モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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 前話でもたくさんの感想を頂き、嬉しい限りです。
 大変参考になるものも多く、自分の描写不足、説明不足な点、認識の甘さ、プロット上での矛盾点等、すり合わせながら続けていきたいと思います。


 


第9話

 

 

 

 週が明け、月曜日を迎えた。

 

 いつものように登校し、教室へ入る。

 すると、待ち構えていたように声を掛けてくる人がいた。

 

「おはよう、森崎くん」

「一昨日は迷惑かけちゃってごめんなさい」

 

 普通に挨拶な雫はともかく、開口一番謝罪するのはやめてもらいたい。

 ほら、クラスの連中も変な目で見てるじゃないか。どうしてくれようこの空気。

 

「ほのか、彼、困っているわよ。森崎くん、おはようございます」

「あぅ……。おはようございます」

 

 ほのかを窘めた深雪が微笑み、ほのかも恥ずかしそうに俯きながらも挨拶を口にする。

 妙な誤解を招く行動はともかく、心意気はありがたいもので。

 

「ああ、おはよう。北山さん、光井さん、司波さん」

 

 だから誠実に挨拶を返して、荷物を座席に置いてから三人の下へ戻る。

 そのまま話を切り上げなかったのは、席に向かう間も雫の目がジッとこちらを捉えていたからだ。まだ話に付き合えと、そういうことなのだろう。

 

 深雪の席の傍へ戻り、待っていた三人へこちらから語りかける。

 

「三人はあの後、何もなかったか?」

 

 最初に応じたのは雫だった。

 

「私とほのかは何も。深雪は?」

「私も特になかったわ。一昨日は生徒会の買い出しに行っていただけだから、すぐ学校に戻ったの」

「そうだったんだ。じゃあ深雪がいたのは偶然だったのね」

「お陰で命拾いした。本当にありがとう、司波さん」

 

 本当に危ないところを助けてもらった。九死に一生を得るっていうのはこういうのを言うんだろう。

 深く頭を下げると、深雪はクスっと笑みを浮かべた。

 

「どういたしまして。森崎くんはあの後、体調は大丈夫でしたか」

「少し休んで回復したよ。雇い主には笑われたけど」

 

 案の定、這う這うの体で車に戻った僕を見て寿恵さんは大いに心配し、「ちょっと女の子を助けてきました」と軽口を叩くと大笑いしていた。

 「ちょっとは男らしくなってきたじゃないか」と口元をニヤケさせる寿恵さんの目元が少しだけ濡れていたのは見なかったことにした。

 

 軽く状況を説明すると三人からも笑いが零れた。

 

「仕事は続けられた?」

「いや、さすがにあの状態で続けるのは無理だ。事情を説明して、代替案で勘弁してもらったよ」

 

 実際、寿恵さんの横に転がり込んでからは意識を失ってしまい、気付いたときには自宅のベッドだった。

 

 聞けば寿恵さんが父さんに連絡を取ってくれたらしく、代わりの人員を派遣するついでに家まで運ばれたそうだ。

 翌日目が覚めてから電話で謝罪すると、後日また呼び出すからそのときは覚悟しておけとありがたいお言葉を頂戴した。

 

「そうなんだ。よかったね」

「ああ。ありがたいことだよ」

 

 ほのかの微笑みに、頷いて応えた。

 

 

 

 その後はほのかが深雪の干渉力の強さを褒めちぎる様子を眺めて過ごす。

 

 朝の一幕は予鈴が鳴るまでの二十分程で、その最後に雫が思い出したように呟いた。

 

 

 

「――そうだ。ほのか、忘れないうちに言っておこうと思ってたんだけど」

「なに?」

 

 自然、深雪と僕は聞き役に徹する。

 雫はちょっと考えるように視線を左上へ持ち上げる。

 

「私たちを紹介したい人がいるから、今度時間をくれないかって父さんが」

 

 雫のお父さん……。確か有名なグループ会社の総帥だったっけ。

 こう見えて、実は雫も相当なお嬢様なんだよなぁ。

 

「小父様が? 紹介したい人って、もしかして男の人?」

「ううん。女の人。父さんの恩人なんだって」

 

