モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第10話

 

 

 

 事件は、その日の放課後に起きた。

 

 

 

 授業が終わり、巡回のため風紀委員会本部へ行こうかと席を立ったところだった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

 ハウリング寸前の大音声が、スピーカーから流れて来た。

 

 A組の面々が訳もわからずにざわつき始める。

 それはボリュームを絞って再度呼びかけがされた後も変わらなかった。

 

 一方で、僕はこの放送を聞いてすぐに理解した。

 これは原作でもあった放送室の占拠事件だ。一科生と二科生の間に広がる確執に対して抗議しようと、二科生の反体制派が学校の放送室へ立て籠った一件。

 その実態は、テロ組織『ブランシュ』による第一高校襲撃の前段階。騒動に乗じて学内へ潜入するため、政治団体に見立てた下部組織を介して行われた扇動によるものだ。

 

『僕たちは、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

 『差別』という言葉に反応してかざわめきが大きくなる。

 大半はまだ事態が呑み込めずに困惑しているだけだが、いずれこの不安に耐え兼ねて反発する人は増えるだろう。一度パニックになってしまえばもう収拾はつかない。

 

「うるさいぞ! 何処の馬鹿だ、抗議してやる!」

「差別ってなんだよ!」

 

 ついには苛立って叫ぶ者まで出てきた。反発する声やうんざりする顔が散見され、中には放送室に殴り込もうとする生徒も出てくる始末だった。

 

 ふと、声を上げるタイミングを計っていたところで端末へメッセージが届いた。

 差出人は渡辺委員長。この放送に対して生徒会が対応に乗り出す旨と、風紀委員は装備を整えて放送室へ向かえとのお達しが書かれていた。

 

 これ幸いにと声を張る。

 

「みんな落ち着け。この件は生徒会が取り仕切ると連絡がきた。僕たち風紀委員も現場へ向かう。下手に乗り込んでこられたら、取り押さえる羽目になるぞ」

 

 多少強引にでも落ち着かせないと暴発しかねない。そのために『取り押さえる』などと大袈裟なことを言ってでも思い止まらせた。

 

 不満げな表情ながら渋々頷くクラスメイトたち。

 うち一人は入学二日目に捕まりかけた男子で、彼は渡辺委員長の恐ろしさを思い出してか周囲を宥めるように声を掛け始めた。軽い口調に努め、笑い飛ばすようにおどけて見せる彼の姿に思わず笑みが浮かんだ。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

 そんな宣言を最後に、放送は止まった。外部から放送を停止させる手段が講じられたのだろう。静かになった教室で、クラスメイトの視線が僕と深雪へ集まる。

 

「司波さん」

「はい。行きましょう」

 

 深雪と一緒に教室を出る。

 

 達也と合流すべくE組の教室へ向かう深雪。

 僕はその逆方向、放送室へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一高校に在籍する生徒のほとんどが『差別』と聞いて思い浮かべるのは、一科生と二科生の間に広がる確執のことだろう。

 

 二科生を『雑草(ウィード)』と呼んだことのある者は例外なく、差別という言葉に心当たりを覚えるに違いない。

 そこに蔑みがあるか否かは別として、差別的ニュアンスがあるとして学校側が禁止している言葉を使った覚えのある者は大勢いるはずだ。

 

 人は図星を突かれると感情的になり、感情的になった人は何をするかわからない。

 

 自分は優秀で、高潔だと信じている者ほど、差別というマイナスイメージが付くことを拒否したがる。

 そういった人種は一科生にこそ多く、ある者は差別などないと言い張り、ある者は差別ではなく区別だと詭弁を口にするのだ。

 

 歴史上、差別に対する反抗は幾度たりとも起きてきた。

 人種、出身、肌の色、性別、資産などなど……。

 そういった差別に対して、声を上げるのは例外なく差別『される』側だ。

 

 当然だ。なにせ差別『する』側は、それによってなんら不利益を得ないどころか、心理的、経済的な優遇を受けている。

 

 自分が吸っている『甘い蜜』を、下だと思う相手に施す者はいない。

 自分が吸っている『甘い蜜』を、下だと思う相手に取り上げられたくはない。

 

