モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第35話

 

 

 

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 独立魔装大隊の移動型本部を進発した達也は、ムーバル・スーツに搭載された飛行魔法を使って最前線で戦闘を続ける柳の部隊へ合流した。

 道中で見かけた無人偵察機は破壊し、瑞穂埠頭へ到着した時にはもう付近の戦闘車両は軒並み撤退を始めた後だった。

 

「特尉、ちょうどいい」

 

 地上へ降り立って早々、兵士の一人に呼び掛けられる。

 バイザーを開くのではなくヘルメットごと外した相手は部隊長を務める柳で、同じくヘルメットを外した達也の敬礼に応えた彼は半歩横にズレることで路面に横たわる隊員を示した。

 

 スーツの上半身を脱がされた隊員の肩には銃創が走っていた。弾丸に穿たれた箇所からは血が滲み、インナーを赤黒く染めている。

 

「弾は抜いた。後は頼めるか?」

 

 淡々とそう言った柳の顔には口調と同じく表情らしいものが浮かんでいなかった。

 一方で瞬き一つしない彼の瞳には隠しきれず感情が覗いていた。悔いや罪悪感に類するそれを不要だと身振りで示して、達也は左手のCADを負傷した隊員へ向ける。

 

 僅かに光が輝き、達也の眉間に皺が寄る。

 光が収まった後にはもう達也の表情も元に戻っていて、CADを収める彼の手に淀みはなかった。

 

「すまないな。以後は流れ弾にも気を配るよう徹底させる」

 

「注意外から飛んでくるからこその流れ弾だと思うのですが。お気持ちは頂いておきます」

 

 冗談なのか本気なのかいまいち判りにくい言葉に苦笑いを返した後、柳に連れられて行った先には一辺30cmほどの立方体の箱が置かれていた。

 

「これを見てくれ」

 

 装甲車の残骸の上に置かれた箱を柳が軽く小突く。

 取っ手が付いている以外は何の変哲もない合金製の箱で、開閉部も開くためのボタンも接続用の端子も見当たらない。

 

「何かの呪法具ですか?」

 

 予想を口にした達也へ、柳は頷いて応える。

 

「真田に確認させたが、『ソーサリー・ブースター』だそうだ。撃破した車両に搭載されていた」

 

「つまり、敵の正体は大亜連合というわけですか」

 

「初めからそれ以外の可能性はなかったがな。それに、正体がハッキリしたからといって対応が変わるわけでもない」

 

 元より侵略者は徹底的に叩くのみと、黒い笑みを浮かべる柳に達也は相槌を打つしかなかった。

 年下の同僚が何とも言えない表情になっているのを見て、柳は咳払いと共に悪ノリを改める。

 

「ともあれ、それ自体は厄介な代物だ。貫通力増加の魔法を付与した弾丸が弾かれた。最終的には撃破することができたが、障壁魔法の強度としては十分な脅威だろう」

 

「敵車両の防御魔法はブースターで増幅されていたということですか。学生主体の戦力でよくもまあ持ち堪えられたものだ」

 

「隊長も感心していたぞ。卒業の暁には何人かリクルートできないか考えるそうだ」

 

 風間が言ったという冗句に心からの笑いを零す達也。

 ちょうどそのタイミングで、件の隊長から連絡が入った。

 

『敵機動部隊が反転を開始した。直に藤沢の部隊も到着する。その前に撤退する腹積もりだろう』

 

 投影型ディスプレイに現れた風間は、二人へ答礼を返すなりそう断言した。

 

「敵の偽装揚陸艦を撃沈しますか?」

 

 冗談にしか聞こえない提案を始めた柳に、達也は内心で苦笑する。

 しかし答える風間の表情が思っていた以上に大真面目なのを見て、心の内で「おや?」と首を傾げた。

 

『いや、港内で撃沈するのはまずい。港湾機能に対する影響が大きすぎる』

 

「では乗り込んで制圧しますか?」

 

『それは鶴見の部隊に譲ってやれ。それよりも、国際会議場で民間人がヘリでの脱出を試みている。怪我人も多数出ているそうだ。すぐに向かい、脱出を援護しろ』

 

「了解しました」

 

 いつの間にか少人数での敵艦への攻撃が当たり前に遂行可能なことになっている。

 柳のスタンスはもちろん、それを疑問にも思っていないような風間の表情に、達也はこの上官たちが日頃からどれだけ無茶を通しているのか改めて認識した。

 

