モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第9話

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

「急な話で申し訳ないね」

 

 通された客間で迎えの茶を一口飲み、寿恵は目の前の男へ謝辞を述べた。

 

 藤林(ふじばやし)長正(ながまさ)

 伊賀流を継承する忍術使い『藤林家』の現当主だ。

 

 国内でも十指に入る魔法関連企業の代表とはいえ、寿恵自身はとびぬけて魔法師の知り合いが多いわけではない。

 ましてや古式魔法師ともなれば尚更で、長正とも顔を合わせるのはこれが初めてだ。

 

「至急とのご要望であらば。して、本日はどのようなご用件で?」

 

 初対面の挨拶もそこそこに、長正は事務的な口調を隠すこともなく端的に話を進める。

 眼差しは鋭く研ぎ澄まされ、声音からも歓迎されていないことは明白だった。

 

 

 

 藤林の屋敷を訪れるにあたり、寿恵には二つの条件が課せられた。

 

 一つは屋敷の所在地を詮索しないこと。

 そしてもう一つは単身で長正の下を訪ねることだ。

 

 藤林家が管理する土地や建物は魔法的な結界が施されていて、外部の人間は容易に立ち入ることができない。中へ入るためには内部の人間の案内を受ける必要があり、指定された地点を訪れた寿恵はそこで迎えの車に乗り換えてここまでやってきた。

 

 乗り換えた後の車は窓にスモークが掛けられていて景色も見えず、運転席とも隔絶されていたために外の状況は何もわからなかった。

 運転手と護衛を兼ねていた繕も敷地の中へ足を踏み入れることは許されず、寿恵は自身の現在地を知らぬまま単身で長正と対峙しなければならなかった。

 

 

 

 剣呑といっても間違いのない雰囲気の中、けれど寿恵は動揺一つ見せなかった。

 

「ある娘の居場所が知りたい」

 

 秘密主義で後ろ暗い噂もある家の懐に飛び込んで尚、その老獪な口調は変わらない。

 世に轟く女傑ぶりを長正は静かに認めて、眉一つ動かすことなく問いを返した。

 

「ある娘、と。それはまたどのような?」

 

 じっと見据えてくる目をまっすぐに睨み返しながら、寿恵が問いに答える。

 

「あんたたちと同じ、古式魔法師の娘だよ。名前は久沙凪燐」

 

 その名を口にした瞬間、長正の目の色が変わった。

 表情も姿勢も変わらぬまま、目の奥に宿す色だけが変わった。

 

 拒絶が興味へ。

 侮りが警戒へ。

 

 二重に変化した眼差しを一度手元へ落とし、納得したような仕草をしてみせる。

 

「なるほど。『久沙凪の宝玉』を探していると」

 

 顎を引き、腕を組んだ長正はそのままの姿勢で寿恵に視線を戻した。

 

「貴女の口からその名を聞くとはな、()()殿()

 

 暗殺と諜報。

 かつての『忍び』が担ってきた役割を今に伝える男が放つ迫力は、およそ一般人の耐え得るものではない。

 ましてや長正が口にしたのは公に名乗っているビジネスネームではなく、身内以外にほとんど知る者のいない本名だ。

 

 初対面のはずの寿恵のパーソナルデータを当然のように把握し、眼光も雰囲気も身を竦ませるに十分な凄味を表す忍びの頭領。

 そんな男と一対一で対峙しながら、けれど寿恵の威風は僅かも揺らがなかった。

 

「御託はよしな。それで、知ってるのかい。それとも知らないのかい」

 

 『久沙凪の宝玉』と、長正がそう表現した理由まではわからない。

 だが寿恵にとってそれは然して重要ではなく、限られた手札を費やす意味もなかった。

 

 娘の正体を探るつもりは寿恵にはない。

 必要なのは今、娘がどこにいるかだけ。

 たとえそれが竜の逆鱗に相当するとしても折れるつもりは一切なかった。

 

 沈黙したまま睨み合う寿恵と長正。

 30秒近い睨み合いの後、長正は閉じていた口を開いた。

 

「かの娘は鞍馬の山中に居る」

 

 端的な回答へ訝しげに目を細めて、寿恵は語られた言葉を反芻する。

 

「鞍馬山、ね。具体的には?」

 

