モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第39話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 目が覚めると、待っていたとばかりに身体の各所が不調を訴えてきた。

 

 喉の内だけを絞められたような息苦しさと全身を苛む脱力感。打ち身と擦り傷の痕はじりじりと痛みの信号を発していて、うなじの辺りには棘の刺さったような痛みがある。

 瞼を上げることすら億劫で、自分がどんな体勢でいるのかもすぐにはわからなかった。座らされていると理解できたのは、視界に軍用ヘリの硬い座席と自分の腰から下が映ってからだ。

 

「目が覚めたんだ」

 

 右側から馴染み深い声が聞こえてくる。

 振り向くまでもなく相手が判って、覚えている限りの情報から概ねの状況を察した。

 

「どのくらい眠っていた?」

 

 機内には他の誰の姿もない。物音も何一つ聞こえず、或いはすべて終わってしまった後なのかと震えが込み上げてくる。

 そうした焦りを彼女は予想していたらしい。穏やかな、それでいてどこか突き放したような声音がすぐに返ってきた。

 

「10分くらいかな。先輩たちはもう下に行ったよ」

 

 10分程度ならまだ間に合うかもしれない。

 反射的に安堵が零れるのを自覚して、こうなったことへの納得が後に続いた。

 

 眠らされたお陰で頭が冷えたようだ。同行を拒まれた理由も今なら理解できる。

 《疑似・固有時間加速》のことを話した直後にあんな言動を取れば、自暴自棄になっていると捉えられてもおかしくない。戦列への加入を拒むのも当然の判断だろう。

 

 とはいえ、このままここで待っているというわけにもいかない。

 原作と状況が違う以上、結果も変わる可能性がある。許しがあろうとなかろうと、手遅れになる前に追いかけるのは決定事項だ。

 

 問題はそれができるかどうかなのだが。

 

 考えながら右手に目を落とす。

 冷たく感じていた手首には思った通り、しっかりとした造りの手錠が嵌められていた。

 短い鎖が伸びる先には雫の左手が置かれていて、彼女の手首にも手錠の片割れが掛かっている。

 

「これを考えたのは雫なのか?」

 

 じっと正面を見つめたままの雫へ訊ねる。

 彼女はこちらへ振り向くことなく、手錠の掛かった左手を持ち上げてみせた。

 

「こうしておけば、飛び出していったりしないでしょ?」

 

 なるほど。なんとも上手い手を考えるものだ。

 僕が彼女を危険に晒せないと理解していればこそ、彼女は自分自身を人質にしたわけだ。僕自身を縛り付けるよりもよっぽど効率的かつ効果的な拘束手段だろう。

 

「信頼されているのかいないのか微妙な評価だな」

 

「信頼はしてるよ。でも、今の君は信用できないから」

 

 渡辺先輩と似たようなことを言われて堪らず閉口する。

 原因が自分にあるのは十分理解しているのに、他ならぬ雫に言われると想像以上に心臓が締め付けられた。身勝手な衝動に我がことながら呆れが湧いてくる。

 

 焦っていた自覚はある。焦りの源泉がどこにあるのかも明白だ。

 原作通りに呂剛虎が攻め込んできて、けれどこちらにはあの男の情報がない。

 関本先輩の様子を見に行った日からずっと、この懸念は頭から離れなかった。

 

 本来なら渡辺先輩と七草先輩はあの男と相対する経験を得ていたはずだ。

 人相はもちろん、大まかな戦闘能力もその時点で把握できたはずだった。

 

 だが役者が周公瑾と久沙凪煉に代わっていたことで機会そのものがなくなってしまった。

 渡辺先輩の発言を聞く限り平河千秋の所へもあの二人が行っていたのだろう。八王子特殊鑑別所での戦闘経験もなく、修次氏との交戦による負傷もないとなれば、正真正銘全力の『人喰い虎』と初めて戦うことになる。

 

 原作では三度戦って三度とも敗れた呂剛虎だが、その全てにおいて不利な状況に置かれていた。

 万全の状態で制限なく全力を揮えるとなれば、同じように先輩たちが勝てるとは限らない。エリカとレオが加わっても尚、最悪の状況さえ起こりかねない。

 

