モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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エピローグ

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、最初に湧いてきたのは強い焦燥感だった。

 

 助けたい。救いたい。守りたい。

 目の前の人を、憧れた世界の人たちを、その全ての幸せを守りたい。

 

 自分の内から出たものではなくても、その想いはハッキリと焼き付いていた。

 これが『彼』の抱いた願いなのだと、見ていただけの僕にもすぐにわかった。

 

 けれど、そのために必要なあらゆる要素が『森崎駿()』には足りなかった。

 能力も、立場も、人脈も。他人へ働きかけるのに必要な何もかもが足りなくて、けれど未来を知っているが故に焦りだけが募っていた。

 

 知っているのに、どうにもできない。

 全身が粟立つような焦りは常に胸の中心にあって、沖縄での過ちの記憶と一緒に頭を埋め尽くしていた。

 

 続けて押し寄せたのは後悔と喪失感だ。

 

 燐を助けられなかったこと。

 彼女と彼女の親族の命をこの手で奪ったこと。

 『森崎駿(僕ら)』だけが生き残ってしまったこと。

 

 どれも自分の至らなさを痛感して、燐の最期の笑顔を思い出すたび胸を掻きむしった。

 肉を貫く感触を思い出すだけで吐き気が湧いてきて、何度となくトイレに駆け込んだ。

 

 迷っている時間はなかったと、そんなことはわかっている。

 あの場で燐を止めるためにはきっとあれしか方法がなかったのだと。

 

 けれど湧き出す感情は止められない。

 傍観するだけだった『僕』には頭と胸を焼く熱をどうしたらいいかわからなくて、暴れ回るそれをただ抱え込むことしかできなかった。

 

 

 

 3日も経つと段々落ち着いてきて、人とまともに話すことができるようになった。

 

 次の日には警察が訪ねてきて、久沙凪の屋敷で起きたことへの聴取が行われた。

 病室に入ってきた警察官は物々しい雰囲気を纏っていた。中にはCADを持っている人もいて、被疑者と見做されているのだと知りながら僕は包み隠さず全てを話した。燐や彼女の家族を殺したのは僕で、証拠もすべて残っているはずだと。

 

 けれど結局、僕が罪に問われることはなかった。

 燐たちの死は一家心中事件として処理され、僕はただ巻き込まれたことにされた。

 何度真実を話しても受け容れてはくれなくて、聴取を担当した警察官からは「上の決定だから」とはぐらかされてしまった。

 

 何らかの思惑が働いたのは間違いない。

 だが、それが何処の誰の都合なのかは一切わからなかった。

 

 燐の父の発言を思い出す限り、彼女の一族は『神剣』とやらを作り出そうとしていたらしい。

 彼女の魔法をその魂――魔法演算領域を含む精神ごと『鋼』に込めることで『神剣』は完成するのだと、そう言っていた。

 

 燐の魔法、《魂結び》は精神構造へ干渉し、対象の精神を切断、結合する魔法だ。

 その力のお陰で『僕』は『森崎駿』の無意識の中から掬い上げられ、『彼』に代わって意識領域を統括する核となったのだ。

 

 だがそんな魔法を剣に込めたとして、一体何のために用るつもりだったのだろうか。

 

 精神構造への干渉を可能とする剣。

 剣である以上何かを斬ることを目的としているのだろうが、精神を備えているのは基本的に人間だけだ。魔法師であろうと物理的な裂傷は危険な怪我で、大きな傷ともなれば命に係わる。

 

 人の精神を斬るためなら刀に拘る必要はない。

 人を殺傷するためなら精神への干渉能力を持たせる理由がない。

 燐を含め12人もの親族を犠牲にしてまで作り出す必要があるとは到底思えない。

 

 ましてや一連の所業が明らかになることを望まない人間が他にいるなんて。

 

 どれだけ考えてもそれらしい答えは浮かばず、ただじっと身体の健康が戻るまでの時間を過ごした。

 退院し、京都から東京へと戻ったのはそれから更に3日後、8月15日のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「それから後は最初に話した通りだ。父を説き伏せて一高へ入学し、『彼』の望んだ『森崎駿』として振る舞いながら、『彼』の願いを果たすために動いてきた」

