モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第2話

 

 

 

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 【西暦2093年8月4日 京都市伏見区公道】

 

 

 

 前世紀から大幅な発展を遂げたこの時代にあっても出張の概念は失われていない。

 交通インフラの再整備によって大都市間の移動は簡便になり、国内のどこであっても数時間で辿り着くことができるようになったことも要因の一つだ。

 

 無論、遠隔での会議等も大いに活用されている。

 通信技術の発展はより鮮明な映像伝達を可能にし、専用の機器や媒体を用いることでホログラムの投影すらも実現している。送受信できるデータ量も格段に増え、ウェアラブル端末の普及も相まって『携帯電話』という名称は今世紀中盤以降急速に廃れていった。

 

 誰もが遠く離れた相手と顔を見て会話することができるようになった。

 事実、家族や友人、知人などと直接会う機会が減った一方で、交流自体は以前よりもずっと盛んになったとの統計結果が出されている。

 

 それでも、重要な交渉事などは現在も対面で行われるのが通例だ。

 いかなる代替手段が考案されようと、生身で顔を合わせる以上の方法は定着しなかった。

 社会的地位の高い者ほどその傾向は強く、大手企業や政府間においては前世紀と変わらず直接交渉で行うのが暗黙の了解とされている。

 

 今回の京都への出張も、そうした背景の下でスケジューリングされたもの。

 多忙を極める会長やその部下に旅を楽しむ暇などなく、目的地を目前に控えた車内にあっても仕事の話が尽きることはなかった。

 

 会長の発する指示と質問へ懸命に応える部下たちは空調の効いた車内にもかかわらず、まるで炎天下を歩いているかのように額へ汗を滲ませる。

 通信端末越しに3人とやり取りしていた老女は、斜向かいで忙しなく電話を繰り返す秘書を横目に気付かれないよう息を吐いた。

 

 トウホウ技産は現会長の手腕に依って立っている。

 そのことは役員や株主の大半を始め、本人ですら解っていた。

 

 だからこそ東方佐恵――桐邦寿恵は70歳を迎えた現在も精力的に経営へ携わっているのだ。

 増え続ける社員のためにも業績を落とすことはできず、何より寿恵自身の性格も相まって仕事の量は増える一方だった。

 

 問題は各所に覗いている。

 役員会は寿恵の指示を仰ぐだけの場となって久しく、誰も彼も機嫌を窺うような話しか持ち込んでこない。

 革新的なアイディアなどは出難く、たまに挙がるそれらも変革を恐れる上役によって潰されているそうだ。

 後継者を育てようにも、『東方佐恵』の後釜に座る気概のある者は簡単には見つからなかった。

 

 このまま自分が身を引けば、トウホウ技産の経営は傾くだろう。

 

 そんな未来がありありと予見できて苛立ちばかりが募る。

 生意気な小僧(北山潮)からはさっさと引退して羽を伸ばすよう勧められたが、社員の生活を考えればおちおち隠居などしていられない。いっそあの小僧を引き抜いて後継者にしていればと後悔すら浮かぶほどだ。

 

 幸い、未だ体力の限界には至っていない。激務への耐性は長年の経験もあって高く、気力も十分に保てている。

 自分が現役でいられる内に未来への資本を蓄えておけば、後継の経営陣が成長するまでの間を耐えられるようになるはずだ。ついでに多少マシな連中にノウハウを叩き込めれば儲けものだろう。

 

 そうした思惑もあって、今回の会合に臨む面子は決定された。

 2年前に交代したばかりの秘書を始め、比較的若く柔軟な思考ができるメンバーを引き連れてきたのは未来への投資の面も大きい。

 

 未来への投資――。そこまで考えて、寿恵は後続車両の一つへ目を向けた。

 

 『森崎駿』と名乗った14歳の少年。

 護衛を依頼した企業の社長、森崎(もりさき)(しゅう)の長男で、一番の腕利きと言われていた男子だ。実力の程は知り得ないが、胆力だけはそこらの大人よりも備わっていた。