 こうなることは以前からわかっていたのに、打開策は何一つ浮かばなかった。

 善かれと思ってしたことが最悪の事態を引き起こすきっかけにもなり得るのだ。情報源を明かさぬまま言葉だけで呂剛虎の、大亜連合軍の脅威を知らせることはできなかった。

 

 だからこそ、僕自身が戦いに加わることで戦力を補おうと思った。

 たとえ《鋼気功》の鎧を破れないとしても、敵の注意を引くことくらいはできる。

 先輩たちを守る盾になることはできると、そう思っていた。

 

 強引だったのは理解している。

 ただ予想外だったのは、先輩たちの反応が思っていた以上に厳しかったこと。

 僕自身よりもよっぽど僕の身を案じてくれていた。そんな先輩たちの心配を無下にして、無理を通そうとした結果が先の醜態だ。

 

「無茶はしないでって何度も言ってるのに。約束のこと、一色さんから聞いてるでしょ?」

 

「釈明のしようがない。約束については以前にも言った通り、いずれ必ず話すよ」

 

「こんなことになってもまだ教えてくれないんだ」

 

 危うく機会そのものを失うところだったのにと、言外に咎めているのがわかった。

 表情にこそ出てはいないものの、抱いている憤りは相当なものだろう。眼差しから察せられるくらいには彼女のことを知っていて、それでも尚要求に応えることはできない。

 

 じっと口を噤んでいると、やがて雫は深くため息を吐いた。

 諦めたようなそれを一つ零した後、自らを奮い立てる趣のものが続く。

 

 呆れられるのは当然として二度目の響きが違うのは何故だろうか。

 

 そっと横目に彼女を窺った、その瞬間――。

 

 

 

「知ってたんでしょ?」

 

 

 

 唐突に、そう問われた。

 

 何のことを言っているのかわからず顔を上げると、同じように振り向いた雫と目が合った。

 灰色がかった瞳がじっとこちらを見据えていて、落ち着いた表情とは裏腹な眼差しの強さに理由も判らないまま震えが湧いてくる。

 

「今日、横浜で戦いが起きることを君は知ってた。そうでしょ?」

 

 心臓が一際強く跳ねた。

 背中に冷たい感覚が流れ落ちて、呼吸すらもままならなくなる。

 

「国際会議場が襲われること。魔法協会が狙われること。九校戦の事故も、春に学校が襲われたことも。これから先何が起きるかも、多分、君は知ってるんだよね」

 

 まっすぐに見つめてくる瞳から視線を逸らすことができず、だからこそ彼女の目元が悲しげに細められるのがわかった。

 

「安心して。誰にも聞かれないようにしてるから」

 

 言われて初めて《遮音フィールド》が張られていることに気付く。外の音が聞こえなかったのはこれが理由だったのか。

 秘密を見抜かれたばかりか盗み聞きへの配慮までされているとなれば、もう苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「……上手く隠せていると思っていたんだけどな」

 

「うん。気付けたのはほとんど偶然」

 

 呟いた雫はそこで一度目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 僅かな静寂の後でこちらへ向き直った彼女からは、もう感情の色は窺えなかった。

 

「どうして教えてくれなかったの、なんて言うつもりはないよ。君のことだから、私が思いつくくらいのことは試しただろうし。今の君がそうしているってことは、それしか方法がなかったってことなんだよね」

 

「過大評価だ。僕は雫が思うほど出来た人間じゃない」

 

「その辺りは話を聞いてからね。君の自己評価は当てにならないから」

 

 こちらの返答をさらりと受け流して、雫は淡々と続ける。

 

「これからどうなるの?」

 

 端的なその問いに答えるべきか躊躇いが浮かんだものの、向けられたままの視線は誤魔化すことを許してはくれなかった。

 

「……国防軍の救援が到着した以上、戦闘は今日の内に終結する。ベイヒルズタワーへ奇襲を掛けてきた連中さえ撃退できれば、日本側の被害はそう大きくならないはずだ」

 

 得も言われぬ迫力に降参して白状すると、彼女は少し考えた後で質問を続ける。

 

「撃退は難しいことなの?」

 

