モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第13話

 渡辺委員長が倒された。

 

 端末から聞こえてきた事実に、頭の中が真っ白になった。

 

 風紀委員長の渡辺摩利は七草会長、十文字会頭と並ぶ、『三巨頭』の一人だ。

 十師族の直系として類稀な魔法力を見せる二人に対し、渡辺委員長は多彩な魔法の組み合わせで他を圧倒する技巧派の魔法師と言える。数種類の魔法を同時に操り、組み合わせ、相手を幻惑させて撃破する対人戦闘のスペシャリストだ。

 

 彼女は原作においても持ち前のセンスを如何なく発揮していた。

 横浜に外国の軍が攻め寄せた際には、一対一でなかったとはいえ敵国のエース級魔法師と互角に渡り合っていたほどだ。

 

 そんな渡辺委員長が撃破されるほどの相手がこの場にいる。

 

 原作では語られていなかった。どころか、後のシーンに彼女は無傷で登場するのだ。

 原作ではこの後、図書館を制圧した達也が壬生先輩を保健室へ運び、そこでこの一件のあらましや裏事情、『ブランシュ』アジトの場所などが語られるのである。

 

 だが先程聞こえてきた通信は、僕の記憶にある場面とそぐわない。

 十中八九、原作にはなかった展開だ。達也が図書館に行っているとはいえ、いくらなんでも語られなかっただけとは考えづらい。

 

 原作との乖離――。

 

 恐れていたことが、起きてしまった。

 

 

 

 

 

 

 僕はこれまで、原作『魔法科高校の劣等生』で語られた流れを崩さないように努めてきた。

 それは色々な思惑があってのことではあるが、一つに『未知への怖さ』があったことは間違いない。

 

 この世界は、前世の日本に比べあまりに物騒だ。

 第3次世界大戦の影響は色濃く残り、他国との武力衝突も頻繁に起きる。

 テロや犯罪が頻発し、にもかかわらず魔法師への風当たりは強い。

 それは『魔法』という超常の力を年端も行かない若者が揮い、大の軍人を一蹴するような力を見せることすらあるからだ。

 

 スマートフォンに似た機器の操作一つ。

 腕に巻いた小さな端末の操作一つ。

 拳銃に酷似した武器の操作一つ。

 彼らは指先一つで人を殺傷する能力を持っている。

 

 平成生まれの日本人の記憶を持つ僕にとって、反魔法師運動や魔法師排斥運動を行う人々の気持ちは痛いほどによく理解できた。

 

 知らないことは、恐ろしいのだ。

 

 幸いにして、僕には原作知識があった。

 未来に何が起きるか、その果てに何があるのか、僕はある程度を知っている。

 

 知っていれば対処できる。

 知っていれば備えられる。

 知っていれば、諦めることもできる。

 

 だからこそ、僕は思ったのだ。

 既知の流れ、つまり原作と同じ展開を踏襲すれば、少なくとも未知の事件や戦いに巻き込まれて死ぬ可能性は低くなるのではないかと。

 その上で自身を鍛え、原作主人公と良好な関係を保つことができれば、僕は原作の森崎()よりも真っ当な学校生活を送れるのではないかと、そう考えた。

 

 原作通り第一高校へ進学し、原作通り風紀委員へ加入した。

 原作と違って達也たちとの関係は悪くなく、僕自身も彼らを支えるよう動いている。

 

 『魔法科高校の劣等生』の主人公は司波達也だ。

 彼はその特異な能力を以て、彼と彼の妹の幸せのために最大限力を尽くす。

 その過程で彼らを邪魔する者は悉くが阻まれ、追い詰められ、滅ぼされていった。

 

 達也との敵対は破滅を招く。深雪との確執は冷遇に繋がる。

 警戒されるだけならともかく、敵対を疑われるような行動は絶対にしないよう心掛けているのはそのためだ。

 

 もちろん、原作の一ファンとして彼らを慕う気持ちに嘘偽りはない。

 だが彼らと事を構えるのは得策ではないと頭の片隅で理解しているからこそ、自然と彼らに都合の良い行動をとってしまうのも確かだった。

 

 すべては原作通りの流れを汲むために。

 原作通り、達也がすべてを解決してくれると期待して。

 そのためにできる協力は惜しまないと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 だから、こうした原作とまるで異なる展開は予想していなかったのだ。

 

 『予想していない展開』に慣れていないから、そこで思考が止まってしまった。

 

 

 

