モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第44話

 

 

 

 西暦2095年10月31日、午前4時30分。

 朝鮮半島を臨む対馬要塞にはかつてないほどの緊張感が漂っていた。

 

 旧長崎県対馬島に建設されたこの要塞は大規模な軍港を備え、島のほぼ全域に堅固な防壁と多数の対空対艦兵器を設置した対大亜連合の最前線基地だ。

 

 この要塞が建設されたのは35年前。第三次世界大戦後期に生起した大亜連合高麗自治区軍による襲撃事件が契機となっている。

 住民の7割が虐殺され、残る3割の一部が大陸へ拉致されることとなったこの事件以降、島を奪還した日本政府はここを国有地とし、島全体を国防軍の拠点とする決定を下した。

 

 実質的な休戦状態が続いていた間も対馬要塞の警戒態勢が解かれることはなく、この度の横浜侵攻に際しても長年の訓練で培われた迅速な配置が完了している。

 

 そんな最大限の警戒が敷かれた対馬要塞に、達也を含む独立魔装大隊が降り立った。

 

 

 

 

 

 

「予想通り、敵海軍が行動を開始している。これを見てくれ」

 

 到着早々借り受けた作戦室にて、風間は前置きなくそう切り出した。

 

 発言に合わせて響子が端末を操作し、中央の壁面へ衛星からの映像が表示される。

 対馬要塞に劣らぬ防壁を正面に構えた軍港には多数の戦闘艦艇が映し出されており、そのほとんどで長期停泊用の係留索(けいりゅうさく)を解く作業が行われていた。

 

「今から5分前の写真だ。映像から察するに、敵艦隊は間もなく出港準備を終えるだろう。動員規模から見て今侵攻は一時的な攻撃ではなく、九州北部、山陰、北陸のいずれかの地域を占領する意図があると思われる」

 

 大規模な海軍兵力の動員はその目的が非戦闘行為である場合、行動範囲に関わらず周辺国への事前通達や国際的な公表を行うのが慣例だ。交戦国や休戦国があるのであれば尚更、無通告での艦隊行動は戦闘再開の意思表示と解釈される行為である。

 

 ましてや現在の大亜連合は横浜への攻撃を企図したばかり。拿捕された揚陸艦から所属は判明しており、日本政府から大亜連合政府への釈明要求は再三に渡って行われている。

 USNAや新ソ連、東西EU諸国といった先進各国は今のところ静観を貫いているものの、日本と大亜連合の全面衝突は避けられないと考えられていた。

 

「既に動員を完了している敵艦隊に対し、我が軍の艦艇部隊は動員完了までに今しばらくの時間を必要としている。数で勝る敵の海上戦力に対し、警戒行動中の艦艇と小型の高速艇で抗するしかないのが現状だ。陸と空の兵力を加味したとしても苦戦は免れないだろう」

 

 風間の口にした予想に異議や疑念が差し挟まれることはなかった。

 代わりに向けられたのは期待と興味の視線。この危機的状況に際し国防軍の中でも極めて特殊な部隊が配置されたことから、噂を知る駐在士卒たちの間では様々な憶測が囁かれていた。

 

 取り巻く雰囲気に応えるためでは決してない。

 それでも、続く言葉を発する風間の声には一段と強い威厳が載せられていた。

 

「この現状を打破する為、我が独立魔装大隊は戦略魔法兵器を投入する。本件は既に統合幕僚会議の認可を受けている作戦である」

 

 疑念と動揺、そして興奮の入り混じったどよめきが室内に広がった。

 発言の真意を理解できたのは独立魔装大隊の隊員のみ。だが『戦略魔法兵器』という言葉自体は士官の誰もが理解できて、それが(もたら)す結末への期待と畏れは魔法に縁遠い者ほど大きい。

 

 同室を許された司令部幕僚が俄かに色めき立つ中、風間は淡々と話を進める。

 隊長が施設の一部と運用人員の借用を願い出る間、大隊メンバーの誰一人として表情を緩めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 対馬要塞司令部への説明を兼ねた作戦示達(じたつ)を受けた達也は、ムーバル・スーツを身に着けたままの姿で要塞の第一観測室へ入った。

 