「僕の知る限りだと先輩たちだけで連中を撃退することはできたし、この横浜で先輩たちを含む一高の生徒に大きな被害は出なかった。けど、今の状況は想定していた未来とは変わってしまっているから——」

 

「誰かが危険な目に遭うかもしれない。そう言いたいんだね?」

 

 言い終える前に雫はこちらの抱く懸念へ辿り着いた。

 勘が鋭いのは知っていたが、ここまで察しが良いとなるともう感服する他ない。

 

「戦力が増えることで少しでも状況を好転させられるかもしれない。だからこそ僕はここに来たんだ」

 

 言うと、雫は不満げに眉を寄せて口を尖らせる。

 

「それ、言葉通りの意味じゃないでしょ。さっきも先輩たちさえ守れればって言ってたよね」

 

 建前はあっさりと見抜かれ、眼差しは鋭くなる一方だった。

 これまで散々彼女の厚意に甘えてきたが、いよいよ黙っていられなくなったのだろう。それほどまでに悩ませてきたのは心苦しく、けれどだからといって全てを語れるわけではない。

 

「誰かが傷つくのは嫌がるのに、君が怪我をするのは構わないんだ」

 

「前にも言っただろう。守りたい人たちがいるって。彼らのためならなんだってするし、その結果僕自身がどうなろうと構わない」

 

「わからないよ。どうしてそんな風に、自分はどうなってもいいだなんて思えるの? 守りたいっていう人がいるのに、一緒に居ることを望んでいないのはどうして?」

 

「この先の未来に、僕の負うべき役割はもうない。僕の存在はもう必要ないんだよ」

 

 リン=リチャードソンが日本を訪れなかった時点で原作における『森崎駿()』の役割はすでになくなっている。代わりに生じたイレギュラー、オーストラリア軍魔法師二人の捕縛が済んだ以上、僕が今後の筋書に関わる意味も意義もない。

 唯一久沙凪煉の動向だけは気になるが、それさえ清算できればいよいよもって僕はお役御免。寧ろこれ以上あるべき流れを歪めてしまうことの方が悪手だろう。

 

「役割がなければ、必要がなければ一緒に居られないってこと? そんなのおかしいよ」

 

 これまで平静を保っていた雫の声に震えが混ざり始める。

 表情も眼差しも険しくなって、詰め寄った分だけ彼女の語気は強くなった。

 

「今日までの半年は、一高で過ごした毎日は君にとって目的のためでしかなかったの?」

 

「ああ。僕が一高に入ったのは、そこでしか果たせないことがあったからだ。それ以外の理由はない」

 

「嘘だよ。本当に目的のためだけに過ごしてきたのなら、今頃君は君の望んだ通りに戦えていたはず」

 

 塗り固めた建前は次々に見抜かれて、その分だけ彼女の剣幕は厳しくなっていった。

 

「いつだって君は誠実だった。誰かのために行動するのをみんなが見てきた。だからみんなも君を信頼してたし、同じくらい君にも傷付いてほしくないと思ってる。

 渡辺先輩が君を眠らせたのは、君が冷静じゃなかったから。みんなそれが判るくらい君のことを知っていて、君のことを見てきたんだよ」

 

「そうやって信用を得るために騙し続けてきたと言ったら? 僕以外の誰にも事実がどちらかはわからないだろう?」

 

「わかるよ! だって、ずっと見てきたんだから!」

 

 伸びてきた右手が肩を掴む。

 間近から見上げる瞳には涙が滲んでいて、けれど眼差しは鋭く研ぎ澄まされていた。

 

「嘘を吐いていないことも、でもまだ何か隠してるんだってこともわかる。

 私を遠ざけるために、わざと怒らせようとしてるんだってこともわかる。

 そこまではわかるのに、それ以上はわからないのが悔しい。

 何をしているのかはわかるのに、どうしてかわからないのは苦しいよ」

 

 堪えきれないとばかりにこちらの胸元へ額を押し付ける。

 肩に置かれた手もぐっと握られて、押し固めていた衝動が内側で激しく暴れた。

 

 何も返せないまま十数秒が過ぎ、やがて嗚咽を呑み込んだ雫が顔を上げた。

 

「答えて。君はどうして、何もかも独りでやろうとしているの?」

 