『なお、ヘリを呼んだ民間人の代表は七草の令嬢、七草真由美だ。当人から要請があった場合は助力を惜しまぬよう全員に徹底してくれ』

 

 追加で聞き覚えのある名前が耳に入って、堪えきれずに口元を歪める達也だった。

 

 

 

 

 

 

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 午後5時38分。

 すっかり夜の帳が降りた横浜の中心部では、国際会議場に残された民間人による懸命な脱出が続いていた。

 

「黒沢さん? ――うん、そう。――ううん、ありがとう」

 

 馴染みの相手からの通話に応じていた雫が顔を上げ、傍らの真由美の肩を叩く。

 

「七草先輩。会社(うち)のヘリがもうすぐ到着するそうです」

 

「わかりました。怪我をした人はみんな運び終わっていますから、そちらの機には民間人と避難する学生に搭乗してもらうよう伝えてください」

 

 頷いた雫が会議場へと駆け出す。端末を耳に当てながら走る彼女は間もなく館内へと入っていった。

 本音を言えばこのまま一緒に脱出してもらいたいところだが、仲間が残っているからと雫は一人で先に脱出するのを拒んでいた。

 

 気持ちは理解できる。友人を残して一人だけ離れるのが辛いというのも。

 一方で、雫をこの場に残しておくのは危険だと真由美の直感は告げていた。

 

 国外にも名を轟かせる大企業グループ総帥の娘。人質としてこれ以上の価値がある人間はそういないだろう。同じく人質としての価値を語られることが多い真由美は、そうした人間が戦場に残る危険性を把握していた。

 

 いざという時、傷付くのは他ならぬ雫自身だと理解しているが故に。

 

 人知れず胸に手を当てる真由美の耳にローター音が聞こえてきたのはその時だった。

 付近の人間に呼び掛け、ヘリポートへ合図を送る。無暗に狙われるのを避ける目的で消していた明かりが灯り、姿を見せた機体を着陸地点へと導いた。

 

 これで、駆け付けたヘリの総数は4機になった。3機はすでに怪我人を乗せて離陸し、各地の病院へと向かっている。

 敵兵の進行を食い止めている人員を除けば、怪我人はもういない。このままいけば大きな混乱もなく避難を完了することができるだろう。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、爆発に乗じた侵入で怪我人が出て以降、待たされることに不満を漏らす者はいなくなった。内心でどう思っているかはともかく、それを表に出す者は一人も出てきていない。

 

 障害なく避難が進むのは喜ばしいことだ。

 しかしそれが誰かの犠牲の上に成り立っているとなると話は別。

 

 襲撃で怪我を負った者の中には一高の生徒もいたと、真由美は聞いていた。

 爆発に巻き込まれたのか、銃で撃たれたのか。それともナイフで刺されたという少年が一高生だったのだろうか。いずれにせよ、無事でいることを願うばかりだ。

 

 守れなかったからこそ、より強く願わずにいられなかった。

 もしもあの時、もっと早くトレーラーの接近に気付いていれば、と。

 

 後悔へ沈みそうになる自身を、真由美の中の冷静な部分が奮い立たせる。

 まだ全てが終わったわけではない。危機が去ったわけではない。

 未だ避難を待つ人間は多くいて、少し離れた先では今も戦っている仲間がいる。こうしている間にも敵の脅威は近付いているかもしれない。

 

 真由美の懸念が的中したわけではないだろうが、北山家の派遣したヘリが屋上上空へ着いた瞬間、対岸に停泊している敵艦から複数のロケット弾が発射された。

 まっすぐ艦の上空へと打ち上げられたロケット弾は空中で向きを変え、暗い空へ炎と噴煙を引きながら国際会議場に迫る。

 

 真由美はすぐにCADを叩き、ドライアイスの弾丸で迎撃を行った。

 だがいかに《マルチスコープ》を有する真由美といえど高速で飛翔する弾頭を捉えるのは困難を極め、5発のロケット弾の内2発を撃ち落とすので精一杯だった。

 

 防ぎきれなかったロケット弾はまっすぐに屋上へと近付き、そして――。

 

 一陣の風が吹いた直後、残った3発の弾頭は瞬く間に塵へと変わった。

 

 何が起きたのか、真由美にはまったくわからなかった。

 ただロケット弾が着弾する間際、黒尽くめの兵士が空から降りてきたのは見えた。

 その兵士が腕を伸ばした直後、ロケット弾はすべてが消滅した。

 

 何者なのだろうと疑問が過ったところで、兵士の右手に目が留まる。

 