 全天型のスクリーンが設えられたこの第一観測室では低高度監視衛星の捉えた映像を三次元処理、様々な角度からの監視映像をリアルタイムで表示することができる。

 現在そのスクリーンには港に停泊中の大亜連合軍艦隊が映されていて、中央のスペースへライフル形状のCADを手にした達也が立った。

 

 屋内にもかかわらずフルフェイスのヘルメットを外さない彼へ、観測室に務める駐留部隊員から奇異の目が向けられる。風間を始めとする他の大隊メンバーは全員が戦闘服姿で、だからこそ余計に達也の格好は物々しく見えていた。

 

 数多くの視線を受けながら一切気に掛けることもなく。

 メイン観測スペースへ入った達也はヘルメット越しに観測室全体へ通信を繋げた。

 

「大黒特尉、準備はいいですか?」

 

『準備完了。衛星とのリンクも良好です』

 

 真田からの呼び掛けに答える声はヘルメットの機能によって変調されている。そうと知らぬ人間には10代半ばの高校生だとは想像もつかないだろう。機械的なツナギとヘルメットを纏っている姿も加味すればロボット兵のように見えるかもしれない。

 

「《マテリアル・バースト》、発動用意」

 

 風間の号令に従い、達也がライフル形状の特化型CAD『サード・アイ』を構える。

 スクリーンに表示された衛星映像とサード・アイの遠距離精密照準補助システムを足掛かりとし、『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』の視界を広げて情報次元(イデア)の海を辿っていく。

 

「目標、鎮海軍港港内、大亜連合軍艦隊」

 

『了解。目標、軍港内敵艦隊。中央の大型艦を旗艦と断定し、これを照準します』

 

 巨済(コジェド)島に築かれた要塞を盾として構える鎮海軍港。

 朝鮮半島南端の軍港に集結した大亜連合の艦隊へ『眼』を向けた達也は、出港準備の続く艦隊中央の大型艦に狙いを定めた。

 

 魔法の対象に選んだのは艦尾に翻る軍艦旗。

 情報体(エイドス)へアクセスし、軍艦旗の詳細情報を参照。

 サード・アイと『精霊の眼』を併用することで得られた精密な座標を無意識領域へと送る。

 

『発動用意、完了』

 

 囁くような声が静まり返った観測室にはっきりと響き渡った。

 魔法の詳細を知らない要塞スタッフはもちろん、理論から結果まですべてを知っている独立魔装大隊のメンバーであっても緊張せずにはいられない。

 室内の大半が固唾を呑んで見守る中、大隊指揮官にして当戦略級魔法の『引き金』を預かる風間は粛々と命令を発した。

 

「《マテリアル・バースト》、発動」

 

『《マテリアル・バースト》、発動』

 

 復唱と共にサード・アイの引き金を引く。

 格納された起動式が達也の無意識領域へと送られ、事前に定めていた座標情報を取得。

分解対象の指定までが即座に進行し、ゲートからイデアへと放たれた。

 

 質量をエネルギーに変換する究極の分解魔法、《質量爆散(マテリアル・バースト)》。

 対象としたものの質量を直接エネルギーへ分解するこの魔法は、アインシュタインが定義した公式の通り、質量を光速定数の2乗の倍数でエネルギーに変換する。

 

 投射された魔法式は時間的、距離的な制約を受けることなく、対馬要塞から海峡を越えて鎮海軍港中央に浮かぶ大型艦の軍艦旗を捉え――。

 

 約1㎏の質量が瞬時にエネルギーへと変換された。

 

 その熱量はTNT換算でおよそ20メガトン。

 小型の太陽と表しても大袈裟でない、莫大なエネルギーが一点に生じた。

 

 船体を構成する金属が蒸発し、急激に膨張した空気は音速を超えた。

 熱線と衝撃波と重金属の奔流に晒され、港湾施設諸共艦隊は消滅。海面で発生した水蒸気爆発が衝撃波の勢いに拍車を掛け、津波と竜巻が対岸の巨済島要塞にまで襲い掛かった。

 

 爆心地付近のものは人も物もすべて蒸発した。

 破壊の手は広範囲に及び、熱線と衝撃波が周辺施設を破壊、あらゆる有機物を焼却した。

 

