携帯のアラームで目を覚ました。カーテンを開ければ外は快晴、静かな内海がよく見える。
というか、ここから海見えるんかい。全然気が付かなかったぞ。
着替えてから朝食(おにぎり)を頬張り、ニュースを見る。何でもまたパンダの赤ちゃんが上野に来るらしい。平和だねえ日本。万歳。
8時になった。そろそろ移動すべき時間だ。
取材は9時からだが、早めに行って会場の下見でもしようと思う。
タクシーを呼び出し、会場となる海浜公園へ向かう。ホテルからは3kmほどの距離だ。
「ねえ、あんたどこの人よ?」
急に前方から声が聞こえた。なんだい運ちゃん。
「東京です。音楽祭の取材で…」
「ほお、あれはいいよお、なんせね、世界的なヴァイオリン奏者、えーと名前なんて言ったっけ」
「屋島清人ですかね」
「そうそれ、その人の演奏をホール以外で聞く機会なんて世界広しといえどここぐらいのもんさ。しっかりとその目に焼き付けとくといい。」
そりゃご丁寧にどうも。ま、取材でお会いするんでそんなに頑張って聞かなくてもいいのだが。
「ええ、そうします。」
それきり会話は途切れ、タクシーは目的地へ着いた。
公園の駐車場には設営業者と思わしきハイエースやトラックがまばらに並んでいた。
奥へ進むとちょうどステージ設営の真っ最中であった。目測でも百人はいるであろう。
ステージの隣に仮設テントがある。ここがイベント本部だ。
ここで取材をすることになっているのだが、あと約束の時刻まで30分もある。少しだけ、海を見ることにした。
手すりにもたれ、海を眺める。内海なだけあり穏やかだ。ついでにしっかりと青い。きったない東京湾とはまるで違う。
ここで、今回取材する音楽祭について復習。
名称を「水のまち音楽祭」といい、由来はこの町がはるか平安時代から、海運の町であったこと、文明開化の後も貿易港としての役割を果たし続けたことにある。
今でも大型の貨物船が停泊しているのが見えるが、大体は補給目的とのこと。
そういえば、ここら辺は明治のときにできた倉庫だとかなんだとかがあると聞いた。後で行ってみるかな。
仮設テントの方に戻ると、スタッフが4,5人固まっていた。時間5分前なので声をかける。
「すみません、私詩藻社の益田と申します。9時から主催者の永井様との面会の予定があるのですが。」
予め編集長は先方に自分が行けないので代理を寄越す旨を伝えている。まさか連絡が行っていない訳はないだろう。
「はいはい、詩藻社の益田様ですね。主催者の永井です。本日はようこそおいで下さりました。」
答えたのは中央にいた小柄な男性だ。メガネをかけ、運営と思しき黄色の腕章をつけている。髪がかなりシルバーだが、これが本当に編集長と同じ40代なのか。
まあ連絡がきちんと行っていたことはよかったが。
あ、土産を渡さねばならぬ。
「これ、うちの瀧澤が是非とも永井様に持って行きなさいとのことで、後でお食べください。」
ちなみに瀧澤は編集長の名字である。
「これはこれはどうもありがとうございます。瀧澤くんにもよろしくお願いします。」
編集長をくん付けしているということは、やはり友人か。それにしても物腰の柔らかい人だな。これは取材も円滑に進みそうだ。
あと、これで土産物にスーツケース圧迫されなくなった。万歳。
そして本題を切り出す。
「では早速ですが、取材のほう、お願い致します。」
「わかりました。ここでは何ですし、少し場所を変えましょう。ついてきてください。」
おとなしく自分はついていった。どうやら公園の事務所にでも行くらしい。
事務所は小さいビルのような感じで、2階建てだった。階段を登り、2階の会議室に入っていった。
お茶でも入れましょうかと言われたので、言われるがままに頂いた。
一服ついてから、取材を始めた。
割と中の人が暇ではないので、そんなにハイペースな更新できないかもしれません。許してください何でもしま(ry