 

 胆力。そう、胆力だ。

 

 たかだか中学生の子どもが大人顔負けの胆力を覗かせ、或いはあの場の誰よりも戦いに慣熟しているかもしれないなどと。

 挙句の果てに身体を張ることへの恐怖もなく、死ぬことすら受け容れる覚悟があると宣ったのだ。

 

 気に食わないガキだと、心底から思う。

 かつて抱いた願いに真っ向から対立する存在は、そう意識する前から寿恵を苛立たせた。

 

 もう一度、誰にもわからないよう息を吐く。

 直後、大きな揺れと共に車体が傾いた。

 

 寿恵の意識が現実へ引き戻され、何事かと問う前に運転席から緊迫した声が響いた。

 

「緊急事態です! 座席から立たないでください!」

 

 秘書が悲鳴を漏らす間に同乗していた二人の男が外へと出る。

 運転手は無線で交信を始め、話の出来る相手は一人もいなくなった。

 

 せめて状況が知りたいと、寿恵は窓の外へ目を向けた。

 大きく右へ傾いた車体。日中の街中にもかかわらず道を走る車両は一台もなく、人影すらも窺えない。窓の下には例の少年がしゃがみこんでいて、覗く横顔には動揺一つ浮かんではいなかった。

 

 俄かに得体の知れない衝動が湧いてくる。

 苛立ちとも心配とも異なるそれは鳩尾の奥で渦を巻き、目を逸らすことでどうにか態度へ表さず呑み込んだ。

 

 そうこうしている内に、事態はどんどん悪い方へと進んでいく。

 

「総員警戒!」

 

 車外から声が聞こえた直後、足元から白い靄が立ち込めた。

 

 護送車の中にいるにもかかわらず白霧は瞬く間に視界を覆い尽くしていく。

 向かいの座席に座っていた秘書の姿が消え、直前まで聞こえていた悲鳴すらも霧の中に溶けていった。

 現実感のない状況に追い立てられながら、それでも寿恵はこれが魔法による結果だと理解していた。

 

『これで護衛は役に立たない』

 

 やがて、霧に囚われた寿恵の耳へどこからか声が響いてきた。

 聞いたことのない男の声。けれどその台詞の意味するところは明白だ。

 

「ふん。ババア一人捕まえるのに随分と手が込んでるじゃないか」

 

 忌々しげに悪態を吐く。事実、寿恵にはどうすることもできなかった。

 

 狙われるのはこれが初めてではない。

 国防軍からの軍需品も請け負う関係上、ライバル企業や敵性国の産業スパイのターゲットにされている自覚は寿恵にもある。

 果ては経営権の奪取を狙う身内の存在もあり、どこの誰が差し向けたのかすぐには判断がつかなかった。

 

 徐々に濃くなっていく霧を睨みながら、どうしたものかと内心で呟く。

 

 ――瞬間、突如として濃霧が吹き飛ばされた。

 

『バカな! 結界、――っが――』

 

 耳元で聞こえていた声が途切れるのと同時、車窓の外へ男の姿が浮かび上がった。

 見開いた目は下に向き、苦しげに口を開きながら腰は大きく後方へ折れている。

 

 男の懐に少年が踏み込んでいた。

 鳩尾にめり込んだ肘が服に深い皺を作り、息を吐かされた男の動きが止まる。

 すかさず男の襟元を掴むと、少年は体格で勝る男を背負って投げ落とした。

 

 苦悶に呻く男の眉間に拳銃を突き付け、間断なく引き金を引く。

 一瞬惨状を覚悟したものの出血はなく、男は身体を震わせただけで動かなくなった。魔法で男の意識を刈り取ったらしい少年は表情一つ変えることなく、早々に手錠を掛けて次の襲撃者へ向けて駆け出す。

 

「取り押さえろ」

 

 護衛チームのリーダーの指示の下、車外に出ていた護衛の内4人が前に出て残る襲撃者へ手を伸ばした。

 

