モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第3話

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「意外。最初から気に入られてたんじゃないんだ」

 

 スエさんと知り合った経緯を語り終える頃になると、雫の表情もだいぶ落ち着いてきた。

 

 お茶請けに手を伸ばす余裕も出来たようで、フォークで一口サイズにカットしたマドレーヌを丁寧な所作で口へ運ぶ。紅茶と同じく貰い物の品だが、違いのわかる人に食べてもらった方がいいに違いない。

 

「寧ろ、最初は嫌われていたくらいだよ」

 

 こうした心配りの遣り方もすべてスエさんに叩き込まれたもので、あの人と出会っていなければ当時の『彼』も今の『僕』もいなかっただろう。

 

「何か理由があったの?」

 

 口元を隠していた手を下ろして、雫はこちらへ顔を向けた。

 問われるまま当時の記憶を参照して、スエさんの心情を推し量ってみる。

 

「あの時の『僕ら』は今よりも向こう見ずというか、投げやりだったから。そういうところが気に食わなかったんじゃないかな。――と、噂をすれば」

 

 不意に着信を知らせるシンボルが出た。

 相手の名前を見たところで立ち上がると、雫も同じように席を立つ。

 横目にアイコンタクトを交わし、カメラの位置を指し示した上で通話を取り上げた。

 

「こんにちは、スエさん。ご無沙汰しております」

 

『何か言うことがあるんじゃないのかい?』

 

 開口一番、不機嫌そうに腕を組んだスエさんに詰られる。

 理由はわかっているだけに驚きもない。かといって謝る必要もないだろう。

 

「そうですね。ご心配をお掛けしました」

 

 浅く腰を折った姿勢で止まる。

 短い沈黙。ややあって鼻を鳴らす音が聞こえてきた。

 

『ふん。あたしを出し抜こうなんざ10年早いよ』

 

 顔を上げると、スエさんは見慣れた笑みを口元に浮かべていた。

 人を食ったような、子どもをあしらうような、そんな微笑み。

 

「いずれ成長をお見せできるよう励みます」

 

『迎えが来るまでに間に合わせてほしいもんだね』

 

「大丈夫ですよ。スエさんでしたらあと20年はお元気でしょうから」

 

『口の減らない坊やだよ、まったく」

 

 ため息を漏らした後で強気な笑みを収めて、スエさんは隣の雫へ目を向ける。

 

「小母様」

 

 雫が会釈をすると、スエさんの表情は眉を寄せた苦笑いに変わった。

 

『使い走りにして悪かったね。助かったよ』

 

 それまでとは打って変わって柔らかな声音だった。

 知らない間に交流を重ねていたのだろう。夏に北山邸を訪ねて以来、雫のことを気に掛けている素振りもあった。今回の件も然り、スエさんにとって雫は頼りやすい相手なのかもしれない。

 

「そんな。寧ろお礼を申し上げさせてください」

 

『いいんだよ。シュン坊の独り善がりはよく知ってるからね。お前さんみたいな子が手綱を握っててくれるなら安心できるってもんさ』

 

 独り善がりな自覚はある。巻き込んでしまっていることも承知している。

 雫ほど踏み込んできた人も他にいないので、スエさんの人を見る目は間違いない。

 

『その子の覚悟は承知しているんだろう? あのことも含めて、全部話してやりな』

 

「ええ。わかっていますよ」

 

 念押しされるまでもなく話そうとは思っていたのだが、こうまで言われてしまってはいよいよ言い逃れもできないだろう。

 誤魔化したところで答え合わせをされてしまうのだから、齟齬が出ない分正直に話した方がいい。

 

「あのこと?」

 

 問われたものの、どう切り出すべきかすぐには思いつかなかった。

 そうこうしている内に、スエさんが人の悪い笑みを浮かべる。

 

『この子が京都で巻き込まれた事件と、惚れた相手のことさね』

 

 最後に爆弾を投下して、挨拶もなく通話を切られてしまった。

 頬が引き攣るのを自覚しながら振り向くと、案の定雫は目を丸くしていた。

 

「惚れた相手……?」

 

「誤解だ。彼女――(りん)とは、決してそんな仲じゃなかった」

 

 すぐに弁明したものの雫の表情が晴れることはなく。

 若干拗ねたような彼女の反応にいじらしさを感じながら、誤解を解くためにも一から語る必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 【西暦2093年8月6日 西宮市西宮駅前】

