モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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訪問者編
プロローグ


 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 2095年11月6日。

 

 大亜連合軍による横浜侵攻から1週間が経過した。世間では未だ先の侵攻に対する報道が大半を占め、国内には緊迫した空気が残っていた。

 日本政府はこの戦いの落としどころを付けるために連日交渉を重ねていて、奇襲を許す形となった国防軍は依然として厳戒態勢を続けている。日常が戻ってくるのは当面先のことだろう。

 

 この日、九重八雲は不意の来客を迎えていた。

 

 本堂の奥の間で珍しく袈裟を身に付けた八雲が下座に着く。

 世捨て人を自称する彼が世俗での立場を気に掛けなければならない相手ということだ。

 

 迎えた客は八雲と同じく頭を剃り上げた僧形の老人だった。

 灰色の太い眉に丸く大きな眼。特別整っているわけではないが、顔つきや皺の形に威厳と風格を感じさせる。最も目を引くのはその左目で、白く濁った瞳が相対する者に異様な圧迫感を与えていた。

 

 身に纏っているのは高級ブランドのオーダーメイドスーツ。それを厭味もなく着こなす身体は衰えてこそいるものの広く厚く、若い頃は相当な偉丈夫だったことを思わせる。

 淀みなく上座に腰を下ろす所作は無造作でありながら洗練されていて、俗世間での権威とそこで培われた威風とが滲んでいた。

 

青波入道(せいはにゅうどう)閣下ともあろう御方が、このような無名の寺に度々お越しくださるとは、一体どのような風の吹き回しですかな」

 

 わざとらしい口調で言った八雲が適当に点てたお茶を差し出す。

 老人は気にした素振りもなく茶碗を手に取ると、一口グイと飲んで畳へ戻した。形式の一切を無視した飲み方だが、不思議と無作法な印象はなかった。

 

「無名の寺か。謙遜も度が過ぎると嫌味だぞ、九重八雲」

 

 飄々とした態度を崩さない八雲に、老人は健常な右目を眇めて続ける。

 

「そもそも無名の寺の住職如きが、この東道(とうどう)青波(あおば)に対しそのようにぞんざいな口を利けるものか」

 

「おや、お気に障りましたか」

 

(いな)。むしろ心地好い」

 

 東道老人は再び椀へ手を伸ばし、八雲が点てたお茶の残りを一息で飲み干した。

 空になった椀を畳に置いて、異相の両目双方を八雲に向ける。

 

「代わりを所望する」

 

 世間のほとんどの人間が竦み上がる眼差しに、八雲は薄笑いで会釈を返した。

 茶碗を取って抹茶をふるい、風炉で沸かした湯を注いで茶筅を手に取る。慣れた手つきで湯と抹茶を攪拌しながら、口調だけはのんびりと東道老人へ訊ねた。

 

「それで閣下、本日はどのようなご用件で?」

 

 言葉を結ぶのと同時に茶筅を引き上げ、仄かに湯気の立つ椀を押し出して続ける。

 

「以前お越しになられたのは三月(みつき)ほど前でしたか。拙僧の顔を見に来られたというわけでもありますまい。またぞろ目付のご依頼ですかな?」

 

 八雲が言う『以前』とは8月14日のこと。達也と深雪が九校戦の報告に訪れた際、予定外の訪問で割り込んだ先客がこの東道老人だった。

 その時は()()()()()()()()()()()を求められたのだが、見立て通り死地へと飛び込もうとした少年に堪らず忠告までも施してしまった。

 

 縁も所縁もない少年を甘やかしてしまったのは、その素性を憐れに思ったから。

 僅かにでも私情を交えた時点で、世捨て人を自認する八雲にとっては自戒のもとだ。

 

此度(こたび)は別に貴殿の力を借りたい」

 

 だからこそ、東道老人へ応じる八雲には常程のいい加減さが見られなかった。

 

「……伺いましょう」

 

 誤魔化しもお道化もなく頷いた八雲にほんの短い沈黙を挟んで、老人が口を開く。

 

「周公瑾なる大陸の妖術師の跳梁(ちょうりょう)、目に余る。妖魔の存在はただでさえケガレをまき散らす。それをあのように見境なく増やされては清祓(せいばつ)が間に合わぬ」

 

「閣下、神事の話を坊主にされても困るのですが」

 

「清祓に加われと言うつもりはない。貴殿にはケガレの元を絶つ手助けをして欲しいだけだ」

 

「つまり、周公瑾なる妖術師を退治せよと?」

 