 魔法を認識できない身では何が起きているのかわからない。

 だが襲撃してきた連中が顔を歪めているのは確かで、対する護衛の魔法師は表情にも動きにも余裕があった。例の少年も迎撃に加わっていて、彼らの優勢は素人目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 程なくして、襲撃者は全員が捕らえられた。

 

 意識を失っている者、苦痛に呻く者などが一か所に集められ、例外なく手錠で抵抗を封じられている。

 すでに警察への通報は済んでいて、このまま引き渡されることになるだろう。

 

 安全確認を終えたところで護送車を降りる。

 余程恐ろしかったのか、秘書は車を降りて早々路面にへたり込み、前の車両に乗っていた三人も心ここにあらずといった様子で立ち尽くしていた。

 

 情けない、とは思わない。

 戦いなど経験したことのない企業人。車内に籠っていたとはいえ、命の危険を感じたのは間違いない。一般人ということを差し引いてもこれが普通の反応に違いない。命の危険を前にして恐怖を抱かない人間の方が異常なのだ。

 

 それにしても、と。視線が護衛の面々へ引き寄せられる。

 精鋭揃いと聞いてはいたが、彼らの戦いぶりは想像以上だった。

 

 何しろ待ち伏せを受けたにもかかわらず怪我人すら出していないのだ。

 数あるボディガード派遣会社の中で特に高い評価を受けているのも納得で、あの少年が精鋭だというのも間違いではないのだろう。

 

 今も警察の到着を待つ時間を利用して、陥没した路面から護送車を引き上げる作業が進められている。

 本来なら牽引のための車両やクレーンを用いるはずだが、魔法師にとってそれは必須なものではないらしい。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 ふと、リーダーの男――森崎(もりさき)(ぜん)が寿恵の前へ歩いてきた。

 スーツには皺一つなく、疲れや動揺の色もまるで見えない。この程度の襲撃など幾度となく乗り越えてきたのかもしれない。

 

「お蔭さんでね。苦労を掛けて悪かったよ」

 

「お気になさらず。これが我々の職務ですので」

 

 片手を上げて答えると、繕は恭しく腰を折った。

 堅物なようで意外と所作は洗練されており、そのポーカーフェイスぶりからもただの叩き上げでないことは明白。実力面を含め、チームリーダーを務めるだけの風格があった。

 

「だとしてもさ。狙われる理由はあたしにあるんだからね」

 

 襲撃者の雇い主がどこの誰かはわからない。警察でそれなりに絞られるだろうが、こうした危ない橋を渡る連中が正直に吐くとも考えにくい。

 

 考えられるとすれば対立企業の嫌がらせか、あるいはどこかの犯罪組織による身代金目的の誘拐か。人間主義を標榜する反魔法団体の仕業という線もあるが、そうした連中が魔法師を駒に使うとは思えない。

 

 あるいは身内に下手人がいる可能性もあるか。

 役員会の面々を頭に浮かべ、完全には否定できないことに眉を寄せる。

 

 「いざとなれば吐かせるだけか」と、寿恵は拘束された男たちを見て冷たく呟く。方法はいくらでもあるし、後顧の憂いを断つためなら多少の出費も吝かではない。

 

 対面に立つ繕はそうした寿恵の呟きを聞こえなかったことにするようだ。

 あからさまに余所見をする男へ、寿恵はふと気になっていた疑問をぶつける。

 

「しかし、よくもまああの状況から引っくり返せたもんだよ。魔法師ってのは先手を取られたら不利なんじゃなかったのかい?」

 

 魔法師向けに商売をしている関係上、多少は魔法師の事情にも通じている。

 魔法師同士の戦いにおいては先手を取った方が有利。その常識は長年のビジネスで培われた知識の中でも最たるものだ。

 

 これに対して、問われた側の繕は誇らしげに頷いて応じた。

 

「多くの場合はそうです。しかし、こちらには駿がいましたので」

 

「……あのガキが?」

 

 繕が視線を向けた先で、少年は表情一つ変えてはいなかった。

 

