モブ崎くんに転生したので、謙虚に生きようと思う   作:惣名阿万

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第8話

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 内緒話を終えて間もなく、フェリーは定刻通りサンフランシスコの港に到着した。

 

 観光地としても有名なこの港は湾に面してレストランやバー、ショップに水族館までが並び大勢の人で賑わっている。

 桟橋の周りにはアシカの群れがやってくることもあり、欄干越しに見つめる雫もしきりに「可愛い」と呟いていた。

 

 港から目的の劇場までは1キロほど。船に乗る前よりも距離の近付いた雫と並び、通り沿いの商店を眺めながら石畳の道を歩いていく。

 アパレルショップやカフェ、レストランなどが軒を連ねる中には日本のものを売っている店もあって、ドレスやコートが飾られたショーウィンドウの並びに着物が現れた時は揃って足を止めてしまった。

 

 そうして談笑しながら歩くことおよそ10分。

 看板をきっかけに観劇するショーへの期待を語り合っていると、不意に賑やかな雰囲気を切り裂くような悲鳴が鳴り響いた。

 

「きゃああぁぁ!」

 

 自ずと足が止まり、声のした方へ目を引かれる。

 

 目の前の十字路を折れた先。目的の劇場があるはずの方向だ。

 角の向こうからは断続的に悲鳴が続いていて、次々に人が走ってくる。

 誰の顔にも恐怖が貼り付き、パニックに陥っているのは明らかだった。

 

 事故か。あるいは何かしらの事件か。

 どちらにせよ、ここに留まるのは悪手に違いない。

 

 幸い開演の時間までには余裕がある。

 安全を確認した後で迂回したとしても問題なく席へ着けるだろう。

 

「ひとまずここを離れよう」

 

 雫の手を引いて移動を促す。

 同じように角を見ていた彼女はハッとして振り返ると、すぐに頷いて応じた。

 

 手を繋いだままバッグを預かり、騒ぎとは逆方向へ駆け出す。

 雫の速度に合わせて走りつつ周囲の様子を探っていると、騒ぎの声が徐々に広がりつつあるのがわかった。

 

「どこに行けばいい?」

 

「フェリーターミナルへ。あそこなら情報も集まるし、いざとなれば海に出られる」

 

 幸い、雫は走りながらでも会話をする余裕があるようだ。

 クラブ活動で鍛えられたのか、あるいは身体を動かす習慣があったのかもしれない。

 

 警護対象の運動能力への認識を改めながら、ターミナルの位置する海側へ進む。

 途中、何人もが困惑顔で来た道の先を見つめていたが、雫を連れている現状立ち止まって説明する猶予はない。この場を離れるように呼びかけるくらいが出来る精一杯だった。

 

 5分ほど走り続け、やがて元来た港とは別の、より大きなターミナルの屋根が見えてくる。

 

 このまま巻き込まれることなく辿り着ければ――。

 

 そう思った直後、唐突に横合いの路地から大柄な男性が飛び出してきた。

 

 完全な衝突コース。咄嗟に急制動を掛け、雫を引き寄せる。

 あわやというところで避けることはできたものの勢いは止められず、彼女を抱えたまま背中から路面に倒れ込んだ。

 

「駿くん!」

 

 驚愕に満ちた目が間近から見上げてくる。

 急な行動だったが、彼女も何が起きたのかは把握できているようだ。

 

「問題ない。雫の方こそ痛めたりしてないか?」

 

「私は大丈夫。ありがとう」

 

 起き上がりながら彼女の状態を確認しつつ、目を飛び出してきた男へ転じる。

 

 無我夢中で逃げているのか、大柄な男の背中はすっかり遠くへと離れていた。

 余程焦っているのだろう。ぶつかりそうになったこちらを振り返る様子もない。

 

 さっきの悲鳴といい、あの人の焦り様といい、一体何が起きているんだ。

 

「っ、なんだ……?」

 

 突如、異様な気配を感じて振り返る。

 自然と雫を庇うよう身体が動き、気配のした方へ懐から抜いたCADを向けた。

 

 路地の先にいたのは一人の男。能面のような表情のままこちらへ走ってきていて、汗を張り付けた顔からは湯気が立ち昇っている。

 拳銃形態のCADを向けているにもかかわらず足を止める様子はなく、どころか驚き一つ浮かべることもなかった。いくら銃が身近なアメリカだからといって、いや、身近だからこそ銃口を向けられて平静でいられるはずがない。