 本心からため息を吐く。

 目の前の老人の手の広さを知っていればこそ、妖術師一人の始末に自分が手を貸す必要性があるとは思えない。にもかかわらず依頼を持ち掛けてくるということは、かの東道青波が自身の手先を使いたくない案件ということだ。

 

「大人しくさせれば良い。生死は問わぬ」

 

 要求が暗殺から牽制に変わったとて、面倒なことに変わりはない。

 八雲は困ったように眉を寄せ、細やかな抵抗を試みる。

 

「拙僧が世俗に手を出すと本山がうるさいのですよ」

 

 言い訳がましい文句ではあるものの決して冗談ではない。

 八雲にとっては情けないことだが、おいそれと無視できることではなかった。

 それこそ、目の前の老人が相手でなければ断る口実になったかもしれないほどに。

 

「『比叡山』とは話をつけてある」

 

「左様ですか」

 

 根回しの周到ぶりに再度ため息が漏れる。

 東道青波がその権力を惜しまないとなれば、断る理由は残っていないも同然だ。

 

「貴殿に多くを望むつもりはない。そのような立場でもないしな」

 

「具体的なお望みを仰ってみてください。お引き受けできるかはそれからです」

 

 それでも依然としてこのような回答ができるのは八雲ならではだろう。

 

 たとえばこれが九島烈だったなら断るという選択肢は初めから存在しなかった。

 同じように達也や深雪の属する『四葉家』はその前身である魔法技能師開発第四研究所よりも前から出資と支援を受けており、こちらもまた東道老人の要望に逆らうことができない。

 

 支援を受ける立場ではなく、また俗世の権威から離れた八雲だからこそ、依頼という表面上は対等な交渉が成り立っているのだ。断ることができるかどうかは別として。

 

「久沙凪の末裔を知っておるな」

 

「……入道閣下も『神剣』を求めておいでなのですか」

 

 昨今しきりに聞く名を耳にして、八雲は堪らず呆れを漏らした。

 

 日ノ本を陰で操り支える『元老院』なる組織。

 その中心に座る四大老の一つにして『息長真人(おきながのまひと)』を自称する穂州実家が『神剣』――『神器』を求めていることは把握していたが、()()()()()()()青波までもが同じだとは考えていなかった。

 

「偶然の産物ではあるが、あの力は一つの極致だ。精々役立ってもらわねばならん」

 

 道理で目付を依頼してくるはずだ。

 必要なのはあの少年の身柄でも知識でもなく、その内にある『欠片』だったわけだ。

 

「周公瑾如きで、彼をどうこうできるとは思えませんが」

 

 久沙凪がどのような一族かはよく知っている。

 達也に依頼されるまでもなく、その思想と末路は詳細に把握している。

 かの一族が生み出した『集大成』が、俗世の陰に隠れ潜む『一介の妖術師』如きに後れを取るとは微塵も思っていなかった。

 

「私は久沙凪煉が周公瑾に討たれることを恐れているのではない」

 

「では妖魔に惑わされる可能性を懸念されているのですか?」

 

 この時点で、八雲はUSNAからやってきた精神生命体が煉に憑依させられた事実を掴んでいた。国内に潜む妖魔たちと同調している様子がないことから、どうやら『調伏』したらしいことも確信に至っている。

 

 縁の結ばれた相手を調べるのは忍びの常。

 そんな九重寺に匹敵する情報収集手段が東道青葉の手の内にもまた存在していると、八雲は当たり前のように知っていた。

 

「『九』の成果を手にした一族が、宿主を得なければ意志を持てない妖魔(パラサイト)程度に屈することはないと思いますが」

 

「羽虫の音を鬱陶しく感じることもあろう」

 

 その一言で八雲は東道老人が何を気に掛けているのか理解した。

 彼が案じているのは手間を取らされること。敵の襲来を迎え撃つことで久沙凪煉が刃の鍛錬に集中できなくなる状況を、東道青葉は避けようとしている。

 

「私が貴殿に頼みたいのは、久沙凪煉が雑事にかかずらわされぬよう、周公瑾と妖魔どもを関東へ釘付けにすることだ」

 

「始末をつけずともよろしいので?」

 

「処分できればそれに越したことはないが、そちらはついでで構わない。どうせ、放っておいても周公瑾に先はない」

 

 東道青葉が先はないと口にした以上、近いうちに手の者を差し向けるのだろう。

 今回そこに注力しようとしないのは周公瑾よりも厄介な連中がいるからに違いない。思想を汚染された外国の軍人魔法師が相手ともなればさもありなん。

 

「そういうことでしたら承りましょう。先代の話とはいえ、一時は同門の士だったわけですからな」

 

