モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う 作:惣名阿万
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2095年も残すところ1カ月となった。
この一年は国立魔法大学付属第一高校の生徒にとって激動の年となった。
春にはテロリストの襲撃があり、夏には九校戦が国際犯罪シンジゲートの標的になった。
秋の論文コンペティションは開催地の横浜が敵国の侵攻を受け、巻き込まれる形となった一高からも2人の犠牲者が出てしまった。
11月7日に行われた両名の告別式には故人のクラスメイトや友人などが数多く参列し、銘々が早すぎる別れを惜しんだ。
犠牲者が出てしまったこともあり、授業の再開した一高ではどことなく沈鬱な雰囲気が漂っていたものの、侵攻から1カ月が経つ頃になると元の活気もおおよそ戻ってきた。
とりわけ学生たちの間で話題に挙がりがちなのは目前に迫った学期末試験だ。
これまでの成果が問われるそこへ向けラストスパートをかけている。普段あまり勉強に熱心でない生徒もこの時ばかりは端末へかじりついていて、実技練習の行える実習室は終日予約で埋め尽くされていた。
午前で授業が終わる土曜日も同様で、大半の生徒は資料も多く合法的に魔法の練習ができる学校へ残っている。
そんな状況の中、一高一年でも成績上位者の集まるグループは昼食を終えた時点で揃って下校していた。
いつものメンバーが一団となって向かったのは北山家の屋敷だった。
目的は当然、学期末試験に向けた勉強会。だがダイニングテーブルを囲む一同の顔に切羽詰まった様子は一切見られない。
何しろ理論で学年筆頭の達也を始め、達也に次ぐ理論2位で学年総代の深雪、前期の学期末試験で理論3位となった幹比古の他、ほのかや雫、美月も成績上位者だ。エリカもトップ層にこそ及ばずとも十分優秀な成績で、唯一平凡なレオですら赤点科目は一つもない。
身も蓋もない言い方をすれば、今さら勉強会をする必要はない。
赤点を心配しなければいけないのはむしろ実技の方で、けれど魔法実技の練習ができる場所は一部の例外を除いて学校外には存在しない。飛び入りで入り込めるほど実習室の予約に隙はなく、週明けの火曜日にはしっかりと練習時間を確保してある。
彼らがこうして集まっているのは、勉強会という体で親交を深めるため。
中止となった論文コンペティション以来なかなか予定の合わなかった彼らが一堂に会する機会を楽しむためだ。
「……ぐぁーっ! 訳わかんねぇ!」
「うるさい! 叫ぶな! 鬱陶しい!」
「レオくんもエリカちゃんも、落ち着いて……」
時折こうした奇声が上がるものの、テーブルを囲む一同の雰囲気は和やかだった。
北山家の屋敷に蓄えられた菓子類は女性陣のみならず男子メンバーをも唸らせ、黒沢女史の淹れた紅茶とコーヒーを楽しむ彼らの姿は勉強会というよりもはやお茶会の様相を呈している。
和気藹々とした談笑の中に爆弾発言が投じられたのは、およそ2時間が経過した頃。
本来の目的の勉強が一段落し、年末年始の予定が話題に挙がった時だった。
「えっ? 雫、もう一回言ってくれない?」
「実はアメリカに留学することになった」
慌てて訊き返したほのかに、雫は一言一句変わらぬ台詞を全く同じ口調で繰り返す。
たっぷり3秒ほど掛けて内容を理解したほのかは自身へ集まる視線にも気付かず雫の肩を掴んだ。
「聞いてないよ!」
「ごめん。昨日まで口止めされてたから」
ほとんど悲鳴のような声で詰め寄られ、雫は頭を下げることしかできなかった。
雫自身、親友にだけなら打ち明けてもいいのではと考えなかったわけではないが、父親からいつになく厳しい態度で禁じられていたのだ。
未だ半年の付き合いしかない他のメンバーにもわかるほど恐縮した表情を浮かべる雫。
事情を察したほのかが謝罪を口にし、雰囲気の和らいだところでエリカが気を取り直すように訊ねる。
「留学なんてできたの?」
雫の能力を疑っての発言では当然ない。
この時代、ハイレベルな魔法師は不慮の事故や遺伝子の流出――軍事資源の流出を避けるため、政府によって海外渡航を実質的に制限されている。
USNAは一応の同盟国ではあるものの潜在的には競合国であり、魔法技能開発に関しては強力なライバル国の一つだ。そんな国への留学など普通は認められない。