 空から舞い降りた黒尽くめの兵士は右手に銀色の拳銃(CAD)を握っていた。

 ロケット弾の飛来した方向へ向けられたそれは遠目にも見覚えがあって、真由美はその兵士が達也だとすぐに理解した。

 魔法式のみならず物質すらも吹き飛ばす彼の力に、真由美は原理もわからないまま安堵の笑みを浮かべていた。

 

 危機を免れた屋上から歓声が上がる。

 無事着陸を果たしたヘリのローターが回転数を落とし、間もなく避難者の乗り組みが開始された。援軍を得た今、脱出の障害となり得るものは無くなったと考えていいだろう。

 

 全身を黒いボディアーマーで覆った兵士はいつの間にか10人以上にまで増えていて、全員が飛行魔法で空中に留まったまま屋上の周囲に警戒を敷いている。

 消耗の激しい飛行魔法を維持し続けておきながら疲労を一切感じさせていない。それだけで彼らがハイレベルな魔法師だということは明らかだ。

 

 国防軍に特定分野へ突出したクセの強い魔法師を集めた実験部隊があると、噂で聞いたことがあった。

 ライセンス規格に照らせば然程でもないが、一度実戦に臨んだのならば強大な打撃力を発揮する実戦能力重視の魔法師集団。

 

 考えてみればそれは、達也の特性にもぴったりと合致する条件だった。

 

(本当に、頼もしい男の子ね)

 

 騙されたわけではないと知ってはいるものの、釈然としない気持ちが晴れることはなく。

 妙に安心した心地になっているのがまたどういうわけか悔しくて、真由美は頭上に浮かぶ少年へ恨めしげな眼差しを送る。

 

 固く手を握り締める真由美のもとへ、自身のボディガードから間もなく到着する旨の連絡が届いたのは、それからもう間もなくのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「――最後の輸送ヘリが離陸した。これで全員の避難が完了したそうだ」

 

 通話を終えた渡辺先輩がそう言ったのは、午後6時を間近に控えた頃だった。

 辺りはすっかり暗くなり、街灯と月明りの差し込む下、忍び寄る大亜連合軍兵の迎撃を続けている。

 

 敵の勢いも大分落ちてきたようで、防衛戦に近付く車両や兵の数も少なくなってはいた。

 とはいえ、だからといって無防備に背中を見せるわけにはいかない。どこから狙われるかわからない以上、警戒を継続しつつ徐々に後退するしかない。

 

「私たちはどうするんですか?」

 

 千代田先輩が口にした通り、問題は最前にいる僕らの後退タイミングだ。

 早すぎれば輸送ヘリが狙われかねず、遅ければ敵集団から袋叩きに遭う可能性が出てくる。もう一方の防衛線にいる面々と時期を合わせてこの場を離れる必要があった。

 

「真由美の乗ったヘリが来るらしい。司波のグループを回収した後、こちらへ向かうそうだ」

 

「そいつはありがたい。ここから歩いて帰れって言われたら、さすがに音を上げてましたよ」

 

 わざとらしくぼやいてみせる桐原先輩に、一同から笑いが零れた。

 

 ここまでおよそ1時間。途中で休憩こそ挟んではいたものの、精神的な疲労はピークに達していた。先の包囲戦も含めれば先輩たちもサイオンを相当に消耗しているはずだ。

 僕自身、サイオンの残量は3割程度といったところ。《術式解体》はもう一発も撃てないし、《ドライ・ブリザード》も10分と保たないだろう。《自己加速》や《疑似・固有時間加速》を併用すれば言わずもがな、数分も耐えられる気がしない。

 

「――また来た! 敵車両、3輌!」

 

 ふと、五十里先輩が張り詰めた声で注意を飛ばした。

 全員が警告を受けた先に視線を送り、迫る直立戦車の影を視界に捉える。

 

「やれやれ、大人しく帰らせてはくれんようだ」

 

 ため息を吐きながら、渡辺先輩が両手に小太刀を握る。

 桐原先輩も鞘から刀を抜き放ち、籠手型のCADを起動し始めた。彼の隣では壬生先輩が小型のクロスボウに矢を番えている。

 

「啓!」

 

「わかってる。――今だ!」

 

 千代田先輩に急かされた五十里先輩が地面へ置いた手を通して敵車両の位置を測り、彼の合図で千代田先輩が魔法を放つ。

 

 路面に突いた膝から地面の揺れが感じられ、間もなく接近する直立戦車が大きくバランスを崩した。片脚の無限軌道だけが液状化したアスファルトに埋まり、傾きがスタビライザーの性能を超えたことで横倒しになったのだ。