「感謝する。報酬は座布団十枚でどうだ?」

 

 この場合の『座布団』とは紙幣での取引が一般的だった頃の隠語だ。

 『座布団』一枚で一万円札が一万枚、つまり一億円。十枚なら十億円になる。

 

「いえいえ。これでも拙僧は世捨て人のつもりです。金銭の報酬など必要ありません」

 

 八雲が苦笑いで首を振ると、対面の東道老人は真面目な顔で同じ動作を取った。

 

「タダより高いものはない、というのは真理だ。少なくとも私はそう思っている。現金を受け取りたくないというのであれば、適当な仏像でも見繕って届けさせよう」

 

 無論、ただの仏像ではない。以前似たような問答の末に贈られたものは完全な純金製で、軽々に祀るわけにもいかず頭を悩まされた。提示された報酬の額を思えば今回も同程度のサイズになるだろう。

 

「処分に困るものはご勘弁願いますよ」

 

「貴殿が処分に困る? それはそれで面白そうだが、あり得んだろう」

 

 鼻を鳴らして膝に手を突き、東道老人がゆっくりと立ち上がる。

 一拍置いて八雲も静かに立ち上がり、客人に先んじて襖を開いた。

 

「相変わらず不味い茶だが、馳走になったな」

 

 すれ違いざまに告げられた決まり文句へ、八雲は毎度の常と化した笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 ● ● ●

 

 

 

 

 

 

 同日。旧山梨県山中に所在する十師族『四葉(よつば)』本家の応接室にて。

 

 『謁見室』とも呼ばれるこの部屋は広々とした洋風の空間で、中央には十人以上が囲めるほどの大テーブルが置かれている。壁に掛けられた油絵の他に調度品はなく、天然木のテーブルと長辺に二脚ずつ、計四脚のソファがあるだけだ。

 

 対面状に据えられたソファには今、二人の人間が腰を落としている。

 

 上座で優雅に紅茶のカップを傾けるのは四葉家現当主、四葉(よつば)真夜(まや)

 『極東の魔王』、『夜の女王』と呼ばれる世界最強の魔法師の一人であり、達也と深雪の叔母に当たる女性だ。実年齢は四十半ばだが、その妖しく可憐な見た目は三十代前半と言われても違和感がない。

 

 そんな魔女に相対するのは彼女の甥の達也だ。

 二人以外には誰もいない室内で、彼は堂々と真夜の対面に腰かけていた。

 

 それは本来なら決して許されることのない行為だ。

 このような光景を家中の人間に見られたら最後、怒号と叱責が飛び交うことだろう。

 

 魔法力の高さに価値を置く『四葉家』において達也の立場は良好ではない。

 その特異な魔法の有用性こそある程度は認められているものの、現代魔法を扱う才能に乏しい彼は寧ろ家内で著しく低い評価を受けている。

 当主の実の姉の子でありながら後継者候補にすら入っておらず、使い捨ての護衛(ガーディアン)の役目を与えられているだけだ。

 

 達也に許されているのは、深雪のガーディアンとして必要なことだけ。

 独立魔装大隊の『大黒竜也』として働く際は一時的に制限を解かれるものの、優先されるのはあくまでも司波深雪のガーディアンとしての務めだ。

 

 だからこそ、真夜の前で達也は自由に振る舞うことを許されてはいない。

 ましてや当主の許可なくその対面に座すなどと、そのような狼藉を働く者は四葉家に一人として存在しない。

 

 しかし、不遜な態度を見せる甥を真夜は咎めようとはしなかった。

 

「貴方とこうして向かい合うのは三年ぶりね」

 

 余裕を覗わせる笑みを浮かべて魔女が呟く。

 彼女の手には紅茶のカップが握られていて、静かに口を付ける間を待ってから達也が応じた。

 

「こうしてお声を掛けていただくのはこれが初めてです、叔母上」

 

「そうだったかしら」

 

 カップを置いた真夜が小首を傾げる。

 妖艶な上にも可愛らしさの滲む仕草は多くの男性を魅了するもの。

 けれどそれを真正面から受けて尚、達也の表情は微動だにしなかった。

 

「そういえば、二人だけでお話しするのはこれが初めてでしたか」

 

「はい」

 

 砕けた口調で笑みを浮かべる真夜に対し、達也は表情も言葉遣いも冷淡なままだ。

 決して達也の独り相撲というわけではない。真夜の口は確かに笑みの形を作っているものの、瞳に友好的な色は一切見られなかった。

 

「それで、お話しとは何でしょうか」

 