「なんでか許可が下りた。父さんが言うには交換留学だから、らしいけど」
「交換留学だったら何故OKが出るんでしょう?」
「さあ」
美月の疑問は尤もで、許可を得られた当人が首を傾げたとしてもおかしくはない。
誰よりその手の事情に通じた達也ですら日本政府の思惑に見当はつかなかった。
「期間は? いつ出発するんだ?」
達也はわからないことを追及するよりも、建設的に話を進めることを選んだ。
実際、何人かは達也のした質問と同じ興味を抱いていた。
「年が明けてすぐに。期間は三カ月」
「なんだ、びっくりさせないでよ」
安心したようにほのかがため息を漏らす。
もっと長い期間を想像していたのか、直前までの泣き出しそうな表情が晴れていった。
「留学先はアメリカの何処なの?」
ほのかの反応に小さく笑みを浮かべてエリカが雫へ問いかける。
問われた雫も視線は親友の方へ向いていて、口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「カリフォルニアのバークレー」
「ボストンじゃないのね」
意外といった風を隠すことなく深雪が続く。
日本においては『USNAの現代魔法研究の中心はボストンである』との認識が普遍的であり、深雪の発言もこの観念に基づいたものだ。
実際、ボストンは留学先の候補として第一に挙がっていたものの、雫の父・北山潮の判断によって却下された経緯があった。
「東海岸は雰囲気が良くないらしくて」
「ああ、『人間主義者』が幅を利かせてるんだっけ。最近ニュースでよく見るよね」
思い出したとばかりに頷いたのは幹比古だった。
魔法排斥を謳う主張は魔法技能開発の黎明期から根強くあり、USNAはそうした活動が最も盛んに行われている国の一つだ。魔法師への差別意識が強い州もあり、反魔法を掲げる政治団体の拠点が置かれている地域も少なくない。
「確かに、東海岸は避けた方がいいだろう。カリフォルニアならばという判断も理解できる」
「カリフォルニアやサンフランシスコは魔法師に寛容だって聞くけど、あれってどうしてなの?」
エリカが斜向かいの達也に訊ねると、一同の視線が一斉にそちらへ向いた。
追加の紅茶を準備している黒沢も心なしか耳をそばだてている。
「バークレーにある研究所では大戦の前から魔法を利用したエネルギー開発が研究されている。社会的貢献を果たしている分、魔法への偏見が少ない土地柄なんだそうだ」
「それは存じませんでした」
「とはいえ、『人間主義者』の活動はUSNA全土に広がっているとも聞く。地元住民だけならともかく、他の地域から来る人間もいる以上、用心するに越したことはない」
感心したように合いの手を入れた深雪へ苦笑いを浮かべつつ、達也は忠告の形で説明を締めくくる。
一同の間に納得と理解が拡がり、続くエリカの問いには興味の中に細やかな心配がブレンドされていた。
「誰か一緒に行く人はいるの? まさか独りでってわけじゃないだろうけど」
エリカとしては、付き人やボディガードの有無を問う質問だったのだろう。
だが答える雫の言葉には求めた以上の情報が含まれていた。
「向こうでハウスキーパーは雇うし、黒沢さんも付いてきてくれるよ。それに留学するのは私だけじゃないから」
自然と。雫自身も気付かぬほど小さな笑みが口元に浮かんだ。
内心が掴みにくい彼女の、ほんの僅かな表情の変化。
注視していても判別が難しいそれをしかし、親友のほのかは正確に読み解いた。
「もしかして、森崎くん?」
瞬間、雫の目元がピクリと動くのを今度は全員が認めた。
動揺と照れくささが由来のそれは場の空気を大いに弛緩させる。
「なるほどねぇ。そりゃあ楽しみにもなりますか」
「一緒に海外留学に行くなんて、なんだか憧れますね」
「ええ。ちょっと羨ましいわ」
先に反応は示したのは女性陣。エリカがニヤニヤと笑みを浮かべて頷けば、美月と深雪は言葉通りに羨望の眼差しを向ける。いずれもからかい半分、祝福半分といった口調だ。
一方、男子組の反応はまた別に向いていた。
「あいつがいるなら大丈夫だろ。下手なボディガードよりよっぽど頼りになるだろうぜ」
「彼なら実力も人格も申し分ないし、学校側としても威信を保てる人選じゃないかな」
レオと幹比古が口々に納得を示す。
どちらも駿の実力は間近で見たことがあり、人格面や素養に疑念を挟む余地もない。
全員の意識が留学の話題に、視線が雫の方へ集まっていた。