 

 初めに語ったことをもう一度明らかにして締めくくる。

 

 事の顛末を語り終えると、雫はほうと息を吐いて張っていた肩の緊張を解いた。

 思い出したようにティーカップへ手を伸ばし、すっかり冷めてしまったそれを一息に飲み干す。空になったカップをテーブルへ置き、両手を膝に戻した彼女はじっと手元に視線を落とした。

 

「『僕』が何者か、わかっただろう?」

 

 多くの命を奪った人殺しで、別世界から来た『彼』を宿す『人ならざるモノ』。

 救いたい人を救えず、死ぬべきでない人を死なせた、『彼』の積み上げたものを引き継いだだけの埋め合わせ。

 魔法技能もサイオン量も二年前の『彼』の方が優れていたことを考えれば、『僕』はさながら補欠――雑草(ウィード)に当たるだろう。

 

 実力も足りず、才能も足りず、何一つ成せることのない『その他大勢(モブ)』の一人。

 謙虚に懸命に努力すれば何かができると息巻いた末にたくさんの罪を重ねた、無責任で不遜な愚か者。

 

 それが『森崎駿()』だ。

 

「……うん。よくわかった」

 

 じっと膝に置いた手を見つめていた雫は、そう言って深く頷いた。

 

 顔を上げた彼女の目がこちらを捉える。

 アッシュグレイの瞳は澄みきって迷いがなく、そこに一切の負の感情も窺えなかった。

 

「やっぱり『君』は思った通りの君なんだって。よくわかったよ」

 

 驚きはない。それに、きっとそう言うだろうとも思っていた。

 

 すべてを話した上でそう答えられたのなら、もう僕から言えることは何もない。

 瞼を閉じて息を吐き、降参の意を込めて軽く両手を挙げる。

 

「君はこれからどうするの?」

 

 その問いはきっと色々な意味を含めたものだったのだろう。

 

 一高に戻るのか。戻るとすれば今後のスタンスはどうするのか。

 筋書への介入をするのか、しないのか。介入するなら、何を目的とするのか。

 

 訊かれていることは十分に理解できて、だからこそ、僕はこう答えるしかなかった。

 

「わからない」

 

 瞬間、雫が小さく目を見張った。

 単に驚いただけじゃない。信じられないものを見たというような、そんな顔だった。

 

 多分、それは僕の表情が理由なのだろう。自分ではどんな顔になっているのかイマイチわからないが、少なくともまともなものじゃないことだけは確かだ。

 

「これから『森崎駿()』はどうすればいいのか。何もわからないんだ」

 

 それが今の『僕』の偽らざる本音だった。

 

 

 

 ずっと『彼』の願いを基に行動してきた。

 『彼』ならどうするか。なんて言うだろうか。と、そんなことばかり考えていた。

 

 『彼』の中で、『彼』の感覚を通して知識を得た『僕』には、『自分』がなかった。

 

 何が好きで、何が嫌いか。

 何が得意で、何が苦手か。

 何がしたくて、何がしたくないのか。

 何があると嬉しくて、何があると悲しいのか。

 

 そんなふうに『自分』を形作るモノが見つからなかったから。

 だから『僕』は、『彼』の遺したものに縋るしかなかった。

 

 『魔法科高校の劣等生(原作)』の筋書を守り、『彼』の目指した『森崎駿(理想)』を追いかけることが唯一の指針だった。

 

 

 

「今まではずっと『彼』の目的を果たすために動いてきた。だけど、この先の未来で『森崎駿』がやるべきことは何もない」

 

 厳密には一つだけあるにはあるが、まだ当分先な上に喧嘩を止める程度でしかない。

 他の場面でも知識を活かせばいくつか変えられることはあるかもしれないが、それで沖縄の時のようなことにでもなれば目も当てられない。

 

 『彼』のような振る舞いを続けるのは当然として、問題は今後の出来事に『森崎駿()』が関わるべきかどうかだ。

 