 

 見れば男の背後には似たような様子の男女が数人。

 人種も体格も様々な人たちが集団で押し寄せてきていた。

 

「止まってください! 止まれ!」

 

 制止の声にも反応はなく、十人近い人々は勢いのまま一斉に迫ってくる。

 全員の目線がこちらに向いていて、ただ進路を避けるだけでは危険だと直感した。

 

「走って!」

 

 雫を促して再度走り出す。

 路地の前から逃れてターミナルに続く通りを進み、肩越しに背後を確認。

 狭い路地から出てきた集団はそこで止まることなく、案の定こちら側へ曲がってきた。

 

「あの人たち、どうして……」

 

「わからない。けど捕まるのは不味い気がする」

 

 意見交換も最小限に追ってくる連中を撒くべく走り続ける。

 どうやら連中の狙いは僕たちらしい。すれ違う通行人には見向きもせず、どころか避ける素振りもなく突き飛ばしている。脇道へ入ってみても効果はなく、連中は一人も減ることなく後を追ってきた。

 

 速さはそれほどでもない。だが勢いの衰える気配がない。

 まるで疲れを知らないかのような形相は実際の距離よりもずっと近くに怖気を感じる。

 追われているプレッシャーもあってか、段々と雫の息も上がってきた。

 

 もはや魔法を躊躇っていられる状況じゃない。

 《自己加速》を使ってでもこの場を離れるべきだろう。

 

 汎用型を取り出すべく、右手の特化型を懐のホルスターへ差し込む。

 瞬間、横合いの路地から一人の男が飛び出し、こちらに向けて手を伸ばしてきた。

 

 反射的に握ったままのCADの引き金を引く。

 コンマ数秒の間を置いて魔法式が構築され、間近に迫る男の頭部を捉えた。

 魔法を受けた頭がブレ、前後への加速によって脳震盪を誘発した――はずだった。

 

「防がれた? いや、そんなはずは……」

 

 事象改変の手応えは確かにあった。にもかかわらず、《反転加速》をまともに浴びたはずの男が倒れなかった。

 僅かにバランスを崩しただけで転ぶこともなく、空振りした手を再度こちらへ伸ばして追い縋っている。

 

 《領域干渉》で不発にされた感触も、《情報強化》や《干渉装甲》で抵抗した様子もない。

 それどころか、何かしらの魔法が使われた兆候もまったくなかった。

 

 あり得るとすれば、身体能力だけで衝突事故レベルの衝撃に耐えたという可能性。

 生身の人間には到底不可能。だからこそ連中の正体も限られてくる。

 

「まさか、ジェネレーターか?」

 

 推論が漏れる間も男は距離を詰めてきて。

 伸びた両手がついに併走する雫の背中へと迫った。

 

「やめろ!」

 

 銃身のキーを操作し、直前とは違う魔法を選択。

 意識を奪う《反転加速》ではなく、相手を突き飛ばす《反発(リジェクション)》を撃ち込む。

 後方への加速ベクトルが掛かるよう事象改変された男は、前方への慣性を持ったまま反対側に引っ張られた。

 

 胴を縄で引かれたように男が倒れ込む。

 前へ走っていた身体への急制動と背中からの落下だ。普通の人間ならよくて打撲と捻挫。酷ければ骨折や頭部を強打し、最悪の場合死亡する可能性もあるだろう。

 

 内臓の捩れるような感覚を飲み込み、転がる男の向こうから迫る集団へ目を移す。

 相変わらず余所見の一つもない連中は足を緩める気配もなく、仲間らしき男すら容赦なく踏み越えてきた。

 加えて魔法を使ったのが引き金となったのか、向こうからも事象改変の兆候が生じた。

 

 座標は前方約3メートル、高さ1.5メートルの位置。

 定義された内容は指定座標周辺の空気を圧縮し、こちらへ向けて放つというもの。

 

 魔法師の世界ではよくよく知られた系統魔法――《空気弾(エア・ブリッド)》だ。

 

 魔法式の投影から事象改変が完了するまでに掛かった時間はおよそ2秒。

 不意を衝かれたら一瞬のそれも、兆候が掴めていれば十分な猶予があった。

 