 だから差別を『する』側は現状維持を望み、改革を求める勢力を糾弾する。

 時と場合によっては、力に訴えることもあるだろう。

 

 そう。今のように。

 

 

 

「大人しくしてください」

「放せっ! この……身の程を弁えない連中に言ってやるだけだ!」

 

 放送室に押し入ろうとしていた先輩を取り押さえ、暴れないよう拘束する。

 先輩は選民思想に満ちたご高説を叫び続け、こちらが応えないと判ると、やって来た渡辺委員長へ声高に言い募った。

 

「渡辺、この無礼な一年を止めてくれ。俺は何もしていない。ただここを訪れただけなのに拘束されるなんて、これは風紀委員の職権乱用じゃないか!」

 

 おっと、随分と都合の良い言い方をしてくれるなこの先輩は。というか、委員長を呼び捨てにするということは三年生なのか。CADがないとはいえ、少しは体力も鍛えた方がいいんじゃないですかね。

 

 渡辺委員長は冷めた目で足下の先輩を見下ろすと、そのまま僕へと視線を転じた。

 

「森崎、こいつの言っていることは本当か?」

「いえ。こちらの先輩が放送室へ向かっていましたので、一般生徒の立ち入りはご遠慮ください。と、そう申し上げました。それでも押し入ろうとしたので拘束した次第です」

 

 淡々と答える。

 事前通告もしたし、実力行使に出る前に警告もした。責められる謂れはない。

 

「嘘だ! こいつはデタラメを言っている! 証拠はあるのか!」

「ありますよ」

 

 苦し紛れの口撃に、胸ポケットからレコーダーを取り出して答える。

 未だ録画中のレコーダーを停止し、渡辺委員長へ差し出した。

 

 無言のままレコーダーを受け取った委員長が、先輩の前にディスプレイを突きつけながら再生ボタンを押した。

 

『すみませんが。この場は生徒会と部活連、そして風紀委員の管轄となりました。一般生徒の立ち入りはご遠慮ください』

『なんだ君は、一年生か。退きたまえ。俺はこの先の馬鹿共に灸を据えてやるのだ』

『いえ、ですから、一般生徒の立ち入りはご遠慮くださいと申し上げましたが』

『邪魔をするな。そこを退け!』

『――これが最終通告です。それ以上こちらへ踏み込まれるのであれば、こちらも相応の対応をしなくてはなりません』

『うるさい! いいからそこを退け!』

 

 再生を終えたレコーダーを握って立ち上がり、渡辺委員長は冷たく言い放つ。

 

「これ以上何か釈明があるか?」

 

 委員長の刃のような眼差しを受け、先輩はびくりと身を震わせた。

 しかし、それでも虚勢は失われなかった。

 

「う、嘘だ! 俺はそんなことは言っていない! 事実の捏造だ!」

「ハァ……。もういい。縛り上げて懲罰委員会へ連れていけ」

 

 これには委員長の側が先に折れた。ため息を吐き、おざなりに手を振る。

 

「私らが集まったのは放送室に立て籠ったやつらのためなんだがなぁ……」

 

 しみじみと呟く委員長は疲れた顔で放送室へ戻っていった。

 

 委員長の後ろに控えていた沢木先輩が拘束用のバンドで手首を縛る。背中を押さえていた膝をどかし、二人掛かりで歩かせて部活連からの応援に後を任せた。

 

 本来なら風紀委員が連行するのだが、今は非常時でCAD保持者が現場から離れるのは望ましくない。そういった理由で、部活連代表の十文字先輩が連れてきた応援の生徒が危険の少ない仕事を受け持ってくれた。

 

 項垂れる先輩を部活連からの応援に引き渡し、沢木先輩と一緒に放送室前へ戻る。

 固く閉ざされた扉の前では、渡辺委員長の他に部活連から十文字先輩、生徒会から市原先輩が顔を揃えていた。三人はそれぞれ趣の違う『悩ましい表情』を浮かべている。

 

「委員長、引き渡し完了しました」

 

 沢木先輩と並んで委員長へ報告する。

 渡辺委員長は顎に当てていた手を下ろして振り向いた。

 