「歪みの原因になる要素も排除した。あとは自然とあるべき未来へ収束するだろう。それに、『森崎駿()』が関わることでまた致命的な変化が起きてしまうかもしれない」

 

 それだけは何としても避けなければならない。

 事は僕一人の問題じゃない。僕の身勝手な行動が誰かを危険に晒すかもしれない。

 本来の筋書通りに進むのなら起こり得る出来事は予想可能だ。けれどそこに未知の要素が絡むとなると何がどう影響するかわからない。

 

 実際、平河先輩が大亜連合に唆されたのは『僕』の所為だ。

 小早川先輩を助けようと手を回したことで、平河先輩の未来が変わってあんなことになってしまった。傷心を和らげるつもりが、違う傷を増やす結果になってしまった。

 

 『地獄への道は善意で舗装されている』

 

 僕のしたことは沖縄で冒した失敗と同じことだった。

 春樹が亡くなったのも、或いは『僕』と関わったことがきっかけかもしれない。

 

 だからこれ以上、筋書を変えないためにも――。

 

 考えるほどその結論に行き着いて、雫の願いに逆行するそれが行き先を覆い隠していた。

 どうするべきか、どうあるべきか判らず、どこへ向かえばいいのか見失っていた。

 

 自分がいなくても成り立つ未来がある。

 自分がいないことで辿り着く未来がある。

 

 そうして至る結末が多くの人を幸福へ導くと知っているからこそ、それ以外の道を選ぶことが怖くて仕方がなかった。

 善かれと思ってしたことが不幸を招く可能性があると骨身に染みているから、あるべき大団円を賭け金にすることなんてできなかった。

 

 答えを見つけられず俯くばかりのこちらを見て、雫は小さくため息を吐く。

 

「私が聞きたいのは、そんなことじゃないよ」

 

 呆れさえ滲ませて、彼女はそう言った。

 口元に浮かんだ微笑みは慈愛に満ちていて、いつだか弟の航君に向けたものと似ていた。

 

「『君』は、どうしたいの?」

 

 簡単なことだと言わんばかりに雫が首を傾げる。

 

「もう一人の君じゃない。立場としての君でもない。『君』自身は、どうしたいの?」

 

「僕は……」

 

 問われて、考える。

 

 言われてみれば、『僕』自身がどうしたいかなどと一度も考えたことがなかった。

 ずっと『彼』の願いを念頭に動いてきたから、他のことなんて考えもしなかった。

 

 もう一度、呆れたように雫がため息を吐く。

 やれやれとでも言わんばかりに眉を寄せて、それから彼女はゆっくり立ちあがった。

 

 斜向かいにいた雫が場所を変え、隣へと腰を落とす。

 意図が読めずにいると、彼女は前を向いたままポツリと呟いた。

 

「九校戦の時のこと、覚えてる?」

 

 要領を得ない問いに、思わず彼女の目を見る。

 横目に待ち構えていた雫の瞳が少しだけ揺れて、口元に仄かな笑みを浮かべた。

 

「スピードシューティングの決勝が終わった後、疲れて倒れた君は病院に運ばれて、

 

『守りたい人たちがいるんだ』って、そう言ってたよね」

 

 確かに、そう言った。

 誰のために身体を張っているのか訊かれて、確かにそう答えた。

 

「きっかけはもう一人の君なのかもしれない。でも、あの時の君は本気でそう思っていた」

 

 ふと、左手に温かなものが触れる。

 見れば雫の手が重ねられていて、握ったその手を彼女は僕の胸に押し当てた。

 

「誰のものでもない。それは『君』の願いだよ」

 

 重ねた手の下で心臓が強く鳴った。

 生じた熱がじわじわと全身へ行き渡り、身体が細かく震える。

 心なしか、鳩尾の奥からも温かなものが滲んでくるような気がした。

 

「それで、そんな『君』だったから——」

 

 細めた目の奥を小さく揺らし、それでも穏やかな笑みを浮かべて、彼女は言う。

 

「傷付く人を助けたい。目の前の誰かを守りたい。大切な人たちのためにできることをしたいって、そんな風に自然と思える『君』だったから、私は『君』を好きになった」

 