 揺れる灰色の瞳に射貫かれて堪らず息が詰まった。

 焦りと不安と、何よりも彼女の意志に中てられて、被り続けてきた仮面が崩れだす。

 

「これは僕の責任だ。雫を——みんなを巻き込むわけにはいかない」

 

「勝手に遠ざけないでよ。困ってるなら協力するし、それで何が起きても君の所為だなんて誰も言わない。巻き込まれたなんて絶対に思わない」

 

「それじゃあ駄目なんだ! 僕が、『森崎駿()』という存在が今を歪めるたびに、迎えるはずの未来から離れていく。得られるはずの幸福を、みんなが得られなくなる」

 

 零れ落ちる言葉を止めることは最早できなかった。

 殻を破って溢れ出した衝動が津波のように押し寄せて、後悔と恐怖が全身を震わせる。

 

 いくつもの記憶が蘇り、心臓が早鐘を打ちだした。

 呼吸もいつの間にか荒くなり、幻覚の浮かぶ視界を左手で押さえる。

 聞こえないはずの声が耳の奥で囁いて、ありもしない炎に肌を焼かれるような気がした。

 

 そうしてフラッシュバックした記憶に喘ぐ間も雫が離れることはなく、真剣な表情でじっとこちらを見上げていた。

 何度か深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いたところでゆっくりと彼女の方から続きを切り出してくる。

 

「君がどんな経験をしてきたのか私は知らない。でも、だからっていなくなることが君の願いなの? 必要ないからって、どうなってもいいって言うの?」

 

 迷う余地などない。

 それが取り得る最良の選択で、あるべき未来を迎える最適の手段だ。

 

「それがみんなの未来のためになるのなら」

 

 突き放すつもりで口にした一言を、雫はこちらを見据えたままで受け止めた。

 灰色の瞳から迷いが消え、考える素振りもなく首を横に振る。

 

「そんな未来、私はいらない」

 

 驚きとも困惑ともつかない衝撃が走った。

 何を言われたのか理解できず、息の仕方すらも忘れて呆けることしかできなかった。

 

「私だけじゃない。ほのかも深雪も、達也さんたちも、先輩たちだって、きっとそんな未来は望んでない。君と関わったみんな、君のいない未来なんて望むはずがない」

 

 何を言っているんだ?

 みんなが幸福になれる未来があるのに、拒むなんてあり得ないだろう。

 

「だが、僕がいる限り最良の未来には——」

 

「君がいない時点で、そんなのはもう最良なんかじゃない」

 

 もう一度、ハンマーで殴られたような衝撃が頭に響いた。

 同時に得体の知れない熱が奥底から湧いてきて、気味の悪い震えが全身へ伝わっていく。

 脳髄の痺れる感覚と一緒に喉の奥へ広がる甘さ。歓喜の類に当たるそれを抱いた自分に嫌悪が続いて、綯い交ぜになった感情が心臓を締め付けた。

 

 

 

 いつか思い描いた理想が頭をもたげる。

 

 彼女の隣で、達也たちと共に日々を過ごす、そんな夢物語。

 決して叶うはずのない、『僕』が抱いた幻想。

 

 

 

 妄想で終わるはずだった光景が頭に過って、一瞬でも期待した自分に怖気が走る。

 

「僕は人殺しだ」

 

 気付けば、そう口走っていた。

 話すつもりのないことが口を衝いて、溢れ出る言葉を止めることはできなかった。

 

「今日に限ったことじゃない。これまで多くの人の命を奪ってきた」

 

 今まで手に掛けた人の数は20を下らない。

 間接的に関わったのも含めればもっと多くなるだろう。

 どんな理由があろうと、この手が血に塗れているのは紛れもない事実だ。

 

 隠していたのはそれだけじゃない。

 

「そもそも僕はまともな人間じゃない。君たちと一緒に居ていい存在じゃないんだ」

 

 原作で『パラサイト』と呼ばれた、人間の精神に寄生するプシオン情報体。

 『彼』が同種の存在なのだとすれば、一度結びついた『僕』もすでに人間じゃない。人間には使えないはずの魔法(疑似・固有時間加速)を習得できたことがその証だろう。

 

 『人ならざるモノ』が人の間で生きようなどと、初めから叶うはずがなかったのだ。

 