「さて。山門から先はかの一族の領分故、細かな場所までは何とも」

 

 そんなはずがない。

 娘の正体まで知っているだろう男が、まさか詳細な居所を知らないはずがない。

 

 界隈の事情に明るくない寿恵はそう思ったが、長正の眼差しを見て追及を呑み込んだ。

 用意した手札ではこれ以上の譲歩は望めないだろう。あまり深入りをして時間を取られては本末転倒。無理を通してここに来たのは好奇心を満たすためではないのだ。

 

「まあいいさ。何もないよりはよっぽどマシさね」

 

 交渉を終えたと見るや、寿恵は即座に席を立った。

 僅かに遅れて対面の長正も立ち上がり、手元の鈴を鳴らして使いを呼ぶ。

 

 音もなく現れた若年の男に車の用意を命じると、長正は浅く腰を折ってみせた。

 

「ご多忙の最中のご来訪、感謝申し上げる」

 

「こちらこそ、貴重な時間を頂戴し感謝するよ」

 

 言いながら懐から取り出した一枚のデータチップを卓上に置き、鋭い眼差しを長正に向ける。

 そこに収められた映像と音声、そしてそれらを分析したデータこそ、目の前の『忍び』から譲歩を引き出すことのできた理由だった。

 

「これで貸しはチャラだ。あの連中のことは水に流すことにするよ」

 

「破門した者たちの所業とはいえ、迷惑を掛け申した」

 

 もう一度浅く腰を折った長正へ背を向けて寿恵は客間を出た。

 人気のない通路を渡り、玄関の前に停められた黒塗りの自走車へ乗り込む。

 この屋敷を訪れた時点から続く首に刃を当てられたような威圧感をどこ吹く風と流して、寿恵は藤林邸を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 泥のような眠りから覚めると、時刻はすでに18時を過ぎていた。

 感覚遮断カプセルの中に備えられた時計を見て跳ね起きた俺は内側から蓋を開き、畳んで置かれていた服を着て部屋を飛び出した。

 

 部屋を出てすぐの受付で礼を述べ、ホテルの廊下を小走りにフロントへ向かう。

 フロント前のロビーは観光客やビジネス客で賑わっていて、見慣れた人の姿はどこにも見当たらなかった。

 東方様――桐邦様が居ればお礼を言いたかったんだが、ひとまずは叔父のいる部屋へ行ってみるのがいいだろうか。

 

 そんなことを考えていると、不意に横合いから声を掛けられる。

 

「なんだい、もう起きてきちまったのかい。せっかちなやつだね」

 

 今まさに考えていた人がちょうどエントランスから入ってきた。

 呆れ顔を浮かべた彼女の前へ駆け寄って、出来る限り深く腰を折る。

 

「桐邦様。この度は大変なご厚情を頂き、まことに」

 

「そんなことはどうだっていいんだよ」

 

 しかし、謝意の言葉は最後まで言い切る前に遮られてしまった。

 面倒くさそうに手を振った桐邦様はそのまま手を腰へ当て、不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

「それよりも、お前さんは今探してるものがあるんだろう?」

 

 咄嗟に答えが返せず言葉に詰まる。

 燐を探していたのは確かだが、それを彼女の口から言及されるとは思わなかった。

 

 こちらの反応が歓心を買ったのか、桐邦様は口元の笑みを深めて続ける。

 

「娘の居所は鞍馬山。寺の山門を抜けた先が、娘の家の縄張りだよ」

 

 今度こそ、間の抜けた声を零すことしかできなかった。

 

「どうして……」

 

「理由を気にしている余裕があるのかい? ほら、さっさと行ってきな」

 

 訊ねかけたところで、機先を制した桐邦様に止められる。

 眼差しは真剣なものに変わり、口調もこちらを急かしているようだ。

 

 挙句追い払うように手を振られ、ようやく彼女の気遣いに思い至った。

 踵を合わせて背筋を伸ばし、感謝の意を込めて深く腰を折る。

 

「ありがとうございます。この御恩は決して忘れません」

 

「借りは返すと言っただろう。どうしてもってんなら、後でゆっくりと返してもらうさね」

 

 軽い口調で告げられた言葉に再度一礼を返して、彼女の脇を駆け抜ける。

 

