モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第4話

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 第二高校近くの喫茶店に場所を移し、改めて彼女に自分の素性を明かす。

 

 この世界とは違う、別の歴史を辿った世界で生きてきた記憶。

 挫折と後悔を繰り返した、ありふれた人生のあらまし。

 

 中学生までは早熟さと取り得の真面目さで優秀だと持て囃され、高校に入ってからは才能の差をまざまざと痛感した。どれだけ努力しても上位には届かなくて、勉学に集中した分だけ能力は偏っていった。

 ギリギリで滑り込んだ大学では課題と提出物に追われ、人付き合いが疎かになったことで就職と卒業に酷く苦労した。やっとの想いで踏み入れた職場も絵に描いたような劣悪ぶりで、僅かな余暇も自宅での休息に消化された。

 

 何かを間違ったのだろうとは思った。

 真面目なだけではダメだったのだろうと、気付いた時にはもう手遅れだった。

 やり直しなど望むべくもなく、休養の合間に手軽なコンテンツへ触れていった。

 

 『魔法科高校の劣等生』を知り、のめり込んでいったのもそれがきっかけだった。

 

 

 

 

 

 

「つまり、あんたは前世から生まれ変わった方の心で、私が視たんは元からある心の方やったと。えらい途方もない話やな」

 

 ため息と一緒にそう言って、久沙凪さんは抹茶の入った茶碗を口元へ運んだ。

 

 彼女が口にした、精神の内に在るもう一つの心。

 無意識領域に漂っているというそれは意識領域を主導する『俺』と違う色をしていて、混ざり合った精神の中で眠り続けているという。

 

 もう一つの心と表されたそれが『あいつ』なのは間違いない。

 

 生まれた時にはあったはずで、物心ついた時には見失っていた本来の人格。

 そんな『あいつ』がまだ生きていると聞いて、胸には安堵が浮かんだ。

 

 自分が『森崎駿』になったのだと気付いてから7年ほど。頭の片隅ではずっと元の『あいつ』がどうなったのか気掛かりだった。

 『俺』自身は前世と地続きな感覚があったから、きっと『あいつ』とは別の存在なのだというのはわかっていた。

 

 追い出したのか。呑み込んだのか。あるいは塗り潰してしまったのだろうか。

 

 原作の『森崎駿』は確かに癖のある人間ではあったが、それでも一人の等身大の人間として『魔法科高校の劣等生(あの世界)』で懸命に生きていた。前世ではそのもどかしさに共感もしていたし、なにより成長した後の姿には勇気を貰った。

 

 『あいつ』の居場所を奪ったかと思うと、日々の鍛錬にも熱が入った。

 安易な終わりを拒んだのも、この場所が真に自分のものだとは思えなかったからだ。

 

 だから彼女がその存在を口にした時、まだ間に合うのだと安堵した。

 まだ間に合う。『森崎駿』の人生を本来の『森崎駿』(あいつ)に返すことができる。その可能性があると知れただけでも心底から安堵が湧き上がった。

 

「ありがとうございます。お陰で希望が持てました」

 

 座ったまま腰を折り、額がテーブルに付く手前まで深く頭を下げる。

 ずっと抱いてきた懸案事項に手掛かりが得られたのだ。どれだけ感謝しても足りない。

 

「とても希望が出来たような顔には見えへんのやけど」

 

 顔を上げると、久沙凪さんは心なしか呆れたような目をしていた。

 視線が斜め下へと落ち、もう一度小さく息を吐いた後でこちらへと戻される。

 

「そないに探し回って。あんたはもう一人の心をどないしはるん?」

 

 『あいつ』をどうするのか。答えはとうに決まっている。

 

「本来の『森崎駿』は私ではなく『あいつ』の方です。『あいつ』がまだ残っているのなら、あらゆる手を尽くしてこの人生を返します」

 

 『俺』自身はどうなろうと構わない。元より一度死んだ人間だ。

 どんな奇跡が起きたのか『森崎駿(この身体)』に宿ったものの、本来の人格が残っているなら明け渡すのが当然のこと。

 

 無責任なのは重々承知している。失敗と罪を重ねた俺が、その全てを押し付けて消えるなど許されていいはずがない。清算できるのなら喜んで地獄にだって落ちよう。それで『森崎駿』の罪が贖えるなら躊躇う理由は一つもない。

 

「それが『俺』に残された最後の意味ですから」

 

「意味……。そんなん、考えたこともあらへんかったわ」

 

 こちらの宣言を聞いて、久沙凪さんはぽつりとそう呟く。

 茶碗の側面をゆっくりと撫でながら液面に視線を落とす彼女は、今ここではないどこかへ思いを馳せているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「ええ時間やし、そろそろ出よか」