「たくさんの命を奪った人殺しで、同じ人間ですらない。

 真実を知れば、もう誰も近付こうとはしないはずだ」

 

 零れ落ちるまま口にした独白。

 じっと聞いていた雫はしかし、目を丸くしながらも表情は変わらなかった。

 

 僅かな静寂の後、顔を上げた雫が真剣な眼差しを向けてくる。

 

「何を言われても私の答えは変わらないよ。

 君がそれを罪だと思ってるなら、傍で支えるだけ。

 何者かなんて、それこそ関係ない」

 

 呟く声は穏やかで、動揺も隔意も感じられなかった。

 これまでと変わらない、柔らかくて芯の通った響きだけがあった。

 

「君が『君』だったから。私は『君』という存在を好きになったんだよ」

 

 向き合うことを避けてきた、その一言。

 それを迷いも恥じらいもなく断言されて、こちらの方が動揺してしまった。

 

「どうして、そこまで……」

 

 焦りと困惑、憤りすら載ってしまった呟きに、雫は綻ぶような笑みを浮かべる。

 

「いつも誰かの為に一生懸命で、自分のことなんて二の次で。

 普段は大人びてるのに、変なところですごく頑固になって。

 どんな壁にも言い訳せず立ち向かって、最大限出来ることをする。

 

 そんな『君』を好きになって、ずっと一緒にいたいと思ったから。

 今更『君』のいない未来なんて想像できないし、想像したくない」

 

 伸びてきた手がそっと頬に触れる。

 雫の手の温度が流れてきて、冷えきった身体が少しだけ解れた気がした。

 

「雫……僕は……」

 

 直後、音のない空間に振動だけが伝わってきた。

 屋上にいるからこそ感じ取れる小さな衝撃。足元から響いたそれが何らかの爆発に伴うものだというのはここ数時間で嫌というほど思い知らされてきた。

 

「どうしても行かなくちゃいけない?」

 

 手が離れるのと同時、知っていたとばかりに雫が息を吐く。

 何も言う前から問われるほど顔に出ていたらしい。

 

 何度も無茶を咎められて、何度も無理を正されて。

 信用を失って。隠し事を言い当てられて。繋ぎ止めようと説得されて。

 

 それでも、僕のやるべきことに変わりはない。

 

「……そっか」

 

 頷いて応えた瞬間、彼女の目元が寂しげに細められた。

 申し訳なさと一緒に仄かな熱が広がって、後に続く嫌悪感をすぐに呑み込む。

 

 幸いこちらの反応には気付かなかったようだ。

 大きく深呼吸をした雫は目線を膝元へ落としていて、横顔には決意の色が覗いていた。

 

「前に言ってたよね。『守りたい人たちがいる』って。その中に、私は入ってる?」

 

 不意にそう問われ、迷わず頷く。

 元より彼女は『守りたい人たち』の中でも最優先の存在だ。身勝手な心情を抜きにしても『北山雫(彼女)』は決して欠かせない。

 

「なら、今はそれだけでいい。全部終わって、ゆっくり話す時間ができたら続きを聞かせてもらう」

 

 納得したように頷いた雫が制服のポケットから小さな鍵を取り出した。

 二人を繋いでいた手錠が開き、自由になった右手を持ち上げるこちらへ彼女は外れた手錠を突き付ける。

 

「だけど忘れないで。手錠(これ)を外しても、私は君と一緒にいる。君が遠くへ行ってしまうなら、どこまでも君を追いかける。それがどんな所だとしても、絶対に」

 

 明言はされずとも、雫の言いたいことがわかった。わかってしまった。

 

 僕が死ねば、彼女はきっと後を追ってくる。

 脅しかもしれない。そうでなくとも、周りが易々と許しはしないだろう。

 

 それでも、可能性が僅かにでもあるのならそうさせるわけにはいかない。

 

 僕のために雫を失うわけにはいかない。

 彼女の、みんなの未来を奪うわけにはいかない。

 

「私のこと、守ってくれるでしょ?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

 迷いなどあるはずもなく。

 自分でも不思議なほど強く頷いて、機体の外へと駆け出した。

 

 

 




 
 
 
 
 
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