 必死に履帯と武装腕を動かして起き上がろうとするものの、すでに固まったアスファルトから脚部が抜けることはない。続く2輌もそれぞれ片脚と両脚を埋められ、3輌共が動けぬ案山子と成り果てた。

 

 この機を逃す先輩たちではない。

 同時に物陰から飛び出した渡辺先輩と桐原先輩が脚を取られて止まった直立戦車へと迫る。僕と壬生先輩とで後続の歩兵を相手取る間に近付いた二人は、限定された射界の外から魔法剣による一撃を加えていった。

 

 首尾よく直立戦車を撃破した僕らだったが、反撃はそれまでで最も手厚いものとなった。

 敵の数は15を下らないだろう。正面と左右の3方向からの射撃に加え、化成体らしき幽鬼兵までもが出てくるに至り、いよいよ防戦に徹さざるを得なくなった。

 

 弾雨の中を平然と駆けてくる幽鬼兵。

 手にしているのは直刀のような武器で、半透明な肉体には渡辺先輩や桐原先輩の剣が通じない。魔法による攻撃は通用するようで、《ドライ・ブリザード》で撃ち抜いてはまた再出現してを繰り返していった。

 

 術者を倒さなければ埒が明かない。

 そうとわかっていても攻め手に転じるのは難しく、ようやく術者を片付けた頃には敵の数もさらに増えていた。

 

 もう《疑似・固有時間加速》を切るしかない。

 そう考えた直後、敵陣の至る所へドライアイスの雨が降り注いだ。

 

 上からだけじゃない。斜めや時には横からも氷弾が打ち付けられて、20人以上いた敵は全員が為す術もなく打ち倒された。

 突き刺さったドライアイスの気化熱で白煙の漂う中、どこからかヘリのローター音が響いてくる。

 

 渡辺先輩が端末を取り出し、何事かを話した末にとても渋い表情を浮かべた。

 十中八九、電話の相手は七草先輩だろう。苦労した相手を《ドライ・ブリザード》であっという間に制圧されて面白くなかったのかもしれない。

 

 どうあれ、助けられたのは事実だ。

 七草先輩の救援がなければ撃破には相当な時間が掛かっていたはず。その間、敵の増援が来ないとも限らない。全員が怪我らしい怪我のないまま乗り切れたのは間違いなく七草先輩のお陰だ。

 

 渡辺先輩の呼び掛けに応じて、先輩たちが見えないヘリの下へと集まる。

 当の渡辺先輩は少し離れた場所に立ち、二年生四人の姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 この後に何が起きるか、僕は知っている。

 

 戦闘が終わったと油断した隙を突かれ、五十里先輩と桐原先輩が大怪我を負うのだ。

 原作では達也の魔法によって二人は救われるが、この場が同じように運ぶ保証はない。

 

 だからこそ、敵の増援が現れたら撃たれる前に対処しようと思っていた。

 誤算だったのはその数が予想よりも遥かに多く、かつ射線上に渡辺先輩がいたこと。

 

 現れた敵の数は10人。

 全員の手にハイパワーライフルが握られていて、顔を出した傍から引き金に指を掛けていた。

 

 間に合わないと、直感でわかった。

 

 撃たれる前に10人全員を撃破するのは不可能だとわかった。

 渡辺先輩を押し退け、自分も銃弾の軌道から避けるのは不可能だとわかった。

 《疑似・固有時間加速》を使っても、先輩を逃がすだけで精一杯だろうとわかった。

 

 そこまでわかれば、迷いはなかった。

 

 夏のあの日、怪我をする先輩を助けられなかったことを思い出した。

 筋書に反するからと、助けられたはずの彼女を見殺しにしたことを思い出した。

 

 今度は違う。

 本来怪我をするはずのない先輩を、その通り助けることができる。

 

 何一つ、迷う要素などなかった。

 

 精神から意識を隔離し、プシオン塊に刻印された術式へサイオンを流す。

 瞬きよりも早く全身を血が駆け巡り、熱くなった身体でそっと彼女を突き飛ばした。

 

 伸ばした左手が先輩から離れるのと同時に、加速したこちらを尚も上回る速度で銃弾が肘を貫いた。

 

 対物ライフルに匹敵する威力の弾丸は周囲の筋繊維ごと骨を断ち、

 

 模型の腕を外すのと同じくらい簡単に、断ち切られた左手が宙を舞った。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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