 

 言われて時計を見れば午後3時を回っていた。

 実に2時間近く話し込んでいた計算になる。込み入った内容とはいえ、体感ではその半分も経過していないつもりだった。

 

 退席を口にした久沙凪さんはそのまま立ち上がるではなく、手元に置かれた紙を手に取った。席について早々、彼女自身が懐から取り出したものだ。

 懐紙を使う文化は一般的には見られないものの、21世紀末の現在においても伝統として残っていると聞く。茶道に通じた人や歴史の長い家の一部では依然として作法の一つなのだろう。

 

 久沙凪さんが茶器の縁を懐紙で拭う間に、卓上の端末で清算を済ませる。

 小さな電子音が鳴り、清算済みの文字が画面に表示された。音で気付いた久沙凪さんはそれを見るなり少しだけ口を尖らせる。

 

「私の方が年上やのに」

 

「お時間を頂いたのはこちらですから。見栄を張らせてください」

 

 浅く腰を折ると、彼女は仕方ないとばかりに小さく息を吐いた。

 

 喫茶店を出ると、すぐに夏の日差しが照り付けてきた。

 眩しそうに右手をかざし、目を細めた久沙凪さんについて駅へと向かう。

 道中では再び第二高校での授業や実習の話などを聞き、ホームに着いたところで彼女は小さく首を傾げた。

 

「こっちにおる間、どこに泊まってはるん?」

 

「京都市内のホテルです。久沙凪さんのご自宅はどちらに?」

 

 こちらからも問うと、彼女は短い逡巡の後に頷いた。

 

「私も京都やさかい。一緒のキャビネットに乗ろか」

 

 断る理由もなく、一台のキャビネットへ向かい合って乗り込んだ。

 

 西宮から京都までのおよそ40分はほとんどの時間で沈黙が続いた。

 

 久沙凪さんは行儀よく座ったまま窓の外へ目を向けていて、こちらから声を掛けない限り振り向くことがなかった。

 ガラスに映る横顔は表情に乏しくて、けれど話しかければ変わらず応えてくれるあたり迷惑というわけではないのだろう。

 

 京都駅でキャビネットから下車し、ホームから地上へと下りる。

 穏やかな沈黙はキャビネットを降りても変わらず、どこか名残惜しいような雰囲気が彼女から感じられた。

 

 しかし、穏やかな時間は唐突に破られた。

 

「ここにいたのか」

 

 不意に聞こえてきた声。

 すると久沙凪さんは驚きを目に浮かべ、声の主の方へと振り返る。

 

「役目を放り出して何をしているのかと思えば、男漁りとはな」

 

 吐き捨てるように言ったのは大柄な男だった。

 ゆったりとした服装から伸びる腕は厚く筋肉がついていて、首元も太く血管が浮いている。衣装のせいでシルエットはわからないが、相当に鍛え上げられていることは間違いないだろう。

 

(こう)従兄様(にいさま)……」

 

 男を見上げた久沙凪さんは僅かに眉を寄せた。

 反応からして顔を合わせたい人ではなかったのだろう。意識してかどうかはわからないが半歩身を引いてもいた。

 

「外へ出るようになって色気づいたか。『屑鉄』風情が、手間を掛けさせるな」

 

 『屑鉄』と、確かにそう言ったのが聞こえた。

 何を意味しているのかはわからないが、気分のいいものでは当然ない。

 

「来い。ぐずぐずするな」

 

 こちらへ視線を向けることすらなく、男は久沙凪さんの右手首を握る。

 まるで物を掴むかのように。強引に引き寄せた手はしかし、すぐに振り払われた。

 

 一瞬、時が止まったのかと思った。

 男の手を振り払った久沙凪さんも、振り解かれた男の方も、どちらともが驚愕を浮かべて固まっていた。どちらともが、何が起きたのか理解できずにいた。

 

()()、今……」

 

 自身の右手を見つめて、久沙凪さんは呆然とした声を漏らす。

 対する男の方は何が起きたのか理解すると、瞬く間に顔を怒りで歪めた。

 

「何を、している。お前、自分が何をしたのか、わかっているのか!」

 

 振り払われた手を固く握り、激昂を吐き出した上でもう一度久沙凪さんへ伸ばした。

 

「『屑鉄』が! 鍛冶師の俺に逆らうか!」

 

「嫌、嫌や……!」

 

 その悲鳴を聞いた時、身体はすでに動き出していた。

 

 姿勢を落として二人の間へ滑り込み、伸ばされた男の右手を跳ね上げる。

 体格差のせいで身体ごと跳ね返すには至らなかったものの、足を止めさせることには成功した。

 

