モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第11話

 

 

 

 目覚めはあっさりと訪れた。

 眠れないなどということもなく、必要十分な休息は取れた。

 身体のどこにも変調はなく、自らの内側に意識を凝らしても特に変わりはない。

 

 カーテンを開けば空が白み始めたところで、春の陽はまだ顔を出していない。

 学校へ向かうには早過ぎる時間。だがこの時間に起きるのは毎日の習慣だった。

 

 寝巻から運動用の服装に着替え、ランニングシューズを履いて外へ出る。

 右手首に巻いた腕輪型のCADを操作して自己加速術式を発動し、薄明るい空の下を駆けだした。

 

 時間が時間なだけに人通りはなく、向かう先は山道なのでより人は近付かない。

 毎朝の習慣であるこのランニングで人を見かけたことはほとんどなく、だからこそ魔法を使った走行も耳目を集めずに済む。

 

 自己加速術式を使っての走行では、時速60キロ程のスピードが出せる。

 欠点である足音も吸音材を使用したシューズのお陰でほとんどなく、自宅から山頂までのおよそ15キロの道のりを20分ほどで走破した。

 

 荒れる息を整えながら、山頂の展望台に立つ。

 丁度朝日が顔を出したところで、白光に照らされた街並みが広がっていた。

 

 いつもと同じ静かな朝。

 けれど今日、第一高校はテロリストの襲撃に遭う。

 表沙汰にならないだけで魔法関連の事故や事件は度々起きるが、国外勢力の息が掛かったテロリストの蛮行なんかはそうあるものじゃない。

 

 原作では特に大きな被害もなく終わった一件。

 だがそれは達也から見た場合のもので、彼に関わりのない者の安否は語られていなかった。彼が気にかけている者の状況しか語られてはいなかった。

 

 その中に、森崎駿はいない。

 

 風紀委員として講堂の警備をしていたのか。校内で襲撃者と戦っていたのか。怪我はしなかったか。戦果を誇ったりしていたのか。どれ一つとして語られていないのだ。

 

 この襲撃を、僕は自分の力で乗り越えなくてはならない。

 

 原作の森崎よりも戦えるという自負はある。

 実技の成績も原作より高く、ボディガード歴も1年長い。

 

 だが原作の森崎よりも敵を増やしてしまった自覚もある。

 守りたいからと自ら危険に首を突っ込む悪癖も自認している。

 

 それでも、乗り越えると決めたのだ。

 

 もう一度、胸に手を当てて深呼吸をする。

 息が整った頃には、すっかり日が昇り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 収束系魔法による疑似高地トレーニングを使い一時間ほど掛けて帰った後、軽くシャワーで汗を流し、朝食を食べてから制服へ着替える。

 

 スラックスを身に付け、防刃・防弾性がある金属繊維のインナーの上からシャツを着てネクタイを締める。

 

 シャツの上からベストを羽織り、CADのホルスターを装着。

 普段なら外しているストレージケースも、今日に限っては使うことになるだろう。

 

 制服の上着に袖を通す。

 こちらは普段使いのものではなく、有事を想定して少し手を加えた二着目だ。具体的には前ボタンをフックに変え、CADを抜きやすくしてある。

 

 拳銃形態のCADをホルスターに収め、腕輪型を右手首に巻いた。

 最後にアタッシュケースへ二本のストレージと、()()()()()C()A()D()を収めた。

 

 家を出て、最寄り駅からキャビネットに乗車。

 定期券を読み込ませた車両がスムーズに走り出す。

 

 

 

 できるだけの準備はした。後は待ち受けるのみ。

 

 

 

 良く晴れた空の下を、キャビネットは静かに駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、放課後となった。

 授業を終え、風紀委員として討論会の警備へ向かうべく席を立つ。

 

 教室の後方から出口へと向かう。

 その途中、ほのかと雫の二人へ声を掛けた。

 

「光井さん、北山さん」

 

 二人は振り返り、疑問符を浮かべた。

 

「どうしたの?」

「いや、二人は討論会、見に行くのか気になってな」

 

 原作では、ほのかも雫も討論会の行われる講堂にいたような描写がなかった。

 単に描かれていなかっただけで講堂にいたという可能性もあるが、違う場合はもしものためにも所在を明らかにしておきたかったのだ。

 

 努めて何でもない体を装った問いに、ほのかは首を振って応えた。

 