 端末からは委員長へ呼びかける他の委員の声が聞こえてくる。

 渡辺委員長がテロリストに破られたというのは僕以外の人にとっても信じ難いことのようで、ひたすらに呼び掛ける声や恐慌する声が漏れ聞こえてきた。

 

 そこへ一喝が入った。

 

『狼狽えてんじゃねぇ! (あね)さんの言葉が聞こえなかったのか!』

 

 荒々しく力強い声にハッとする。

 辰巳先輩の怒声によっていくつも聞こえていた声は静かになった。

 

『こちらは三年の辰巳だ。渡辺委員長の負傷に伴い、臨時で指揮を執る。まずは委員長が言い残した通り、生徒会長と部活連会頭へ報告するぞ』

 

 一転して沈着な声が流れ出た。

 大らかだが無鉄砲な気質の辰巳先輩とは思えない理知的な発言だ。

 

 幸いにも、辰巳先輩の言葉に反抗する者は出なかった。

 それどころか、一番確執がありそうな人が真っ先に協調の声を発した。

 

『関本だ。僕は現在カフェテリア前にいる。直ちに講堂へ向かう。生徒会長への報告は任せてもらおう』

 

 同じ三年生で、辰巳先輩とは馬が合わない様子だった関本先輩だ。

 こちらは普段と同じ淡々とした声音だが、誰より早く辰巳先輩の意図を汲んで行動に移そうとしていた。

 

『了解だ。任せたぞ、関本。――あとは部活連だ。誰か、本部に近いやつはいないか』

 

 二人のやり取りを耳にして、当たり前のことを思い出した。

 

 そうだ。これは現実で、原作とは違う。

 原作と同じことしか起きないとは限らないのだ。

 知らない状況を前に動転したが、やることは何も変わらない。

 

 僕にできることをやる。それだけだ。

 

『こちら岡田。部活連本部は目の前です。会頭への報告は任せてください』

『よし。なら報告は関本、岡田の両名に任せる。残りの者は教師や警備職員を誘導しつつ、実験棟へ向かえ。姐さんの無念を晴らすぞ』

 

 端末を収め、一度大きく深呼吸をしてから振り返る。

 

 すぐ傍ではほのかと雫が心配げな眼差しを浮かべていた。

 話の内容が漏れ聞こえていたのかもしれない。あるいは僕の情けない醜態を目にしたからか。

 

「聞こえていたかもしれないが、僕は行かなくちゃならない。さっきも言ったけど、二人はここにいて、もし怪しいやつが来たら身を守ることを最優先に考えて欲しい」

 

 言うと、二人は真剣な顔になって頷いた。

 

「うん。わかった」

「君も気を付けて」

 

 改めてエールを受け取り、実験棟へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 実験棟の北を回り込み、中庭側へ出たところで、件の侵入者らしき人物を見つけた。

 

 背の高いひょろりとした男だった。

 年齢は二十歳前後。多分、大学生くらいだ。

 口元にニコニコとした笑みを張り付け、困ったように頭を掻いている。

 

「いやぁ、バレへんうちに退散しよう思うとったんやけどなぁ」

 

 悪びれる様子もなく、飄々と苦笑いを浮かべる男。

 その手には、抜き身の刀が握られていた。

 

 知らない男だ。会ったこともなければ知りもしない。

 原作にもこんな京言葉で話す人物は出てこなかった。

 

 格好だけを見れば道行く普通の若い男性といった印象だ。細い切れ長の瞳は緩やかな弧を描いていて、口元の笑みも含めて柔らかな雰囲気を醸し出している。

 

 だが手にした刀と、何よりもこの状況において一切動じていないその余裕が、この男の不気味さを際立たせていた。

 

 渡辺委員長を退けたほどだ。全く油断はできない。

 よほど強力な魔法師か、不意打ちが巧いか、あるいは相性が良かったのか。

 刀を持っているのを見る限り、剣術に精通していると考えるのが自然だが、それだけで委員長を打倒できるとは考えづらい。なにせあの人自体が千葉家で剣術を学んでいるのだから。

 

 先に到着していた風紀委員の先輩二人と職員の一人がすでに男を包囲している。にもかかわらず、男の余裕は崩れる気配がない。

 じりじりと距離を詰めながらCADを構える三人に対し、男は緊張感を感じさせない動きで顎に手を当てる。

 

「あんまり斬りたないんやけど、どないしよか」

 

 言って、男はニッと笑みを深めた。

 

「こいつ……!」

「大人しく降伏しろ!」

 

 舐められている。そう思ってか、先輩たちは語気を荒げて降伏を勧告した。

 しかし男は彼らを面倒くさそうに見ると、ため息を吐いて首を振った。

 