 緊張も畏怖も滲ませず、本題に入るよう促す。

 きっとそれこそが自分たち兄妹を呼びつけた理由だと、達也は予想していた。

 

 

 

 達也が四葉の本邸を訪ねたのは真夜の出頭命令を受けたからだ。

 深雪共々この部屋で叔母と対面した時は、彼ら兄妹に加えて風間が同席していた。

 

 独立魔装大隊の隊長である風間を交えて行われたのは、先の『横浜侵攻』に伴う情勢の変化の知らせだった。

 

 矛を交えた大亜連合は元より、隣接する新ソ連や太平洋を挟んだUSNAまで、戦略級魔法《マテリアル・バースト》のもたらした戦果の影響は各国に及んだ。

 この大破壊によって大亜連合軍は最前線の港湾都市と多くの水上戦力を喪失。出撃予定だった国家公認戦略級魔法師――『十三使徒』の一人すらも失う甚大な損害を受け、国力の低下した大亜連合とは近日中の講和が成立すると予想された。

 

 このセンセーショナルな事態に対し、新ソ連とUSNAはそれぞれに動きを見せた。

 

 新ソ連は死亡した戦略級魔法師・(りゅう)(うん)(とく)と同じ『十三使徒』の一人、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフを太平洋艦隊の本拠であるウラジオストクへ配備。日本と大亜連合どちらの後背も突けるよう構えを見せた。

 一方のUSNAは日本との同盟関係を口実に艦隊を派遣。戦闘の終結によりそのまま横須賀へ入港することとはなったが、代わりに補佐官を含む駐在武官の増員を申し出た。

 

 どちらも戦略級魔法《マテリアル・バースト》を念頭に置いたもの。

 つまりそれを放った達也の正体を探り、或いは牽制するための動きだ。

 四葉家にとって、達也の正体が露見することは許容できない事態だった。

 

 しばらく達也との接触を避けるよう要請した真夜は風間から望み通りの回答を受け取った後、退室する一同の中から達也だけを呼び止めた。

 心配げに振り返った深雪へ別室で控えるよう命じ、自身の執事すらも下がらせた真夜はこうして一対一で達也と向き合っていた。

 

 

 

 話の内容に当たりを付けながら、達也は真夜の回答を待つ。

 長い間が空いた後、眼差しを一段と厳しくして真夜が切り出した。

 

「今回はご活躍だったわね、達也さん」

 

 今の彼女を前に、その言葉を額面通りに受け取る者はいないだろう。

 当然、達也も褒められているなどとは欠片も思わなかった。

 

「でも四葉にとっては、困ったことをしてくれたものだわ」

 

「申し訳ありません」

 

 大袈裟にため息を吐いて見せる叔母に達也もまた形式的な謝罪を返した。

 まるで応えた様子のない甥に興が冷めたのか、真夜は今度こそ本気のため息を吐く。

 

「貴方が命令に従っただけというのは判っています。あそこまでする必要があったのか、本当は風間少佐を問い詰めてみたかったのだけど、過ぎたことは仕方ないわね」

 

「恐れ入ります」

 

 今度の謝罪には多少なりと心がこもっていた。

 良し悪しはともかく、やり過ぎたという自覚はあるのだろう。

 達也のその態度を見て、真夜はひとまず溜飲を下げることにしたようだ。

 

「それより、問題は今後のことです」

 

「何か具体的な不都合が生じているのですか?」

 

 事務的な口調に切り替えた真夜はそこで一度間を取り、カップを口元に運んだ。

 瞼を閉じて紅茶を飲み、たっぷりと時間を掛けてテーブルのソーサーへ戻す。

 

「『スターズ』が動いているわ」

 

 顔を上げるなり放たれた一言に、達也は眉を寄せて見せた。

 

「それはUSNA自体が動き出している、という意味でしょうか」

 

 USNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊『スターズ』。

 陸・海・空軍や海兵隊に続くUSNA軍第5の軍系統で、USNAにおける魔法師戦力の最高峰に位置する集団だ。虎の子の実戦魔法師を国外での任務に投入したとなれば、USNAという国自体がこの件に本気で臨んでいる可能性もある。

 

「今はまだスターズが独自に調査を行っている段階よ。でも彼らは既に、あの爆発が『質量をエネルギーに変換する魔法』によって引き起こされたものということまで掴んでいるわ」

 

 とりあえず、最も警戒すべき状況には至っていないようだ。

 真夜の僅かな瞑目の間に胸を撫で下ろして、話の続きを待つ。

 

「術者の正体についてもかなりのところまで絞り込んでいます。具体的には、貴方と深雪さんを容疑者の一人として特定するまでに」

 

