モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第1話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「『森崎駿』の中には前世の記憶を引き継いだ人格と、元からこの身体に付属していた人格の二つがあったんだ」

 

 先にコミューターを降りて雫へ右手を差し出す。

 こちらを見上げる彼女の目には驚きこそあれ、疑念や得体の知れないモノを見るような色は見受けられない。

 

 『森崎駿』の経験と『僕』の正体を話す間、雫はただの一度も拒絶の色を見せなかった。

 事実だけを並べても信じ難いはずなのに、前世や別の人格などというオカルトめいた話にすら疑念を覗かせなかった。

 

 だからだろう。

 生まれて初めて仮面を外し、ありのままの『僕』を明かそうと思えたのは。

 

 ややあって伸ばされた手を取り、呆然としたまま自走車を降りた雫へ続ける。

 

「二つの人格は初め一つに混ざり合っていて、前世の記憶がある『彼』が『森崎駿』を主動していた。『僕』はそんな『彼』の中で、『彼』の記憶と行動を見ていただけだった」

 

 生まれたばかりで自我もない『僕』に対して、『彼』には前世での記憶と経験があった。

 混ざり合っていた間も自己認識のはっきりしていた『彼』が主導権を握るのは当然で、『彼』が直向きに努力したからこそ『森崎駿』は原作以上の実力を獲得するに至ったのだ。

 

「生まれてからずっと、二年前の夏まで、前世の記憶を引き継いだ『彼』が『森崎駿』として過ごしていた。『僕』は『彼』の中で記憶と経過を覗き見ていただけ。本当の意味で同じ経験をしてきたわけじゃないんだよ」

 

 今の『森崎駿』があるのはすべて『彼』のお陰だ。

 

 一高に入学する以前から。『僕』が『森崎駿』になった時点で、『森崎駿』はすでに原作以上の実力と経験、人脈を持っていた。

 言動も振る舞いも手本とするのに十分で、本来の『森崎駿()』の顛末を反面教師とすれば不要な諍いや対立を避けるのは難しいことじゃなかった。

 

 『僕』はただ『彼』に倣っただけ。

 『彼』の積み上げたものの上で、『彼』の願いを踏襲しただけだ。

 

 原作で迎えた大団円へ少しでも近付けるように。

 これ以上、あるべき筋書を歪めないように。

 奪った沢山の命が無駄にならないように。

 

 『彼』が抱いたその願いが、『僕』にとって唯一の指針だった。

 

 そして同時に、『彼』がしてきた努力を無駄にしたくないとも思った。

 

 『森崎駿』の人生をより良いものにするために。

 『彼』が積み上げてきた研鑽や人との繋がり、謙虚であろうと努める姿勢も含め、この世界の『森崎駿』を形作るすべては『彼』の努力によって培われたものだ。

 

 原作の『森崎駿()』とは違う、『彼』が築いた『森崎駿』の姿。

 その姿から逸れるような振る舞いや言動は、たとえ『彼』の願いの障害になるとしても許容したくはなかった。

 

 『彼』の代わりに、『彼』の望んだ『森崎駿』として、『彼』の願いを果たす。

 

 それが何者にも成れない『森崎駿()』を救ってくれた『彼』への恩返しだと、そう思った。

 

「二年前の夏……。そこで君が言う『彼』に何かがあったんだね」

 

 玄関に立ったところで、考えを巡らせていた雫がゆっくりと呟いた。

 肩越しに振り返って頷き、ドアロックへ手を伸ばしながら続ける。

 

「それまでずっと『森崎駿』として過ごしてきた『彼』が眠りについて、代わりに『僕』が呼び起こされた。以来、『僕』は『彼』の願いを果たすことを第一に考えてきたんだ」

 

 指紋認証式のロックを外し、ドアの取手を引く。

 外開きのドアを開いて脇に避け、空いている方の手で雫を中へと促した。

 

「どうぞ。物が少なくてつまらないかもしれないが、くつろいでくれ」

 

「……お邪魔します」

 