 エントランスから外へ出ると、そこには二人乗りの社用車に寄りかかって立つ叔父の姿があった。

 

「駅まで送ろう」

 

 どうやら俺が出てくるのを待っていてくれたらしい。

 礼を言って車に乗り込むと、彼は目的地も聞かずに車を発進させた。

 

 ホテルから最寄りの京都駅までは5分と掛からない。

 だからだろうか。叔父は自走車を走らせてすぐ問いかけてきた。

 

「我々の助けは必要か?」

 

 その口調から、概ねの状況を把握しているのだろうとわかった。

 燐が姿を消したことも、俺が相談もなく独りで探し続けていたことも。

 自分から願い出た護衛に失敗し、挙句の果てにまた独りで敵の本陣へ乗り込もうとしていることも。すべて理解した上でこの人はただ助力が必要かだけを訊いているのだ。

 

 ありがたいことだと、心からそう思った。

 一年前と同じ無謀を働こうというのに、俺の意思を尊重してくれているのがわかった。

 

「いいえ。これは俺が――俺たちが解決すべき問題ですから」

 

 叔父やチームの協力があれば、燐を見つける助けになるかもしれない。

 だが、彼らの本来の任務は桐邦様たちを守ることだ。ただでさえ我儘を聞いてもらった身だ。俺の身勝手から始まったこのいざこざに巻き込むわけにはいかない。

 

「そうか。では俺は、ホテルで()()()()の帰りを待つとしよう」

 

「ありがとうございます」

 

 彼女を連れ帰ってくると、そう信じてくれる叔父に心からの礼を言って車を降りる。

 陽の傾き始めた京都駅は人数もまだまだ多く、行き交う人々の間を縫ってホームへと駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 鞍馬山。

 

 京都市の北に位置するこの山は、古くから天狗の伝承が残る霊山として名を馳せている。

 悲運の武将、源義経が幼少期に修行を積んだ場所としても有名で、古来より修験者が数多く籠っていた場所だ。

 

 かつては妖怪や神仏の一種と伝えられた天狗も、魔法が一般的になったこの時代では古式魔法を収めた術師の一団だったと考えられている。

 事実、古式魔法の流派として現代に残っている『忍術』は天狗の用いたとされる術と似通っている。原作でも主人公(達也)の兄弟子であり、『大天狗』の異名を取る風間(かざま)玄信(はるのぶ)は忍術使い、九重八雲の教えを受けていたほどだ。

 

 

 

 鞍馬山駅でキャビネットを降り、すぐ目の前に立つ山門を潜る。

 山の中腹に位置する鞍馬寺までは麓から続く参道を登る他に道はない。道中は深い木々に囲われた一本道だが、脇道はおろか獣道一つ存在せず、老若男女問わず寺まで辿り着けるようになっている。

 

 緑に覆われた参道は点在する電燈が照らすだけで薄暗く、日没も目前とあってすれ違う参拝客はほとんどいない。

 境内まで登ってもそれは同じで、寺の関係者以外の人影は一切見当たらなかった。

 

 階段を登り切った先、開けた境内の真ん中から周囲を見渡してみる。

 

 九重寺の例も然り、寺社が古式魔法師の拠点となっている可能性はある。

 原作の描写からして比叡山も忍術関係の施設があるようだし、鞍馬寺が同じような場所だとしても不思議ではない。

 

 問題はそんな古式魔法師の本陣に易々と辿り着けるかどうか。

 懸念を抱えながらも足を止めることはなく、境内を歩いて本殿へと近付いてみる。

 

 陽の落ちた境内にあって、本殿の朱はすっかり翳っていた。

 寅の姿をした阿吽の像は夜陰を帯びて迫力を増し、緑深い山中とあってか周囲には風の音だけが響いている。

 幾つかある建物をぐるりと巡っても変わったところは見つけられず、境内全体を見渡そうと見晴台の傍に向かった。

 

 燐はこの山のどこかに居ると、桐邦様はそう言った。

 どこから仕入れた情報なのかはわからないが、他に一切の手掛かりがない以上ここを探すしかできることはない。闇雲に走り回っても無駄なのは昼間思い知ったばかりだ。

 

