなは中世ヨーロッパの食事風景って一人一人、皿で取り分けられていてナイフとフォークで上品に…とか想像するかも知れないけど、スープが取り分けられているくらいで、後は大皿で「ドン!」っと置かれているのが一般的だったみたい。後はそれぞれが食べたいだけ自分で取り分けて、奪い合いと言うもの。

ナイフは食事用のナイフなんかじゃなくて、鋭利なナイフ。スプーンはあってもフォークなんて無くて手づかみで食べる。

食文化を調べればわかるけれど、ヨーロッパは「手食文化」と呼ばれていたしね。※1

テーブルクロスもテーブルを汚さない為と言うよりは、汚れた手や口を拭う為に敷かれていたと言うし。

水も井戸水なんてとんでもないわね。

水質が飲み水に適していない硬水だったこともあるけれど、衛生面で問題が大有りだったもの。どこで汚物が捨てられているかわかったものじゃないし。

井戸水を飲むくらいなら酒を飲んだ方が安全ってくらいだもの。

ランプは常に火が灯されている……なんてのは嘘。中世ヨーロッパに限らず、油が貴重品だったのだから、不必要な時には消しておくのが当たり前。

そして……最大に現代人が我慢できない点はここよ。トイレ。

汚い話だけれど、中世ヨーロッパまでのトイレ事情は劣悪としか言いようがなかったの。

近代のように個室でいたす……なんてのは無く、部屋に壷が置かれていて、溜まったら窓から捨てる……というのは当たり前だった。汚物は家の中でなければどこでもオーケーというのも不思議じゃなかったみたいだし。

ヨーロッパで初めて公衆トイレが設置されたのも16世紀のフランスという説もあるくらい。

こんなように、現代日本人が本物の中世ヨーロッパに行ったならば、1週間気が狂わなかったら大したものだわ。

中世ヨーロッパ全土がそうだったわけでもないし、中世ヨーロッパ風の異世界の全てがそうだったわけでは無いけれど、似たような文化が育った背景には歴史的な背景が存在すると思う。

だからこそTTSCの「施設・管理部」が転移・転生が行われそうな世界の神から依頼を受けた時から、百年単位で世界の意識レベルから下地を作っている。

「管理・施設部」とは演劇の舞台で言うなれば大道具や小道具とかの裏方ね。

むしろ、私達「企画・実行部」よりも管理・施設部の方が大変だわ。舞台は役者だけでは動きませんってね。

上同士は仲が悪いからうちの上司は認めないけど、企画・実行部にはホントに感謝ね。

 

「アンナさん……じゃなかった。お母さん。そろそろ夕御飯の支度をしないと…」

 

「あら。もうそんな時間?」

 

他のエキストラのお客さん(にぎやかし)もそろそろ来る頃だわ。

ギルドお勧めの宿屋という設定でお客さんが悠斗(主人公)だけというのもおかしいもの。

もちろん、エキストラの人達も支援に来ている手空きの他の班の社員達よ。

昔はそれほど仕事が多くなかったけれど、最近は神様達の流行りなのか、異世界転移や異世界転生がやたらと多いから人手不足気味なのよね。

うちの班長はやり手だから、ゴタゴタは少ない方だけれど。

あの趣味だけはついていけないけどね。

驚くわよー?どんなに忙しくても必ずやる班長の趣味を兼ねた役は。

本人は「お前達がクライアントがこの先やっていけるだけの力量まで育てたのかを見極める為の1種の試験だ!それだけは俺が直接見極める!」とか言ってるけど…。

 

 

「お母さん!早く!もうすぐチャーリーさんが帰ってくるよ!」

 

チャーリーというのは隠語ね。『スタンバイしているエキストラの(チャーリー)君がしびれを切らしている』って言っているって意味の。

アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコーって言うでしょ?

あれってA・B・C・D・Eって意味だけど、そのままだと聞き間違える可能性があるでしょ?例えば(ビー)(シー)(ディー)

だからアルファとかブラボーって呼ぶわけ。人の名前にするときはアルファとかは変だから、アレックスとかブラフォードとかディックとかに変えてるけどね。

 

「はーい!」

 

私はエキストラ班を迎える為の準備を始めた。

 

 

夕食………

 

「うーん…………」

 

夕食の味については悠斗くん、だいぶご不満のようね。

それはそうよ。だってわざとそうしているんだもの。

せいぜい、この時代背景に不自然にならない程度には味を濃く(・・)したスープとある程度に柔らかく(・・・・)したパン、それに軽く塩を振ってある焼いただけのステーキと言えば聞こえが良いただの豚のばら肉の焼き物。

舌の肥えた西暦2000年世代じゃ物足りないと思うわよ?