 間近から見上げる雫の頬は少しだけ紅潮していて、

 滔々と想いを口にする間にも少しの緊張が覗いていた。

 

「私は『君』が好き。他の誰でもない、駿くんが好き。君が何者だったとしても、どんな経験をしてきたんだとしても、この気持ちは変わらないよ」

 

 以前、輸送ヘリの機内でも聞いた彼女の告白。

 何者でも関係ないと、『森崎駿()』が必要だと言ってくれたあの言葉。

 

 

 

 もう一度向き合う機会を得られた今度こそ、心に浮かぶままその想いに報いたい。

 

 

 

「ありがとう、雫。君にそう言ってもらえるのはとても嬉しい」

 

 感謝も喜びも、迷うことなく零れ落ちた。

 

 『僕』が『森崎駿()』として起きる前から、『北山雫(彼女)』は特別だった。

 憧れと共感を抱き続けて、彼女の道行が幸福であることを願っていた。

 

「君を大切に思っている。傍にいて守りたいと、心からそう思っている」

 

 『守りたい人たちがいる』と、それが本当に『僕』の願いなら。

 彼女の笑顔(幸せ)を守りたい。そう想うことも同じはずだから。

 

「それは僕の――『僕』自身から生まれたもう一つの願いだ」

 

 だからきっと、これは『僕』の生まれて初めての告白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 【西暦2095年11月4日 横浜中華街】

 

 深夜零時を過ぎると、往来にはすっかり人の姿がなくなった。

 居並ぶ店舗はほとんどがその灯りを落とし、街灯だけが照らす道は最低限の明るさだけが保たれている。大亜連合軍による侵攻に晒されたばかりの横浜がかつての賑わいを取り戻す日はまだ先の事だろう。

 

 動くものは街に住み着いたわずかな動物だけ。

 中には獣に扮した化成体の姿も混ざっていて、目の前で起きている暗闘の様子を主たる術師のもとへ届けていた。

 

 対峙しているのは人種の異なる二人の男。

 ネイティブアメリカンの形質が濃い屈強な男と、細長い目をした痩身の日本人青年だ。

 

 単純な喧嘩であれば勝負にもならない体格差の両者。

 しかし、それが魔法師同士の戦いともなれば話は別だった。

 

 四方に浮かび上がる魔法の兆候を青年はサイオンを纏った手刀で迎撃する。

 移動系の単純な魔法式はそもそも発動が早く、妖魔(デーモン)の力も相まってその構築速度は先天性のサイキックにも匹敵するほどだ。並みの魔法師はおろか、たとえ十師族のような超一流であっても対応は至難の業だろう。

 

 それでも、対処する側の青年に焦りの色はない。

 

 口元に笑みを浮かべたまま、蛇のような鋭い眼を()()()()()()()()()()()向ける。

 魔法式が生じた時にはすでにサイオンの斬撃が振るわれていて、事象改変を果たすことなく切断されて消えていく。

 

 どれだけ魔法を放とうと事象改変に至らず、ただの一撃も青年にダメージを及ぼすことができない。

 自分の攻撃が一切通用しない状況に男――アレクサンダー・アークトゥルスは苛立ちを滲ませた。

 

「厄介な技だ。ぜひとも仲間として揮って欲しかった」

 

「助けてもらったんはほんまおおきに。せやけど、僕にもやることがあるんよ」

 

 無感情な勧誘に本気の感謝で応えながら煉は困ったように眉を寄せる。

 

 直後、無意識の奥から聞こえてくる警鐘に従って視線を動かした。

 促されるままにサイオンを纏い、『天眼』が捉えた魔法式へ腕を振る。

 

 放たれるは鬼一法眼が伝えた6つの剣技が一つ、《印断(いんだん)》。

 高密度に圧縮されたサイオンを纏わせることで魔法式や起動式を切断し、その発動や効力を無効化する技だ。

 現代魔法における《術式解体(グラム・デモリッション)》と同等の性能を有するこの剣技は刀だけでなく身体の一部を媒体として振るうこともでき、また達人ともなれば圧力を保ったまま物理空間を飛翔させることも可能となる。

 