「ううん。私たちは部活に行こうかなって」

「他人の愚痴に付き合うなんて無駄だから」

 

 雫もばっさりと切り捨てるような言葉で否定する。

 

「あはは。雫、それって深雪の影響?」

「そんなことない。私もそう思ってた」

 

 笑うほのかのつっこみに、プイっとそっぽを向く雫。

 

 思わず笑みが浮かんだ。

 フッと息が漏れ、少し肩が軽くなったような気がした。

 

 予想して、想定して、覚悟を決めて来たけれど、存外緊張は大きかったらしい。

 

 でも二人のいつもと変わらないやり取りを見て、余分な力が抜けたのがわかった。

 

「変だった?」

 

 笑んでいたことに気付いたのだろう。

 雫が恥じらい気味に訊ねてきた。

 

「いや、北山さんらしいなって」

「そう?」

 

 雫が首を傾げる。常にない幼い仕草を見て、思わず笑ってしまう。

 ジトッとした眼差しが返ってきたところで笑いを収め、誠実に聞こえるよう口にする。

 

「自分でちゃんと考えて、意見をちゃんと持ってる。そういうしっかりしたところが、北山さんらしいなって思ったんだ」

「……ありがとう」

 

 少しだけ視線を落として呟く雫。面と向かって言われたのが恥ずかしかったのか、頬が僅かに赤く染まっていた。

 

 一方、ほのかはそんな雫を見てニコニコ笑みを浮かべていた。

 恥じらう親友を見る彼女の眼差しは柔らかく、温かい。

 

 

 

 表情を改め、伝えるべき本題を口にする。

 

「……二人とも、できるなら今日は一緒に行動していて欲しい」

 

 雰囲気の変化を感じ取り、二人も神妙な顔付きに変わる。

 

「雫とはいつも一緒にいるけど、どうして?」

「あまり大きな声じゃ言えないんだが――」

 

 声を落として顔を寄せると、二人もそっと耳を寄せてきた。

 

「風紀委員では何かが起きるんじゃないかっていつも以上に警戒してるんだ。逆上した『同盟』の連中が暴れるかもしれないし、この前みたいなテロリストが襲撃してくるかもしれない。くれぐれも気を付けてくれ」

 

 言うと、二人が息を呑んだのがわかった。

 

 雫は眉をひそめて、ほのかは目を見開いて、それぞれの反応を見せる。

 幸いにも声を荒げるようなことはなく、雫は真剣な顔で、ほのかは怯えを滲ませながらも頷いた。

 

「……うん。わかった。なるべく二人一緒に行動するね」

「頼む。――それじゃあ二人とも、部活頑張ってな」

「君も、お仕事頑張って」

 

 顔を上げ、努めて明るく振る舞うと、エールの言葉と共に雫が微笑んだ。

 ほのかも軽く手を上げて送り出してくれる。

 

 一つ頷いて、僕は教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 講堂には、全校生徒の約半数が詰めかけた。

 

 放送室を占拠した『有志同盟』のメンバーは、昨日一日精力的に宣伝活動を行っていた。

 校門から本棟へ向かうメインストリート然り、中庭やカフェテリア然り、部活に励む生徒を狙ってか準備棟まで出張ってきていたほどだ。

 

 その甲斐があってのことかはわからないが、第一高校の生徒にとってこの問題はすっかり注目を集めていた。

 

 風紀委員は会場の警備を名目に全員が講堂へ配置されている。

 

 真の目的は会場に紛れた『同盟』のメンバーが何らかの兆候を見せた際、迅速に取り押さえるため。

 『同盟』メンバーは全員が赤と青に縁どられた白のリストバンドを巻いており、このリストバンドを巻いた生徒を、各委員がそれぞれマークして監視しているのだ。

 

 

 

 ふと、討論会の開始時刻まであと10分というところで、横合いから声を掛けられた。

 

「森崎」

 

 立っていたのは達也だった。

 後ろには深雪も控えており、この二人が揃って目の前にいるという状況に、ざわりと心臓を撫でられたような気がした。

 

「司波? どうかしたのか」

 

 平静を装って訊ねるのが精一杯だった。

 軽口の一つでも叩いておいた方がらしい(・・・)かもしれないと、気付いたときには後の祭り。達也は常通りの真顔で応えた。

 