 

 初日の襲撃を退けて以来、東方佐恵を狙った襲撃はパッタリとなくなった。

 首謀者の正体や目的は依然として不明。警察に引き渡した連中も黙秘を続けており、依然として何も手掛かりは得られていない。にもかかわらず追加の襲撃や脅迫などはなく、昨晩零時をもって叔父は最大にあった警戒レベルの引き下げを通達した。

 

 幸い九十九魔学との交渉は無事に進行しているそうで、クライアント一行は京都市内にあるホテルを拠点に日々動き回っている。

 三日目ともなるとローテーションで休養を取る時間もできて、護衛対象の傍を離れるのに気兼ねをする必要もなくなった。

 

 早朝のトレーニングを終えて宿泊先へ戻り、シャワーと身支度を整えて叔父の下へ。

 挨拶を兼ねて出立の報告をし、午前9時にホテルのエントランスを出た。

 

 今回、京都方面での仕事へ加わったのにはもう一つ理由がある。

 来年の高校受験に向け、候補となる学校の見学に行くのがそれだ。

 一高だけではなく他の学校も選択肢へ入れられるようにと、父からはそう言い聞かせられていた。

 

 行先は国立魔法大学付属第二高校。

 旧兵庫県西宮市に所在するここは、原作で達也たちが通っていた第一高校に並ぶ魔法大学付属高校の一つ。一高と同じく二科制を採用しており、毎年200人の新入生を受け入れている。

 

 百家『森崎』当主の名を使った校内見学の申し出に対し、第二高校からは案内役を立てるとの回答があった。

 夏季休暇期間中ということもあって授業などもないため、施設や教室も見て回れるようにとの心遣いだ。生徒会役員がその役目に当たるそうで、午前10時に正門で待つよう連絡を受けていた。

 

 京都駅からキャビネットを利用して約40分。

 最寄り駅で降りて川沿いを北へ向かうと、すぐに敷地を囲む柵が見えてきた。

 

 正門から中へ入り、守衛所で立ち入り申請を済ませる。校内見学の話はここにも伝わっていたようで、名前と目的を告げるとすんなり納得された。

 CADは持ち込みが制限されているので外して守衛所に預け立ち入りの手続きを終える。と、窓口を離れるなり待合スペースに座っていた女生徒から声を掛けられた。

 

「見学の人いうんはあんたですか?」

 

 色白の肌に、赤みがかった長髪。姿勢よく腰かけた女性は感情の窺えない表情を湛え、切れ長の瞳はしめやかに見据えてくる。

 纏っているのは第二高校の制服。一高のそれとデザインはほとんど同じなものの、差し色が深青色になっていたりと配色に違いがあった。

 

 立ち上がった女性の背はこちらよりも高く、見上げる形の相手へ先んじて腰を折る。

 

「森崎駿と申します。本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます」

 

「どうもご丁寧に。私は久沙凪(くさなぎ)(りん)。ここ、魔法大学付属第二高校の一年生で、生徒会書記を務めとります」

 

 浅くお辞儀をした久沙凪さんは顔を上げると手を自身の腹部に添えた。

 

「元は会長が受けたお話やったんやけど、生憎と用事ができてしもうて。未熟な身やけど代役を務めさせていただきます」

 

「面倒を引き受けていただきありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 

 そうして挨拶を交わす間、彼女は表情どころか眉一つ動かすことはなかった。

 機械と見紛う無機質さと抑揚のない声。眼差しも固定されていて、こちらに興味関心のないことが一目でわかる。

 

「では、参りましょうか」

 

 促されるまま、久沙凪さんの後へとついて行く。

 

 第二高校は建物の外観こそ一高と似通っているものの、校庭と校舎の間の道が石畳になっているなど趣の異なる部分があった。中庭や演習場の一部には竹林も配置されているそうで、どことなく伝統色を感じさせる。

 

 構内は夏季休暇中とあって学生の姿はまばらで、聞こえてくるのもクラブ活動の音と声ばかり。遠くから聞こえる活気を背景に木陰の下を歩いていると、久沙凪さんから思い出したように訊ねられた。

 

「東京からいらした聞いとりますけど、どうして第二高校に?」

 

 斜め後ろを歩くこちらへ肩越しに振り返る彼女。

 僅かに高い位置から見下ろす目には依然として興味の色はなく、事前に用意した形式的な質問なのだろうとわかった。

 