「やれやれ、怖い人らやわ。そやさかい――」

 

 直後、総毛立つような震えが走った。

 

「痛い目、見てもらいましょか」

 

 薄っすらと開かれた両目に鋭い光が宿った。

 まるで蛇の目のような眼差しに射貫かれて、身体が硬直する。

 先輩たちも同じだったのか、一瞬だけ三人の動きが止まった。

 

 その隙に、男は悠々と刀を振り下ろした。

 

 目の前の何もない空間を斬るように振るわれた刀。

 当然、刀身に捉えたものは空気以外に何もなく、だからこそ男が何をしたのかわからずに息を呑む。

 

 結果はすぐに知らしめられた。

 

「……があっ! 手が、手がぁ!」

 

 男の見ていた先、警備の職員が突如左手を押さえて蹲った。

 手にしていた拳銃型のCADが地面に落ち、右手で左手を掴んで膝をつく。

 

 だが、傍目には彼がなぜ絶叫したのかわからなかった。

 斬り落とされたわけでもなければ出血もない。それどころか、彼の手には傷一つ付いてはいなかった。

 

 にもかかわらず、先輩は痛みに顔を歪め、息も絶え絶えに左手を握っている。

 まるで傷口を押さえているかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「このっ……何をした!」

「森崎、対抗魔法だ!」

「はい!」

 

 黙って見ているわけにはいかなかった。

 あの男が何をしたのかはわからないが、何かしらのダメージを負ったのは事実。正当防衛は成立する上、放っておけば同じことが二度、三度と起こらない保証がない。

 

 二年生の先輩が『共振』の魔法で気絶を狙う。もう一人の三年生は男の頭上に『スパーク』の基点を発生させ、僕は『サイオン弾』を撃てるようにCADを構える。

 

 特に練習をしたわけではないにも関わらず、理想的な連携が取れていた。

 初撃の『共振』は相手の足下を狙ったもので、防ぐには『情報強化』を使うか、足を地面から離すしかない。

 また、どちらの場合も次点の『スパーク』は防げない。情報強化では物理的な放電現象は防げず、また地面から足を離してしまえば地面という逃げ場のない空中で電流を浴びることとなる。

 そして対抗魔法を使う兆候があれば『サイオン弾』で打ち消す。

 

 『スパーク』を選んだ三年生の判断が的確で、だからこそ穴のない連携となった。

 これなら達也や深雪といった規格外な魔法師を除いて、ほとんどの相手に有効。

 

 そのはずだった。

 

「――ふぅ、危ない危ない。ほんま勘弁してほしいわ」

「なっ……」

 

 僕たちは三人揃って言葉を失った。

 

 『共振』も『スパーク』も、男は手にした刀で魔法式を斬り裂いたのだ(・・・・・・・・・・・)

 

 信じられない光景だった。

 こちらが魔法を放った瞬間、男の目は足下に広がった魔法式を捉え、刀で両断。

 続く『スパーク』も視線を頭上に持っていったかと思った直後には真っ二つにしてしまった。

 

 魔法式は物理的な存在ではない。イデアという情報次元に書き加えられたデータの塊だ。

 当然、物理的な攻撃で破壊することはできないし、ましてや刀で斬るなんてこともふつうはできない。

 

 一方で、展開された魔法式を破壊する方法は存在する。

 

 原作主人公(達也)が得意とする魔法の一つで、僕も切り札用に趣味と実益を兼ねて習得した無系統魔法『術式解体(グラム・デモリッション)』だ。

 また、この『術式解体』には派生形が存在している。十三束の『接触型術式解体』や僕の『術式爆散』がそれにあたるわけだが、どちらも高密度のサイオンで魔法式ないしキャスト・ジャミングを吹き飛ばすという点に於いては共通している。

 

 仮に同じ原理だとすれば、さっきの魔法式を斬った技も説明ができるかもしれない。

 高密度に圧縮したサイオンを刀身に纏わせ、魔法式を斬り飛ばす。そんなことが可能になるかもしれない。と、そんな予想を立てることができるわけだ。

 

 だとすれば、本当に厄介なのは魔法式を斬れること自体ではない。

 

「なんだよ、今の……」

「どうして俺たちの魔法を……」

 

 戸惑いに息を呑む二人。男はニヨニヨとした笑みで刀を揺らしている。

 その細く緩やかな瞳を見据えて、僕は問いかけた。

 

「『霊子放射光過敏症』、ですか?」

 