 うーんと唸るほのか。

 会話が途切れたタイミングで、ここまで聞き役に徹していた深雪が雫へ訊ねた。

 

「雫のお父様って何をされてる方なの?」

「会社を経営してる。詳しくは聞かされてないけど」

 

 深雪はそれだけで納得したようで「そうなの。すごいわね」と言って、大人しく聞き役へと戻った。

 

「それで、どうして小父様が雫と私を女の人に紹介するなんて話になったの?」

 

 確かに、男へ女性を紹介する、或いは女性へ男を紹介するっていうならわかる。

 だが雫のお父さんの思惑は違うらしい。

 

 それにしても、雫のお父さん――北山潮が恩人と仰ぐ人か。

 経済界では相当な有名人だし、そんな北山氏の恩人だなんてどんな人なんだろう。

 

「土曜日の夜、二年ぶりにその人に会ったらしくてね。そこで自慢されたんだって」

「何の自慢だったの?」

「なんか、男の子って言ってた」

 

 ……おや? なんだか雲行きが怪しくなってきたような気がするぞ。

 

「男の子?」

「うん。孫ってわけじゃないみたいなんだけど、見込みがあるからって。で、父さんはそれを聞いて対抗心燃やしちゃったみたい」

 

 北山潮は原作登場時点で50歳を超えてたはずだ。そんな北山氏が恩人と仰ぐということは、普通に考えてそれよりも年上、50代以上ということだろう。

 

「ほんとは土曜日に会ったときにその男の子を紹介してくれるはずだったんだけど、突然来れなくなっちゃったから、代わりに自慢し倒されたって父さん唸ってた」

 

 しかも北山氏は 大グループ企業で辣腕を揮う総帥だ。

 当然、相手方も相応な格の人なわけで……。

 

「『あの若作りな婆さんに雫とほのかちゃんを見せつけてやる』って息巻いてたよ」

「私は小父様の娘じゃないって言ってるのに……」

 

 なるほど。そういうこと。

 

 これが寿恵さんの言ってた『本題』ってわけか。

 後日また呼び出すというのも、覚悟しておけというのも、ホクザングループ総帥との会合に付き合えってことね。

 

 だとすれば土曜日に呼び出されたのも、寿恵さんが色々と手を回して多忙なはずの北山氏とアポイントを取っていたからか。

 まあ、授業を休んでまでっていうのは単純に寿恵さんの意向だろう。そうならそうと言ってくれれば、もう少し気合を入れてエスコートしたんだけどな。

 

 予鈴が鳴り、席に着く。

 

 いずれ来るトウホウ技産前会長とホクザングループ現総帥の会談の場は、ただの親バカの集いになることが目に見えるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 深雪が森崎に抱く印象は、『つかみどころのない人』だった。

 

 実技の成績は自分に次ぐ学年2位で、理論も十分に優秀な範囲にあり、にもかかわらず驕り高ぶることがない誠実な少年。

 大人びた性格で社交性も高く、クラスメイトからも頼りにされ、一科や二科に関係なく公明正大に接する人格者。

 

 兄と同じ風紀委員に所属し、新入部員勧誘期間では精力的に動き回り、上級生を相手にしても怯むことなく取り締まりに努めた。

 その際、兄である達也へ協力したこともあり、あの達也をして『努力家』だと言わしめさせた森崎へは、感心を覚えると共に少しばかり嫉妬してしまった。

 

 同級生の中でも優秀な方で、けれどそれを少しも鼻に掛けない謙虚な人。

 優しく聡明で、しかし過ちはしっかりと指摘する、頼りになる人。

 

 だが深雪は、そんな森崎へどうにも形容しがたい不快感のようなものを感じていた。

 

 嫌っているわけではない。寧ろ友人として考えるならとても好ましい少年だ。

 にもかかわらず、深雪は森崎を前にするとどうにも心の平静を揺さぶられる気がした。それが何故かと問われるとわからないが、森崎を見ていると胸が苦しくなる時があるのだ。

 

 恋心、などと甘いものでないことは確か。

 寧ろ苦いもの。口に含んだだけで顔を顰めてしまう類の感情だろう。

 