「この討論会、どうなると思う」

「……どうと言われてもな。少なくとも、会長が言い負かされるイメージは湧かない」

「確かにそれもそうだが、俺が言いたいのは別のことだ」

 

 そうだろうな。本題が別にあるのはわかっていた。

 けど、いきなり核心を口にしたら、それはそれで疑われる材料になるんだろう。

 

 下手なことを口にしないよう、頭をフル回転させて二の句を待つ。

 

「渡辺先輩が言っていただろう。今日、この討論会に乗じて何かしらの攻撃が行われるかもしれないと。それについて、お前はどう思っているか聞きたい」

 

 達也の言葉を聞いて、どう答えたものか考える。

 

 この講堂に入った直後、襲撃の可能性は委員長の口から語られていた。

 原作知識として知っていた僕は驚いたふりをしたのだが、先輩たちも驚いているのは半数ぐらいで残りは「そうだろうな」と言わんばかりに頷いていた。

 

 案外、事情に通じている生徒は多少なりといるのかもしれない。

 実家が過激な組織やテロリストの情報も集めている森崎(うち)なら、ここでブランシュの名前を出しても納得する可能性はある。

 

 とはいえ、過信は禁物だろう。

 無難にやり過ごせるならその方がいいのは間違いない。

 

「何事もなく終わるだろうと言いたいが、正直なところ、嫌な予感はある」

 

 腕を組んで顎に手を当て、考え込む仕草をしながら切り出す。

 幸い不自然にはならなかったようで、深雪が首を傾げ問い返してきた。

 

「嫌な予感、ですか?」

「ああ。例えば今日の『同盟』側の出席者だが――」

 

 舞台上、討論会に参加する『同盟』メンバーが腰かけている方を指差した。

 

「あそこに一昨日放送室を占拠したメンバーはいない。それどころか、講堂内のどこにも連中はいないんだ。これは妙だと思わないか」

 

 言いながら達也の方を振り返る。

 

「確かに。この討論会の開催を生徒会、つまり体制側から引き出したのは彼らだ。なのにそれが一人も参加していないというのは気にかかるな」

「ああ。加えてあそこに座っている『同盟』の生徒」

 

 今度は会場の中程、中央やや右寄りの席に座る男子生徒を指差す。

 

 男子は両肘を膝の上に置いた体勢で座り、組んだ両手で口元を隠している。右手には例の『同盟』メンバーであることを示すリストバンドを着けていた。

 

「前屈みになって目立たないようにはしているが、脇にCADを挿している。ただの討論会(・・・・・・)にCADを持ち込もうとは普通思わないだろう」

「なるほど。よくわかった」

 

 達也は唸るように頷いた。納得頂けたようで何よりだ。

 胸の内で安堵の息を吐きながら、二人へ正対し直す。

 

 ふと、突然達也が顔を寄せて囁いてきた。

 

「森崎、これから言うことはオフレコで頼みたいんだが、この学校を『ブランシュ』というテロリストが狙っている可能性がある」

 

 思わず、固まる。

 

 原作主人公(達也)の思わぬ行動にあわや内容が飛びかけたが、気力を総動員して耐えた。心なしか頬を染めているような気がする深雪は見なかったことにしておこう。

 

 僕の反応が鈍かったからか、顔を離した達也は訝しげな眼差しを向けてきた。

 

「驚かないんだな。それとも既に知っていたか?」

「……まさか。そういうこともあるかもしれないと、そう思っていただけだ。なにせ土曜日にやり合ったばかりだからな」

「土曜日? 奴らとか?」

 

 うん? この反応は素みたいだな。

 

「もしかして、何も聞いてないのか」

 

 首を振る達也。どうやら本当に何も聞いていないらしい。

 

 あの深雪が達也に隠し事か?

 確かに『術式解体』ならぬ『術式爆散(グラム・エクスプロージョン)』については他言無用でと頼みはしたが、まさかあの深雪が達也にすら教えていないとは思ってもみなかった。

 

 それとなく深雪に視線を送ると、彼女は焦った様子で立てた指を口に当てていた。

 おいおいなんだこの可愛い反応。見たことないぞ、こんなの。

 

 すると目敏く視線に気付いたらしい達也が深雪の方へ振り返る。

 

「深雪?」

「えっと、あの……わ、私は、会長のお手伝いをして参りますねっ」

 

 兄に視線で問い詰められ、深雪は戦略的撤退を選択した。

 