普段なら兄から注意を逸らすことのない深雪ですらそちらへ気を取られていた。
だからこそ、達也の視線が一瞬だけ鋭くなったことに誰一人気付くことはなかった。
「なら、森崎も交えてしっかりと送別会をしなきゃな」
極僅かな間隙の内に表情を繕って、当然のように達也が提案する。
一同から賛成の声が上がり、送られる側の雫も嬉しさと恥じらいの入り混じった笑みを浮かべた。
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雫と駿の送別会は12月24日のクリスマス・イブに開かれた。
三度目の世界大戦を経た今も日本人は変わらず宗教に関して無頓着なままで、法事もクリスマスも正月も並べて過ごすことに違和感を抱くことはない。神道系の古式魔法師である幹比古すらも西洋の祝日を抵抗なく受け入れているほどだ。
駅から程近くの喫茶店『アイネブリーゼ』もまた街中の雰囲気に違わぬ紅白の装飾が施されていた。
テーブルには大きなホールケーキが置かれていて、生クリームの上に飾られた板チョコレートには『Merry Xmas』の文字が描かれている。
貸し切りの看板が掛けられた店内は普段と内装の配置が変わり、中央で正方形に並べられたテーブルを囲む面々は幹事役の挨拶を今か今かと待っていた。
当の幹事役はまさか自分が挨拶をすることになるとは思っていなかったようで、妹に背中を押されて進み出る顔にはまだ困惑が浮かんでいた。
華やかな祝いの席に仏頂面は似つかわしくない。
割り切った達也はすぐに表情を改め、テーブルを囲む一同へ呼びかけた。
「いささか送別会の趣旨とは変わったが、折角ケーキも用意してもらったことだし、乾杯はこのフレーズで行こうか」
ノンアルコールのシャンパンが注がれたグラスを手に落ち着いた声で続ける。
「メリークリスマス」
乾杯の音頭と共にグラスを掲げると、友人たちは歓声で応えてグラスを突き上げた。
思い思いにグラスを合わせ、黄金色の中身を口にする。
間もなく談笑が始まり、店内はすぐに快活な話し声に満ちていった。
達也の両隣には深雪とほのかが陣取り、幹比古と美月がグラスを向け合う姿を見てエリカがからかう。やれやれと言わんばかりに食って掛かるレオに噛みつき返す姿は一年で何度見たことか。
一方、聖夜も変わらずいつも通りの光景を繰り広げる一同の脇で、この日の主賓に当たる二人だけはこれまでと少しだけ異なる雰囲気を生んでいた。
「メリークリスマス、雫」
「メリークリスマス。アメリカでもよろしくね」
「こちらこそ。互いに良い経験を積んでこよう」
横浜での一件に伴う休校が明けると、二人の距離は以前にも増して近付いていた。
名前で呼び合う仲なのは周知のことだが、一定の距離を保ってきた駿の姿勢が変わり始めているのを全員が感じ取っていた。
「これで恋人でも婚約者でもないって言うんだから、わからないものよね」
和気藹々と笑顔を交わす二人を横目に見て、エリカが露骨なため息を漏らす。
どうやらレオを弄るのには飽きたらしい。彼女の向こうでは幹比古と美月が談笑に興じていて、レオは男子高校生らしくローストターキーへと手を伸ばしている。
「元々の性格差があるとはいえ、桐原先輩たちの方がよほど初々しく見えるな」
「サーヤも桐原先輩も奥手だから。啓先輩たちはさすがだけど」
やれやれと言わんばかりな言に達也が乗ると、エリカは肩を竦めて首を振ってみせた。
達也の世話を焼いていた深雪とほのかも視線の先の光景に気付いて、友人というには近い距離感の彼らへ他人事のような笑みを浮かべる。
「ほのか。ベイヒルズタワーの屋上に残った時、何があったの?」
「わからない。気を失った森崎くんの傍にいたのは知ってるけど、ヘリの中でどんな話をしたのかは答えてくれなかったから」
どうやら関係が変化したきっかけについては見当が付いているらしい。
達也は直接立ち合っていなかったものの、ベイヒルズタワーへ向かう機内で何があったかは深雪からあらましを聞いていた。
駿の使った魔法がほとんど予想通りだったことも、当の本人の様子がおかしかったことも、あくまで伝聞情報としては把握している。
「あの時の森崎くん、すごく切羽詰まった感じだったのに、学校で会った時にはもう元の感じに戻ってたよね」
「雫と話して何かが解消されたのかしら。でもそれにしては……」
深雪が詰まらせた言葉の先を明言できる者はいなかった。