 雫の手を引いて射線から逃れ、脇を通り抜けた圧縮空気の弾丸が霧散するのを確認。

 威力は然程でもなく、射程距離も10メートルを下回っている。魔法式の構築から弾丸の発射まで2秒ほど掛かっていたことも含め、とても実戦魔法師のレベルではない。ジェネレーターの線も薄いだろう。

 

「今の、《空気弾》?」

 

「ああ。けど腕はそれほどじゃない」

 

 ジェネレーターではない人間の魔法師。多分、専門的な指導は受けていない。

 だとすれば在野の魔法資質持ちか、あるいは何らかの組織の私兵だろうか。

 

 まっさきに思いつくのは無頭竜だ。けれど連中はあくまで香港系の犯罪シンジゲート。アジア人を中心とした組織のはず。西洋系の外見の持ち主もいないわけではないだろうが、それにしたってアジア系が一人もいないのは腑に落ちない。

 

 考える間にも複数人からの魔法攻撃が続いた。

 先の《空気弾》を初め、《砲撃(ランチャー)》や《爆風(ブラスト)》など。どれも単純で、干渉力も規模も速度も一高の生徒と比べればお粗末だ。何より一人が一つの魔法しか使ってこないあたり、魔法技能が高いわけではないのだろう。

 

 それでも追いつかれないよう逃げながら襲い来る魔法を凌ぐのは難事だった。

 

 厄介なのは魔法を使う連中の手にCADがないこと。

 CADが見えていれば起動式を削って魔法の発動を妨害できるのだが、それができないとなると事象改変の内容を読み取って対処しなくてはならない。

 《術式解体(グラムデモリッション)》を使う手もあるが、こう何度も魔法を撃たれるとなるとそうはいかない。達也のように何発も撃てるわけじゃないのだ。この状況で当てにするわけにはいかない。

 

「私も一緒に――」

 

「ダメだ。軍人ならともかく、民間人相手は加減が難しい」

 

 目の前の連中が軍人とは思えない。公的には民間人か、あるいはそれに偽装した工作員だろう。正当防衛の範囲での抵抗しか許されない以上、経験の浅い雫に手を出させるわけにはいかない。

 横浜侵攻の時は場所が母国の日本で、かつ相手が正規の軍人だったから反撃が許容されたのだ。以前とは前提も状況もまるで違う今、同じ処遇に収まることは期待できない。

 

「……っ、なら、これだけでも!」

 

 一瞬言葉に詰まった雫はすぐに気を取り直したのか、守りに徹する構えを見せた。

 

 規模を局限した《領域干渉》と《対物障壁》。範囲は自身を中心とした半径1メートル。

 これなら僕の魔法を阻害することなく、至近距離への魔法式投射と万が一の接近を防ぐことができる。

 

「助かる。防壁を維持することに集中してくれ」

 

 頷いた雫を促して、囲まれないよう移動しながら迎撃を続ける。

 

 すでに特化型の一つだけでは対応しきれず、汎用型も使わなくてはならない状況だ。

 特化型のストレージも移動系のものに換装していて、無力化に留まらない攻撃手段を強いられている。

 

 《反転加速》で失神しないとなると、怪我をさせずに無力化するのが難しくなる。

 《ドライ・ブリザード》では過剰防衛と見做されかねず、《空気弾》では効果が薄い。

 《エクスプロージョン》や《反発》などの移動系で押し退けることはできても、見た目以上に頑丈な連中はすぐに立ち上がってきた。

 

「くそっ、数が多すぎる……!」

 

 何より厄介なのは多勢に無勢なこと。

 二人だけのこちらに対し、相手は十人以上いるのだ。

 一人一人は対処できたとしても、どうしたって後手に回らざるを得ない。

 

 最早《疑似・固有時間加速(アクセル・アバター)》を使うしかない。

 

 また雫を悲しませることになるかと、そう覚悟を決めかけたその時――。

 

「加勢する!」

 

 声と共に一人の男性が集団の真ん中へ飛び込んだ。

 

 髪色と言語から日本人だというのはすぐにわかった。

 背丈はそれほど高くはなく、けれど、存在の『厚み』が体格で勝るアメリカ人よりもずっと強い。護衛として実戦に出る人間を見てきたからこそ、その威容がはっきりと感じられた。

 