 一回り以上小柄な俺に止められて、男の視線がついにこちらを捉える。

 路傍の石と見做していた目に敵意が宿り、威圧的な声が頭上から響いた。

 

「それは我ら一族の所有物だ。部外者が邪魔をするな」

 

「事情はともかく、嫌がる人を無理矢理連れ去ろうとする暴漢を黙って見ているわけにはいきません。貴方が落ち着くまで、ここを退くことはない」

 

 正面から食って掛かると、男はわかりやすく顔を歪めた。

 膨れ上がった怒気は眉間の皺に現れ、声音に載せて放たれる。

 

「我らの持ち物をどう扱おうと、お前には関係あるまい」

 

「なるほど。では無関係の私がどう振る舞おうと、貴方に止める権利はありませんね」

 

 それ以上問答は続かなかった。

 自制を止めた男が一歩を踏み込み、握った拳が唸りを上げて迫った。

 

 鳩尾を狙った最短最速のパンチ。

 単純故に速いその攻撃は避けるに間に合わず、受けるに重い一撃。

 後ろに久沙凪さんを庇っている以上身を引くこともできず、だからこそ取れる手立ては一つしかなかった。

 

 下方から迫る腕の側面へ右手を合わせ、身体ごと捻って軌道を逸らす。

 

 男が踏み込んだぶん距離は詰まり、潜り込んだ懐へ右肩を押し当てる。

 倍近い重さの相手を両足で受け止め、追撃が来る前に左手首のCADを操作。

 移動系の起動式を読み出し、肩を基点に接触物を遠ざけるようエイドスを書き換える。

 

 両手で掴みかかろうとしていた男が弾かれたように吹き飛んだ。

 

「がっ……ああ……」

 

 5メートル近く後方へ飛ばされた男は路面を転がり、止まった先で呻き声を漏らした。

 うつ伏せの状態から手を突くものの、痛みと衝撃からか身体を起こせずにいる。

 

 ここから脱出するなら今が好機だ。

 

「今のうちです。行きましょう」

 

 呆然とする久沙凪さんに向けて手を差し出す。

 彼女は伸ばした手を見るなりハッと瞬きを繰り返し、僅かな躊躇いの後に手を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 逃走先に選んだのは宿泊先のホテルだ。ここなら落ち着いて話を聞くこともでき、仮に追ってきたとしても強引な真似はできない。

 

 ラウンジのソファ席に久沙凪さんを座らせ、動揺の残る彼女へミネラルウォーターのボトルを渡す。

 膝の上に置いた手をじっと見つめていた彼女はボトルの水を一口飲むと、ほうと息を吐いて顔を上げた。

 

「ありがとう。もう大丈夫やと思う」

 

 そう口にした彼女だが、表情は依然として硬いままだった。

 ボトルを持った両手は膝の上で動かず、視線はまたしても下へと落ちる。

 

「よければ、事情を聞かせてもらえませんか」

 

 一人分の隙間を空けて久沙凪さんの隣に腰を下ろす。

 

「私の事情も聞いて頂きましたから。何か力になれることがあれば全力でお手伝いします」

 

 一度こちらを横目に見た彼女はどこを見るともなく口を開いた。

 

「『お人形』やって噂、学校で言うたこと覚えとる?」

 

 問われたことに頷いて返す。

 他の生徒からそう揶揄されていると、そう淡白に語ったのは彼女自身だ。

 

「あれな、家でも同じなんよ」

 

 躊躇いなく話す口振りはこれまでと変わっていない。

 けれど、その声音はこの数時間で変化してきていた。

 

「ううん。もっと、やな。家では『人』ですらあらへんから」

 

 寂しげな響き。僅かだがそれが判るくらいには、声音に色が表れていた。

 校内見学の際にはまったく見られなかったものが表情と口調から垣間見えていた。

 

 そうしてこちらが印象の違いを感じている間に、彼女は何らかの整理をつけたらしい。

 上半身ごと振り返った久沙凪さんはそのまま軽く前傾姿勢を取り、覗き込むように見上げてくる。

 

「しばらく帰りたない言うたら、君はどないしてくれるん?」

 

 力になると、そう言ったことに対する回答だろう。

 事情はわからずとも久沙凪さんが本気でそう望むのなら、答えは一つだ。

 

「私が守ります」

 

 まっすぐに目を見て言うと、彼女は僅かに目を見開いた。

 

「久沙凪さんの気が済むまでこちらに宿泊されてはいかがでしょう。その間、貴女のことは私が全力で守ります」

 