 瞬間、男の眼差しが鋭くなった。図星を突いた、ということだろう。

 男の目が凄みを帯びたのは本当に一瞬だけで、その後はすぐに元の飄々とした風に戻った。ケラケラと笑いを漏らして語りかけてくる。

 

「一目で見抜かれてまうとは、驚きやなぁ」

「知人に同じ症状で悩んでいる人がいるので」

「そら気の毒に」

 

 言って、男はスッと刀をこちらへ向けてくる。

 

「ほいで、見抜いたさかい終わりゆうわけちゃうやろ?」

 

 男の笑みが好戦的なものに変わった。

 刃先が頭上に持ち上げられたのを見て、瞬時に駆け出す。

 

「森崎!」

 

 刀が振り下ろされる。が、ダメージはない。さっきの『見えない攻撃』を受けることはなかった。

 これで一つ仮説が立つ。走りながら声を張り上げる。

 

「刀の動きに注意してください! 刀身の延長線上にいなければダメージはありません!」

 

 足は止めずにCADの引き金を引く。

 今挿入しているストレージで発動できるのは、無系統魔法の他にはこれだけ。

 男の背後、斜め上方に魔法式が構築され、周囲から集めて固めた空気が飛び出した。

 

「っとぉ、危ないわぁ。君、えげつないことするなぁ」

 

 死角から放った『圧縮空気弾』を、男はあっさりと避けて見せた。

 口では色々と言いつつ余裕を持って避けているあたり、この男の感知能力はその『目』だけではなさそうだ。

 

 再度『空気弾』を放つ。

 今度は敢えて正面右手から魔法式が見えるように撃ってみる。

 

 男はこれもひらりと避け、こちらへ視線を向けてきた。

 心なしか、視線が鋭くなったような気がした。

 

「こっちだ!」

 

 三年生の先輩が再度『スパーク』を放つ。

 今度は前後斜め上方の二か所が基点になっていて、前側を迎撃すれば自然と後ろ側が死角になるという上手い配置だった。

 

 しかし、これすらも男は破ってみせた。

 逆袈裟で前方の魔法式を斬り裂き、振り向き様に後方の魔法式も両断する。

 やはり、死角からの魔法も確実に認識している動きだ。

 

「ったく、じゃまくさいなぁ」

 

 苛立ち交じりの声が漏れる。はぁ、と大きなため息を吐いた男は、視線を左側――倒れた職員を抱えて走る二年生へ向けた。

 

 狙いは明確。卑劣で最低なやり口だが、効率的には申し分ない。

 男が去り行く背中を見ていることも、それに気付いた三年の先輩が止めようとしていることも、そして男がそのタイミングを狙っていたこともわかっていた。

 

 遮二無二、『空気弾』を放つ。

 ループ・キャストも使って、6発の空気弾を男へ向けて撃ち放った。

 しかし――。

 

「ぁぐ……」

 

 男は宙返りの要領で『空気弾』を躱し、慌てて隙を晒した先輩の背中目掛けて空中から刃を振るった。刀身は空を斬り、けれど先輩は呻き声を漏らした。

 

 出血はない。それどころか、制服にも傷一つ付いていない。

 にもかかわらず、先輩は痛みに目を見開き、そのまま意識を失った。

 

 うつ伏せに倒れ込んだ先輩へ駆け寄り、首元の脈を取る。

 

 ――大丈夫だ。息はある。

 

 脈拍に異常はない。

 ショックのせいか多少拍動が早いが、命の危険があるほどじゃない。

 

 となると、やはりあれは『系統外魔法』と考えるのが妥当な線か。

 

 魔法師の肉体ではなく、精神に直接作用する魔法は『系統外魔法』に含まれる。

 その特殊な性質から、この魔法への適性を発現する者は少なく、また使用に際しては系統魔法以上に厳しい制限が掛けられている魔法だ。

 

 原作ではあの男の魔法に似たものを、達也の再従弟が使用していた。

 『ダイレクト・ペイン』という名前のそれは、相手の精神に直接痛みを認識させるという魔法だ。

 この男が使用している魔法も同じように精神に干渉し、相手に『斬られたと認識させる』魔法なのかもしれない。

 

 立ち上がって男へ正対する。

 目を離しはしなかったが、僕が先輩の脈を調べている間、こいつは余裕の表情で待ち構えていた。

 口元には相変わらず笑みが浮かんでおり、それが今では小馬鹿にしたようなものに見えていた。

 

「君、えらい肝据わってはるなぁ。何年生?」

「……一年生ですが、それが何か?」

「へぇー、一年生。ふーん」

 