「ご苦労。達也くんはまだ来ないのか?」

「そういえば、まだですね。……っと、噂をすれば」

 

 同意して端末を取り出そうとしたところで、向こうから走ってくる達也と深雪の姿が目に入った。委員長が振り向き、達也へ小言を漏らす。

 

「遅いぞ」

「すみません」

 

 メッセージでは特に時間の指定もなかったから遅いも何もないんだが、まあこういうときは普通上司よりも部下が先に来ているべきだろう。

 達也が同じことを考えたかどうかわからないが、彼は素直に謝罪した。

 

 それからざっと周囲を見渡し、委員長へ向き直る。

 

「状況を伺ってもよろしいですか」

「いいだろう。他の者も聞いてくれ」

 

 聞きようによっては横柄な態度とも取れるが、詳しい状況説明が欲しいのは皆同様なので特に気にした人はいなかった。

 風紀委員の先輩方に倣って列に加わり、委員長の説明に耳を傾ける。

 

「連中は中から鍵を掛けて立て籠っている。電源をカットしたからこれ以上の放送はないが、問題は連中がマスターキーを盗んだ上で事に臨んでいる点だ」

「明らかな犯罪行為ではないですか」

 

 糾弾するような言い方の達也。表情に乏しいのもあって、より厳しく聞こえる。

 

 確かに、放送室の占領だけなら学内施設の無断使用と迷惑行為のみだが、窃盗の上でとなると話が違う。犯罪行為と断じて、然るべき対応をと考えるのも無理はない。

 

 だが相手は同じ一高生。盗みを働いたとはいっても、怪我人が出たり設備を破壊したりといった実害は出ていないのだ。

 主張の正当性や論理性はともかく、言いたくなる気持ちも分からなくはないので、情状酌量の余地はあるんじゃないかと思う。

 

「その通りです。だから私たちも、これ以上彼らを暴発させないよう、慎重に対応すべきでしょう」

 

 達也のバッサリとした物言いに、市原先輩は同意した上で穏便な解決を図るよう求めた。

 これは一時的な暴発で癇癪のようなものだから、取り締まる側の自分たちが大人の対応をすべきだろうという意見。

 

 対して、渡辺委員長は市原先輩には同意しかねるようだった。

 

「こちらが慎重になったからといって、それで向こうの聞き分けが良くなるかどうかは期待薄だがな。多少強引でも、短期間の解決を図るべきだ」

 

 たとえ大人の対応をして穏便に済ませたとして、それで彼らの溜飲が下がらないとも限らない。下手(したて)に出た分、増長してより厄介な事態を招く可能性もある。

 この場は不満を買ったとしても解決を優先すべき、というのが委員長の言い分だ。

 

 どちらの言い分も理があり、また不確実な予想に基づくものだ。

 本来なら二人の意見を加味した上で上位者が決断を下すのだが、肝心の生徒会長が不在で責任を負う者がいない状態だった。

 

 このままだと話は平行線を辿るだけ。

 とはいえ、一高を主導する立場の人間に対し軽々に意見を口にできる者もなく――。

 風紀委員の先輩方も焦れて顔を見合わせ始める。

 

 そんな中で達也が口を開いた。

 一応遠慮はしたようで、窺うような口調で訊ねる。

 

「十文字会頭はどうお考えなんですか?」

 

 達也は代表者の内もう一人の意見を求めた。

 

 十文字克人(じゅうもんじかつと)

 十師族の一つ『十文字家』の次期当主で、一高では部活連――課外活動連合会のトップを務めている。大柄で筋肉質な人で、能力も存在感も体格もついでに顔も高校生とは思えないほど成熟している。

 

 十文字会頭は達也からの問いに眉を上げて反応すると、腕を組んだまま落ち着いた声音で答えた。

 

「俺は彼らの要求する交渉に応じても良いと考えている。元より言いがかりに過ぎないのだ。しっかりと反論しておくことが、後顧の憂いを断つことになろう」

 

 公正で誠実な、度量の大きさを感じさせる。個人的に一番好ましい答えでもある。

 だがそこに具体的な行動指針は含まれていない。達也もそれが気に掛かったようだ。

 