だって、濃くした……と言ったけれど、中世ヨーロッパ基準からしたらの話。西暦2000年代の人間にしてみたら、薄味に感じるかもね。

だって………塩って貴重だもの。

塩の権利を巡って戦争が起こるなんてのは地球でも世界中であった事よ?

悠斗くんが生まれた日本だって例外じゃないわ。

例えば風林火山で有名な武田信玄。その武田信玄があちこちに戦を仕掛けた理由も塩が取れる領地を欲していたから………という説があるわ。

上杉謙信の「敵に塩を送る」という諺が生まれたくらいに甲斐の国は塩に恵まれなかったそうよ。

そして忠臣蔵で有名な赤穂藩も塩の名産地として有名だけれど、忠臣蔵のもととなった赤穂事件。その赤穂事件の始まりである浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)

吉良上野介(きらこうずけのすけ)の不仲の理由の1つとして塩の製法と販売法を巡った対立があったという説があるわ。※2

あくまでも説の1つ……だけど。

つまり何が言いたいのかと言うと……塩は貴重である為、ふんだんには使えない。だから、「21世紀の人間からしてみたら薄味に感じる」というのが現実なのよ。

もっとも、医学的な見地からすると21世紀の味付けは塩分過多らしいけど。

つまり……この世界のスープは中世ヨーロッパの基準からしてみれば濃い目だけど、21世紀人にとっては薄味に感じるギリギリのライン……と言ったところかしら?

パンにしたってそうね。

固くて食べ辛そうにしている黒パン。

スープに浸ければやっと食べられる?

………本当の中世ヨーロッパ時代のパンは皿代わりに使われる事もあるほど固かったのよ。

理由は一般的に出回るパンは小麦粉以外にもライ麦や大麦が混ざったパンが普通だったことらしいけど。

 

「うーん……やっぱりマヨネーズや唐揚げ無双は必至かな?マヨネーズや揚げ物が無いのはラノベとかじゃ定番だし……」

 

うーん………マヨネーズは間違ってないかな。

18世紀に入って泡立て器が発明された事によって作られた事だから……。

泡立て器の発明、頑張ってね?まずはそこからだから。

 

そして揚げ物……。

 

悠斗くん。あなたは天ぷらが日本の料理だと想っていたならば、それは大きな間違いよ。

天ぷらはね………16世紀にポルトガルから伝来してきた料理なのよ。

というより、古代ローマ時代には既に揚げ物料理は存在していたの。

日本にも奈良時代には既に中国から唐揚げの原型となった物が既に存在していたの。

油はねや火災の原因になる、空気に触れると酸化するという管理の面で頻繁に作られなかっただけで。

この世界に限らずTTSCが関わった世界では発明されてもすぐに廃れるように施設・管理部が頑張ったけど、ファンタジー知識を少しは疑いなさい?

 

「待てよ?現代知識を使って銃とかを作るってのも…」

 

だから銃も16世紀の種子島に鉄砲を伝来させたのはどこの国?

そして、その原型だってモンゴルや中国では発明されていたんですけど!

元寇をしらないの!?

 

私も含めて周囲で聞いていた人達がスルーするのに大変だったことは言うまでもないわ。

いつもの事だから心で思うだけで、口にも仕草にも出さなかったけど。

ほら、私達もプロの役者だから。

 

続く……かも?




※1
手食文化
16世紀の中世ヨーロッパの作法書では、「指は必ず3本だけ使って食べること。間違っても5本全部使ってはならない。上流階級かどうかはそこで見分けることができる」と書かれているように、一般庶民はおろか貴族でも手食で食べていたことが伺えます。
フォークが一般的になったのは、戦争に明け暮れていたヨーロッパが落ち着き、中世から近代に入る頃、パスタが流行したしたのが切っ掛けになったのだとか。
発明自体はされていたようです。
ファンタジーとは違うのですね。

※2
武田信玄や忠臣蔵についてはあくまでも説の1つです。特に忠臣蔵。



もしかしたら、あなたの知る作品の裏にはコイツらみたいなのが潜んでいるかも知れませんよ?

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