ほのかは駿の内心を理解できるほど関心が深くなく、深雪は類似する感情を抱いたことがない。達也は直接その姿を見ていないので推論のための根拠が足りなかった。
唯一エリカだけは駿の心情を推察するに至っていたものの、剣士の矜持が彼女の口を閉ざしていた。
悶々とした沈黙を破ったのは達也だった。
「まあ、何をもって交際とするかは意見の分かれるところだろうが、あの様子を見る限り互いを想い合っているのは確かなのだろうな」
いささか的外れな発言に女子三人の視線が集まる。
素知らぬ顔で駿と雫のやり取りを眺める達也を見て、意図を汲んだエリカが意地の悪い笑みを浮かべた。
「そういえば、兄妹で似たような雰囲気を作る人たちもいたんだったわね」
「そうね。修次さんを前にした時のエリカなんてまさにあんな感じだもの」
「……深雪にだけは言われたくないんですけど」
一拍遅れて兄の真意を察した深雪が反撃すると、エリカは不満げに口を尖らせる。
目論見通りパーティーに相応しくない雰囲気は払拭されただけに強く反論することもできず、割を食う形となったエリカは恨めしげな眼差しを達也へ向けることしかできなかった。
送別会と銘打ってはいても、春には再会できることがわかっている短期留学だ。
しかも魔法師は滅多に体験できない海外への旅となれば心配や不安よりも期待と憧れが上回るのは自然なこと。友人たちの興味は長らく尽きず、一段落つく頃にはテーブルの料理やデザートのほとんどがなくなっていた。
「荷造りはもう済んだのか?」
女性陣からの質問攻めをやり過ごした駿へ、達也は追加のオードブルが載ったプレートを差し出す。
礼を言って一つを受け取った駿はそれを自身の取り皿へ置きながら頷いた。
「おおよそはな。年末までにもう一つ仕事があって全部とはいかないんだが」
「冬休みに入ってもお仕事があるなんて、やっぱり大変なんですね」
斜向かいから美月が無邪気に同情を表すと、駿は大袈裟に肩を竦めて見せる。
「年の瀬は毎年忙しくてね。師走の名は伊達じゃない」
駿に限らず、魔法科高校には大なり小なり家業に携わっている学生が多い。
エリカや幹比古も実家の道場で弟子相手に指導をする機会もあり、雫も頻度こそ少ないものの父親の手伝いで会食や宴席に参加することがある。達也に至っては『トーラス・シルバー』の名で数多のCAD関連製品を開発する主力技術者だ。
年末に繁忙期を迎える業界が多いのは広く知られた事実。とはいえ未だ高校生の駿が駆り出される案件となれば只事ではない。ましてや海外留学を目前に控えている身だ。何か駿でなければならない事情があるのだろうと、この場のおよそ半数は勘付いていた。
「こんな時に仕事の話はヤメヤメ。それより、代わりに来る子のことは知ってる?」
愚痴の体で話題を流そうとした駿へエリカが助け舟を出す。
一同の注意がデザートを味わう雫へと向き、問われた雫が唐突な質問に首を傾げた。
「代わり?」
「交換留学なのよね?」
思惑を察した深雪がフォローすると、雫は「ああ」と小さく呟いた。
表情を変えないまま口元を隠していた手を下ろし、エリカへ目線を向けながら答える。
「
「それ以上のことはわからないか」
「それだけ?」と言いたげな顔が並ぶ中で達也が訊ね、雫は当然とばかりに頷いた。
やや拍子抜けな回答に微妙な沈黙が流れ、雫に向いていた視線が今度は駿へと集まる。
期待の現れか、或いは尻切れトンボな空気感の払拭を求めてか。
いずれにせよ損な役回りであることに変わりはなく、駿は軽く息を吐いた後でゆっくりと口を開いた。
「あくまで推測だが、一高に来る二人もハイレベルな魔法師なんじゃないか」
仮定の上での話だと前置きをした上で、自らを示すように右手を鳩尾の辺りへ当てて持論を明らかにしていく。
「僕らが留学する先も魔法を教えているハイスクールだ。交換留学と謳っている以上、向こうから来る学生も魔法師だと考えるのが自然だろう。政府主導の企画だということを考えれば、ある程度優秀な人材を出してくると思う」
順当な推論に何人かが頷いて、残りは駿の『らしさ』に呆れに似た笑みを浮かべた。
いくつか生温かな眼差しが向けられているのを感じてか、駿は滅多に見せない恥じらいを滲ませながら考察を締めくくる。
「どうあれ、お互いに学べることは多いに違いない」
結びとして放たれた一言に否定的な反応を示す者は一人としていなかった。
ただ、どういうわけかそれを口にした駿自身が誰より納得していないと、表情を注視していた達也には思えてならなかった。