「ではこの場は、このまま待機しておくべき、と?」

「それについては判断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要するほどの犯罪性があるとは思われない」

 

 会頭の答えは『まだ結論は出せない』というものだった。

 そしてその理由として語られた内容には共感できる部分も多い。

 

 三者三様の意見を聞いた達也は「わかりました」といって身を引いた。

 

 十文字会頭から意見を引き出すだけ引き出して自分は何もしないのかと、少なくとも一部の風紀委員は眼差しを鋭くする。渡辺委員長も不満げに達也を見ていた。

 

 一方、当の達也はというと、三年生三人から少し距離を取ったかと思うと、徐に端末を取り出した。

 疑問符を浮かべる一同を気にした風もなく、誰かへと電話を掛け始める。

 

「壬生先輩ですか? 司波です。……それで、今どちらに? はぁ、放送室に居るんですか。それは……お気の毒です」

 

 飛び出した名前に僕以外の全員が驚きに目を丸くしていた。十文字会頭ですら驚愕していたくらいだ。委員長はいっそ小憎らしげに口元を引き攣らせていた。

 

「十文字会頭は、交渉に応じると仰っています。生徒会長の意向については未確認ですが――いえ、生徒会長も同様です。ということで、交渉の詳細について打ち合わせをしたいんですが……」

 

 一方、原作知識から達也のやることを知っていた僕は、何とも形容しがたい気分で苦笑いを浮かべていた。

 

 いやまあ、謂わんとするところはわかるのだ。

 トップの意見が対立していて行動方針が決まらず、そこへ来て向こうから扉を開けてくれるとなれば手間もリスクも省ける。

 壬生先輩を利用する形になることは達也自身も人が悪いと自覚しているし、結果的に怪我人もなく、設備の損壊もなく、生徒会を中心とした体制側に都合の良い形で決着の場が用意できる。

 

 戦略的視点に立ってみれば、『確実に勝てる場を整える』という意味で達也の行動はファインプレーなのかもしれない。

 だが、だからといって相談も何もなしにいきなり行動するのは何だかなぁと思うのだ。

 

 傍から見れば、達也の行動は『先輩たちの意見を引き出すだけ引き出して、どれにも当て嵌まらない搦め手で解決に導く』というアクロバティックな皮肉に捉えられかねないのだから。

 

 通話を終えた達也は端末を収め、渡辺委員長へと向き直った。

 

「すぐに出てくるそうです」

「今のは、壬生紗耶香か?」

 

 委員長が呆れたような口調で問いかける。

 顔には「先に一言相談して欲しかった」とわかりやすく書かれていた。

 

「ええ。待ち合わせの為にとプライベートナンバーを教えられていたのが、思わぬところで役に立ちましたね」

「手が早いな、君も……」

「誤解です」

 

 せめてもの反撃にと放たれた皮肉を物ともせず、達也は表情を改めた。

 渡辺委員長だけでなく、市原先輩と十文字会頭にも視線を巡らせる。

 

「それより、態勢を整えるべきだと思いますが」

「態勢?」

 

 委員長が問い返すと、達也は何を言っているんですかと言わんばかりの呆れ顔で応えた。

 

「中のやつらを拘束する態勢ですよ。CADは持ち込んでいるでしょうし、それ以外にも武器を所持しているかもしれません」

 

 呆気にとられる三年生たち。彼らがどうしてそんな顔をしているのか、達也は本気でわかっていないようだった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……君はさっき、自由を保障すると言っていた気がするが?」

「俺が自由を保障したのは壬生先輩一人だけです。それに俺は、風紀委員を代表して交渉しているなどとは一言も述べていませんよ」

 

 この認識や感覚のズレが、達也の問題点と言うべき点だ。

 常識や良識といったものを備えているにもかかわらず、目的のためにそれらを横に置いておくことができてしまう(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 非情な手も、搦め手も、容赦なく弱点を突くことも、必要とあらば他人を利用することも、言葉尻を捕らえてつけ込むことも、逆に言質を取られないよう詐欺紛いな話術を用いることも、目的の為であれば出来てしまう(・・・・・・)のが達也なのだ。

 