 緊張気味の彼女をリビングへ通し、僕自身は鞄を置いたその足でキッチンへ。

 いつだったかクライアントから受け取った返礼品の紅茶を用意していると、ソファに着いた雫から控えめな声が掛けられた。

 

「ご家族は留守なんだね」

 

「一人暮らしだから。僕以外、ここには誰も住んでいないよ」

 

 言うなり、戸惑ったような声が漏れ聞こえた。

 表情には見えずとも、何を考えているのかはわかる。一人で住むには戸建ては広すぎると大半の人が思うに違いない。同じ一人暮らしのほのかはマンションタイプに住んでいるから疑問も一入(ひとしお)だろう。

 

 ポットとカップのそれぞれに湯を注ぎながら、彼女の抱く疑問に答える。

 

「ここは元々、両親と一緒に住んでいた家なんだ」

 

「今は、一緒じゃないの?」

 

 ただでさえ緊張していた彼女の声が更に細くなってしまった。

 意図したことではないとはいえ、滅入らせることになってしまったのは申し訳ない。せめて今淹れているこの紅茶が細やかでも気晴らしになればいいのだが。

 

「沖縄での一件以来、母さんは僕と顔を合わせたがらなくてね。散々心配を掛けておいて反省の色もないんじゃ当然だろうけど」

 

「そんな……。じゃあ、お父様は?」

 

 目を細める雫の前のテーブルへローズティーのカップを置く。

 湯気の立つそれを自分の側にも置き、斜めに向かい合う位置へと腰を下ろした。

 

「父さんとは時々連絡を取っているよ。仕事の話がほとんどではあるけどね。今は母さんと一緒に会社近くのマンションで暮らしていて、ここに帰ってくることはないんだ」

 

 一旦言葉を切ってカップを口元に運ぶ。紅茶に疎い身では香りも味も違いはわからないが、彼女に同じ行動を促す目論見は達成できたようだ。

 こちらと違い詳しいだろう雫は一口飲むなり小さく息を吐き、もう一度繰り返した後でカップをソーサーに置く。顔を上げた彼女は心なし落ち着いたように見えた。

 

「二人には申し訳ないと思っているよ。あれだけ心配を掛けて、危ない真似はしないって約束も何度となく破ってきたから。進学先に二高を勧めてきた気持ちも理解できる」

 

 縁を切られなかっただけありがたい。

 放逐されても仕方ないことをして、にもかかわらず学校に通わせてもらっているのだ。

 

「二高って、第二高校のこと?」

 

「ああ。二年前の夏、京都に行くまでは一高じゃなく二高に進学する予定だったんだ」

 

 関東外の学校を勧められたのも、母さんの心痛を考えれば当然のこと。

 最終的には一高へ通うことも許されたので、感謝こそすれ恨みなどあるはずがない。

 

「京都に行ったのも、二高の見学を兼ねてだった。護衛の仕事で関西に行くことになって、合間に西宮へ向かう計画でね。スエさんと知り合ったのもその時だったよ」

 

 初めて会った時のスエさんは今より少しだけ厳しい人だった。

 まだ現役の会長で、その辣腕ぶりがトウホウ技産の躍進を支えていた。ライバル企業からは天敵のように扱われていて、産業スパイの標的にされることも多かった。

 挙句、トップ同士の会合を控えたスエさんへ誘拐予告じみた脅迫が出されたのもあって、父の会社に護衛依頼が入ったのだ。

 

 そうして叔父と一緒に護衛に当たったのがスエさんとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

【西暦2093年8月4日 東京千代田区某所】

 

 

 

「腕利きを寄越すって聞いたんだけどね。それとも、あたしは舐められてるのかい?」

 

 トウホウ技産の本社へ向かったこちらに対して、老女の放った第一声はこれだった。

 

 東京は丸の内の一角。皇居を正面に見据える一室で、トウホウ技産の現会長は明らかな渋面をたたえる。

 秘書が頭を抱えている辺り珍しい言動ではないらしい。辣腕ぶりは耳にしていたものの、こうも明け透けな物言いをする人だとは思わなかった。

 

東方(ひがしかた)佐恵(さえ)』――。それが目の前の女傑の名前。

 