 一層鋭くなった視線を真正面から見返して、達也は小さく首を振った。

 

「すごい情報収集能力ですね」

 

「伊達に世界最強の魔法師部隊を名乗っていないということなのでしょうね」

 

「いえ。自分が申し上げているのは叔母上の手の者のことです」

 

 思わぬ返しを受けて真夜の表情が固まった。

 饒舌だった口が止まり、生じた隙間を埋めるように達也の反撃が続く。

 

「世界最強の魔法師部隊を自認する、USNA軍特殊部隊の諜報活動成果をほぼリアルタイムで探り出すとは。スパイでも潜り込ませているのですか?」

 

「……教えられないわ。生憎だけど」

 

「ごもっともです」

 

 何とか捻り出した応えに淡々と返されて、真夜は一瞬だけ忌々しげな表情を浮かべる。

 しかしそこは『四葉』をまとめる魔女のこと、次の瞬間には顔色も声音も繕われていた。

 

「三年前の『沖縄海戦』以来、USNAでは艦隊を消滅させた手段について検証が続けられてきたそうよ。そしておよそ三カ月前、あれが『質量をエネルギーに変換する魔法』によってもたらされたものだと予想した」

 

 更なる情報を提示されて、達也は自分の想像以上に事が進行していると理解した。

 真夜が「困ったこと」と言った理由も察せられて、表向きはともかく内心では自省が働いていた。

 

「鎮海軍港への攻撃は彼らの推論が正しいことを証明してしまった。秘密裏に進められていた調査が迅速性を優先し始めたのはそれが理由でしょうね」

 

 駐在武官の増員もまたそれに関係しているのだろう。

 先日の侵攻の前にも風間からスターズの隊員が日本へ上陸したことは忠告を受けていて、当時は不透明だった目的もこれで見えてきた形だ。

 

「すでにスターズの人員は日本に入ってきています。別の思惑も混ざっているようだけれど、一番の狙いは術者の確保または抹殺。身の周りには十分に気を付けなさい。彼らは今まで貴方が相手にしてきた連中のように甘い相手ではないわよ」

 

 それが忠告ではなく警告だと、達也は正しく理解した。

 

「『四葉』に飛び火する可能性が出てくれば、別のところから刺客が送り込まれるということですね。肝に銘じます」

 

 達也と真夜の視線が交差する。

 言外の脅しに開き直って応じた達也は続く真夜の言葉を予期していた。

 

 深雪のガーディアンという立場の解任。そして第一高校からの退学。

 前者はもちろん、後者だけであっても受け容れることは不可能だ。

 

「本当は貴方に学校を辞めてもらうつもりだったのだけど」

 

 だからこそ、続く真夜の発言に達也は意外感を禁じえなかった。

 強硬手段に訴えられる可能性すら想定していただけに、あっさりと引き下がられたことで反撃の言葉を失った。

 

「スターズが本格的に動いているとなれば、そうも言っていられないわね。深雪さんの身の安全のためには貴方が傍に付いていないと」

 

 不本意だという姿勢を強調した上で、真夜は自ら譲歩を示してみせる。

 目的を測りかねる達也へ、本気の笑みを浮かべた真夜から代わりの質問が飛んできた。

 

「ところで、達也さんは久沙凪煉と手合わせをしたことがあるのよね?」

 

 これを訊くためだったのかと、納得を抱いた。

 これで引き下がるのならばと、譲歩を決めた。

 

「厄介な相手です。忍術と似た系統の隠形、或いは精神干渉系魔法の遣い手かと」

 

 慇懃無礼な態度を改めて、達也は正直に真夜の問いへ答える。

 直前までの張り詰めた雰囲気がいくらか和らぎ、叔母と甥はどちらも普段通りの――深雪が同席している時の声音で会話を続けた。

 

「貴方の『眼』でも捉えられなかったということかしら」

 

「《雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)》の照準を外されました。物理次元においても情報次元においても、存在を隠蔽する術を持っているようです」

 

「達也さんでもそうだとすると、(つか)まえるのは難しそうね」

 

 困ったとばかりに頬へ手を当てる真夜を、達也は無感情に見つめる。

 

 寛大な処置を受けたという自覚はある。

 報告していなかった情報を対価として差し出すことにも躊躇いはない。

 だが、訊かれたこと以上のことを自発的に答えるつもりもなかった。

 

「お話は以上です。下がっていいですよ」

 

「失礼します」

 

 立ち上がって一礼する達也を、真夜はじっと見詰めたまま手を振って見送った。

 

 

 

 

 

 




 
 
 
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