 彼の出自が、彼の半生が、彼と周囲の人間との間にズレを生む。

 それでも彼がこれまでやってこれたのは、持ち前の明晰な頭脳と文字通り血の滲むような努力の結果であり、また同時に――。

 

「悪い人ですね、お兄様は」

「今更だな、深雪」

「フフ、そうですね」

 

 こうして、いつでも彼の居場所となり得る深雪の存在あってこそだ。

 

 兄妹の兄妹らしからぬ(イチャイチャした)雰囲気はいつものことだが、せめて時と場所を選んで欲しいというのが細やかな願い。

 シリアス気味な空気を台無しにされ、渡辺委員長は大きなため息を吐いた。

 

「ハァ……。では森崎、お前は私と来い。扉を支えて閉じられないようにするんだ。連中が魔法を使用するようなら、例のサイオン弾で無効化しろ。守りを気にする必要はない。援護はこちらでする。やれるな」

「はい」

 

 多少投げ遣りだが段取り自体はまともで、反攻阻止の大役を貰ったからには精一杯貢献しようと気を取り直す。

 委員長は続けて達也に目を向ける。さすがの兄妹もこの時点ではイチャつくのを止めて離れていた。

 

「達也くんも同じく扉を支えてくれ。また、可能であれば起動式の分析をしろ。君への攻撃も私がブロックするつもりだが、自分で身を守ってくれても構わん。壬生の処遇についても君に任せる」

「わかりました」

 

 最後に風紀委員の先輩方へ振り向くときには、渡辺委員長も気を取り直していた。

 普段の意気を取り戻して、彼らへ発破を掛ける。

 

「残りは合図を待って突入。連中の確保、拘束を優先とする。早とちりをするなよ。学校施設の破壊や、連中に骨折以上の怪我をさせるのも厳禁だ。以上」

「「「了解」」」

 

 委員長の指示を受けて各自配置に付く。

 先頭は達也と僕。その後ろに委員長。扉の両側には先輩たちが3人ずつ控え、扉から少し離れた位置に深雪と市原先輩、十文字先輩が立っている。

 

 懐に手を入れ、ホルスターに収まったCADの電源を入れる。

 そのままサスペンド状態にし、扉へ向き直った。

 

 やがて鍵の解かれる音が聞こえ、扉が内向きに開いていった。

 

 両開きの扉の片側だけが僅かに開かれ、壬生先輩が恐る恐る顔を見せた。

 彼女は達也の姿を見ると、ホッとしたように息を吐き、ゆっくりと扉を開いた。

 

 神妙な表情の男子生徒が4人、放送室の奥で待ち構えていた。

 誰もが真剣な表情で、各々のCADに手を添えながらこちらの様子を窺っている。

 壬生先輩を含めて5人。これが放送室占拠を為した『有志同盟』の実行犯だ。

 

 委員長がゆっくりと前に出る。

 僕と達也の間を通り、放送室へ一歩踏み込んだ位置で止まった。

 

「聞いての通りだ。生徒会長も部活連会頭も交渉に応じると言っている。詳細を打ち合わせるためにも、まずはここを出てもらいたいんだが?」

 

 委員長が言い終わると同時にそっと移動する。出入り口を閉じられないよう両開きの扉一方の前に立ち、いかにも道を空けましたとばかりに休めの姿勢を取る。

 達也も同じように動いて、壬生先輩を庇える位置に陣取った。

 

 一瞬、静寂が放送室を包みこむ。

 やがて顔を見合わせた男子生徒たちは慎重な足取りで出口へと向かい始めた。

 緊張した面持ちで歩く彼らが部屋の中央――倒れても機材や壁にぶつかることがない位置まで来たところで、委員長が口を開いた。

 

「確保!」

 

 直後、先輩たちが放送室へなだれ込んだ。

 魔法は使わず、それぞれの目標へ向けて一直線に走っていく。

 

 相手も黙ってはいなかった。怯んだのは一瞬だけで、迫る風紀委員へCADを向けた。

 4人がそれぞれ手にしたCADを操作する。拳銃形態が一人、ブレスレット型が一人、携帯端末型が二人。

 