 細身で生気がない、まるで数十年前の大戦時に見た少年兵のような子ども。

 誰かを守れるなら本望だと、冗談のような台詞を大真面目に吹く死にたがり。

 

 そんな少年が定説を覆す働きをしたのだと言われると、とても心穏やかではいられなかった。

 

「認識阻害の結界を、その発生源ごと吹き飛ばす。あの子の編み出した魔法です」

 

「へえ。そんな魔法があるなんて聞いたことがなかったよ」

 

「リスクの高いものですから。誰にでも使えるわけではありません」

 

「そんなものを身内の、それも子どもに使わせるなんてね」

 

 自然と険のある言い方になり、眼差しもまた鋭く厳しいものに変わる。

 

 子どもは戦いの道具ではなく、また大人の恣意によって使われるべきではない。

 その想いは寿恵の奥深くに根差していて、だからこそ、それを誇らしげに語る『魔法師』という人種が心底から嫌いだった。

 

 『兵器として開発された魔法師』だなんて、いつまでそんな立場に甘んじているのかと。

 大戦終結後、トウホウ技産を立ち上げたのもまた、そうした想いと無関係ではない。

 

「我々は万能ではありません。だからこそ使えるものはすべて使う。何より、本人たっての希望ですから」

 

 寿恵の内心を慮ってか、繕は神妙な面持ちで駿の方へ振り返った。

 繕に倣って目を向け、周辺の警戒に当たる少年の横顔を見てみる。

 

 汗の滲んだ顔は真剣そのもの。疲労を覗かせながら警戒を続ける姿は周りの大人たちと遜色なく、出発前に(ただ)した覚悟に偽りはなかった。

 

 まるで、それが自分の使命だとでも云うように。

 それを自ら定めたのであれば、気分の良し悪しはともかく口を挟む意思はなかった。

 

「つくづく、魔法師ってのは好かないね」

 

 吐き捨てて、寿恵は少年の方へ足を踏み出す。

 

 子どもだからと侮る気持ちは既にない。

 子どもなのにと身勝手に案ずるのも礼を欠いている。

 

 ただ他の選択肢はなかったのかと、そうした想いだけは変わらずあった。

 戦うこと、命を張ること以外に見出せる道はなかったのかと。

 

「お前さんのお陰で助かったんだってね。礼を言わせてもらうよ」

 

 声を掛けると、少年は踵を揃えて姿勢を正した。

 軍人か、警官か。少なくとも学生のものとは思えない立ち姿を作って、少年が答える。

 

「護衛としての職務を全うしただけです」

 

 教科書通りの答えが返ってきて、機械でも相手にしているかのような錯覚を覚えた。

 悪態を吐いてしまいそうになるのを堪え、寿恵は努めて穏やかに問いかける。

 

「借りはきっちり返す性分でね。望みを言ってみな」

 

「お気持ちだけで十分です。ご厚意、感謝いたします」

 

「あたしの気が済まないって言ってるんだよ。ほら、何かないのかい?」

 

 催促すると、少年は僅かに視線を落とした。

 じっと虚空を見つめながら数秒沈黙し、ややあって無表情のまま顔を上げる。

 

「……申し訳ありません。心当たりがありません」

 

 本気で言っているのが解って、寿恵は思わず言葉に詰まってしまった。

 

 どう生きてきたら簡単な望みの一つも浮かばないような人生になるのだろう。

 ましてや目の前の少年はまだ14歳。思春期特有のアレコレ然り、願望などいくらでも湧いて来ようはずなのに。

 

「――まあいいさ。今すぐってわけでもないんだ。思い付いた時にでも言ってきな」

 

 愕然とする内心を懸命に押し隠して、寿恵は少年へ背を向けた。

 命を狙われた時よりも、経営上の危機に陥った時よりも、胸の内に広がる冷たさは大きかった。

 

「ありがとうございます」

 

 無機質な声を背中に聞いて、寿恵は半ば逃げるように護送車へと乗り込んだ。

 

 

 




 
 
 
 
 
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