 パタパタと駆けていく背中を見送って、達也がため息を吐く。

 その顔からは険が取れ、妹のお茶目に頬を緩ませる兄の姿があるだけだった。

 

「すまない。妹が迷惑を掛けたか」

「いや、寧ろ僕の方が助けてもらった側だ。司波さんが来てくれなければ、僕は死んでいたかもしれない」

 

 深雪が何故あの日のことを話さなかったのかはわからない。

 僕の要望を叶えるためになのか、或いは別に理由があったのか。

 

 どちらにせよ僕が彼女に救われたのは事実なのだから、僕の方から語らずにいることはできない。命の恩人の兄に対し、それはあまりにも不誠実だ。

 

 達也は僕の答えを聞くと、眉を曇らせて肩を竦めた。

 

「穏やかじゃないな。いや、テロリスト相手に穏やかも何もないか」

「違いない。司波さんには改めてお礼を言っておいてくれ」

「わかった。――っと、そろそろ始まるな」

 

 頷き、時計に目を向けた達也が呟く。

 半歩足を引いて半身になった達也へ、心から礼を述べた。

 

「貴重な情報、感謝する。しっかりと警戒しておくよ」

「ああ。頼んだ」

 

 言って、達也は深雪の去った方へ歩いていった。

 その足取りは、どことなく軽くなっているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定刻通りに始まった討論会は、終始七草会長のペースで進んだ。

 

 『有志同盟』の代表者があれこれと題材を上げ、二科生は不遇な扱いを受けているから是正しろと声高に叫ぶ。

 それに対し、七草会長は取り上げられた題材に対する具体的な数字や現行の制度を例に挙げ、そのような事実はないと否定する。

 

 『同盟』が語感の強い言葉で火を投げ入れては、会長が穏やかな語調で鎮火させる。

 そんなやり取りが続けば自然と七草会長のペースとなり、やがて討論会は七草会長の演説会へとその様相を変えていった。

 

『一科生が自らをブルームと称し、二科生をウィードと呼んで見下した態度を取る。それだけが問題なのではありません。二科生の間にも自らをウィードと蔑み、諦めと共に受容する。そんな悲しむべき風潮が確かに存在します。この意識の壁こそが問題なのです!』

 

 制度上の差別は教員の有無を除いて存在しないと、七草会長は弁舌する。

 制度上の差別を無くす努力をし、それ以上差別が起きることのない土壌を作るのだと。そのために、会長は残された差別的制度のうちの一つを撤廃すると宣言した。

 

『現在の制度では、会長以外の生徒会役員は一科生からしか選出することができません。私はこれを、退任時の生徒総会で撤廃することを、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです』

 

 

 

 第一高校における差別の温床は制度にあるのではない。

 差別を容認し、甘受する人の心。魔法技能という一つの物差しでしか人を量れない狭量な価値観が差別を生むのだと思う。

 

 誰もが平等に、なんて無理難題を達成する必要はない。

 差別はいけないことだからやめようなどと、頭ごなしに叱る必要もない。

 

 ただ、そういうのもありだなと、認めるだけでいい。

 自分にないものを持つ誰かをそれぞれに尊敬することができれば、自然と相手を見下すことはなくなるのではないか。

 

 第一高校で三週間余りを過ごして、七草会長の演説を聞いて、僕はそう思った。

 

 

 

『人の心を力づくで変えることはできないし、してはならない以上、それ以外のことで、できる限りの改善策に取り組んでいくつもりです』

 

 講堂が拍手に包まれた。

 

 会長が訴えたのは制度の改革ではなく、意識の改革。

 それは『同盟』の求めた差別の撤廃へと繋がる可能性のある提言だ。

 

 だがそれで彼らが納得することはない。

 

 彼らが求めていたのは、自分たちの要求が通ることだ。

 その上で差別撤廃へと進んでいくのでなければ、彼らは満足しない。

 

 だからこそ、七草会長の勝利が明白となったこのタイミングで動くのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――今のように。

 

 

 

 

 

 

 突如、轟音が鳴り響き、講堂に満ちる音が拍手から悲鳴へと変わった。

 

 

 

 実技棟に炸裂性の弾薬が撃ち込まれた音。

 

 この襲撃事件の開戦を報せる号砲だ。

 

 

 

 後に『ブランシュ事件』、または『第一高校テロリスト襲撃事件』と呼ばれることとなる、原作最初の山場が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 


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