 この寺に住み込んでいる可能性はある。

 だが彼女は自身が軟禁されていた場所を屋敷と呼んでいた。

 鞍馬寺に屋敷と表現するような様式の建物はなく、人の多い場所に行ったことがないという彼女の言説とも矛盾している。やはり燐の居場所はこの寺の中ではないだろう。

 

 寺の境内でないとすれば、どこかに彼女の屋敷へ繋がる道があるはずだ。

 もちろん人里離れた場所に入口があることも考えられるが、その場合は虱潰しに探すことになる。着手するのは他の可能性をすべて潰した後にすべきだろう。

 

 ここまでの参道でも山中へ分け入る道がないか目を凝らしてはいた。

 だがやはりと言うべきか、古式魔法師の領域に立ち入る道は簡単には見つからない。

 もう一度本殿の周りを探ってみてはいるものの、参拝客向けの参道の他には関係者だけが使う勝手口くらいしか見つけることができなかった。

 

 参拝を装って十分ほど本殿の周りを捜索し、更に参道を進む。

 本殿の脇から伸びる細い道、奥の院参道を進んでいくと、やがて森の中に大小二つのお堂が見えてきた。

 

 一方が不動明王を祀るお堂。もう一方がかの源義経の異称、遮那王を祀るお堂だ。

 

 この辺り一帯はかつて義経が修行を積んだ場所で、僧正ガ谷というらしい。

 

 義経は幼少時、この山に棲む大天狗『鞍馬山僧正坊』から兵法と剣術を習ったと伝承されている。

 最近の研究通り『鞍馬天狗』が古式魔法師の集団だったとすれば、遮那王伝説に伝わる偉業の数々は魔法を用いての結果ということだろう。有名な八艘飛びも、魔法を使ったと考えれば不可能ではない。

 

 天狗の伝説が残る場所となれば、近くに元となった古式魔法師の拠点があったはずだ。

 それが燐の一族と同じかどうかはわからないが、鞍馬山に暮らす古式魔法師ともなれば無関係ではないだろう。

 

 近くまで迫っているという手応えはある。

 上手く言葉にはし難いが、魔法に関わる事象特有の緊張感が漂っている気がする。

 或いはこれも虫の知らせの一つなのだろうか。

 

 遮那王尊の祀られたお堂に背を向け、木の根が這った石段を下りる。

 

 日没を過ぎた山中は明かりがなければ足下も見えない暗闇に覆われていた。

 雑木林に隔てられて月や星の光も届かず、草木の揺れる音だけが周囲に満ちていた。

 

 それがおかしいことだと、そう気付いたのは事が起きる直前だった。

 

 獣や虫の鳴く声一つ聞こえないことに気付いて、手首のCADのサスペンドを解除する。

 直後、風音だけだった空に全く異質な声が響いた。

 

『君が森崎駿くんだね』

 

 声はどこからともなく降り注いでいた。

 周囲を見渡しても人影はなく、葉の擦れる音が出所を隠していた。

 

 物理的な隠形か、声だけを届けているのか、はたまた精神への干渉か。

 

 いくつかの可能性を考えながら、それぞれへの対策を頭に思い浮かべる。

 幸い、こちらの返答を待たずに攻撃してくる意思はないようだ。

 

『もう一度訊く。君は森崎駿くんだね』

 

「……はい。間違いありません」

 

 答えるなり、葉音が一際大きくなった。

 

 頭上から木の葉が一斉に舞い落ちて、つむじを描いたそれが視界を覆う。

 堪らず顔を庇うと木の葉の壁は一層密度を増し、やがて幕が落ちるように墜落した。

 

「幻術――いや、忍術か?」

 

 腕を下ろすと、目の前に一人の男が立っていた。

 

 作務衣を纏った中背の男。

 短く刈り上げた髪は赤銅色で、落ち窪んだ目は濁っていて覇気がない。

 表情もまるで仮面を被っているかのように色がなく、初めて会った時の燐と似た雰囲気を感じた。

 

 男はこちらを見るなり両手を腿に添えて浅く腰を折る。

 上目遣いに様子を窺ったまま応じると、顔を上げた男は掠れた声で呟いた。

 

「娘が世話になったようだね」

 

 息の詰まった先で、心臓が大きく跳ねる音が聞こえた。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
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