 それは魔法実技の実習中にも感じたことだった。

 

 深雪の後に試技を行った森崎は、目を閉じてCADに手を置き、目を開く動作だけで魔法を発動した。

 一流の魔法師と遜色ない速度で放たれた魔法は、的の中心に圧力をもたらした。威力こそ高くはなかったものの、あれだけの早さ、精確さで魔法を放つことができるのは、彼が相当な訓練を積み重ねていることの証左だ。

 

 見事な魔法だと、深雪も思った。

 だが同時に、見たくないとも思った。思ってから、何故そう感じたのかがわからなかった。

 

 理由はすぐにわかった。

 

 試技が終わった後、百舌谷教官は森崎へ余剰サイオンを抑える理由を訊ねた。

 

 精緻なサイオンコントロールによって放たれた魔法は、無駄なサイオンの漏出のないきれいな魔法式を作り出す。それは彼女の兄が持つ美徳の一つだった。

 深雪はこれまで兄と同じことができる同級生が存在するとは思っていなかった。達也のサイオンを操る技量は随一で、並ぶ者なき高みにあると常々誇りに思っていたのだ。

 

 森崎の答えは、深雪にとって受け入れ難いものだった。

 家業のため。長く戦い続けるため。

 兄に並ぶ技量を持ちながら、兄とは真逆の目的を語った。

 

 達也は魔法師が『兵器』としての役目から解放されることを目指して日々研鑽を重ねている。達也が身に付けたあらゆる知識と技術はそのための手段であり、決して戦いに役立てようと思ってのことではない。

 

 だが森崎は、これを戦いのためだと語った。

 戦い続けるために、より多くの魔法を使うために、サイオンを無駄にするわけにはいかないのだと。

 

 深雪は激昂しそうになる心を抑えるのに、強い精神力を要した。結果、見つめると表現するには些か鋭すぎる眼差しになってしまったことに彼女は気付かない。

 事象干渉力が人一倍強い深雪は、強い感情を発露させるだけで周囲のエイドスを改変してしまう。故にあふれ出しそうになる魔法力を自身の中に抑え込む必要があった。

 

 どうにか演習室の室温を下げるような事態は防げたものの、感情的なしこりは深雪の中に残り、それは後に強い後悔を生むこととなった。

 

 

 

 

 

 

 深雪はその日、生徒会の用事で住宅街近くにある商店を訪れていた。副会長の中条あずさが仕出かした『うっかり』を挽回するため、一人で買い出しに出ていた。

 買い出しを終え、学校へ戻ろうかというところで、深雪は男子生徒を尾行するほのかたちを見かけたのだ。

 

 勧誘期間二日目の『空気弾』による攻撃を目撃して以降、理不尽な嫌がらせに遭う達也を心配したほのかたちが、裏で色々と動いていたのは知っていた。

 危ないことに手を出さないで欲しいと思いながらも、結局、兄のためにと行動する彼女たちを止めようとはしなかった。

 

 結果、彼女たちは襲われてしまった。

 

 心配になって追いかけた深雪は、サイオン波を辿って路地へと駆けこんだ。

 薄暗い路地を走っていると、離れた場所から不快なノイズが響いてきた。

 キャスト・ジャミングだと、深雪はすぐに気づいた。

 

 魔法の発動を阻害するキャスト・ジャミングは、同時に吐き気に似た不快感を及ぼす。

 耐性のない者が間近で浴びれば動けなくなってしまう可能性もある。

 特にサイオンへの感受性が高い生徒――ほのかにとっては単なる妨害に留まらない。

 

 ほのかたちが危ないと、深雪は先を急いだ。

 その直後だった。

 

 突然、サイオンのノイズが吹き飛ばされたのだ。

 強烈な突風に似たサイオン流が、キャスト・ジャミングのノイズを外へと押し出していくようだった。

 

 驚きながらも足は止めず、深雪は今の魔法について考えた。

 

 密度の高いサイオン塊であればキャスト・ジャミングのサイオン波を吹き飛ばすことができる。けれどサイオンの『(かたまり)』では全周に広がったサイオン波を捉えることはできない。