 ホルスターからCADを抜く。

 放送室へ入る前に電源を入れたCADには、既に十分な量のサイオンを注入してある。

 起動式の展開は速やかに行われ、瞬きの間にサイオンの弾丸が形成された。

 

 第一射。拳銃形態の特化型CADに展開された起動式を破壊した。

 

 残る目標は三つ。本来なら、あと三度起動式を展開しなければならない。

 いくら特化型が汎用型よりも高速で魔法を発動できるとはいえ、起動式を三度も展開させていたら間に合わない。相手は二科生とはいえ上級生で、僕の処理速度が彼らよりも4倍以上速いとは到底思えない。

 

 だが使う魔法が同じ『圧縮サイオン弾』である場合はその限りじゃない。

 

 引き金は引いたまま、次弾を装填するイメージを思い浮かべる。

 起動式の展開が省略され(・・・・・・・・・・・)魔法演算領域に残された起動式(・・・・・・・・・・・・・・)が再度使用された(・・・・・・・・)

 

 結果、第二射は一射目よりも早く放たれた。

 一つ前と全く同じ魔法を発動する際にだけ使える機能、これが『ループ・キャスト』だ。

 

 三射、四射とサイオン弾が起動式を撃ち抜き、4人の生徒は一斉にこちらへ振り向く。

 展開中の起動式が破壊されたのは理解できたのだろう。特化型を持った一人が再度魔法を放とうと起動式を展開させた。

 

 当然、撃ち抜く。自分へ向けられた魔法なら尚更早く破壊できる。そのための2年間であり、これだけは毎日のように繰り返し続けている訓練だ。

 

 計5つの起動式を破壊したところで先輩たちが彼らへ飛びついた。

 もがく連中を慣れた手つきで拘束し、一か所に集められる。

 一人拘束を免れた壬生先輩も、達也に手首を掴まれていた。

 

 軽く息を吐く。CADの電源を落とし、ホルスターへ格納。

 そこへ声を掛けられた。

 

「ご苦労だったな」

 

 振り返ると、渡辺委員長が感心したような顔で立っていた。

 正対し、会釈で応える。

 

「術の半分でも打ち消してくれればと思っていたんだが、まさか全滅させるとは。今年の一年は腕の立つやつが多くて助かるよ」

「ありがとうございます」

 

 腰を折って返礼すると、委員長は苦笑いを浮かべた。

 

「その素直さを達也くんにも見習ってもらいたいものだがな」

「彼が素直になったら、四六時中甘い雰囲気が続きますよ」

「確かに。それでは胃がもたれそうだ」

 

 委員長と一緒に達也の方へ視線を向ける。

 壬生先輩に詰め寄られる達也は、激昂する彼女にも無表情で対していた。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 放送室占拠事件はその後、七草会長の言によって生徒会の預かりとなった。

 学校施設の私的な占拠に鍵の盗用といった本来なら罪に問われる行為の裁定も生徒会に委ねられることとなり、『有志同盟』は主導権を握られたまま交渉に臨んだ。

 

 結果、二日後の放課後に公開討論会が開催される運びとなった。

 

 公開討論会――。

 

 原作と同じ流れになるのであれば、この討論会の直後、第一高校はテロリストによる襲撃を受ける。

 銃火器まで持ち込んで襲い来るテロリスト。中には魔法師もおり、当然アンティナイトを所持した者もいる。

 

 先日の一件で、僕はキャスト・ジャミングを無効化できることを知らしめてしまった。

 放置した4人のテロリストがその後どうなったのかはわからないが、仲間に情報が伝わっている可能性は高い。彼方からすれば、僕はアンティナイトに対抗できる厄介な敵だと思われているだろう。優先的に狙われる可能性も十分に考えられる。

 

 なら戦わずに大人しくしているかと問われれば否だ。

 戦う力があって、傷つけさせたくない人がいるなら、戦う理由なんてそれで十分。

 

 可能な限りの備えをして、達也の手が届かないところを守る。

 それが原作を知りながら第一高校(ここ)へ来た僕の役目だ。

 

 これは『魔法科高校の劣等生』における最初の本格的な戦い。

 

 絶対に乗り越えるのだと、胸に手を当てて呟いた。

 

 

 


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