 灼熱の暴虐が収まった時、残っていたのは僅かな残骸と剥き出しの大地だけ。

 黒く炭化した地面には燃え残りが燻り、沿岸部では地形すらも変わってしまっていた。

 

 もしも監視衛星のカメラに安全装置が搭載されていなければ、観測室に詰めていた人間の多くも爆発的な光量に目を焼かれるか、或いはそこへ生じた地獄の光景に正気を失っていたかもしれない。

 

 事実、惨状を目にした駐留部隊員の数人は堪らず付近のトイレへと駆け込んだ。

 魔法の詳細を知らなかった要塞の司令官や幕僚はもちろん、柳や響子を含む独立魔装大隊の隊員ですら平静を保つことはできなかった。

 

 表情を変えなかったのは命令を下した風間と、サード・アイを設計した真田だけ。

 

 そして魔法を放った本人の達也は、僅かな動揺すらも抱いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 『灼熱のハロウィン』。

 

 後世の歴史家はこの日のことをそう呼ぶ。

 

 軍事史と人類史、双方の転換点と見做される一大事件。

 現代兵器に対する魔法の優越を決定づけたターニングポイント。

 『人間』から生まれた『魔法師』が異質な種族として広く認識される、そのきっかけとなった出来事。

 

 そして、魔法師という種族が歩む栄光と苦難の歴史の真の始まりの日でもあった。

 

 激化する流れは世界各地へと広がり、否応もなく人々を巻き込んでいく。

 

 濁流と化したその中心には達也が立っていて。

 伴う者たちも渦中で才能を磨き上げていった。

 

 やがて達也の歩みは世界をも動かし、新たな時代の訪れを導く。

 紡がれた歴史は後々まで語られ、幾度となく彼の名前が挙げられた。

 

 魔法師界において知らぬ者のない『四葉』の一人として。

 数々の新魔法を開発し、魔法研究に多大な貢献をした技術者として。

 第三次大戦以後、単独で最も多くの敵の命を奪った軍人として。

 核融合炉の実現によるエネルギー問題改善の立役者として。

 世界中に影響力を持つ大グループ企業の創始者として。

 

 一方で、紡がれた歴史がとある少年の尽力によって支えられたものだと。

 

 それを知り得る者は一人として存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 最早定番となった病院での目覚めから三日。

 担当医から回復のお墨付きを貰った僕は少ない荷物をまとめて病室を出た。

 

 後遺症はない。多少筋力が落ちた感覚はあるものの、取り戻すのにそれほど時間は掛からないだろう。

 そもそもがサイオンの枯渇による検査入院だ。安静にする必要がないのであれば病室に留まる理由はない。

 

 目が覚めた時点でわかってはいたのだが、担当医曰く、運び込まれた時点で外傷は一つもなかったらしい。

 恐らくは達也の《再成》で復元されたのだろう。二度も負担を掛けたことに対しての申し訳なさも含め、いずれちゃんと礼をしなくてはならない。

 

 問題はその機会があるかどうかなのだが。

 

 つらつら考えを巡らせている間にエントランスへとたどり着く。

 受付の端末で退院の手続きを済ませ、ロータリーに並ぶコミューターの一つへ。

 クレジットカードをかざして扉を開いた直後、不意に横合いから声を掛けられた。

 

「駿くん」

 

 僕をそう呼ぶのは一人しかいない。

 コミューターの扉に手を掛けたまま振り返って、私服姿の彼女へ浅く腰を折る。

 

「こんにちは、雫。横浜以来だな」

 

「こんにちは。面会謝絶じゃなければもっと早く会えたんだけどね」

 

 何度となく見てきた真意のわかりづらい表情。

 ただ今回ばかりは雫の言いたいことも簡単に理解できた。

 

「すまない。叔父に言いつけられてしまってね。連絡しようにも端末も取り上げられていたんだ」

 

 病室で目が覚ました後、最初に駆け付けてくれたのが叔父の繕さんだった。

 彼はその場で横浜での一件の顛末を語ってくれたのだが、どういうわけかそこで退院までの面会謝絶と外部との連絡禁止を言い渡されてしまったのだ。

 