 さっきの魔法が高いサイオンの密度を保ちつつ『塊』ではないのなら……。

 

 そこまで考えたところで、再度サイオンの暴風が吹き荒れた。

 直後、前方の角を曲がって、三人の女子生徒が駆けてくる。

 

「ほのか! 雫!」

「え……深雪?」

 

 深雪が駆け寄ると、三人は呆然とした顔で深雪を見た。ほのかの両手を引くのは雫と、もう一人は深雪が名前を知らない、ほのかと雫と話をしていた少女だ。

 三人は深雪の傍まで来ると、緊張が抜けたようで膝をついた。

 

 (いら)えのあったほのかから雫へと視線を移す。

 呆然と見上げるほのかは混乱しているようで迅速な回答が得られないと判断した。

 

「大丈夫? どこか怪我をしたりは……」

 

 ただ、どちらの方が異常かといえば雫の方が常にない剣幕だった。

 

「深雪! 私たちのことより、森崎くんが!」

「森崎くん? まさか……」

 

 雫の言葉に跳ね起きるように立ち上がり、路地の角へと走った。

 

 角のすぐ手前で足を止め、CADを操作する。

 対面の壁に氷の鏡が現出し、向こう側の景色を映し出した。

 

 森崎が蹴り倒される瞬間が、鏡に映し出された。

 

 思わず息を呑む。仰向けに倒れ、CADを手放した森崎へナイフを持って迫る男。

 深雪は角から飛び出そうとして。

 

 

 

 ――――――一瞬だけ、躊躇ってしまった。

 

 

 

 唇を噛んで自身に活を入れる。

 今度こそ身を躍らせた深雪は振り下ろされる直前のナイフを砕き、キャスト・ジャミングをものともせず、四人の男を気絶させた。

 

 森崎がほのかたちに助け起こされるのを、深雪は呆然と見下ろしていた。

 

 自分はあの一瞬、なにを思ったのか。

 同級生を庇って必死に抵抗する彼の、何を恐れたのか。

 

 助かったと、笑みを浮かべて感謝する森崎。

 深雪はそれに応えながら、内心は激しい後悔に苛まれていた。

 

 そこではたと思い至る。

 森崎は先日の実習で、何と言っていたか。

 

『私は保有サイオン量があまり多くありません』

 

 確かに森崎はそう言っていた。

 自己申告ではあったが、彼が先程使った魔法が深雪の知る魔法と同じものだと仮定した場合、保有サイオン量が少ないという言葉は真実だとわかる。

 

 ではなぜ、彼はあの魔法――『術式解体(グラム・デモリッション)』を習得したのか。

 

 

 

 『術式解体』は高密度に圧縮したサイオンの砲弾を射出し、イデアに付随する魔法式や起動式などを吹き飛ばす無系統魔法だ。森崎が以前使用していた『圧縮サイオン弾』のグレードアップ版と見做すこともできる。

 森崎はこの『術式解体』を何らかの方法で全周方向へ拡散させ、爆発の圧力でサイオンノイズを吹き飛ばしたのだろう。

 

 『術式解体』は領域干渉でも情報強化でも防ぐことができず、現在発見されている中でも最強の対抗魔法の一角とされている。

 

 だがこの魔法は強力な分、欠点も存在する。

 大量のサイオンを瞬時に圧縮し放つという仕組み上、サイオンの消費量が著しいのだ。一般的な魔法師が一日掛けて練り上げる量のサイオンを必要とするため、並の魔法師が使用するのは極めて難しい。

 

 

 

 本来の『術式解体』にしろ、森崎の使用したバージョン違いにしろ、サイオンを高密度に圧縮して操るという部分は変わらない。大量のサイオンを必要とする欠点は変わらない。

 

 であれば、保有サイオン量が少ないと自己申告するほどの森崎が、実際に二度の発動で力尽きた森崎が、強力な代わりに大量のサイオンを必要とする『術式解体』を会得したのは何故か。

 

 ほのかたちが立ち去った後、深雪は森崎へ訊ねた。

 

「先程のキャスト・ジャミングを無効化していた魔法、あれはどこで?」

 