 驚いたのはそれだけじゃない。

 CADの類は身に付けておらず、武器になるような物も何一つ持っていないにもかかわらず、男性の右腕には形のないサイオンの塊がまとわりついていたのだ。

 

 男性に向けて加速系魔法《爆風(ブラスト)》が放たれる。

 後方への加速ベクトルを与える魔法は男性のエイドス・スキンを破り、直後、展開された《領域干渉》によって無効化された。

 

 続けて別の男から《スパーク》が放たれる。

 威力は高くないが、直撃すれば筋肉の硬直は避けられないだろう。

 

 《領域干渉》の外で生じた雷撃が男性の守りを抜ける。

 防げなかったはずの電流はしかし肌に触れる直前でいなされ、男性の身体をなぞるように逸れて地面へと流れていった。

 

 《絶縁フィールド》。放出系魔法などによる雷撃を防ぐ障壁魔法の一つ。

 指定した空間内での事象改変を阻む《領域干渉》とは別の、新たな盾だ。

 

 男性がCADを操作した様子はなかった。

 どころか、相手の放った魔法に対して能動的な対処をした様子もなかった。

 守りを抜かれ、ダメージを受ける直前で瞬時に『鎧』を纏ったような印象だった。

 

 正体の判らない魔法を纏った男性は襲い来る魔法の数々をその『鎧』で跳ね除けながら、眼前の敵を徒手格闘で倒していく。

 しぶとく起き上がろうとする相手の手足を折って物理的に動けなくする様は痛ましくも鮮やか。恐らくは何らかの武術だろう。身体機能に依った喧嘩殺法ではなく、もっと洗練された技が下地にあるように見えた。

 

 こちらも男性を巻き込まないよう魔法での応戦を続け、3分と経たない内に狂気の集団は全員が路面に倒れ伏した。

 

「これで全部か」

 

 男性は細く息を吐くと纏っていた魔法を解いて振り返る。

 瞬間、倒したはずの男の一人が唐突に跳ね起き、男性へ飛び掛かろうとした。

 

 危ないと言うより早く身体が動く。

 右手に握っていたCADの引き金を引き、持ち得る中で最速の魔法を発動。

 基礎単一工程の移動魔法が腕を広げた男の胸を捉え、スプリングで弾かれたように後方へと吹き飛んだ。

 

 落下の衝撃で頭を打った男はそのまま起き上がる様子もなく。

 咄嗟の防御態勢を解いた男性は細く息を吐いて振り返った。

 

「助かったよ。今のはかなり危なかった」

 

「こちらこそ、助けていただきありがとうございます」

 

 歩み寄ってきた男性からそれとなく雫を庇い浅く腰を折る。

 こちらの警戒を察してか、彼は僅かに目を細めてから続けた。

 

「場所を変えよう。直に市警察がやってくる」

 

 どうやらこのまま解放してくれる気はないらしい。

 恩人とはいえ、素直に付いて行ってもいいものだろうか。

 

「聴取に協力しなくていいんですか?」

 

 これだけの騒ぎだ。正当防衛が成り立つとしても、聴取を取られるのは間違いない。

 

 牽制の意味も込めた問いかけに、けれど男性は首を横に振った。

 

「サンフランシスコ市警察は()()()()()()()()()()()だが、今はタイミングが悪い。やり過ごす方が無難だろう」

 

 実感の伴った一言。どこかで苦労したことがあるのかもしれない。

 似たような経験は僕自身も何度かあるので、彼がこう言う気持ちはよく理解できる。可能かどうかは別として、だ。

 

「しかし、それでは参考人として招致されることになるのでは?」

 

「すでに仲間が手を回している。心配はいらない」

 

 そうまで言われては拒むこともできなかった。

 実際、警察の聴取を受けずに済むのならそれに越したことはない。日本でならともかく、母国よりも魔法への風当たりが強いこの国で魔法を人に向けて撃ったのだ。過剰防衛と言われた場合、無事に出国できる保証はない。

 

 

 

 促されるまま、先導する男性の後に付いて騒動の中心から脱出する。

 

 入り組んだ路地を縫うように移動し、やがてダウンタウンから離れた海沿いの公園に辿り着いた僕らは営業を続けていたオープンカフェの一席に腰を下ろし、ドリンクの到着を待ってから口を開いた。

 