「知ってるよ。その叔父さんから聞いてここに来たから」

 

 ということはつまり、叔父さんにもバレているわけだ。

 今頃は会社のデスクで盛大なため息を吐いていることだろう。

 

「口止めしたつもりだったんだけどな」

 

 医者の口は堅いものだと思っていたのだが、高校生だからと侮られたかもしれない。もしくは叔父さんの方が報告を厳命していたのだろうか。

 

「退院を早くしたこと? それとも一人で帰ろうとしてたことかな」

 

「両方だよ。ところで、いつの間に叔父さんと連絡を取り合うようになったんだ?」

 

「君のことで小母様へ相談した時に。君の身内で一番信頼できるからって」

 

「スエさんが……。なるほど、あの人なら確かにそう言うだろうな」

 

 頷きながらコミューターの扉を閉める。

 利用者登録をキャンセルしてリリースし、乗り場から離れた。

 

「参考までに、どうしてバレたのか訊いても?」

 

 ばつの悪さを紛らわすための質問は、残念なことに傷口を広げる結果をもたらした。

 

「小母様から知らされたって、君の叔父さんは言ってたよ」

 

 言われて初めてその可能性に気付き、振り返ってエントランスの周りを探す。

 法人名の並ぶ中に見慣れた名前を見つけて、自然とため息が漏れた。

 

「そういえば、ここはトウホウグループの系列病院だったな」

 

 スエさんのことだ。系列の病院に入院したと聞いてすぐ経緯を探らせたに違いない。

 横浜から搬送されたことを知れば戦闘に加わっていたことは察するだろうし、その末に入院したともなれば監視を付けられてもおかしくない。

 

「かなり怒ってたみたいだから、会う時には覚悟しておいた方がいいね」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 降参の意を込めて両手を挙げる。

 雫の口元にほんの小さく笑みが浮かび、

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

 背中を追って歩くと、やがて彼女は一台のコミューターに乗り込んだ。

 車内には雫の他に誰も居ない。どころか、後に続いて乗り込むなりそれがVIP御用達の特殊な車両だとわかった。

 

「一人で来たのか?」

 

「うん。その方が話しやすいでしょ?」

 

 確かに第三者に話を聞かれないという意味ではこの車両は最適だろう。なにせ内緒話をするために政治家や役人も使っているという代物だ。

 運転手を必要としないコミューターは本来交通管制システムによって運行から車内環境までが制御されているが、この車両に限っては運行を除くすべての機能を乗員側で制御できるようになっている。

 

「雫には敵わないな」

 

 一般人には手配できない車両を、個人的な送り迎えのために用意する。

 そんなことができるのは日本でも極少数。北山潮にそれが可能だとして、堂々と父のコネを利用する胆力には恐れ入るしかない。

 

 雫の音声操作でコミューターが発進する。

 通常のコミューターよりも静穏性が高いのか、窓越しに過ぎる景色の早さとは裏腹に外の音は一切聞こえてこなかった。

 

「言いたいことはいくつかあるけど、まずはありがとう。無事でいてくれて嬉しい」

 

 走り出して間もなく、対面の雫はそう言って微笑んだ。

 

「司波のお陰だよ。雫の方こそ、無事でよかった」

 

 こちらも素直に返すと、一転して雫は表情を硬くする。

 じっと続く言葉を待っていると、やがて彼女は言い難そうに切り出した。

 

「あの後のことは、その、どこまで聞いてる?」

 

 その問いを聞いて納得した。

 確かに、雫からすればそういう顔にもなるだろう。

 振る舞いを意識したつもりはないが、だからこそ常と変わらなかったに違いない。

 

「全部だ」

 

 口にした瞬間、目の前の少女が悲鳴を呑み込んだのがわかった。

 

「大亜連合の艦隊が全滅したこと。日本側の死者が100人を超えていること。その中には魔法科高校の生徒が含まれていて、一高からも二人が犠牲になったこと」

 

 努めて穏やかに、含みを持たせないように続ける。

 敢えて悲劇を演じることも考えはしたが、真実を打ち明けようという時に仮面を被るのも矛盾している。心痛を与えることになるとわかっていても、正直に話そうと思った。

 