 深雪はこの問いを、好奇心から発していた。

 兄と全く異なる境遇にありながら、兄と同じ魔法を操る彼。

 無尽蔵のサイオンを抱える兄と異なり、限られたサイオンを器用に操る彼。

 

 そうして達也と森崎を対比させたことで、深雪は先日の激情を思いだしてしまった(・・・・・・・・・)

 

 幸い、魔法として表出することはなかったものの、戸惑うような色を目に浮かべた森崎は、深雪の豹変に気付いたのかもしれない。

 

 だがそれでも、森崎は滔々と語りだした。

 父親の伝手でアンティナイトに触れ、それを機に開発へ至った、と。

 それは魔法師の家系に生まれた身としては禁忌とすら言える告白だった。

 

 自身の家の研究成果を他人に語るなど、常識的に考えてあり得ない。

 森崎の真意を量りかねた深雪は、そこでようやく自分があまりに失礼な物言いをしていたと気付いた。

 

 苦笑いを浮かべる森崎へ、深雪は心底から謝罪した。

 森崎は気にした風もなく、他言さえ避けてくれればいいと告げた。

 彼の厚意に改めて謝意を示し、深雪はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 路地を出てからしばらく。

 深雪は街路カメラのセンサーとマイクに隠蔽を施し、達也の師である九重八雲に連絡を取った。昏倒させた4人を回収し、背後関係を洗って欲しいと依頼するためだ。

 

 八雲は快く引き受けてくれた。

 だが同時に、深雪がこれ以上踏み込むのを達也は願っていないと、暗に引き下がるよう求めた。深雪も達也の名を出されては引き下がらざるを得なかった。

 

 八雲との電話を終え、隠蔽の魔法を解除した深雪は、改めて先程の一幕を思い浮かべる。

 

 考えるのは森崎の行動だ。彼はほのかたち三人を守るため、『術式解体』に似た魔法を二度放ち、サイオンの不足で倒れた。

 

 その後、森崎は男に蹴られる寸前、特化型CADの銃身を相手へ向けようとしていた。

 恐らく、迫る男を撃退、あるいは無力化するために魔法を使おうとしていたのだろう。結果的に間に合わず蹴り倒されてしまったが、『術式解体』でサイオンを使い切っていなければ、キャスト・ジャミングさえなければ、彼らを倒すことは可能だったのだと思われる。

 

 だとすれば、なぜ彼は一度目の『術式解体』の後に同じことをしなかったのか。

 

 深雪が駆け付けるまでの間に、『術式解体』は二度放たれた。

 二度目の後にも森崎は意識を保っていたことから、一度だけであればその後も継続して魔法を撃つことができたはずだ。にもかかわらず、森崎は再度キャスト・ジャミングの迎撃を優先した。

 

 本当の理由は、森崎本人でなければわからない。

 しかし状況から予想することはできる。

 

 二度目の『術式解体』が放たれた直後、ほのかたちが角を曲がって駆けてきた。このことから森崎は三人を逃がすために二度目を撃ったと考えることができる。

 

 だが一度目の『術式解体』でキャスト・ジャミングを吹き飛ばした際、相手に魔法を撃って無力化させることもできたはずだ。それなら高い確率で連中を打ち倒すことができた。

 

 けれど森崎はそうせず、三人を逃がすことを優先し、その後で特化型を抜いた。

 

 もしかしたら、彼は戦いを三人に見せることを躊躇ったのではないか。

 深雪は根拠もなくそう考えた。

 

 それは三週間という短い間ながら、森崎駿という男子生徒を見て抱いた感想。

 

 優しく聡明で、同級生はおろか校則違反者ですら傷つけずに取り押さえようとする少年。

 

 そのくせ彼の技能は驚くほど魔法での戦闘に特化されていて、にもかかわらず驕らず逸らず、謙虚でひたむきな姿勢を崩さない。

 

 

 

 つかみどころのない人だと、深雪は思う。

 

 とりあえずはテロリストの跳梁跋扈に首を突っ込んだ件について、兄にバレることがないよう黙っていることにしよう。彼のことも含めて――。

 

 

 

 

 


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