 日本の経済界においてその名を知らぬ者はいない。

 魔法関連企業の内、大手と呼ばれる企業はいくつかあるが、トウホウ技産はまっさきに挙げられる企業の一つだ。小規模な魔法工学メーカーとして発足したこの会社を大手と呼ばれるまでに育て上げた彼女の名は、業界の枠組みを超え経済界全体へ轟いている。

 

 とはいえ、企業やグループのトップがビジネスネームを名乗るのが一般的なこの時代、目の前の女傑のそれも本名ではないだろう。職務上それを知る必要はないし、父の受けた契約においても本名の記載はされていないはずだ。

 

「無論、そのようなことはございません。ここにいるのは全員、我が社が誇る精鋭です」

 

 護衛チームのリーダーを務める叔父が真摯に応じるものの、東方佐恵の機嫌は直る気配がなかった。鼻を鳴らして視線を巡らせる立ち姿はおよそ70歳を数える人物には見えない。

 

「精鋭、ね。あたしには子どもが紛れ込んでるように見えるんだけど」

 

 鋭い眼差しがこちらを捉える。

 目だけが値踏みするように上下へ動いて、ますます眼光は厳しくなった。

 

 一方、対する叔父も海千山千の職業魔法師。名の知れた相手とは幾度となく渡り合ってきた経歴があり、相手があの東方佐恵であろうと調子の変わる様子はなかった。

 

「ここにいる駿はうちでも一番の遣い手ですよ」

 

 叔父に促され、一歩前へ出る。

 浅く礼をすると老女は眉を顰め、心底嫌そうな声を漏らした。

 

「こんな年端もいかないガキがかい? ハッ、世も末だねぇ」

 

 そう言って東方佐恵はこちらへ顔を向け、険しい表情のまま口を尖らせる。

 

「お前さん、名前は?」

 

「森崎駿です」

 

「年は?」

 

「14になります」

 

 答えるなり東方佐恵は小さく鼻を鳴らした。

 呆れたように首を振って、声音もまた心情を克明に表していた。

 

「その年でボディガードなんてね。怖いとは思わないのかい?」

 

「思いません」

 

「命が惜しいとは?」

 

「誰かを守れるのなら本望です」

 

 この仕事に携わるようになって、同じ質問をされた回数は数えきれない。

 去年までの感覚はもう思い出せないが、今となってはどうでもいいことだ。

 

「……本気で言ってるって顔だね。気味が悪い」

 

 それきり彼女は目を切り、こちらへ振り返ることはなかった。

 ただでさえ目立っていた眉間の皺を更に深めて叔父へ向き直る。

 

「ご納得頂けましたか?」

 

「ネジの外れたガキだってのはね。これだから魔法師は好かないんだよ」

 

 吐き捨てるようにそう言って短いため息を吐く。

 投げやりな言い方だが、どこか言葉以上の感情が乗っているように聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 顔合わせを終えて間もなく、クライアントを乗せた護送車は予定通りにトウホウ技産本社ビルを出発した。

 

 向かう先は京都市に所在する魔法関連企業の大手『九十九(つくも)魔学(まがく)』の本社。魔法専業メーカーとして国内でも上位の業績を挙げている企業で、主に魔法工学研究に必要な大型機器やCADの基幹部品でもある感応石の製造に携わっている。

 

 今回の依頼はそんな九十九魔学とトウホウ技産の共同開発に関する会議、及びそれに先立って行われるトップ同士による会席の期間中の護衛だ。移動を含めた十数日間、東方佐恵を含む5人を警護するのが主な仕事になる。

 

 トウホウ技産の会長と社員は2台の護送車に分乗させ、その前後を護衛の車両が固める。

 長距離用レーンに乗ってからは手配した大型カーゴに車両ごと乗り込み、およそ3時間を掛けて京都へ向かう行程だ。

 

 道中は遅れもトラブルもなく、長距離用カーゴを降りるまでは予定通りに進んだ。

 カーゴ内では東方佐恵を中心にトウホウ技産の社員たちが休むことなく仕事に掛かっていて、2時間半の移動時間はあっという間に過ぎていった。

 