「じゃあ、渋川くんのことも……」

 

「もちろん。春樹が亡くなったことも知っているよ」

 

 答える間も雫はこちらを覗き込んでいて、その眼は段々と見開かれていった。

 多分、こちらの反応が予想外に淡白だと感じたのだろう。ただのクラスメイトに留まらない相手だったことを考えれば、雫の反応も当然だ。

 

 だからこそ、誤解のないよう正直に打ち明けるつもりだった。

 

「割り切ったわけじゃない。乗り越えたわけでもない。ただ、何も感じなかっただけだ」

 

「どういうこと? だって、君と渋川くんはあんなに……」

 

 続きを聞くまでもなく口元が自嘲で歪む。

 

「薄情だろう? 友人が亡くなったっていうのに、僕は何も感じなかったんだ」

 

 なにせ自分でも思ったことだ。

 気の置けない仲だった自覚があるのに、どうしてこれほど凪いでいるのだろうと。

 

「目が覚めてすぐに春樹の訃報を聞いた。三年の先輩が亡くなったことも聞いた。大変なことだと頭では理解していたのに、どういうわけか悲しいとも悔しいとも思えなかった」

 

 この三日間、何度となく胸中を探してきた。

 

 後悔でもいい。悲嘆でもいい。何か込み上げるものがないか自問してきた。

 

 けれど、どれだけ繰り返しても湧いてくる『感情(もの)』は一つとしてなかった。

 

 叔父から聞かされた話はどれも他人事のようで、何かしらの衝動が湧くことはなかった。

 

「もしかすれば《疑似・固有時間加速》の離人感が続いていたのかもしれない。実感が遠ざかっている間に聞いた春樹の死を、数ある事故の一つと捉えてしまったのかもしれない」

 

 都合の良い話だということはわかっている。なにせ半日以上眠った後のことだ。起きた時点で副作用はとっくに無くなっていて、身体の感覚もサイオン不足による虚脱感を除けば正常だった。論理的に考えれば実感も戻っていたはずだ。

 

 にもかかわらず、僕は春樹が亡くなったと聞いて何も感じられなかった。

 友人が犠牲になったというのに、怒りも悲しみも後悔も湧いてはこなかった。

 

 渋川春樹の死が筋書に影響を及ぼさないから。

 『魔法科高校の劣等生(原作)』に名前が挙がらないから。

 だから春樹を『守りたい人たち』の一人に数えていなかったのかもしれない、と。

 

 自問を続ける内にそんな答えが浮かんで、我が事ながら呆然としてしまった。

 

「いずれにせよ、僕は友人の訃報を聞いて何も感じなかった。とんだ薄情者だ。厄介事の種もごまんと抱えている。関わって良いことなんて、この先一つとしてないだろう」

 

 三年前の夏、一人の運命を変えるために取り返しのつかない罪を犯した。

 次の年の夏、一人を救うために沢山の命を奪い、挙句全て取りこぼした。

 

 両手を罪と血で染めて、

 歪めた未来を元に戻すこともできなくて、

 ついに友人の死を悼む心すら見失った。

 

「それでも君は知りたいと思うか? 人殺しで薄情で、人間ですらない者のことを」

 

 だからこそ、もう一度問いかける。

 

 約束を履行することに躊躇いはない。

 ここまで支えてくれた雫の願いに応えたい。その気持ちに偽りはない。

 だが同時に、それで彼女が後悔するのを歓迎することもできなかった。

 

 卑怯で卑屈な問いかけはしかし、彼女の顔色一つ変えることすらなくて。

 

「――うん。何があっても、そこだけは変わらないよ」

 

 じっと耳を傾けていた雫は迷う素振りもなく、はっきりと頷いた。

 

「私は、君のことが知りたい」

 

 灰色の瞳に恐怖や躊躇いはなく、結んだ口元に震えも歪みもない。

 真摯な眼差しをまっすぐ向ける彼女に、こちらも頷いて応える。

 

「わかった。全部話そう。『僕』の生まれた経緯と、『僕ら』の見てきたことを、全部」

 

 都内へ向けて走るコミューターの中、自身を詳らかにする長い告白が始まった。

 

 

 

 横浜動乱編 完

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 
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