「なるほど。我らの『声』を盗み聞いているのか」

 

 5度に渡る攻防を経て、アークトゥルスは煉の反応速度の理由に辿り着いた。

 『パラサイト』特有の共有感応知覚能力――共知覚によってアークトゥルスの狙いを読み取り、未来予知染みた対応を可能としているのだ。

 

「人聞き悪いなぁ。君らがお喋りなだけやろ」

 

 肯定も否定もなく、煉は心外だとばかりにため息を吐く。

 その反応からアークトゥルスは自身の推測が正しいと断定して更なる問いを重ねた。

 

「『声』が聞こえるとなると、封じ込めたわけではないようだな。何をした?」

 

 瞬間、表情豊かだった煉が一転して冷めた顔つきを浮かべた。

 眼差しは一層鋭く、口元はそれまでの微笑から冷笑に変わっている。

 

「なんや憑りついてこようしとったさかい、言うこと聞かしただけやで。爺さまのしつこさに比べたらよっぽど聞き分けよかったわ」

 

 その言葉の真意を読み取ることはアークトゥルスにはできなかった。

 だが自分を含む同胞全体が嘲笑されているのだということは容易に理解できた。

 

「仲間にならないのなら同胞は返してもらおう」

 

「先に手出してきたんはそっちやろ? 折角やし、このまま使わさしてもらうわ」

 

 アークトゥルスの攻撃が再開し、煉は手にサイオンを纏わせる。

 二人の攻防は位置を変えながら続き、けれどただの一度も音や衝撃が発せられることはなかった。

 

 絶え間なく攻撃を続けるアークトゥルスに対処しつつ、煉は中華街の北門へと向かった。

 

 固く閉ざされた門扉は余所者の侵入を阻む壁であると同時に、内側からの脱走を防ぐ檻の役割も担っている。

 重量に加え魔法的な守りも施されており、容易に開くことは叶わないだろう。

 

 加えて、今宵のそこにはいつもならいないはずの門番までもが立っていた。

 

「御加減はいかがですか?」

 

 音もなく眼前に現れた周に驚くことはなく、煉は口元の笑みを絶やさずに応える。

 

先生(せんせ)、えらいお世話になりました」

 

「こちらこそ、貴方のお陰で色々と助かりました」

 

 どちらの口調も穏やかで剣呑さはない。

 そして、互いに一切の油断を見せていないのも同じだった。

 

「できることなら、このまま残ってもらいたいのですが」

 

 言いながら周はちらと煉の背後へと視線をずらした。

 直後、精神の内に従えた妖魔が危機を知らせ、煉は振り返りざまに右手を振るう。

 追いついたアークトゥルスの魔法を間一髪で切断し、さらに背後から迫る黒犬をも叩き落とした煉はそのまま微笑を湛える周へ向かって駆け出した。

 

「堪忍え。失くした思てたもん見つけたさかい、お暇させてもらいます」

 

「困りましたね。貴方の身柄を回収したのは器にするためだったのですが!」

 

 強く言い放った周の影から3頭の黒犬が飛び出し、間近に迫った煉に牙を剥く。

 パラサイトを宿していない周からは思念の盗聴ができず、一瞬にも満たない間に3頭もの猛獣から逃れることは不可能。

 

 鋭い爪と牙が煉の肉体に突き立てられ――そのまま霞のように青年の姿が消失した。

 

「なるほど。我々はずっと分身体を相手にしていたのですか」

 

 納得を口にして、周は門の方へと視線を向ける。

 固く閉ざされていたはずのそこにはいつの間にか小さな隙間ができていて、出ていったであろう青年の気配はすでにどこにも感じられなかった。反撃の一つもなかったあたり、自分たちは障害にすらならなかったのだろう。

 

「まあいいでしょう。彼の目的は我々にとっても好都合ですから」

 

 負け惜しみと承知の上で尚呟いて、周は部下へ扉の閉鎖を命じる。

 アークトゥルスを伴って自身の店へ戻る周は、煉がこの国にもたらすであろう混乱を予想して心からの笑みを浮かべていた。

 

 

 

 告白編 完

 

 

 




 
 
 
 
 
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