 異変が起きたのは目的地である京都市に入ってから。長距離用レーンから下道に降りて間もなくのことだ。

 市内の公道を西へ走っている最中、目に見えて車両の数が減ってきたかと思うと、唐突に前を走る護送車が2台とも揃って大きく傾いた。

 

 車間距離の異常を検知し、自動的に護送車の手前で車が止まる。

 すぐに車を降りて周囲を見渡し、誰もいないことを確認して護送車の傍へ。

 護送車から降りたメンバーと目配せで分担を決め、傾いた車両の下を覗き込んだ。

 

「路面に亀裂……。液状化したのか?」

 

 進行方向に対して右側に大きく傾いた車体はそのタイヤ部分がアスファルトと砂に沈んでいた。よく見れば路面そのものが陥没していて、ひび割れは不自然なほどピッタリと車体の下部分のみに留まっている。

 

 自然に起きたものではない。明らかに人為的な現象だ。

 ここが公道であることを考えれば機械的な工作の可能性は低い。発破音も聞こえなかったので爆薬などの線も薄いだろう。魔法を使ったと考えるのが妥当だが、それにしては魔法式が展開したようには感じられなかった。

 

 現代魔法ではない。だとすれば、犯人は古式魔法師だ。

 

 思い至った直後、叔父の叫びと共に周囲へ霧が立ち込めた。

 

「総員警戒!」

 

 瞬く間に視界が白く染まり、声までもが遠くなっていく。

 通信越しの言葉にも返事はなく、あっという間に足元すら見えない濃霧となった。

 

 視覚と聴覚を封じる霧の結界。霧が基点になっているのか、それとも副次的な効果なのかはわからない。

 だがどちらにせよこの状況を突破するためには霧を晴らすのが必須事項。最短の方法は周囲の霧ごと認識阻害の魔法を吹き飛ばすことだ。

 

 袖を捲り、左手の汎用型CADに手を添える。

 起動処理を終えたCADから起動式を読み込み、構築した魔法式を出力。

 体内のサイオンを胸の前で圧縮し、密度を高めたそれを一気に拡散する。

 

 《術式爆散(グラムエクスプロージョン)》。

 原作主人公の得意魔法を基に考案した魔法が、取り巻く霧ごと認識阻害の結界を吹き飛ばした。

 

 濃霧が内包する認識阻害の効果ごと押し流され、一転クリアになった視界に見慣れぬ恰好の男が浮かびあがった。

 黒い法衣に似た衣装を身に纏い、顔の前で印を結んだ男。両目は驚きに見開かれ、僅かに開いた口からは困惑が漏れ出ている。

 

 圧し掛かる虚脱感を堪えて人影の目前へ踏み込んだ。

 驚愕を浮かべる相手の鳩尾に肘を打ち込み、動きの止まった隙に襟元を掴む。

 懐へ潜り込んで腰を落とし、反転する勢いを利用して背負い投げの要領で投げ倒した。

 

 背中を強打した男が苦悶の声を漏らす。

 動かぬ額へ特化型の銃口を向け、相手が立ち直る前に引き金を引く。《反転加速》が男の頭を揺さぶり、びくりと身を震わせた男はそのまま目を閉じて動かなくなった。

 

「取り押さえろ!」

 

 男の意識が途切れた時点で、他の迎撃要員はすでに動き出していた。

 ざっと周囲を見渡すと、今しがた倒した男と同じ格好の人影が6つ目に入った。

 

 意識を奪った男をうつ伏せに転がし、後ろ手に手錠を掛けて立ち上がる。

 

 霧の結界を失った影響か、襲撃者の攻勢はそれほど激しくはなかった。

 同僚たちの放つ魔法にも対応しきれておらず、数的劣勢のこちらに対して後手に回っている有り様だ。古式魔法と現代魔法の速度差が戦況へ如実に表れていた。

 

 街路樹や建物の陰に覗く襲撃者の内、まだ迎撃の及んでいない一人へ向けて駆け出す。

 護衛の一人へ注意を向けていた男は、こちらの接近に気付いて大きく目を見開いていた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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