「初めは第一高校への進学を考えていましたが、両親からこちらを勧められまして」

 

「言うても向こうさんの方が近くて便利やのに。何か事情でもあってはるんです?」

 

「両親の、母のためというのが一番でしょうか」

 

 納得を示すような反応はない。だがそれも当然だろう。両親の希望で近くの学校へ進学するのはよくある話だが、逆に遠くの学校へというのはなかなかあることじゃない。

 

「色々と迷惑も心痛も掛けてきましたから。顔を合わせるのが負担なのだと思います」

 

 端的にそれだけを語ると、久沙凪さんはほんの僅かに目を見張った。

 表情を変えないまま目を切って、心なし肩を落として歩を進める。

 

「軽々しく聞いてええ話やなかったみたいやね。ごめんなさい」

 

「お気になさらず。身から出た錆ですので」

 

 それきりこの話題が続くことはなく、ちょうど学生棟の昇降口へ着いたのもあって短い雑談は一区切りとなった。

 

 教室や実験室、実習室など授業に使用する施設を順に巡り、その後はクラブ活動の拠点となる部室棟や校庭、武道場や演習場へと見学は進行する。

 事前に話が通っていたのか、訪問先で活動する学生たちは誰もが快く見学を受け入れてくれた。中には設備の説明を買ってでる人もいたほどだ。

 

 一方で、気掛かりだったのは久沙凪さんの方だった。

 見学の中学生へ親切に対応してくれる学生たちが、彼女に対してはどこか余所余所しい。道中ですれ違う学生もほとんどが一瞥するだけで目を逸らしていたし、嫌われているというよりは避けられている印象だろうか。

 

 そうした雰囲気は部外者にもわかるほどでありながら、けれど久沙凪さんは全く頓着していなかった。

 何よりも、彼女はそんなこちらの疑問自体を見抜いていたらしい。

 

「気になりますか?」

 

 不意に問われ、咄嗟の返答に詰まった。

 振り向いた彼女は少しだけ目を細め、変わらぬトーンで続ける。

 

「行く先々で皆さんから避けられている。それが気にならはるのでしょう?」

 

 質問の体を取ってはいたものの、語調には確信が表れていた。

 実際久沙凪さんの言う通りで、見抜かれていたとなれば黙っていても仕方ない。

 

「生徒会の方とお聞きしましたので。何か理由があるのかと」

 

 正直に疑問を打ち明けると、彼女は表情を変えないまま視線を外した。

 

「笑いも泣きもしない、怒ることすらない『お人形』」

 

 顔を前へと向け直して、どこを見るでもなく呟く。

 抑揚のない声は口にした文句をその通り表しているようで。

 

「そないな噂をされるくらいやさかい、近付きたがらんのも不思議やないでしょう」

 

 自分で自分を『お人形』と揶揄しながら、けれど久沙凪さんの表情は小動もしていなかった。

 

 納得しているのか、はたまた諦めているのか。どちらにしろ慣れてしまっているのは確かなのだろう。

 こうして周囲の気持ちを汲み取ることができる時点で『人形』などという評価は正確でないと思うのだが。

 

 

 

 

 

 

 それから後は雑談もあまりなく、静かに順路を消化していった。

 

 およそ2時間の校内見学を終えると、久沙凪さんは食堂併設のカフェスペースへと足を向ける。

 なんでも学校側への報告資料として見学者の所感が必要らしい。

 

 自動販売機で各々飲み物を購入し、勧められるまま窓際の席へ腰を下ろす。

 差し出された端末へ回答を入力していると、久沙凪さんは小さなため息と共に呟いた。

 

「それにしても、随分と落ち着いてはりますね。クラスの子よりよっぽど……」

 

 発言とは裏腹な淡々とした声音。

 タブレット型端末の向こうから聞こえたそれはしかし、途中でぱたりと止まってしまった。

 

 少し待っても続きはない。

 どうしたのかと入力途中だった端末をテーブルへ置いてみれば、愕然とした表情の彼女と視線が合った。

 

「久沙凪さん?」

 

 彼女はこちらを見ているようで見ていなかった。

 目は合っているのに反応はなく、にもかかわらず段々と表情が歪んでいく。

 

「なに、これ。こんな……こんなん、もう……」

 