 男は頷きながら独り言ちる。

 

 言葉の軽さとは裏腹に、男が一言発するたび空気が重く殺伐としていくようだった。

 声音は穏やかだが、目は笑っていない。口元の笑みも邪悪なものへと変わり、まさに獲物を前にした蛇のような雰囲気だ。

 

 思わず唾を飲んだ。背中を冷たい汗が流れ、CADを握る手にも力が入る。

 

 これほどの緊張感はあまり経験がない。

 ボディガードの仕事も3年近く続けているが、ここまでのものはそうなかった。

 

 心臓が縮み上がるような、握られているかのような感覚。

 背中の奥から震えが湧きそうになり、腹筋に力を入れてどうにか堪える。

 

 そうこうしている内に、男がジッと目を向け訊ねてきた。

 

「ほな、一つ質問してええ?」

「……なんでしょう。テロリストの質問に答えるとは限りませんよ」

 

 なけなしの強がりにも手応えはなく、男は続けた。

 

 

 

「君、さっき森崎って呼ばれとったやろ。もしかして、森崎駿って名前かいな?」

 

 

 

 一言――。

 

 この一言の瞬間だけ、僕は男の本性を垣間見た気がした。

 

 表情の抜け落ちた、能面のような顔。

 世のあらゆる物事を諦めたような顔。

 柔和で明るい仮面の下に隠された顔。

 

 僕の名前を持ち出した瞬間に、それが窺い知れたのだ。

 

 男は僕の名前を、名乗る前から知っていた。

 質問とは言いつつ、ただの確認作業だったのだろう。

 僕の反応を見ただけで、問いかけが正しかったと悟ったようだ。

 

 僕は今にも崩れそうになる膝を支えて、できる限り不遜に聞こえるよう答えた。

 

「だとしたら、どうするつもりですか?」

 

 瞬間、左の頬が焼かれたように熱くなり、声にならない悲鳴が漏れた。

 見れば男の刀がいつの間にか振り切られていて、例の系統外魔法が頬を掠めたのだとわかった。目を離したつもりはないのに、まったく見えなかった。

 

「どないしよかなぁ。すぐ殺してまうのもおもんないし、今日来たんも別の目的やったわけやしなぁ」

 

 別の目的……。実験棟にあった触媒か。確か隕鉄って言ってたはず。

 そんなものをなんのために使うのかは知らないが、テロリストとして魔法科高校に乗り込んでくるくらいだ。碌でもないことなのは間違いない。

 

 ちらっと、足下の先輩に注意を向ける。

 先輩は未だに気を失ったままで起きる気配はない。

 

 職員を抱えていた二年生の先輩は無事にここを離れられたようだから、守るべきはこの人のみ。体格的に動かすことは難しいので、この場に寝かせたまま守る必要があるだろう。

 逆にここでこの男を見逃せば、どこで誰を傷つけるかわかったもんじゃない。

 

 どうやらこいつは僕個人に対して思うところがあるようだから、僕が上手いこと時間を稼ぐことができれば、十文字会頭や七草会長の力も借りて捕まえることができるかもしれない。最終的には原作主人公(達也)という切り札もいる。

 

 

 

 考えて、想定して、覚悟を決めて――。

 

 僕は、懐に手を入れた。

 

「んー? お、そらもしかして……」

 

 男は余裕の表情で僕が『それ』を抜くのを見ていた。

 

 

 

 銃身の長い、拳銃型の特化型CAD。

 

 ループ・キャストに最適化され、魔法力の使用効率が驚くほどに高い逸品。

 

 警察関係者からも人気が高く、市販品にも関わらずプレミア付きで取引されることもあるという、FLT(フォア・リーブズ・テクノロジー)の人気作。

 

 

 

 『シルバー・ホーン』。原作主人公の達也も愛用している高性能CADだ。

 

 

 

 銀色の基部に黒い銃身の(・・・・・)シルバー・ホーンを手に、不敵に笑う男と対峙する。

 

 

 

 さあ、第二ラウンドと行こうか。

 

 震える身体を奮い立たせて、精一杯に男の目を睨み付けた。

 

 

 




 京言葉の男 CVイメージ:櫻井孝宏さん

 尚、作者は八王子生まれ八王子育ちなため、京言葉にはニワカっぷりが出ているかもしれません。ご出身の方で違和感を感じられる場合は、遠慮なく誤字報告よろしくお願いします。

 また、例によって仕事の所為で明日は更新できないかと思います。悪しからず。
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