「俺は遠上(とおかみ)遼介(りょうすけ)。さっきは援護してくれてありがとう」

 

 『とおかみ』――。まさかとは思うが、『(じゅう)』の関係者だろうか。

 

「森崎駿と申します。こちらこそ、ご助勢に感謝します」

 

「北山雫です。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 

 自己紹介と共に告げた感謝に頷いて応えた遠上さんは、すぐに疑問を投げかけてきた。

 

「二人は日本から来たんだよな。どうしてサンフランシスコに? あれだけ魔法が使えるとなると、海外渡航も自由にとはいかないと思うが」

 

 繊細な話題にも躊躇うことなく。

 それでいて性急な印象を受けないところは彼の純朴な態度が故だろうか。

 

「政府主動の交換留学でバークレーに来ていました。この街を訪れたのは観光目的です」

 

「なら、立場は俺と同じだな」

 

「じゃあ、遠上さんも留学でこの国へ?」

 

 思わずといった風に雫が訊ねる。

 僕ら以外にも留学を許された魔法師がいるとは思わなかったのだろう。僕自身、この交換留学がUSNA側の思惑によるものと知っていて尚、意外感を抱かずにいられなかった。

 

「ああ。といっても、俺の留学先は旧カナダ領のバンクーバーだけどな」

 

 バンクーバーと聞いて、日本政府の思惑が少しだけ見えてくる。

 USNAの潜入捜査員が日本各地の学校や企業へ入り込んだように、日本側の人員もUSNA各地へ分散させられたということだろうか。

 

 『彼』の記憶にある百年前と違い、今の日本を動かしているのは第三次大戦を乗り越えた世代だ。横浜への侵攻があった直後でUSNA政府の思惑を掴めていないはずもあるまい。

 だとすれば何かしらの譲歩を引き出したか、或いは戦略級魔法を使った『大黒竜也』の素性を探るためにUSNAを利用しようと考えたのか。

 

「同じ西海岸でもかなり距離があると思うのですが、サンフランシスコにいらっしゃったのは何か目的があったのですか?」

 

「さっきの連中を追っていてね」

 

 遠上さんは躊躇なくそう答え、俄かに眉を顰めた。

 

「やりあった君たちならわかると思うが、あいつらは普通の人間じゃない」

 

 低く真剣な声音で言われ、雫と顔を見合わせる。

 目の前で相対した連中の異常さは僕も彼女もはっきりと実感していた。

 

「確かに、魔法が効き難い印象はありました」

 

「CADも使ってなかったね。古式魔法師って感じでもなかったけど」

 

 僕らなりの所感に、けれど遠上さんは苦々しく笑みを浮かべる。

 

「すまない。言い方が中途半端になってしまったな」

 

 ポーズとしての苦笑いではなかった。

 本当に、心の底から苦々しく感じていると解るような表情だった。

 

 だからこそ僕も雫も口を噤み、彼の言葉の続きを待った。

 

「連中は元々魔法師でもなければ、超能力者でもない。ほんの少し魔法の才能があっただけの非魔法師だった人たちだ」

 

 一呼吸の間を置いて、遠上さんはそう口にする。

 冷静さを意識した口振りのそこにはわざとらしい言い回しが含まれていた。

 

「『だった』ということは、今は違うのですね?」

 

 注文通りに訊ねると彼は無言で頷き、押し殺した声で呟く。

 

「見ただけではわかりにくいだろうが、あいつらは生きた人間じゃない」

 

 瞬間、脳裏に一つの可能性が浮かび上がった。

 

「生きた人間じゃない。ということは、あの連中はまさか……」

 

「ああ。連中はすでに死んでいる。魔法によって操られた、動く死人だ」

 

 隣で雫が息を呑むのがわかった。

 いつも以上に見開いた目がダウンタウンの方へ向き、震える手を胸の前で握る。

 

「そんな……。亡くなった人が、動くなんて……」

 

「動くだけじゃない。人間のふりをして、生前使えなかった魔法も使える」

 

 呆然と呟いた彼女に淡々と注釈を加えて、遠上さんは真剣な眼差しで続ける。

 

「何かの目的のために操られた死者。俺たちは『屍食鬼(グール)』と呼んでいるよ」

 

 それが後に『屍食鬼事件』と呼ばれる騒動を知った、最初の瞬間だった。

 

 

 








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