 ぶつぶつとうわ言のように零れるそれを正確に聞き取ることはできなかった。

 何やらショックを受けていることだけは判って、ついに涙まで滲んでしまっては声を掛けずにいられなかった。

 

「大丈夫ですか。どうかされましたか?」

 

 心持ち強めに問いかけると、彼女はハッと瞬きをして顔を逸らす。

 

「なんでも、なんでもないんよ」

 

 とても言葉通りとは思えない。

 会ったばかりとはいえ、なんでもないはずがないことはわかる。

 なにより、今の彼女には明らかな動揺の証拠があった。

 

「ですが、そんな風に涙まで流されているのは」

 

「――涙?」

 

 驚いたように呟いて、顔を上げた彼女は自身の目元を拭う。

 指先についた雫を呆然と見下ろして、それから信じられないとばかりの声を漏らした。

 

()()、泣いとる? ほんまに? けど、こんなん今まで一回も……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 困惑した様子の彼女はもう一度目元を拭い、濡れた指先を呆然と見つめる。

 十秒ほど指先を見ていた彼女はそれからゆっくりとその手を閉じ、自身の胸に当ててそっと目を瞑った。

 

 長く深い息が繰り返される。

 およそ1分に及ぶ深呼吸の間も瞼の端からは涙が滲んで、頬を伝ったそれは膝へ落ちていった。

 口を挟むことは憚られて、じっと彼女が顔を上げるのを待つしかなかった。

 

 やがて目を開けた彼女は胸に置いていた手を下ろし、浅く腰を折った。

 

「ごめんなさい、取り乱してもうて。けど、もう大丈夫やから」

 

 それまでの無機質な印象とは違う、どこか柔らかな声音。

 思わず呆気に取られ、返答が一拍遅れてしまう。

 

「こちらこそ申し訳ありません。何か気に障ることがあったのなら謝罪します」

 

「そうやない。そうやないんよ。寧ろこっちが謝らなあかんくらいで」

 

 小さく首を振った後、久沙凪さんは自身の左目を指で指し示した。

 途端、前髪の間から覗く黒目がグラデーションのように深紅へと色を変える。

 

「うち――私には特殊な魔法技能があって、人の心、現代魔法でいう精神の形と中身が視えるんよ」

 

 砕けた自称に気付いた彼女は一瞬だけ言葉に詰まり、短い深呼吸を挟んだ後に続きを語る。

 

「精神の形を視れば相手がどんな人なんか解って、中身を視ればどんな経験をしてきたかが解る。記憶と為人(ひととなり)を視る眼。私の家ではこれを『炯眼(けいがん)』て呼んどる」

 

 聞き覚えはない。少なくとも原作では語られていない。 

 

 達也の『精霊の眼』や美月の霊子放射光過敏症とは違う、精神の形と中身を視る眼。

 それが真実だとすれば、彼女が視たものはきっと――。

 

「普段は覗かんようにしとるんやけど、あんたがあんまり年下らしくないもんやから」

 

 ショックを受けるのも納得だ。沖縄でのことを踏まえれば、魔法科高校の生徒といえど受け止めるのは容易ではないだろう。なにせ医者からも立って歩けるのが奇跡だと言われたくらいだ。

 

「あんたが何を見てきたんか。どんな経験をしたんか。少しだけやけど視えた。あんたの中に、もう一つの心があるんも」

 

 

 

 瞬間、耳奥で大きく心音が響いた。

 

 

 

「……もう一つの心? その話、詳しく聞かせてください!」

 

 口を衝いて出る声は自然と強くなってしまった。

 瞼も最上の位置で固まり、夢である可能性を恐れるあまり瞬きすらできなかった。

 

「ええけど、ちらと視えただけやし……」

 

「構いません。()はずっとそれを――『森崎駿(あいつ)』を探していたんだ」

 

 これほど気が逸るのはいつ以来だろう。

 ここ一年、学校でも仕事でも記憶に残ることはなかった。

 頭に焼き付いた光景を塗り替えるようなことはなかった。

 

 こちらの剣幕に目を丸くした久沙凪さんはそれから一度目を閉じ、胸に手を当てて深く息を吐いた。

 

「……わかった。けど誰が聞いとるかわからんから、まずは落ち着ける場所に行こか」

 

 促されるまま、見学を切り上げて第二高校を後にする。

 ぎこちない手つきで端末を叩く彼女を追う間、その華奢な背から目を離すことは一切できなかった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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