 驚きとは少し違う反応を見せた彼女はやがて、ほんの少しだけ唇の端を持ち上げた。

 

「ええな、それ」

 

 確かに、それは笑みだった。

 『お人形』と自嘲した彼女の、初めて見る笑顔だった。

 

「なら君に――()()()にボディガードをお願いしよかな」

 

 名前を呼ばれ、自然と立ち上がって姿勢を正した。

 踵を揃えて腰を折り、見上げてくる彼女へ忠を誓う。

 

「お任せください」

 

 顔を上げるなり、彼女の笑みが目に入った。

 それまでよりも更に深く、笑みを浮かべた彼女は口調までも気安く変えて続ける。

 

「決まりやね。これから()()のことは『(りん)』って呼ぶこと。あと敬語も禁止。ええね、シュン」

 

「ああ。わかったよ、()

 

 数時間前とはまるで別人のような変化に、釣られて笑みが浮かぶのを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 彼女の警護を引き受けた俺はすぐに受付へ行き、部屋を追加で一つ取れないか訪ねた。

 幸い当日でも空室は残っていて、無事に部屋を取ることが出来た。電子キーを受け取って燐を客室へ送り、しばらく中で待っていてもらうことになった。

 

 燐の部屋を出た俺は、その足で叔父のいる部屋へと向かった。

 チームの拠点として借り上げた部屋には通信機器や映像端末が設置されていて、護衛に当たっているメンバーへの指示と情報支援が叔父を中心に続けられている。

 

「それで、お前はその()を守るためにチームを外れたい、と」

 

 チームからの離脱を願い出ると、叔父は耳に掛けていたウェアラブル端末を外して呟いた。

 見れば端末の電源はすでに落とされている。この会話を記録に残さないための措置だろう。補佐に当たっていたメンバーも叔父の指示で外へと退室していて、この会話を知っているのは俺と叔父の二人だけだ。

 

「任務に就く以上、クライアントの身の安全を第一に考えるよう教えたな。そして、このチームにおいて最も対抗魔法に秀でているのが誰かもわかっているはずだ」

 

 モニターの設置されたデスクから立ち上がり、身体ごとこちらへ振り返る。

 長年の経験に裏打ちされた風格が、ただでさえ大きな体格をさらに厚く見せていた。

 

「その上でお前は、この仕事から抜けたいと言っているのだな?」

 

 表情にこそ変化はない。

 真剣な眼差しで。諭すような口調で。淡々と問い質してくる。

 単純に拒否するのではなく、それだけの意義があるのか見極めるように。

 

「勝手は承知の上です」

 

 師と仰いだからこそわかるその迫力へ、真正面から向き合って答える。

 

「会社の、森崎当主の決定よりも、その娘の方が優先だと考えたわけだな」

 

「私個人にとっては、そうです」

 

 向けられた視線はじっとこちらを見据えていた。

 睨むではなく、真意を量るように。反応を窺うように。

 

 やがて、叔父は大きくため息を吐いた。

 

「お前のその物言い、まるで一年前を思い出すな」

 

 去年の夏、沖縄へ行きたいと願い出た時のことを引き合いに出された。

 あの時も一人で遠方へ向かうのを心配され、我儘を押し通した末に多大な心配と迷惑を掛けた。母が神経衰弱になった原因であり、その後父との間に立ってくれたのが叔父だ。

 

 叔父には返しきれない恩がある。

 護衛の手解きをしてくれたのも叔父で、魔法の訓練に付き合ってくれたのもこの人だ。

 魔法師として、ボディガードとして必要な心構えを授かり、頼られる限り応えたいと常に思ってきた。

 

 それでも、こればかりは譲れない。

 

 自分を頼ってくれた人を、可能性を示してくれた人を守りたい。

 そして、もしも叶うのなら『あいつ』を目覚めさせたい。

 弾き出してしまった心を、陽の当たる場所へ還らせてやりたい。

 

 これは願いであり、誓いだ。

 そのためなら我を通すのにも躊躇いはない。

 

「いいだろう。何をするつもりかわからんが、存分に励め」

 

 てっきり叱責や苦言を言われるかと思っていたが、叔父は案外すんなりと認めてくれた。

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。叔父として、甥の希望を叶えるのは当然のことだ」

 

 頷いた叔父はそのまま、口元に小さな笑みを浮かべる。

 

「なによりも、シュン、久しぶりにお前の我儘を聞くことが出来たからな」

 

 懐かしむようにそう言って、叔父は俺の肩に手を乗せた。

 かつて魔法の練習に明け暮れていた時の記憶が蘇って、自然と腰を折っていた。

 

「ありがとうございます、繕さん」

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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